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第五章:守護者たちの軌跡
第八十二伝:そして、運命は絡み合う
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<魔道連邦フレイピオス・大統領府>
一方その頃。
王政から民主制に移り変わり、新たな国として一歩踏み出したフレイピオスの都市・ヴィシュティアでは復興が進み、以前の華やかさを取り戻していた。
畦道と化していた大通りは灰色の石畳が敷き詰められ、その周りには幾つもの花が咲き誇る花壇が設置されている。
王都としてではなく、新たに"花の都"と称された広場を一人の女性がブーツの靴底を鳴らしていた。
地面から伸びる細身ながらも力強さを感じさせる両脚を駆使して、彼女は石畳の上を歩いている。
革のスキニーパンツを穿き、黒いジャケットを羽織ったその下に群青色のシャツを着るその女性は薫風に揺れる髪を耳に掛けながら空を仰いだ。
シルヴァーナ=ボラット=リヒトシュテイン。
かつて王政があった時代の、この国の王女だった少女。
一年と言う長い期間を経て彼女は身体的にも精神的にも大きく成長し、以前のような少女の面影は残すものの大人びた雰囲気を帯びていた。
肩甲骨の辺りまで伸びた髪を黒い髪留めで纏めた彼女は、ようやく大統領府からすぐ近くの市場に差し掛かる。
多くの市民で賑わうその様子に内心笑みを浮かべながら人込みを掻き分けていく。
この近辺に住んでいる家族の子供たちであろう、彼らは活発に走り回っていた。
その中の少年がシルヴィの足にぶつかり、石畳の上に尻餅を着いてしまう。
彼女は痛みに涙を浮かべる少年の前で座り込み、彼を目線を合わせた。
「ごめんね、大丈夫? 私、見えてなかったみたいで」
「だ、大丈夫、です……」
突然すさまじい美貌を放つ女性が目の前に現れた事に驚きと恥ずかしさを隠せなかったのであろう、少年の顔が真っ赤に染まり涙を拭く。
彼女はそんな男の子の身体を抱え上げ、遊び仲間と思われる3人組の子供たちのところまで足を進めた。
「もう危ないからこの辺じゃ走っちゃダメだよ? 分かった? 」
「う、うん! ごめんなさいお姉ちゃん! 」
「分かればよろしい! 泣かなかったのも偉いねっ! 」
その少年の頭を優しく撫で、笑顔を浮かべながらシルヴィは彼らに別れを告げる。
口を開けて唖然とした子供たちの様子を見ると彼女は少しだけ笑い、再び人込みを掻き分けていく。
そうして市場を抜け、豪華な屋敷が立ち並ぶ閑静な住宅地へと差し掛かる。
これらは全て王政が敷かれていた頃からの貴族たちの住まいであり、彼らは大統領府直属の役人という一定の地位を得られていた。
故に王政を廃止する事は多くの国民から支持が得られ、階級制度は有名無実化していた。
「これは王女様、本日もお日柄も良く。大統領府へ行かれるのですか? 」
「はい。兄……じゃなかった、大統領から直々の呼び出しなんです」
通りを歩いていた外出用のドレスを纏ったエルフ族の女性と挨拶を交わし、シルヴィは小走りに政府官邸へと向かう。
フレイピオスを崩壊直前にまで追いやった"大樹の戦乱"の後に彼女も政府軍の軍人として登用され、ある部隊に所属していた。
特務行動隊。
政府軍が設立されたと同時に結成された、少数精鋭の隠密部隊だ。
戦乱前、ゼルギウス派の過激一派"解放者"を主導していたギルベルト・ハンニバルを筆頭に編成され、主に外国との会談や大々的な会議の護衛や他国の軍事事情を把握するような任務を担当している。
故に世間一般にはその存在さえ認識されておらず、政府の人間でも知る者は少ない。
大統領府に辿り着くなり彼女は肩から下げていた革製の鞄から政府の人間である事を証明する書類を取り出し、正門の衛兵に見せる。
官邸の重々しい扉が開き、中へ入ると多くの役人や公務員が忙しなく働いていた。
受付に先ほどの証明書を提示してからシルヴィはエントランスの奥へと消え、螺旋状に伸びる階段を登っていく。
鉄のプレートに刻まれた執政室の扉をノックし、彼女は部屋に入った。
「特務行動隊第一番隊、シルヴァーナ=ボラット=リヒトシュテイン。お呼び出しにより推参致しました」
「……シルヴァーナ。二人きりの時はお兄様で良いと言っただろう」
入室したと同時に敬礼するシルヴィに苦笑いを浮かべるその男の名は、ゼルギウス=ボラット=リヒトシュテイン。
