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第四章: 傾国の姫君
第七十伝: 全ての命の為に
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<ダラムタート城・城門>
ギルベルトとクレアに後を任せ、無事に王城へと辿り着く事が出来た雷蔵たち。
しかし彼らの足は城の目前にしたところで一旦止まり、大量に蠢いている魔物の群れと対峙していた。
「魔法兵は爆発魔法の詠唱を始めて! 一気にダラムタート城までの道を切り開くのよ! 」
「騎兵隊! 魔法の発動の直後に走り出せ! 儂が殿を務める! 」
アイナリンドの率いる魔導士部隊とミゲルの統率する騎馬兵隊は彼らの言葉を聞くと一斉に戦いの準備を始め、既に牙を剥いている幾つもの魔獣たちを睨み付ける。
待機する軍勢を守ろうと連合軍の兵士たちが亜人たちと攻防戦を繰り広げており、魔法攻撃の時を今か今かと待ち望んでいた。
「目の前で味方が戦っているのにこうも手出しが出来んとは……ッ! 」
「落ち着きなァ。俺達の仕事は城に行って大元を叩き斬ってくる事だけ、今は自分の任務に集中した方がいいねェ。でねぇと死ぬぞ、みんな」
「それは分かっているが……」
奥歯を噛み締めながら愛馬・エルダンジュに跨るレーヴィンは握った拳に力を込める。
彼らの乗る馬は予め兵士たちが準備しておいたもので、突入の隙は一瞬しかない事を彼らは理解していた。
「そのおっさんの言う通りだぜ、レーヴィン。俺たちも前に突き進む事しか出来ねえんだ。だったら、最後までやり切って多くの命を救ってやろうぜ」
「ラーズにしては珍しくいい事を言う。お馬鹿さんも使いよう」
「ひでえ言い草だなぁ。まぁ、間違っちゃいねえんだけどよ」
軽く笑い飛ばしながら一等の馬に跨るラーズは拳を掌に打ち付け、彼の背中に乗るエルは口元に手を当てながら笑う。
「……雷蔵さん。ここまで一緒に来てくれた事、本当に感謝してます」
「言ったろう、拙者は恩を返しに戻ってきたまで。だが、国を救う事になるとは思わなかったがな」
自嘲気味に笑みを浮かべながら雷蔵は、段々と魔力が充填されていく魔法兵の部隊を見た。
隣のシルヴィも彼の言葉に小さく笑い、腰に回していた手の力を強める。
「……妹さんもお年頃ってこった。そんな顔を浮かべるのは良くないと思いますねェ? 」
「何の事だ。もうすぐ突入の合図が出る、備えておいてくれ。……彼との関係は、後でじっくりと聞いておくがな」
「はは、手厳しいお兄様ですなァ。……さっき言った事、覚えておいてくだせェ」
平重郎の言葉にゼルギウスは頷き、彼らの会話を耳にした椛は肩を竦めながら目の前の魔物の群れに視線を戻した。
そして、アイナリンドの声が周囲に響き渡る。
「爆ぜよ・炎帝の鎌ッ!!! 」
彼女たちの詠唱と共に群れの中心部に巨大な深紅の魔法陣が現れ、瞬く間に周囲の温度を高めていく。
その陣からは赤く燃え盛る巨大な炎の鎌が姿を現し、手始めに周囲の魔物を焼き殺していった。
「これで終わりませんッ!! 連続詠唱・振動ッ!! 」
連続詠唱とは、文字通り発動した魔法へ更に魔法を上乗せする高等技術である。
膨大な量の魔力を有すると同時に魔力を操作する集中力と精神力も併せて持ち合わせなければ使いこなす事が出来ない。
熟練した魔法技術を持つアイナリンドが故に、軽々と発動する事が出来る。
続けざまに彼女のみが顕現した大鎌に向けて杖の先を掲げると、地を這っていた大鎌は瞬く間に動き始めた。
妖しく光るオレンジ色の刃はブーメランのように回転し始め、鎌に触れたガーゴイルやオーガでさえも一瞬にして焼き尽くしてしまう。
王城へと続く道を切り拓いた魔法部隊は防御壁を解除し、残存した魔物との交戦を始めた。
