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第五章:守護者たちの軌跡
第八十四伝:いざ、蒸気の都へ
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<機甲帝国ヴァルスカ・テオボスの村>
シルヴィたちが雷蔵を追い始めている事などいざ知らず、当の本人である近衛雷蔵は一人リラの家の外へと足を進めている。
柄にもなく平重郎から煙管を借り、思いつめた表情を浮かべながら彼は村の広場へ辿り着いた。
ベンチの上に積もった雪を手で払いながら、雷蔵は腰掛ける。
「お前が煙草だなんて珍しいなぁ、雷蔵? 」
「ヴィクター……」
妙に顔を赤くしたヴィクトールが火の点いた巻き煙草を咥えながら雷蔵の隣に座った。
焦げた煙草独特の匂いが周囲に漂い、彼の鼻孔を刺激する。
「酒でも飲んだのか? 足元が覚束ないぞ」
「あぁ。……嫌な事があると、一人で酒が飲みたくなるのさ」
「そうか……」
雷蔵は煙管の吸い口を口に付け、懐から借りたマッチを取り出そうとした。
瞬間、ヴィクトールの手が伸びてその指先から一筋の炎が管に詰まった煙草に火を点ける。
煙が彼の口へと入り込み、重みを伴った感覚が喉を通っていった。
途端に咳込んだ雷蔵は、恥ずかし気に隣へ視線を傾ける。
「ははっ、お互い慣れない事はするもんじゃねえな」
「違いない」
巻き煙草を吸いながらヴィクトールは背凭れに背中を預け、夜空を仰ぐ。
「……シルヴィちゃんと別れた事、後悔してるか? 」
「いや。……ただ、もう少し何か別の手があったのではないか、と考えてしまう」
だろうな、と相槌を打ちながら二本目の煙草に火を点けるヴィクトール。
紫煙が寒空に立ち昇り、そして消えていった。
「お前さんの気持ちはよく分かる。初めて雷蔵たちと出会って、依頼を持ち掛けた時があっただろ? 」
「エルフ至上主義の時の事か? 」
彼は頷く。
「あの時も、俺はレーヴを守ろうと必死だった。あいつは若い騎士たちの憧れで、国を守る勇敢な騎士で……何より、俺の愛した女だからな。だから俺は、なるべく彼女を危険から遠ざけようとしたんだ。……雷蔵たちがいなけりゃ、それも出来なかったがな」
「お主の奔走あってこそのものだ。そんなに謙虚になる必要もない」
「まあそれはいい……。あの時、俺は気付いたんだよ。一人でできる事なんか限られてるんだ。精一杯手を伸ばしたところで、人一人守れるか分からない」
だから、と口にしながらヴィクトールは雷蔵の肩を叩いた。
酒に酔っている、と言いながらもその眼差しは真剣そのものである。
「もう少し周りを頼っていいんだよ、お前は。そう気張る事なんてない。シルヴィちゃんの他に、置いておかれた奴らもきっとそう思ってる。一人で背負いこんで、一人で潰れて……。それこそ他の連中は望んじゃいない」
「……拙者と関わって多くの人間が関わらなくても良い戦乱に巻き込まれている。結局拙者は疫病神だというのに、まだ周りを巻き込めというのか? 」
「だが、救えた命もある。なあ雷蔵、どうしてお前はそんなにマイナスに捉えちまうんだ? 」
その問いに、雷蔵は目を瞑った。
脳裏に長政を自らの手で殺めた光景が浮かび上がり、彼の心を強く締め付ける。
元々一人孤独に生きていた雷蔵は長政と出会い、多くの事を学べた。
だが同時に、彼とその家族を不幸に陥れてしまった。
それが今も彼の心を縛り付ける錆びた鎖となって、今も根付いている。
「……俺はな。一度親友を殺しているんだ、この手で。真実から目を背け、自分の身を優先した愚か者なんだ。また周りの人間に助けを求めたら、俺がこの手で殺さなきゃいけなくなる。それが……怖いんだ」
「雷蔵……」
「シルヴィだって好きだった。心の底から愛していた。レーヴだって、エルだってラーズだって背中を預け合える戦友だと思ってる。でも……また、あいつの……長政のように自分の手で殺さなければいけない時が来るような気がしてならないんだ。それが怖い。怖くて堪らないんだ」
次第に声を荒げていく雷蔵に、ヴィクトールは煙草の煙を吐きながら彼を見つめた。