かつてこの国の王位継承者であり、その王政を廃止した張本人であった。
彼は厳しい選挙と多くの民からの支持により、現在フレイピオスの大統領として様々な仕事を務めている。
「その"お兄様"って呼び方、いい加減恥ずかしくなってきたんですけど……」
「ダメだぞシルヴァーナ。君は政府の人間である前に私の愛すべき妹なのだ、年齢など関係ない」
「兄さんの方こそ年齢考えた方がいいじゃないんですか……? そろそろ結婚を考えた方が良いんじゃ……」
そして重度のシスコンでもある。
「シルヴァーナもそういう事を言うのか……? 私はこの国を安定させ、より良い環境を国民の皆に提供したいと考えている。私が相手を探すのは、それを終えてからだ」
「……真面目なのかシスコンなのか分かりませんね……」
まあ座れ、という彼の言葉にシルヴィはゼルギウスと向かう形でソファに腰を落ち着けた。
瞬間、机の上に彼が一枚の書類とペンを置き、彼女に見せる。
「早速だが、本題に入ろう。シルヴァーナが特務行動隊として行動する、初めての国外任務だ。ギルベルトから君の部隊の成果を聴いていたが、素晴らしいものだったらしいな」
「それほどでも。……あの時は、やるべき事に集中していないと気が狂いそうでしたし」
「……そうか」
その時だった。
執政室の扉が音を立てて開き、其処から二人の女性と一人のオークの男性が駆け込んできた。
かつて国を取り戻す為に共に戦ったレーヴィン、エル、ラーズである事が確認できた瞬間にゼルギウスは溜息を吐き、彼らを迎える。
「すみません大統領! お時間に遅れてしまいました! このレーヴィン・ハートラント、一生の不覚です! 」
「気にする事はないが、騒がしいのはいけないな。何か襲撃があったのかと驚いてしまう」
「だから言ったじゃねえかレーヴ。走る必要なかったってよ」
「元々はラーズが遅れたせいだろう!? 呼び出された前に大食い対決する奴があるか! 」
遅刻の理由を間接的に言われてしまったラーズは顔を引き攣らせ、頭を下げた。
隣のエルは呆れたように肩を竦めており、同じようにゼルギウスへ一礼する。
「……ごめんなさい、シルヴィ。あなただけ先に来てたのね」
「大丈夫ですよ。みんなが遅れる事は何となく分かってましたし」
「……返す言葉もありません、姫様」
「そんなに責めてやるな、シルヴァーナ。それより、皆が揃ったおかげで任務の話が出来る」
その言葉と同時にゼルギウスは自身のデスクから3枚の書類を取り出し、レーヴィンたちに手渡した。
先ほどシルヴィが受け取ったものと同じもので、任務の詳細や場所が記されている。
一枚の紙に目を通すなり、レーヴィンが手を挙げた。
「大統領。この任務がリヒトクライス騎士団と合同で行われるとは本当なんですか? 私の記憶が正しければ、彼らは国外の任務は規則によって禁じられている筈ですが……」
「その点については問題ない。既に我々の敵の存在は各国の代表に公表してある上、イシュテンのミカエラ首相が直々に任務を言い渡しているからな。それに、あの騎士団には君たちの知り合いが何人かいるらしいじゃないか」
彼の言葉に、レーヴィンは僅かばかり頬を紅潮させる。
何を隠そう、彼女と騎士団の部隊長であるヴィクトールは交際関係にあり、お互いの仕事もあって長い間会う事が出来ていなかった。
そんな様子を見ていたゼルギウスはシルヴィに視線を傾け、顔を俯かせる。
「……もう一つ、私は君たちに詫びねばならない事がある。その書類に記されている、"先遣部隊との合流"についてだ」
「そこは俺も気になってたんですよ。どうしてその部隊の隊員たちの名前が明記されてないんすか? 」
「ラーズ! 大統領に向かってなんて口を……! 」
「レーヴィン、止せ。私は気にしていない」
不満げな表情を浮かべるレーヴィンを落ち着かせ、ゼルギウスは一度深い溜息を吐いた。
「いいか、良く聞いてくれ。特にシルヴァーナ、君は覚悟して聞いて欲しい」
彼のその言葉が、シルヴィの身体を強張らせる。
「一年前はまだ、ロイという強大な敵の存在を知らせる訳にはいかなかった。故に、この部隊は正規軍の人間ではない。素性を知られない為にも、国籍を持たない冒険者の存在が必要だった」
冒険者、という単語を耳にした瞬間にシルヴィの心臓が大きく脈打った。
そんな筈はない。
そんな事は、有り得ない。
確かに理性が彼女にそう告げていた。