「突き進めェェェェッ!!! 」
ミゲルの大喝と共に騎馬兵隊は出来上がった空間へ一斉に駆け始め、虫の息の魔物や身体の一部分が欠損した亜人たちを仕留めていく。
その大きな隙を突くようにゼルギウス率いる突入部隊は一気に馬の腹を蹴り、焼け野原と化した石畳の上を駆けていった。
ハルバードを手にしたミゲルが軍勢の群れに単身突撃して大暴れしているのを横目に、雷蔵は馬の速度を速める。
背後にいるシルヴィの体温を直に感じながら、王城の入り口へと近づいていった。
「シルヴィ! 」
「はいっ! 与えよ・破壊の力! 」
彼女の名前を呼ぶと同時に愛刀・紀州光片守長政を引き抜き、青白い光が刀身に集中していく。
刀全体をやがて包み込んだ強化魔法は、まばゆい光を放ち始めた。
「突破するッ! 」
城全体を覆っていた紫色の魔法結界に愛刀の切っ先を突き刺し、雷蔵の腕にとてつもない重圧が降りかかる。
スパーク音と火花を周囲に撒き散らし、やがてガラスが割れたような音が響いた。
「開いたぞ! 急げェッ!! 」
ゼルギウスの大喝と共に突入部隊の全員が膜の向こう側へと入り込む。
一人を除いて。
「平重郎!? 何をしている! 」
「作戦では部隊は7人に絞るつってたよなァ! ギルもクレアちゃんもいねぇんじゃ、ここもちと寂しいだろうと思ってねェ! 」
「馬鹿なことは止せ! 貴様も死ぬかもしれんのだぞ、鬼天狗! 」
「既に一度死んでらァ! それによォ、ギルの野郎だけにカッコつけさせる訳にはいかないんでねェ! 」
聞く耳持たず、と言った様子の平重郎は空いた穴が修復しかけている所で完全に防御膜の外へ躍り出た。
しかし雷蔵にとって彼の姿はひどく頼もしく見える。
まるでこんな戦いを自ら求めていたかのように。
「……死ぬなよ、平重郎! 」
「ごめんなさい、平重郎さんっ! 」
シルヴィと雷蔵が重々しい扉を開けて城の内部へと入っていったのを境目に、残った5人も続々と内部へ侵入していく。
その様子を見守った平重郎はアイナリンドとミゲルの元へ合流し始めた。
「!? 何故あなたが……!? 」
「ええい、どいつもこいつも! もう儂は知らんぞ! 」
「なァに、別に足手まといにゃなりませんぜ。エルフの別嬪さんにオークの爺さん」
手にした仕込み刀を僅かばかり抜きつつ、彼らは魔物と対峙し始める。
「――――少しばかり、若人にいいところを見せたくなった爺の気まぐれってとこさァ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
<ダラムタート城内部・大広間>
平重郎を置いて城内へと突入する事が出来た七人は、その変わり果てた光景に絶句する。
煌びやかな魔法灯は既に根によって壊され、幾千もの歴史を積み重ねてきた装飾も無残に砕け散っていた。
久しく戻っていなかった生家が、このような変貌を遂げてしまっては誰だって言葉を失うであろう。
「予想以上に、ヴィルフリート国王の影響とやらは凄まじいらしいな。それほど奴は王座を明け渡したくはなかったのか……? 」
「……いや、皇子。僭越ながら、口を出させて頂くぞ。これは全て、ロイの仕業だ」
何、と思わずゼルギウスは言葉を漏らす。
「ロイは魔導研究所の技術顧問という肩書を使って、魔物の研究を行っていた。そこまでは雷蔵やシルヴァーナ王女も把握している筈。だが奴は、その隠れ蓑を使って魔物を形成するエネルギーを人間の体内に取り入れる実験をしていた。その実験体に、国王が使われたのさ」
「待った。何故椛がそこまで理解している? 」
「私も国王の任で奴の監視に就かされる事が多くてな。そこで何度も私は実験の様子を見せられた。……おそらく、ヴィルフリート国王もロイの事は危険視していたのだろう」
王城の中を進みながら7人は椛の話に耳を傾けた。
人間を実験体にするという事が如何に禁忌を犯している事なのかは、全員が身を以て実感している。