自然と雷蔵の両目から涙が零れ落ち、拳を強く握る。
「……そんなに、俺達は弱くねぇ。雷蔵、俺はな……レーヴの他に何人も命を張れる連中が出来たんだよ。フィルの坊主やルシア、ゲイルにステルク……それに、お前もな。お前が大切と思う人間の為なら、テメェの命ぐらい懸けてみろ。お前の命は、そんな安っぽいものじゃねえ」
「ッ……! 」
「お前が命懸けるってなら、俺達は喜んでお前を背負ってやる。お前の過去も現在も、お前の命もな。それが仲間ってもんだ」
そう言うとヴィクトールは立ち上がると無くなりかけていた煙草を地面に落としてから踏みつぶし、懐から取り出した携帯灰皿へ放り込んだ。
次第に雪が降り始め、紺色の空に白い斑点が幾つも浮かび上がる。
「明日は作戦通り、一番近い都市のアポ・クトリへ向かう。早く寝とけ、雷蔵」
一人涙を流す雷蔵へ振り返らず、ヴィクトールはひらひらと手を振った。
「その泣き顔は、見なかったことにしてやるからよ」
――――――――――――――――――――――――――――――――
<テオボスの村・北門>
翌朝。
昨夜の事を深く胸に刻みながら雷蔵は身支度を済ませ、平重郎や椛、そしてヴィクトール率いるリヒトクライス騎士団の面々と共に雪の降り積もった大通りを歩いている。
「……やけに晴れやかな顔してるが、何かあったのか? 」
「やっぱり椛さんもそう思いますか……? 雷蔵さん、今朝から元気が良くて……」
耳打ちしたフィルに耳打ちをした椛が、訝し気な視線を前方の雷蔵に向けた。
その視線に気づいたのか、雷蔵は笑顔を浮かべながら彼女の頭を撫でる。
「どうした椛? 拙者に何か用か? 今なら肩車もしてやるぞ」
「子ども扱いするな。だいたい何時の話をしているんだ、お前は」
「椛が小さい頃から知っているからなぁ……。ほれっ、たまには甘えてみろ! 」
「ばっ!? 何をする!? 」
彼女の身体を軽々と持ち上げ、雷蔵は笑い声を上げながら椛を自身の肩の上に乗せた。
「下ろせ馬鹿雷蔵! 恥ずかしいだろうが! 」
「はっはっは、歳をとってもお前は愛い奴よなぁ! 」
「だ、黙れこの無頼漢め! 苦無刺すぞ! 」
「やれるものならやってみろ! 」
直後雷蔵の頭上から黒い鉄の塊が風を切って足元に落ち、思わず椛と共に雪の中へ倒れる。
その様子を傍観していたヴィクトールは、苦笑交じりに肩を竦めた。
「本当に投げる奴があるかっ!? 死ぬところだったぞ! 」
「そうでもしないと止められんと思ったからな。というか今日のお前、本当に変だぞ」
椛の言葉を受け、雷蔵は眉を顰めながら後頭部を掻く。
昨夜ヴィクトールと話して迷いが晴れた反動であろう、と彼は照れ臭そうに笑みを浮かべた。
そんな彼らの背後に、一人駆けていく女性が一人。
美しい金髪を靡かせる彼女は、雷蔵の下に辿り着くと彼の名前を呼んだ。
「雷蔵さんっ! はぁっ……はぁっ……! 良かった……! 」
「リラ殿? どうしてここに……」
「どうしてじゃありません! 魔獣を倒す依頼の報酬としてお家を貸していたのに、どうしてお金を……! 」
彼らが人工魔獣を倒す為に家を貸していたリラが息を切らせながら巾着袋を雷蔵に付き返す。
受け取った袋をを再度彼女の手に握らせ、優しく微笑んだ。
「これは拙者たちの気持ちだ。この雪空の下で、寒さを凌げたのはリラ殿のお蔭だと思っている」
「で、でも私は何もしていません! こんな大金を受け取る訳には……! 」
「……お主には、病を抱える妹君がいるだろう」
雷蔵の言葉に、リラは目を見開く。
「その事を分からない程、拙者たちは鈍感ではない。お主の作ってくれた料理、とても美味だった。このような持て成しを受けて、対価を払わないのは義に反する。だから受け取ってくれ、リラ殿。ほんの気持ちなのだ」
「……で、でも……」
「幸いここの医療は発達してる。必要な事に投資する事は悪い事じゃないと思うがな」
リラは顔を俯かせながら雷蔵から手を離し、渋々巾着袋を受け取った。
その様子を見ていたヴィクトールは別れも告げずに先に行き、村の門をくぐる。
「この……御恩は、一生忘れません……! 」
「こちらこそ。突然の訪問、申し訳なかった」
深々とリラに頭を下げると先に歩き始めていた仲間たちを追い始め、村の外へと歩き始める。
