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実習

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 いよいよ本格的な探索訓練が始まった。
 まずは野営の基本。

「設営は暗くなる前に終わらせるのが望ましい」
「迷宮内も日が暮れるんですか?」
「原理は不明だが、地上と連動しているのだ」
「へ~」
「時間だけじゃなく、場所も考えなくてはならない」

 そういってイリス教官は階層ごとの特徴と理想的な設営場所について説明する。
 例えば草原地帯なら見晴らしがいいため、魔物に見つかりやすい特徴があるとか。
 そういう場合は遺跡や廃墟などを利用するのがいいが、先客――つまり他の冒険者がいた場合、諦めて別の場所を探すのが基本らしい。
 緊急事態ならば交渉して譲ってもらうこともあるそうだけれど、昔は場所取りで揉め事も多く起きたようで無理やり占拠した場合、組合から罰則が科せられることもあるんだとか。

 話を聞きながら歩いていると、村の跡地に手ごろな廃墟が見つかった。
 屋根は崩れ落ちていたが、壁や垣根がまだ残っている。

「誰もいないし、ここを野営地とする」

 イリス教官は宣言すると、さっそく設営に取り掛かった。
 ようやく背嚢を下ろすことができる。
 意外と重たくてしんどかったんだけど、なにが入ってるんだろ。
 背嚢を開くと中には天幕、毛布代わりの外套マント、調理道具、歯木、携帯糧食、革の水袋、地図、羅針盤、狼煙、松明、医薬品、円匙スコップ、縄、採取用の麻袋など、さまざまなものが詰め込まれていた。
 これが探索の基本装備か。
 野外活動アウトドアを思い出すが、実際は残念ながらそこまで楽じゃない。

 休憩も程ほどにイリス教官の指示の下、天幕を張ったり、廃村の周辺で薪になりそうな木や枯れ草を集める。
 焚き火を熾す際には、夜間に明りが遠くまでいかないように、石を積んでかまどを作っておくよう注意された。


「午後からは、魔物を狩る訓練をするが、その前に軽く腹ごしらえしようか」

 設営が完了したときには、昼を過ぎていたようだ。
 たしかにこれは日が暮れてから準備していたら、真っ暗な中で作業することになりそうだな。
 気をつけなくては。

 まあ、それはそれとして。
 イリス教官から手渡された食べ物は干し肉に乾パンだけだった。

「これだけ?」
「運動前に食いすぎるのはよくないからな」

 そういうことならしかたがないけれど、これほんとうに食べられるのか?
 干し肉も乾パンも石みたいに硬いんだが……。
 イリス教官は短剣で薄く切り取って口にしているので、同じようにして薄く切る――というよりも削った干し肉を食べてみると塩っ辛い味しかしなかった。
 うえっ。
 保存のために塩漬けして、そのまま干しただけって感じだ。
 とてもじゃないがこのままでは食えたものじゃない。

「それは新人に与えられる一番安い保存食だ。今晩の夕食もそれになるか、もっとマシなものを食えるかは少年、おまえの狩り次第というわけだな」

 イリス教官は微かに笑みをこぼした。
 なるほど、こうやってやる気を煽るわけか。

 今朝は燕麦粥オートミールを一杯食べただけだし、この干し肉はこれ以上食べる気にもならない以上、なんとしてでも狩りを成功させるしかない。
 ちなみにイリス教官の食べているものは、僕のより高価なものらしく胡椒などの香辛料も使われているようだ。
 まあ、どっちにしろあまりおいしそうではないのだけれど……。


 食後の休憩をとってから、イリス教官に魔物の種類や特徴を聞いた。
 一階層の魔物は主に一角兎や球根鬼など、油断しなければ子供でも倒すことができるものばかりだそうだ。
 油断しなければ――か。

 草原では魔物を見つけやすい一方、相手にも見つかりやすいので姿勢を低く、できるだけ風下を位置取るように移動して、獣道や足跡を見つけるのが索敵のコツらしい。
 とはいっても膝丈ほどに伸びている草が邪魔で、素人目にはどこに魔物がいるのかなんて全くわからなかった。
 しかたないズルだけど、範囲を限定しつつ〈森羅万象〉で探索するか。
 頼りっぱなしは良くないとわかってはいるんだが……。