余程の人間でなければ、ヴィルフリート国王のように突然変異を起こす。
それこそ、国を崩壊まで導く程に。
「……そう、だったんだ。だから、あの時調整って……! 」
「知っているのか、シルヴィ? 」
何かを思い出したかのようにシルヴィが口を開いた。
「私が国王に拘束されてこのお城に連れ戻されたときに、ヴィルフリートがロイの事を兵士に尋ねてたんです。その時彼は確かに調整、という単語を口にしていました」
「……大方、この崩壊を起こす為の実験だったのだろう。奴にとっては、国家でさえも実験体の一つに過ぎない」
その時。
殿を務めていたラーズとレーヴィンが突然足を止め、背後にいた5人へ振り向く。
「……なぁ。静かすぎるとは思わねえか? いくら予め皇子が王城の内部には魔物が少ないと言ったって限度ってもんがある」
「そうだな。それは私も常々感じていた。エル、魔法で探知は出来ないか? 」
「やってみる」
エルは右手を伸ばしながら目を閉じ、神経を集中させた。
彼女の掌から放たれた赤い光が廊下の奥へと消えていき、やがて彼女の元へ戻ってくる。
「……来る! 」
その言葉と共に、全員が各々の得物を手にした。
瞬間、金属が擦れる音が何度も響き渡る。
「あれは……!? 」
「兵士はもう全員出払っている筈だ! なのに何故鎧が……! 」
彼らが目にしたのは、槍や剣などを構えた鈍色の鎧たち。
無機質な金属音は不気味ささえ醸し出し、雷蔵たちを見るなり進んでいた速度を速めてくる。
「やらせるかッ! 」
レーヴィンの一太刀によって真っ先に向かってきた槍の鎧は音を立てて地面に崩れた。
腕の部分の鎧が落ちるも、周囲に鮮血が飛び散る事はない。
「な、なんじゃこりゃあっ!? 人が入ってねぇ!? 」
「ゆ、幽霊か何かか!? 」
慌てた様子を見せるラーズとレーヴィンを押しのけて、エルとゼルギウスが魔法を武器に施した状態で蠢く鎧に飛び掛かる。
ゼルギウスの氷の長剣によって真っ二つにされた鎧は、その場で弾けて二度と動く事はなかった。
「まともに戦ってはダメ! 移動中に武器に魔法をかけるから走って! 」
「シルヴィ! 拙者のも頼む! 」
「はいっ! 」
二人の奮闘により出来上がった僅かな隙を元に、7人は再び廊下の奥へと走り出す。
その間、雷蔵の隣を並走していたシルヴィが彼の愛刀と自身の細剣に青白いオーラを纏わせた。
「エル! 国王が居る方向は!? 」
「さっき調べた! 謁見の間の玉座にいる! 」
「流石だぜ! それでこそ俺の幼馴染! 」
廊下を進んだところで彼らは大広間に差し掛かり、そこにも魔力を浴びた生ける鎧が群れを成している。
加えて、城内に飾られていた石像でさえも動き出していた。
「止まるなッ! 走れッ!! 」
「エルさん! 魔法機雷を! 」
シルヴィの言葉にエルは頷き、雷蔵の一刀によって両断した鎧を踏み越える7人。
彼らの魔力に引き寄せられるように石像と鎧たちは後を追い始めた。
「設置・氷皇の怒り」
一瞬だけ背後を振り向いたエルは赤い絨毯の床へ向けて氷魔法を放ち、一目散に逃げだす。
トラップを仕掛けられている事など知らない追跡者たちは、魔法陣の上に立ってしまった。
瞬く間に鉄製の鎧と石像を氷が包み込み、その足を強制的に止めさせる。
その光景に見向きもせずに無事に謁見の間へと辿り着いた7人は、重苦しく禍々しい雰囲気を漂わせる扉の前に立った。
「……ここか」
「終わらせよう、全てを」
雷蔵の言葉に全員が頷き、ドアの取っ手に手を掛けて開く。
そこには大木を思わせる巨大な幹がこの部屋から伸びており、深緑色の触手が彼らを出迎えた。
そしてその幹に四肢を固定され、国王のローブを纏うヴィルフリートの姿が見える。
7人が謁見の間に入るなり、彼は閉じていた目を開いた。