対する彼女は、雪原の奥に彼らが消えるまで雷蔵たちを見送った。
シルヴィたちが雷蔵を追い始めている事などいざ知らず、当の本人である近衛雷蔵は一人リラの家の外へと足を進めている。
柄にもなく平重郎から煙管を借り、思いつめた表情を浮かべながら彼は村の広場へ辿り着いた。
ベンチの上に積もった雪を手で払いながら、雷蔵は腰掛ける。
「お前が煙草だなんて珍しいなぁ、雷蔵? 」
「ヴィクター……」
妙に顔を赤くしたヴィクトールが火の点いた巻き煙草を咥えながら雷蔵の隣に座った。
焦げた煙草独特の匂いが周囲に漂い、彼の鼻孔を刺激する。
「酒でも飲んだのか? 足元が覚束ないぞ」
「あぁ。……嫌な事があると、一人で酒が飲みたくなるのさ」
「そうか……」
雷蔵は煙管の吸い口を口に付け、懐から借りたマッチを取り出そうとした。
瞬間、ヴィクトールの手が伸びてその指先から一筋の炎が管に詰まった煙草に火を点ける。
煙が彼の口へと入り込み、重みを伴った感覚が喉を通っていった。
途端に咳込んだ雷蔵は、恥ずかし気に隣へ視線を傾ける。
「ははっ、お互い慣れない事はするもんじゃねえな」
「違いない」
巻き煙草を吸いながらヴィクトールは背凭れに背中を預け、夜空を仰ぐ。
「……シルヴィちゃんと別れた事、後悔してるか? 」
「いや。……ただ、もう少し何か別の手があったのではないか、と考えてしまう」
だろうな、と相槌を打ちながら二本目の煙草に火を点けるヴィクトール。
紫煙が寒空に立ち昇り、そして消えていった。
「お前さんの気持ちはよく分かる。初めて雷蔵たちと出会って、依頼を持ち掛けた時があっただろ? 」
「エルフ至上主義の時の事か? 」
彼は頷く。
「あの時も、俺はレーヴを守ろうと必死だった。あいつは若い騎士たちの憧れで、国を守る勇敢な騎士で……何より、俺の愛した女だからな。だから俺は、なるべく彼女を危険から遠ざけようとしたんだ。……雷蔵たちがいなけりゃ、それも出来なかったがな」
「お主の奔走あってこそのものだ。そんなに謙虚になる必要もない」
「まあそれはいい……。あの時、俺は気付いたんだよ。一人でできる事なんか限られてるんだ。精一杯手を伸ばしたところで、人一人守れるか分からない」
だから、と口にしながらヴィクトールは雷蔵の肩を叩いた。
酒に酔っている、と言いながらもその眼差しは真剣そのものである。
「もう少し周りを頼っていいんだよ、お前は。そう気張る事なんてない。シルヴィちゃんの他に、置いておかれた奴らもきっとそう思ってる。一人で背負いこんで、一人で潰れて……。それこそ他の連中は望んじゃいない」
「……拙者と関わって多くの人間が関わらなくても良い戦乱に巻き込まれている。結局拙者は疫病神だというのに、まだ周りを巻き込めというのか? 」
「だが、救えた命もある。なあ雷蔵、どうしてお前はそんなにマイナスに捉えちまうんだ? 」
その問いに、雷蔵は目を瞑った。
脳裏に長政を自らの手で殺めた光景が浮かび上がり、彼の心を強く締め付ける。
元々一人孤独に生きていた雷蔵は長政と出会い、多くの事を学べた。
だが同時に、彼とその家族を不幸に陥れてしまった。
それが今も彼の心を縛り付ける錆びた鎖となって、今も根付いている。
「……俺はな。一度親友を殺しているんだ、この手で。真実から目を背け、自分の身を優先した愚か者なんだ。また周りの人間に助けを求めたら、俺がこの手で殺さなきゃいけなくなる。それが……怖いんだ」
「雷蔵……」
「シルヴィだって好きだった。心の底から愛していた。レーヴだって、エルだってラーズだって背中を預け合える戦友だと思ってる。でも……また、あいつの……長政のように自分の手で殺さなければいけない時が来るような気がしてならないんだ。それが怖い。怖くて堪らないんだ」
次第に声を荒げていく雷蔵に、ヴィクトールは煙草の煙を吐きながら彼を見つめた。
自然と雷蔵の両目から涙が零れ落ち、拳を強く握る。
「……そんなに、俺達は弱くねぇ。雷蔵、俺はな……レーヴの他に何人も命を張れる連中が出来たんだよ。フィルの坊主やルシア、ゲイルにステルク……それに、お前もな。お前が大切と思う人間の為なら、テメェの命ぐらい懸けてみろ。お前の命は、そんな安っぽいものじゃねえ」
