ワンダラーズ 無銘放浪伝

旗戦士

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第四章: 傾国の姫君

第六十八伝:死地へ

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<野営地>

 一方その頃。
ハインツのお蔭で無事に魔物からの強襲を免れた雷蔵たちは、"解放者"本隊が設立した緊急用の野営地へと辿り着く。
このキャンプには王都ヴィシュティアから逃げてきた一般市民たちや非戦闘員、投降した王国軍の兵士達や国王親衛隊の騎士までもがこの場に集結していた。
彼らは皆憔悴しきった表情を浮かべており、逃げる途中で魔物に襲われた負傷者からは呻き声が聞こえる。

「お嬢様、それに雷蔵さんにレーヴィンさんまで! ご無事でしたか! 」
「はい、なんとか……。ですが……」

シルヴィが言葉に詰まった所で、レーヴィンが彼女の肩を叩いた。
目の前のギルベルトが眉を顰めるのを一瞥すると、口を開く。

「……親衛隊隊長であるハインツ・デビュラールが我々の後退を援護する為に単身残りました」
「そう、でしたか……。救援の必要は? 」
「……ありません。生存は、絶望的です」

拳を握り締めながらレーヴィンがそう報告すると、ギルベルトはばつが悪そうな表情を浮かべながら一礼して3人を司令部へ案内し始める。

「ラーズとエル殿はどこへ? 」
「お二人ともギルゼンさんとインディスさんの所に居ます。今のところ怪我が悪化している様子はありませんし、傷の手当も十分です」
「そうか……。もう既に皆は集まっているのだな? 」

雷蔵の言葉に彼は頷く。
並行して隣を歩いているシルヴィは僅かばかり憂鬱な表情を浮かべながら、レーヴィンの背中を撫でた。

「……レーヴ」
「分かっています。ご安心を。今は、王都を奪還する事に集中します……お気を遣わせて、申し訳ありません」
「無理だけはしないで。貴女には、私達がついていますから」

隣で会話をしている二人を横目に、雷蔵はギルベルトへと視線を向ける。
短い溜息を吐きながら彼は僅かばかり首を横に振り、雷蔵の言葉を止めた。

「は、ハートラント卿っ! 」

突然かかった声にレーヴィンは視線を傾け、頭に包帯を巻いた一人の騎士が目の前で倒れ込む様子を目の当たりにする。
すぐ傍にいた雷蔵は彼に肩を貸しながら立ち上がらせた。

「貴殿は……」
「国王親衛隊第一部隊副隊長、アルカード・リュベルです! ハインツ隊長と行動を共にしていたとお聞きしました! 」

若いエルフの騎士――アルカードの言葉にレーヴィンは目を見開き、途端に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
そんな彼女の様子を見て、彼は戸惑いながらも話を続けた。

「もし隊長の所在をご存知でしたら、お教えください! 至急、残りの兵を集めて救援に向かいます! 」
「どういう事ですか? 親衛隊の部隊のほとんどは我々と敵対していた筈……。何故急にそのような事を? 」
「我々も国に仕える騎士として、解放者軍に与する事を先ほど会議で決めさせていただきました。既に他の隊の方ともお話はついております。司令官であるハンニバル殿にご連絡が遅れてしまった事、この場にてお詫び申し上げます」

国が崩壊しかけている上、国王が理性を失った状態で親衛隊が機能するはずもない。
彼らの選択は至極正しいもので、戦況を一番に理解していたギルベルトも容易に彼らの投降も受け入れる事が出来た。

「加えて、王国軍本隊のほとんどの兵士を受け入れたとも聞いております。我々の捕虜への手厚い手当てや支援、感謝してもし切れない程です。ですから、我々のトップであるハインツ隊長を連れ戻したく申し上げました」
「分かりました。援軍の件は快諾させて頂きます。ハインツ隊長の件ですが……」

ギルベルトの言葉を遮るかのようにレーヴィンが一歩前へ進む。
そして彼女はアルカードの前に両ひざを着き、地面に額を擦り付けた。

「な、何を……」
「ハインツはもう戻らない。彼は私たちを逃そうと、単身魔物の軍勢へと突撃なされた」

アルカードの絶句と共に、彼女は顔を上げる。

「私が憎いのなら、この場にてこの首を差し出そう。今回の件は、彼を連れ戻す事が出来なかった私に全ての責任がある」
「レーヴ……そんな……」
「ハートラント卿…………」

暫くの沈黙の後に、アルカードが彼女の前で跪いた。
次の瞬間、彼はレーヴィンの肩を優しく叩く。

「…………きっと僕が同じ立場なら、隊長と同じことをしたと思います。誇り高き騎士のまま、彼は死んでいった。騎士の本懐とは、誰かを守る為に命を懸ける事。それが出来たのなら、隊長は幸せ者だった筈です」
「……私は」
「だから、そんなにご自分を責めないで下さい。貴女は今も、私達にとって憧れの銀騎士なのですから」

そう言い残すとアルカードは立ち上がり、ギルベルトへ視線を戻した。

「状況は把握できました。これより我々は、暴走した国王を止める為貴方がたの傘下に入ります。先に会議室でお待ちしております」
「はい。ご協力、感謝いたします。では、また後ほど」