 すこし遠くのほうにひとつ反応がある。
 こちらに気がついていないのか、額から一本の角が生えた兎が草を食んでいるようだ。

「あれが一角兎か……」
「よく気がついたな」

 イリス教官が眉を片方上げた。

「一角兎は耳がいいから、これ以上近づけばすぐに気づかれるだろう。ここから弩で狙ってみろ」
「わかりました」

 金具に足をかけ、弦を引く。
 矢筒から取り出した太矢ボルトつがえ、狙いを定める。
 ここまでで約十秒。
 慣れればもうすこし早く準備できるかもしれないが、連射はできない前提で運用する必要がある。
 一射目を外すと、次を番える前に相手に逃げられるか、接近を許してしまう。
 冒険者に人気が無いのはこのあたりが主な理由なんだろうな。
 普通の弓ならもうすこし融通が利くんだろうけど……。
 素人が狙撃に用いるなら弩のほうが向いているのは間違いないはず。
 弩は自力で弦を引き続けなくても良いので、威力や軌道も安定しやすいし。

〈森羅万象〉でこの弩が過去に放った射撃の情報を集める。
 距離、軌道、威力など。
 さらに一角兎の正確な位置情報も把握する。
 それらの情報と、迷宮内の風向きなどを考慮して慎重に狙いを定め――引き金を引く。
 弦が鳴ると同時に矢が放たれ、吸い込まれるように標的に命中した。
 おお。
 まさか一発目から的中するとは――

「驚いたな。本当に未経験なのか?」

 イリス教官の声には素直に感嘆する響きがあった。

「ええ、まあ」
「もしかしたら、冒険者としての才能があるのかもしれないな」

 はじめてちゃんとした評価を受けた気がする。

「魔物を狩った後は解体の仕方を学んでもらう」
「解体――」

 考えてみれば当たり前だけど、倒したからといって自動的に精肉になるわけじゃないんだよな……。
 獲物を回収しに行くと、血を流し動かなくなった一角兎がいた。
 撃つ前はそうでもなかったのに、こうして目の前にすると罪悪感に襲われる。
 普段食べている肉にもこういう過程があることを改めて自覚させられた気分だ。
 だからといって菜食主義になったりはしないんだから、我ながら罪な生き物だな。
 せめてもと手を合わせ黙祷を捧げる。

「なにをしているんだ?」

 イリス教官が訝しげな表情で見ていた。

「なんでもありません」
「……まあいい。悪くならないよう手早く解体を済ませるぞ」
「はい」

 その後はイリス教官に教わりながら黙々と作業をした。
 途中ですこし気分が悪くなりかけたが、毛皮をずるりと剥いてしまうと一気に食肉に見えてしまうのが不思議だ。
 血や内臓も上手く処理すれば血の腸詰肉などにして食用になるが、探索中は道具も不足しているし、処理できないものは地面に穴を掘って埋めた。
 そのまま地上に放置すれば、血の匂いに魔物が寄ってきたりすることもあるらしい。
 あと便所トイレも同じように埋めて処理するようだ。

 なんとか解体を終えるとそれだけでくたくたになった。
 一角兎は普通の兎より一回りほど大きく、食用の部分だけでも結構な重量がある。
 それ以外にも魔力の宿った角や毛皮、魔石と呼ばれる魔力の結晶など。
 全部を持ち帰るつもりなら、一人では十羽分が限度だろうか。

「やっと終わったー」
「まだ時間はあるんだ、次行くぞ」
「え……まだやるんですか?」
「当然」

 イリス教官は急かすようにその場で足を踏み鳴らした。
 しかたない、廃村の付近には水場もあったので、汚れを洗い流すとすぐに狩りを続行した。

 再び〈森羅万象〉で魔物の位置を探り、遠くから安全に狙う。
 卑怯というなかれ、これも弱者の生存戦略だ。

 しかし今度は当てが外れた。
 この階層は遮蔽物がほとんどないので、太矢を番えている最中に相手に気づかれてしまったのだ。
 やば――
 焦ったせいで、狙いが外れる。
 すると一角兎が猛然と襲い掛かってきた。
 逃げないのか――ってそんなこと考えてる場合じゃない。
 予想以上に足が速く、次の矢を準備する時間はなさそうだ。

