9 / 9
9. 姿のない仕立て屋
しおりを挟む次の日、僕は昼間に堂々と執事長の部屋を訪ねた。
僕の体の何倍もある大きな扉の前に立ち「トントンッ」とドアをノックする。部屋の中から返答はない。
何だ留守なのか?
と一人小さな声で呟くと背後から声を掛けられた。
「坊ちゃん、なんしとん」
昨夜、聞いたばかりの酷い訛り声。僕の想像通りに後ろを振り返るとオイッスの姿があった。
「オイッス、執事長にちょっと用事があるんだー」と僕が言うとオイッスは笑いながら答えた。
「おいはウィッスだべ。オイッスはおいの弟だ、モルミッシュ十人兄弟全員がここの屋敷に勤めてるんだ。執事長はしばらくの間は留守だべ」
胸を張ながら話すウィッスとオイッスの見た目は殆ど一緒で見分けがつかないが、顔・髪型・声などに僅かな特徴があるらしい。
「留守なら仕方ないやー」と言い残し、僕は居室へと戻った。
それからというもの、執事長の部屋に毎日尋ねたが執事長の姿はなく、あっという間に"誕生祭前日"の日付となった。
──マッシュ誕生祭前日、居室にて
「坊ちゃん、いよいよ明日は誕生祭ですね~ッ!」
と目をキラキラと輝かせながらメイドのメイが喜んでいる。その隣には、シス婆や使用人が立ち並び、誕生祭に着る服を作った仕立て屋を今か今かと待ち望んでいた。
僕の着る服を作った仕立て屋は、王国では有名な仕立て屋らしく、仕立てた洋服一着で城が買えるほどの貴重価値があるという。それは普通の洋服ではなく、珍しい素材を使った奇才なデザインを施した洋服らしく、着用した者に不思議な力を宿すという。そんな洋服を作り出す仕立て屋を人目見ようと非番の使用人までもが、屋敷入口から居室までの道程を案内するように立っていた。
性別すら分からぬ謎多き人物に興味を示さぬ訳もなく、実は僕もどんな人物なのか気になっていた。
「坊ちゃん、おはようございます。仕立て屋のアンク・デルタと申します」
唐突に目の前から声が聞こえた。目の前にはメイ達使用人の姿しか見えない。
「えっ?」と小さな声を出して驚くと続けて声が聞こえた。
「坊ちゃん。皆には私の姿、声が聞こえていないのです。どうか騒がずに心の中でお話し下さい」
「あぁ、この展開・・・こっちの世界に来てから慣れたよ・・・。えっと、僕はどうすればいいの?」
こういう展開に慣れてしまっていた僕は謎の落ち着きと順応性を見せ、胸に抱いていたデディグマに顔を押し当てながら心の中で話した。ちなみにデディグマは一日の内の数時間しか活動出来ないため必要のない時は寝て活動停止している。
「流石は賢者の刻印を持つ者、話が早くて助かります。私は人前に姿を現す事を王都以外では禁じられているため、姿くらましのオーブを身に纏っている状況でございます。王子様の御前で働く無礼をお許しください。では、本題に入りますが誕生祭でお召になる衣装は、執事長室の机の上にすでに置いてあります。皆に私の存在が悟られる事の無いように、ご確認の程をお願い致します。」
「りょうかい。けど、デルタさんの姿が見れなかったのは残念だなぁ~・・・」
「ふふ、誕生祭は王都であります。私は王都では姿を現す事が出来るので私の姿を見たいなら探して見て下さい。ただ、私から名乗ることはありません。私と思った人に声を掛けて見て下さい。この事はどうか内密に、ではこれにて失礼します」
それからは声は聞こえなくなった。デルタさんは王都に帰ったのだろう。
「おしっ! 執事長室に洋服を取りに行こう」と一人意気込み、こっそりと居室から抜け出そうとするが、周りのメイや使用人に「仕立て屋が来るまで我慢して下さい」と邪魔をされてしまい一向に動く事が出来なかった。そんな中、とある一人が口を開いた。
「坊ちゃん、もしかしてウ〇コか? そんならオイラがトイレについて行くど」
この声の主は警備員のオイッス。デリカシーの欠片も無い最低な発言だったが、今の僕には天から垂らされた蜘蛛の糸のようだ。僕は便乗して声を出す。
「う〇こー! う〇こー!! う〇こー行きたい・・・ッ!!!」
恥を押しんで名演技をした僕は使用人達から失笑されたが、メイやシス婆は優しく微笑んでくれた。作戦は成功でオイッスは僕を抱き抱えて居室を出るとトイレに連れて行ってくれた。トイレ内で僕はオイッスにこっそりと頼んだ。
「オイッス、理由は言えないけど僕をこっそりと執事長室に連れて行って」とオイッスに向かって言うと少し間をあけてオイッスは答えた。
「なんだぁ、坊ちゃん。執事長が帰ってきたんに気づいてたんか。まぁ連れて行くのはいいけんど、そこまでして執事長会いたいのがぁ~」
執事長はどうやら帰って来ているらしい。仕立て屋と何か関わりがあるのか分からないが、執事長と会えるのなら一石二鳥だ。
オイッスは黒装束の胸元に僕を入れて隠すと皆に見つからないように執事長室まで運んでくれた。
「ありがとう、オイッス。二人で話してくるから外で待っててくれる?」
僕がそう言うとオイッスは静かに頷き、ノックをした後に入口のドアを開けてくれた。
いよいよ僕は執事長と対面、仕立て屋の洋服を確認する事となる。
0
お気に入りに追加
29
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく
霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。
だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。
どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。
でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!
欠損奴隷を治して高値で売りつけよう!破滅フラグしかない悪役奴隷商人は、死にたくないので回復魔法を修行します
月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
主人公が転生したのは、ゲームに出てくる噛ませ犬の悪役奴隷商人だった!このままだと破滅フラグしかないから、奴隷に反乱されて八つ裂きにされてしまう!
そうだ!子供の今から回復魔法を練習して極めておけば、自分がやられたとき自分で治せるのでは?しかも奴隷にも媚びを売れるから一石二鳥だね!
なんか自分が助かるために奴隷治してるだけで感謝されるんだけどなんで!?
欠損奴隷を安く買って高値で売りつけてたらむしろ感謝されるんだけどどういうことなんだろうか!?
え!?主人公は光の勇者!?あ、俺が先に治癒魔法で回復しておきました!いや、スマン。
※この作品は現実の奴隷制を肯定する意図はありません
なろう日間週間月間1位
カクヨムブクマ14000
カクヨム週間3位
他サイトにも掲載
転生幼女の異世界冒険記〜自重?なにそれおいしいの?〜
MINAMI
ファンタジー
神の喧嘩に巻き込まれて死んでしまった
お詫びということで沢山の
チートをつけてもらってチートの塊になってしまう。
自重を知らない幼女は持ち前のハイスペックさで二度目の人生を謳歌する。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
家庭菜園物語
コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。
異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
続き楽しみにしております!!
感想ありがとうございます!
久しぶりにアプリを開いてビックリしました笑
仕事と私生活が忙しいため、更新は殆どいま出来ない状態ですが、最後までしっかりと上げるつもりです。
稚拙な文で見にくいかもしれませんが、もし良かったら見てくださいね(^O^)