一年前のあの時、確かに彼は――――。
「……近衛雷蔵。今回君たちと共に任務を遂行するのは、彼に他ならない」
一方その頃。
王政から民主制に移り変わり、新たな国として一歩踏み出したフレイピオスの都市・ヴィシュティアでは復興が進み、以前の華やかさを取り戻していた。
畦道と化していた大通りは灰色の石畳が敷き詰められ、その周りには幾つもの花が咲き誇る花壇が設置されている。
王都としてではなく、新たに"花の都"と称された広場を一人の女性がブーツの靴底を鳴らしていた。
地面から伸びる細身ながらも力強さを感じさせる両脚を駆使して、彼女は石畳の上を歩いている。
革のスキニーパンツを穿き、黒いジャケットを羽織ったその下に群青色のシャツを着るその女性は薫風に揺れる髪を耳に掛けながら空を仰いだ。
シルヴァーナ=ボラット=リヒトシュテイン。
かつて王政があった時代の、この国の王女だった少女。
一年と言う長い期間を経て彼女は身体的にも精神的にも大きく成長し、以前のような少女の面影は残すものの大人びた雰囲気を帯びていた。
肩甲骨の辺りまで伸びた髪を黒い髪留めで纏めた彼女は、ようやく大統領府からすぐ近くの市場に差し掛かる。
多くの市民で賑わうその様子に内心笑みを浮かべながら人込みを掻き分けていく。
この近辺に住んでいる家族の子供たちであろう、彼らは活発に走り回っていた。
その中の少年がシルヴィの足にぶつかり、石畳の上に尻餅を着いてしまう。
彼女は痛みに涙を浮かべる少年の前で座り込み、彼を目線を合わせた。
「ごめんね、大丈夫? 私、見えてなかったみたいで」
「だ、大丈夫、です……」
突然すさまじい美貌を放つ女性が目の前に現れた事に驚きと恥ずかしさを隠せなかったのであろう、少年の顔が真っ赤に染まり涙を拭く。
彼女はそんな男の子の身体を抱え上げ、遊び仲間と思われる3人組の子供たちのところまで足を進めた。
「もう危ないからこの辺じゃ走っちゃダメだよ? 分かった? 」
「う、うん! ごめんなさいお姉ちゃん! 」
「分かればよろしい! 泣かなかったのも偉いねっ! 」
その少年の頭を優しく撫で、笑顔を浮かべながらシルヴィは彼らに別れを告げる。
口を開けて唖然とした子供たちの様子を見ると彼女は少しだけ笑い、再び人込みを掻き分けていく。
そうして市場を抜け、豪華な屋敷が立ち並ぶ閑静な住宅地へと差し掛かる。
これらは全て王政が敷かれていた頃からの貴族たちの住まいであり、彼らは大統領府直属の役人という一定の地位を得られていた。
故に王政を廃止する事は多くの国民から支持が得られ、階級制度は有名無実化していた。
「これは王女様、本日もお日柄も良く。大統領府へ行かれるのですか? 」
「はい。兄……じゃなかった、大統領から直々の呼び出しなんです」
通りを歩いていた外出用のドレスを纏ったエルフ族の女性と挨拶を交わし、シルヴィは小走りに政府官邸へと向かう。
フレイピオスを崩壊直前にまで追いやった"大樹の戦乱"の後に彼女も政府軍の軍人として登用され、ある部隊に所属していた。
特務行動隊。
政府軍が設立されたと同時に結成された、少数精鋭の隠密部隊だ。
戦乱前、ゼルギウス派の過激一派"解放者"を主導していたギルベルト・ハンニバルを筆頭に編成され、主に外国との会談や大々的な会議の護衛や他国の軍事事情を把握するような任務を担当している。
故に世間一般にはその存在さえ認識されておらず、政府の人間でも知る者は少ない。
大統領府に辿り着くなり彼女は肩から下げていた革製の鞄から政府の人間である事を証明する書類を取り出し、正門の衛兵に見せる。
官邸の重々しい扉が開き、中へ入ると多くの役人や公務員が忙しなく働いていた。
受付に先ほどの証明書を提示してからシルヴィはエントランスの奥へと消え、螺旋状に伸びる階段を登っていく。
鉄のプレートに刻まれた執政室の扉をノックし、彼女は部屋に入った。
「特務行動隊第一番隊、シルヴァーナ=ボラット=リヒトシュテイン。お呼び出しにより推参致しました」
「……シルヴァーナ。二人きりの時はお兄様で良いと言っただろう」
入室したと同時に敬礼するシルヴィに苦笑いを浮かべるその男の名は、ゼルギウス=ボラット=リヒトシュテイン。
かつてこの国の王位継承者であり、その王政を廃止した張本人であった。
彼は厳しい選挙と多くの民からの支持により、現在フレイピオスの大統領として様々な仕事を務めている。