「短剣を抜け!」

 イリス教官の鋭い声でその存在を思い出す。
 弩はその場に放置して護身用の短剣を抜く。
 一角兎はすぐ側までくると、角を突き出すようにして飛び跳ねてきた。
 間一髪で攻撃をかわしたが、当たり所が悪ければ体に穴が開きそうな一撃だ。
 冷や汗がじわりと流れ、短剣を持つ手が滑りそうになる。
 これは拙い――
 一角兎はすでに短剣の間合いから離れているので、反撃もできない。

「動きをよく見ろ。角を突き出すために跳んでくる軌道に剣をあわせるんだ」

 跳んでくる軌道?
 そんなこといわれても――また来た!
 今度は反撃を考えず相手の動きを注視する。
 一角兎は側まで走ってきた後、真っ直ぐに飛び跳ねる。
 なんとか今度も回避できた。
 それにイリス教官のいいたいこともなんとなくわかった。
 相手は愚直なまでに直線的な軌道で突きを放っている。
 動物的な本能からか見せかけの動作フェイントの類いは行わなず、胸の辺り――おそらく心臓を狙っているようだ。
 そして空中では軌道修正できない。
 だったら――
 再び突っ込んできた相手に向かって、回避すると同時に短剣を突き出すと確かな手ごたえがあった。
 勢いよく跳び込んできたおかげで、一撃で致命傷を与えることができたようだ。
 ふう、終わった。

「まあまあだな」

 イリス教官が近くにやってくる。
 まあまあか……。
 僕にしちゃ大健闘だったと思うけど。

「手を見せてみろ」
「手?」

 いまさらながら気がついたが、手の甲から生暖かい血が流れ出していた。
 どうやら角がかすっていたらしい。
 自覚すると突然痛みだしてくる。

「ちょうどいい。怪我の治療方法を教えるから自分で処置してみろ」

 ちょうどいいって……。
 文句をいってもしょうがないので、教わったとおり傷口を洗い流し、傷薬を塗りこむ。
 最後に包帯を巻いて応急処置の完了だ。
 この辺りは元の世界と変わらない。

「傷薬の材料になっている薬草はこの草原でも手に入るから、それもあとで教えてやろう」

 そういえば癒し草と呼ばれる薬草は地上のものより迷宮産のほうが効能がよく、組合でも常時買取していると組合の掲示板にもあったな。
 処置のあと、狩った獲物を野営地に持ち帰り解体処理を行う。
 慣れない作業で時間が掛かり、終わった頃には周囲は暗くなり始めていた。
 は~疲れた。

「疲れているところ残念だが、夜間は見張りの訓練があるぞ」
「え……」
「まあ私と交代でやるから身体を休める時間はあるさ」

 あまり慰めにはならないけど、一人だったら最悪徹夜ということを考えればマシなんだろう。

「それじゃあ夕食にしよう」

 おお!
 そうだ結局、昼はまともに食べてなかったんだ。
 このために狩りも頑張ったんだよな。

 イリス教官は背嚢から鍋を取り出し、兎肉と塩っ辛い干し肉、村の跡地で見つけた半分野生化した玉葱のようなものなどを煮込む。
 それとは別に陶器の小瓶から黒っぽい液体を兎肉に垂らして焚き火で焼いてくれた。

「それはなんですか?」
「肉醤油だ」

 え――醤油?
 いやウルクス語で醤油といったわけではなく、翻訳の都合か。
 元の世界でも古今東西に魚醤みたいなものもあったのだし、似たものがあっても不思議じゃない。
 一応〈森羅万象〉で調べてみると、一角兎や炎鶏と呼ばれる魔物の心臓ハツ肝臓レバーなどの臓物が主原料のようだ。
 肉の需要は多いのでたくさん狩られるが、内臓系は痛みやすいし食べる人が少ないため、塩漬けにして放置されている間に発酵、熟成してできたものが始まりらしい。
 肉が焼けてくると、たしかに醤油のような香ばしい匂いが漂ってくる。
 やばい、めちゃくちゃお腹が空いてきた。
 お腹が切なそうにきゅうと鳴る。

「そろそろいいだろう」

 イリス教官の許しが出たところでさっそく――

「いただたきます」

 こんがりと焼きあがった骨付き肉にかぶりつくと、すこし筋張ってはいるものの、狩猟肉ジビエ特有の獣臭さはほとんどなく、肉の旨味が口の中に広がった。

 おお!