「――――さあ始めよう。この国の王に相応しい者を決める……戦いをな」
決戦の火蓋が、今切って落とされた。
ギルベルトとクレアに後を任せ、無事に王城へと辿り着く事が出来た雷蔵たち。
しかし彼らの足は城の目前にしたところで一旦止まり、大量に蠢いている魔物の群れと対峙していた。
「魔法兵は爆発魔法の詠唱を始めて! 一気にダラムタート城までの道を切り開くのよ! 」
「騎兵隊! 魔法の発動の直後に走り出せ! 儂が殿を務める! 」
アイナリンドの率いる魔導士部隊とミゲルの統率する騎馬兵隊は彼らの言葉を聞くと一斉に戦いの準備を始め、既に牙を剥いている幾つもの魔獣たちを睨み付ける。
待機する軍勢を守ろうと連合軍の兵士たちが亜人たちと攻防戦を繰り広げており、魔法攻撃の時を今か今かと待ち望んでいた。
「目の前で味方が戦っているのにこうも手出しが出来んとは……ッ! 」
「落ち着きなァ。俺達の仕事は城に行って大元を叩き斬ってくる事だけ、今は自分の任務に集中した方がいいねェ。でねぇと死ぬぞ、みんな」
「それは分かっているが……」
奥歯を噛み締めながら愛馬・エルダンジュに跨るレーヴィンは握った拳に力を込める。
彼らの乗る馬は予め兵士たちが準備しておいたもので、突入の隙は一瞬しかない事を彼らは理解していた。
「そのおっさんの言う通りだぜ、レーヴィン。俺たちも前に突き進む事しか出来ねえんだ。だったら、最後までやり切って多くの命を救ってやろうぜ」
「ラーズにしては珍しくいい事を言う。お馬鹿さんも使いよう」
「ひでえ言い草だなぁ。まぁ、間違っちゃいねえんだけどよ」
軽く笑い飛ばしながら一等の馬に跨るラーズは拳を掌に打ち付け、彼の背中に乗るエルは口元に手を当てながら笑う。
「……雷蔵さん。ここまで一緒に来てくれた事、本当に感謝してます」
「言ったろう、拙者は恩を返しに戻ってきたまで。だが、国を救う事になるとは思わなかったがな」
自嘲気味に笑みを浮かべながら雷蔵は、段々と魔力が充填されていく魔法兵の部隊を見た。
隣のシルヴィも彼の言葉に小さく笑い、腰に回していた手の力を強める。
「……妹さんもお年頃ってこった。そんな顔を浮かべるのは良くないと思いますねェ? 」
「何の事だ。もうすぐ突入の合図が出る、備えておいてくれ。……彼との関係は、後でじっくりと聞いておくがな」
「はは、手厳しいお兄様ですなァ。……さっき言った事、覚えておいてくだせェ」
平重郎の言葉にゼルギウスは頷き、彼らの会話を耳にした椛は肩を竦めながら目の前の魔物の群れに視線を戻した。
そして、アイナリンドの声が周囲に響き渡る。
「爆ぜよ・炎帝の鎌ッ!!! 」
彼女たちの詠唱と共に群れの中心部に巨大な深紅の魔法陣が現れ、瞬く間に周囲の温度を高めていく。
その陣からは赤く燃え盛る巨大な炎の鎌が姿を現し、手始めに周囲の魔物を焼き殺していった。
「これで終わりませんッ!! 連続詠唱・振動ッ!! 」
連続詠唱とは、文字通り発動した魔法へ更に魔法を上乗せする高等技術である。
膨大な量の魔力を有すると同時に魔力を操作する集中力と精神力も併せて持ち合わせなければ使いこなす事が出来ない。
熟練した魔法技術を持つアイナリンドが故に、軽々と発動する事が出来る。
続けざまに彼女のみが顕現した大鎌に向けて杖の先を掲げると、地を這っていた大鎌は瞬く間に動き始めた。
妖しく光るオレンジ色の刃はブーメランのように回転し始め、鎌に触れたガーゴイルやオーガでさえも一瞬にして焼き尽くしてしまう。
王城へと続く道を切り拓いた魔法部隊は防御壁を解除し、残存した魔物との交戦を始めた。
「突き進めェェェェッ!!! 」
ミゲルの大喝と共に騎馬兵隊は出来上がった空間へ一斉に駆け始め、虫の息の魔物や身体の一部分が欠損した亜人たちを仕留めていく。