「ッ……! 」
「お前が命懸けるってなら、俺達は喜んでお前を背負ってやる。お前の過去も現在も、お前の命もな。それが仲間ってもんだ」
そう言うとヴィクトールは立ち上がると無くなりかけていた煙草を地面に落としてから踏みつぶし、懐から取り出した携帯灰皿へ放り込んだ。
次第に雪が降り始め、紺色の空に白い斑点が幾つも浮かび上がる。
「明日は作戦通り、一番近い都市のアポ・クトリへ向かう。早く寝とけ、雷蔵」
一人涙を流す雷蔵へ振り返らず、ヴィクトールはひらひらと手を振った。
「その泣き顔は、見なかったことにしてやるからよ」
――――――――――――――――――――――――――――――――
<テオボスの村・北門>
翌朝。
昨夜の事を深く胸に刻みながら雷蔵は身支度を済ませ、平重郎や椛、そしてヴィクトール率いるリヒトクライス騎士団の面々と共に雪の降り積もった大通りを歩いている。
「……やけに晴れやかな顔してるが、何かあったのか? 」
「やっぱり椛さんもそう思いますか……? 雷蔵さん、今朝から元気が良くて……」
耳打ちしたフィルに耳打ちをした椛が、訝し気な視線を前方の雷蔵に向けた。
その視線に気づいたのか、雷蔵は笑顔を浮かべながら彼女の頭を撫でる。
「どうした椛? 拙者に何か用か? 今なら肩車もしてやるぞ」
「子ども扱いするな。だいたい何時の話をしているんだ、お前は」
「椛が小さい頃から知っているからなぁ……。ほれっ、たまには甘えてみろ! 」
「ばっ!? 何をする!? 」
彼女の身体を軽々と持ち上げ、雷蔵は笑い声を上げながら椛を自身の肩の上に乗せた。
「下ろせ馬鹿雷蔵! 恥ずかしいだろうが! 」
「はっはっは、歳をとってもお前は愛い奴よなぁ! 」
「だ、黙れこの無頼漢め! 苦無刺すぞ! 」
「やれるものならやってみろ! 」
直後雷蔵の頭上から黒い鉄の塊が風を切って足元に落ち、思わず椛と共に雪の中へ倒れる。
その様子を傍観していたヴィクトールは、苦笑交じりに肩を竦めた。
「本当に投げる奴があるかっ!? 死ぬところだったぞ! 」
「そうでもしないと止められんと思ったからな。というか今日のお前、本当に変だぞ」
椛の言葉を受け、雷蔵は眉を顰めながら後頭部を掻く。
昨夜ヴィクトールと話して迷いが晴れた反動であろう、と彼は照れ臭そうに笑みを浮かべた。
そんな彼らの背後に、一人駆けていく女性が一人。
美しい金髪を靡かせる彼女は、雷蔵の下に辿り着くと彼の名前を呼んだ。
「雷蔵さんっ! はぁっ……はぁっ……! 良かった……! 」
「リラ殿? どうしてここに……」
「どうしてじゃありません! 魔獣を倒す依頼の報酬としてお家を貸していたのに、どうしてお金を……! 」
彼らが人工魔獣を倒す為に家を貸していたリラが息を切らせながら巾着袋を雷蔵に付き返す。
受け取った袋をを再度彼女の手に握らせ、優しく微笑んだ。
「これは拙者たちの気持ちだ。この雪空の下で、寒さを凌げたのはリラ殿のお蔭だと思っている」
「で、でも私は何もしていません! こんな大金を受け取る訳には……! 」
「……お主には、病を抱える妹君がいるだろう」
雷蔵の言葉に、リラは目を見開く。
「その事を分からない程、拙者たちは鈍感ではない。お主の作ってくれた料理、とても美味だった。このような持て成しを受けて、対価を払わないのは義に反する。だから受け取ってくれ、リラ殿。ほんの気持ちなのだ」
「……で、でも……」
「幸いここの医療は発達してる。必要な事に投資する事は悪い事じゃないと思うがな」
リラは顔を俯かせながら雷蔵から手を離し、渋々巾着袋を受け取った。
その様子を見ていたヴィクトールは別れも告げずに先に行き、村の門をくぐる。
「この……御恩は、一生忘れません……! 」
「こちらこそ。突然の訪問、申し訳なかった」
深々とリラに頭を下げると先に歩き始めていた仲間たちを追い始め、村の外へと歩き始める。
対する彼女は、雪原の奥に彼らが消えるまで雷蔵たちを見送った。
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