 これが肉醤油の味か。
 醤油に近いが、肉の風味がすごい。

「死後硬直があるから本当はもっと時間をおいたほうが肉も柔らかくなるのだが……下手するとすぐに傷むし、まあこんなもんだな」

 イリス教官が誰に言うでもなく呟いた。
 なるほどこの噛み応えはそういうことか。
 だけど味に関しては、嬉しい誤算というべきか。
 肉料理に使うなら大豆醤油よりも相性いいんじゃないかな。

 骨付き肉のあとに、スープもいただく。
 こっちは堅い乾パンを浸して食べるために作ったらしい。
 干し肉も煮込むことで、塩気や出汁がスープに溶け出して、ほどよい味になっている。
 空腹のせいもあったが、おかわりもしてしまった。

「ごちそうさまでした」

 一角兎に改めて黙祷を捧げ、満足のいく夕食を終えた。


 満腹になると眠たくなってくるのだが、今夜は気を張ってなきゃいけない。
 なにしろ迷宮の中だ。
 食後の片付けを手伝いながら睡魔と闘う。
 しかし、それも終わると静かな夜が眠気を誘ってくる。
 なにかしていないと眠ってしまいそうなので、意味も無く焚き火へと薪をくべてみたり。
 いや、意味はある。
 明りを絶やさぬよう火の番は重要なのだ。

「そんなに気を張らなくても大丈夫だぞ」

 あくびを噛み殺していると、イリス教官が焚き火の向かいに腰を下ろした。

「でも魔物が襲撃してくる可能性もあるんですよね?」
「まあな。だが実を言うと、私が魔力を隠さなければ一階層の魔物程度が近寄ってくることはまずない」
「どういうことですか?」
「どうもこうもそのままだよ。魔物は基本的に自分より強い敵を襲いはしない」

 なるほど。
 魔力を隠さなければ、ということは普通魔物は人の魔力を感知することができるのか。
 ついでにいうなら昼間の一角兎は僕のことは格下と判断したわけだ。
 たしかに危ない場面もあったけど、なんだか複雑な気分だな。

「ちなみに魔力を隠すっていうのは、どういうものなんですか?」
「魔力を扱う技術には大きく二通りあるのだが――」

 そういいながらイリス教官が詳しく説明してくれたところによると、どうやら現象を伴う魔術と、性質を変化させる魔技の二大系統に分けられているらしい。
 魔法は技術というよりも才能的なものなので、特に言及は無かった。
 それはともかく、火をつけたり、風を起こしたりというのが魔術で、身体能力を強化したり、魔力を体内に閉じ込めて存在感を希薄にしたりするのが魔技だという。
 イリス教官が昼間に行っていたのは後者で〈魔力制御〉と呼ばれる魔技の応用らしい。
 ほかにも〈魔纏〉と呼ばれる魔技は、攻撃だけでなく防御にも使えるので、イリス教官はあえて金属鎧などを身に着けていないという。

「誰でも会得できるほど簡単な技術じゃないがな」

 僕の心を見透かしたようにイリス教官が付け加えた。
 便利そうだと思っていたのが顔に出ていたのかもしれない。

「そして魔物の厄介な点もそこにある。魔力を身に纏う魔物には、魔力による攻撃でないと効き目が悪いのだ」
「つまり冒険者にとって魔技か魔術は必須の技能ってことですか」
「まあそうなるな。技術的には魔術よりも魔技のほうが修得しやすいので、体内魔力を知覚するところからはじめるといい」