その大きな隙を突くようにゼルギウス率いる突入部隊は一気に馬の腹を蹴り、焼け野原と化した石畳の上を駆けていった。
ハルバードを手にしたミゲルが軍勢の群れに単身突撃して大暴れしているのを横目に、雷蔵は馬の速度を速める。
背後にいるシルヴィの体温を直に感じながら、王城の入り口へと近づいていった。
「シルヴィ! 」
「はいっ! 与えよ・破壊の力! 」
彼女の名前を呼ぶと同時に愛刀・紀州光片守長政を引き抜き、青白い光が刀身に集中していく。
刀全体をやがて包み込んだ強化魔法は、まばゆい光を放ち始めた。
「突破するッ! 」
城全体を覆っていた紫色の魔法結界に愛刀の切っ先を突き刺し、雷蔵の腕にとてつもない重圧が降りかかる。
スパーク音と火花を周囲に撒き散らし、やがてガラスが割れたような音が響いた。
「開いたぞ! 急げェッ!! 」
ゼルギウスの大喝と共に突入部隊の全員が膜の向こう側へと入り込む。
一人を除いて。
「平重郎!? 何をしている! 」
「作戦では部隊は7人に絞るつってたよなァ! ギルもクレアちゃんもいねぇんじゃ、ここもちと寂しいだろうと思ってねェ! 」
「馬鹿なことは止せ! 貴様も死ぬかもしれんのだぞ、鬼天狗! 」
「既に一度死んでらァ! それによォ、ギルの野郎だけにカッコつけさせる訳にはいかないんでねェ! 」
聞く耳持たず、と言った様子の平重郎は空いた穴が修復しかけている所で完全に防御膜の外へ躍り出た。
しかし雷蔵にとって彼の姿はひどく頼もしく見える。
まるでこんな戦いを自ら求めていたかのように。
「……死ぬなよ、平重郎! 」
「ごめんなさい、平重郎さんっ! 」
シルヴィと雷蔵が重々しい扉を開けて城の内部へと入っていったのを境目に、残った5人も続々と内部へ侵入していく。
その様子を見守った平重郎はアイナリンドとミゲルの元へ合流し始めた。
「!? 何故あなたが……!? 」
「ええい、どいつもこいつも! もう儂は知らんぞ! 」
「なァに、別に足手まといにゃなりませんぜ。エルフの別嬪さんにオークの爺さん」
手にした仕込み刀を僅かばかり抜きつつ、彼らは魔物と対峙し始める。
「――――少しばかり、若人にいいところを見せたくなった爺の気まぐれってとこさァ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
<ダラムタート城内部・大広間>
平重郎を置いて城内へと突入する事が出来た七人は、その変わり果てた光景に絶句する。
煌びやかな魔法灯は既に根によって壊され、幾千もの歴史を積み重ねてきた装飾も無残に砕け散っていた。
久しく戻っていなかった生家が、このような変貌を遂げてしまっては誰だって言葉を失うであろう。
「予想以上に、ヴィルフリート国王の影響とやらは凄まじいらしいな。それほど奴は王座を明け渡したくはなかったのか……? 」
「……いや、皇子。僭越ながら、口を出させて頂くぞ。これは全て、ロイの仕業だ」
何、と思わずゼルギウスは言葉を漏らす。
「ロイは魔導研究所の技術顧問という肩書を使って、魔物の研究を行っていた。そこまでは雷蔵やシルヴァーナ王女も把握している筈。だが奴は、その隠れ蓑を使って魔物を形成するエネルギーを人間の体内に取り入れる実験をしていた。その実験体に、国王が使われたのさ」
「待った。何故椛がそこまで理解している? 」
「私も国王の任で奴の監視に就かされる事が多くてな。そこで何度も私は実験の様子を見せられた。……おそらく、ヴィルフリート国王もロイの事は危険視していたのだろう」
王城の中を進みながら7人は椛の話に耳を傾けた。
人間を実験体にするという事が如何に禁忌を犯している事なのかは、全員が身を以て実感している。
余程の人間でなければ、ヴィルフリート国王のように突然変異を起こす。
それこそ、国を崩壊まで導く程に。
「……そう、だったんだ。だから、あの時調整って……! 」