「その"お兄様"って呼び方、いい加減恥ずかしくなってきたんですけど……」
「ダメだぞシルヴァーナ。君は政府の人間である前に私の愛すべき妹なのだ、年齢など関係ない」
「兄さんの方こそ年齢考えた方がいいじゃないんですか……? そろそろ結婚を考えた方が良いんじゃ……」
そして重度のシスコンでもある。
「シルヴァーナもそういう事を言うのか……? 私はこの国を安定させ、より良い環境を国民の皆に提供したいと考えている。私が相手を探すのは、それを終えてからだ」
「……真面目なのかシスコンなのか分かりませんね……」
まあ座れ、という彼の言葉にシルヴィはゼルギウスと向かう形でソファに腰を落ち着けた。
瞬間、机の上に彼が一枚の書類とペンを置き、彼女に見せる。
「早速だが、本題に入ろう。シルヴァーナが特務行動隊として行動する、初めての国外任務だ。ギルベルトから君の部隊の成果を聴いていたが、素晴らしいものだったらしいな」
「それほどでも。……あの時は、やるべき事に集中していないと気が狂いそうでしたし」
「……そうか」
その時だった。
執政室の扉が音を立てて開き、其処から二人の女性と一人のオークの男性が駆け込んできた。
かつて国を取り戻す為に共に戦ったレーヴィン、エル、ラーズである事が確認できた瞬間にゼルギウスは溜息を吐き、彼らを迎える。
「すみません大統領! お時間に遅れてしまいました! このレーヴィン・ハートラント、一生の不覚です! 」
「気にする事はないが、騒がしいのはいけないな。何か襲撃があったのかと驚いてしまう」
「だから言ったじゃねえかレーヴ。走る必要なかったってよ」
「元々はラーズが遅れたせいだろう!? 呼び出された前に大食い対決する奴があるか! 」
遅刻の理由を間接的に言われてしまったラーズは顔を引き攣らせ、頭を下げた。
隣のエルは呆れたように肩を竦めており、同じようにゼルギウスへ一礼する。
「……ごめんなさい、シルヴィ。あなただけ先に来てたのね」
「大丈夫ですよ。みんなが遅れる事は何となく分かってましたし」
「……返す言葉もありません、姫様」
「そんなに責めてやるな、シルヴァーナ。それより、皆が揃ったおかげで任務の話が出来る」
その言葉と同時にゼルギウスは自身のデスクから3枚の書類を取り出し、レーヴィンたちに手渡した。
先ほどシルヴィが受け取ったものと同じもので、任務の詳細や場所が記されている。
一枚の紙に目を通すなり、レーヴィンが手を挙げた。
「大統領。この任務がリヒトクライス騎士団と合同で行われるとは本当なんですか? 私の記憶が正しければ、彼らは国外の任務は規則によって禁じられている筈ですが……」
「その点については問題ない。既に我々の敵の存在は各国の代表に公表してある上、イシュテンのミカエラ首相が直々に任務を言い渡しているからな。それに、あの騎士団には君たちの知り合いが何人かいるらしいじゃないか」
彼の言葉に、レーヴィンは僅かばかり頬を紅潮させる。
何を隠そう、彼女と騎士団の部隊長であるヴィクトールは交際関係にあり、お互いの仕事もあって長い間会う事が出来ていなかった。
そんな様子を見ていたゼルギウスはシルヴィに視線を傾け、顔を俯かせる。
「……もう一つ、私は君たちに詫びねばならない事がある。その書類に記されている、"先遣部隊との合流"についてだ」
「そこは俺も気になってたんですよ。どうしてその部隊の隊員たちの名前が明記されてないんすか? 」
「ラーズ! 大統領に向かってなんて口を……! 」
「レーヴィン、止せ。私は気にしていない」
不満げな表情を浮かべるレーヴィンを落ち着かせ、ゼルギウスは一度深い溜息を吐いた。
「いいか、良く聞いてくれ。特にシルヴァーナ、君は覚悟して聞いて欲しい」
彼のその言葉が、シルヴィの身体を強張らせる。
「一年前はまだ、ロイという強大な敵の存在を知らせる訳にはいかなかった。故に、この部隊は正規軍の人間ではない。素性を知られない為にも、国籍を持たない冒険者の存在が必要だった」
冒険者、という単語を耳にした瞬間にシルヴィの心臓が大きく脈打った。
そんな筈はない。
そんな事は、有り得ない。
確かに理性が彼女にそう告げていた。
一年前のあの時、確かに彼は――――。
「……近衛雷蔵。今回君たちと共に任務を遂行するのは、彼に他ならない」
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