 体内魔力の知覚。
 ん?
 それってもうできてるんじゃ……。

「それができたら、次はどうするんですか?」
「自らの意志で操作し、身体の表面を覆ったり身体能力を強化するのだが、先のことは知覚できてから考えることだ」

 イリス教官はそっけなく言った。
 普通は知覚することも簡単ではないのだろう。
 僕も〈森羅万象〉がなければ、魔力といわれても意味不明だったろうし。
 だけどすでに知覚しているのなら、魔纏くらいならできそうな気もする。

 目を瞑り、意識を集中する。
〈森羅万象〉で魔力を感知し、思念操作で、身体の表面に纏ってみる。
 魔力が体外に出た瞬間、制御が不安定になり、すこしずつ魔力が霧散していく。

「維持が結構大変だな」
「まさか〈魔纏〉をしているのか!?」

 思わずぼやいた言葉に、イリス教官が勢いよく反応した。

「なんですか、いきなり」

 せっかく形になっていたのに、崩れてしまった。
 僕の魔力量はあまり多くないので、そんなに練習できないっていうのに……。

「少年――おまえは魔力操作ができるのか?」
「一応そうみたいです」
「……」

 イリス教官はなんだか呆れたような、戸惑うような表情をした。
 なんかおかしなこといっただろうか。

「人によっては何年も修行が必要になるのだが……」
「へー」

 いや、関心している場合じゃない。
 これもできるだけ秘密にしたほうがいいのだろうか。
 もう遅いけど。

「まあいい、魔力操作ができるなら、その先も教えてやろう」

 いろいろと聞きたそうな顔をしていたが、どうやら流してくれるらしい。
 冒険者の個人的なことを詮索するのは禁忌タブーなのかな。
 ただ単に適当なだけかもしれないが。
 僕としてはどちらにしろありがたい。

「魔力は流れでもって制御するのがコツだ」

 流れか。
 一定の場所に留めるのではなく、常に動かし続ける感じかな?
 再び体を覆った魔力を、今度は流動させながら維持する。

 おっ!

 たしかにこっちのほうが、安定感があるな。
 厚みも一定に保ちやすいし、魔力が霧散しにくい。
 ただし意識を集中しないと持続できないので、慣れるまでは周囲へ意識を向けることが難しそうだ。

「魔力の消費を抑えたいならこのやり方が有用そうですね」
「もう成功したのか?」
「はい」
「体外に放出した魔力を操作するのは、そう簡単ではないのだがな……」

 イリス教官はなんともいえない顔をして言った。
 僕の場合は、おそらく〈森羅万象〉で魔力の扱い方に慣れていたおかげだろうから、ズルしている感じでちょっとだけ申し訳ない気分になる。
 普通はもっと苦労するんだろうな。
 しかもこのあとさらに、武器や防具にも〈魔纏〉を付与しなくちゃいけないんだから――
 もしかして弩の人気がない理由って。

「あの、飛び道具にも〈魔纏〉ってできるんですか?」
「可能ではある。だが自分の身体から離れれば離れるほど制御は難しくなるので、剣などのほうが相性はいい。仮に遠くへ魔力を放出できるなら、素直に魔術として攻撃したほうが手っ取り早いしな」

 弩を選んだときに、一階層の魔物なら通用するとか言ってたが……こういうことだったのか。
 なるほどね。
 僕の主武器も考え直すべきだろうか。
 でも剣よりは弩の方が僕には向いてると思うんだよな……。
 弩の太矢に〈魔纏〉ができるかどうか見極めてからでいいか。
 いや、いっそのこと魔術の修得を目指すべきじゃ……。

 イリス教案に相談してみようかと視線を向けると、僕の質問を遮るようにイリス教官が口を開いた。

「話はこのくらいで終わりだ。時間が経ったら起してやるから、先に仮眠をとっておけ。そのあとは朝まで見張りをしてもらうぞ」

 うーん。
 そういわれるとしかたない。
 寝不足で見張りはやりたくないしな。

「それではお先に失礼します」

 自ら設営した天幕に入り、背嚢に詰め込まれていた外套を地面に敷く。
 こんな環境で眠れるのか不安もあったが、予想以上に疲れが溜まっていたらしく、横になるとすぐに眠りに落ちていった。
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