雷蔵は地面に座り込んでいたレーヴィンを立ち上がらせ、爽やかな笑顔を浮かべるアルカードに頭を下げる。
一礼を返しながら彼は立ち去り、四人はその場に取り残された。

「……レーヴィンさん、行きましょう。ここで立ち止まっている暇はありません。友の為に泣くのは、全てを終えてからです」
「あぁ……あぁっ……! 」

泣き声を殺して涙を流すレーヴィンを横目に、雷蔵たちは再び足を進める。
そうして彼らは、会議室の奥へと消えていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
<解放者司令部・会議室>

 涙を拭った彼女と共に、雷蔵たちはギルベルトの案内の下会議室へと辿り着いた。
並べられた机にはシルヴィの実兄で正式な王位後継者であるゼルギウスを中心に、セベアハの村の村長であるミゲルとアイナリンド、シルヴィの守護騎士に任命されたラーズやエルなどと言った面々が揃っている。

その中には先ほど出会ったアルカードの姿もあり、部屋は重厚な雰囲気に包まれていた。

「人数も揃った事ですし、そろそろ始めても良いんじゃあないですかね? 」
「そうしよう。4人とも、席に着いてくれ」

ゼルギウスの言葉に応えるかのように雷蔵たちは各々の席に座り始め、中心に設置された写影媒体の電源が点く。
雷蔵の隣に座っていた霧生平重郎は彼の肘を小突いた。

「……騎士の姉ちゃん、何かあったのかい? 」
「何故分かる? 」
「纏ってる空気感というか雰囲気と言うか……。匂いが変わった気がしてねェ。まあいい、今は会議に集中だな」

周囲に立っている若い騎士たちが机に腰かけている全員に資料を手渡す。

「率直かつ迅速に会議を進めよう、もうあまり時間がない。改めて目標を確認しよう」

彼は紙の束を手にしながら写影媒体を動かし始め、現在の王城の様子を再現した立体図を表示した。
威厳ある白を基調とした王城はヴィルフリート国王によって半壊寸前になってしまい、城の壁からは植物の根のような太い触手が幾つも姿を露わにしている。

「これは……! 」
「おそらくヴィルフリート国王が魔物に変異した際の影響だろう。触手の後を辿っていくと、城の中心部に根幹が集中している。予測ではあるが、ここにヴィルフリートがいる筈だ」

「……出現している根の一つ一つに尋常じゃない量の魔力が流れてる。フレイピオス全土の魔物がここに集結しつつあるのは、そのせい」
「城に入るのも一苦労しそうだな……。皇子、内部に魔物の反応はあるんですか? 」

ラーズの問いに、ゼルギウスは首を縦に振った。

「だが、魔物の数は外部に比べて圧倒的に少ない。一個小隊でも撃破できるくらいの量だ。故に、我々が今回集中させるは王城外の戦力。内部に突入するのは7・8人と言った所だろう。そこで、急ではあるが突入班と迎撃班に人数を振り分けた」

再びホログラムを操作すると、そこには解放者軍の幹部が表示される。

「雷蔵、レーヴィン、シルヴィ、ラーズ、エル、平重郎、ギルベルトと私が王城へ突入し、母体であるヴィルフリート国王の撃破。突入班の指揮官はギルベルトを任命する。突入する際の援護はミゲル、アイナリンド、クレア、アルカードの5人に頼みたい。その際、部下や兵士等の戦力は外部迎撃班に全て託す。指揮権はミゲルにある。全員、この作戦に異論のある者は? 」
「質問を一つだけ。ロイ・レーベンバンクの介入は考えられるだろうか? 」

「いや、有り得ない。今しがた、ロイの姿がフレイピオス郊外で確認された。彼の妨害は無いに等しいだろう」
「……国を乱すだけ乱しておいて、自分は逃げるか……」

「他に、誰か質問のある者は? 」
「突入ルートはどうなるのでしょうか? 」

レーヴィンの問いに答えるかのようにゼルギウスは媒体を動かし始め、城下町と王城の全体図を表示した。
南の大通りから真っ直ぐに突き進むルートを軸に、迂回路が幾つも提案されている。

「親衛隊の隊長であるハインツ・デビュラール卿のお蔭で、南の通りの魔物の戦力は激減している。ここなら損害を最小限に抑えつつ王城へ突入できる。もしもの事があった時、この地図に表示されている迂回路を通って集合ポイントに向かうか、王城で落ち合っても構わない」
「了解いたしました」

彼女の質問を最後に会議室には沈黙が流れ、同時にゼルギウスが資料を机の上に戻した。

「……皆、これが国を取り戻す最後のチャンスだ。いがみ合っていた我々が再び手を取り合い、一つの大きな敵を打ち倒す。この作戦が成功すれば、フレイピオスは更にもう一歩踏み出す事が出来る筈だ。今は前王や国王など関係ない。国を守る一つの力として、皆の命をくれ」

彼の言葉と共に、その場にいた全員が立ち上がる。

「行こう。我々の明日を取り戻す為に」
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