「知っているのか、シルヴィ? 」
何かを思い出したかのようにシルヴィが口を開いた。
「私が国王に拘束されてこのお城に連れ戻されたときに、ヴィルフリートがロイの事を兵士に尋ねてたんです。その時彼は確かに調整、という単語を口にしていました」
「……大方、この崩壊を起こす為の実験だったのだろう。奴にとっては、国家でさえも実験体の一つに過ぎない」
その時。
殿を務めていたラーズとレーヴィンが突然足を止め、背後にいた5人へ振り向く。
「……なぁ。静かすぎるとは思わねえか? いくら予め皇子が王城の内部には魔物が少ないと言ったって限度ってもんがある」
「そうだな。それは私も常々感じていた。エル、魔法で探知は出来ないか? 」
「やってみる」
エルは右手を伸ばしながら目を閉じ、神経を集中させた。
彼女の掌から放たれた赤い光が廊下の奥へと消えていき、やがて彼女の元へ戻ってくる。
「……来る! 」
その言葉と共に、全員が各々の得物を手にした。
瞬間、金属が擦れる音が何度も響き渡る。
「あれは……!? 」
「兵士はもう全員出払っている筈だ! なのに何故鎧が……! 」
彼らが目にしたのは、槍や剣などを構えた鈍色の鎧たち。
無機質な金属音は不気味ささえ醸し出し、雷蔵たちを見るなり進んでいた速度を速めてくる。
「やらせるかッ! 」
レーヴィンの一太刀によって真っ先に向かってきた槍の鎧は音を立てて地面に崩れた。
腕の部分の鎧が落ちるも、周囲に鮮血が飛び散る事はない。
「な、なんじゃこりゃあっ!? 人が入ってねぇ!? 」
「ゆ、幽霊か何かか!? 」
慌てた様子を見せるラーズとレーヴィンを押しのけて、エルとゼルギウスが魔法を武器に施した状態で蠢く鎧に飛び掛かる。
ゼルギウスの氷の長剣によって真っ二つにされた鎧は、その場で弾けて二度と動く事はなかった。
「まともに戦ってはダメ! 移動中に武器に魔法をかけるから走って! 」
「シルヴィ! 拙者のも頼む! 」
「はいっ! 」
二人の奮闘により出来上がった僅かな隙を元に、7人は再び廊下の奥へと走り出す。
その間、雷蔵の隣を並走していたシルヴィが彼の愛刀と自身の細剣に青白いオーラを纏わせた。
「エル! 国王が居る方向は!? 」
「さっき調べた! 謁見の間の玉座にいる! 」
「流石だぜ! それでこそ俺の幼馴染! 」
廊下を進んだところで彼らは大広間に差し掛かり、そこにも魔力を浴びた生ける鎧が群れを成している。
加えて、城内に飾られていた石像でさえも動き出していた。
「止まるなッ! 走れッ!! 」
「エルさん! 魔法機雷を! 」
シルヴィの言葉にエルは頷き、雷蔵の一刀によって両断した鎧を踏み越える7人。
彼らの魔力に引き寄せられるように石像と鎧たちは後を追い始めた。
「設置・氷皇の怒り」
一瞬だけ背後を振り向いたエルは赤い絨毯の床へ向けて氷魔法を放ち、一目散に逃げだす。
トラップを仕掛けられている事など知らない追跡者たちは、魔法陣の上に立ってしまった。
瞬く間に鉄製の鎧と石像を氷が包み込み、その足を強制的に止めさせる。
その光景に見向きもせずに無事に謁見の間へと辿り着いた7人は、重苦しく禍々しい雰囲気を漂わせる扉の前に立った。
「……ここか」
「終わらせよう、全てを」
雷蔵の言葉に全員が頷き、ドアの取っ手に手を掛けて開く。
そこには大木を思わせる巨大な幹がこの部屋から伸びており、深緑色の触手が彼らを出迎えた。
そしてその幹に四肢を固定され、国王のローブを纏うヴィルフリートの姿が見える。
7人が謁見の間に入るなり、彼は閉じていた目を開いた。
「――――さあ始めよう。この国の王に相応しい者を決める……戦いをな」
決戦の火蓋が、今切って落とされた。
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