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32 シナリオに無い危機

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礼拝堂の中には、パイプオルガンの厳かな調べと、聖歌隊の透明な歌声が響いている。

扉が開くと、参列者の皆様の温かな視線が、一斉にこちらに向けられた。

先に入場したテオが待つ祭壇の前まで、お父様にエスコートされて、バージンロードを一歩づつゆっくりと進んで行く。

入場前になんとか泣き止んだお父様だが、未だに隣から鼻をすする音が聞こえて来て、苦笑が漏れそうになる。


「例え王族でも、エルザを泣かせたら許しませんよ」

テオに私を引き渡す時、お父様が低く唸る様な声でそう言った。

「肝に銘じます」

テオは、眉を下げて笑った。

(ああ、もう私は、グルーバー家の娘では無くなってしまうのだわ)

温かな家族に囲まれて過ごした日々が、終わってしまう。
急にそんな実感が湧いて来て、微かに視界が滲み始める。
そんな私の背中を、テオが宥める様にサラリと撫でた。


誓いの言葉、指輪の交換など、前世の日本の結婚式とほぼ同様に儀式が進み、神父様が「二人を夫婦として認める」と宣言した時だった───。

祭壇の近く、助祭服を着た痩せた男が妙な動きをしたのが、視界の端に映った。

その右手に、キラリと光る物が握られているのを見て、考えるよりも前に体が動いていた。

「うあぁぁぁ!」

叫び声を上げながら小型のナイフを振り上げて、一直線にテオへと向かう男の前に立ちはだかる。
その手首を掴んで、捻り上げると、女の私でも呆気ない程簡単に制圧出来た。

隣に居たテオは別の方向を向いていた為、一瞬気付くのが遅れた様だが、直ぐに男を取り押さえてくれた。
壁際に控えていた騎士達が慌てて駆け寄り、男を縛り上げて引き摺るように連れて行った。

「血が出てるじゃ無いか!」

刃先が掠って手の平に傷が出来たらしい。

「大丈夫ですよ、こんな小さなキ・・・ズ・・・・・・」

本当に、浅くて小さな傷なのだ。
それなのに───、

傷口がドクンドクンと脈打つ様に熱くなってきて、全身に怠さが広がる。
立っていられなくなり、その場に膝をついた。

「エルザ?」

崩れ落ちそうになる体を、テオが支えてくれる。

「おい!大丈夫か!?」

「まさか、ナイフに毒がっっ?」

「嘘でしょ?エルザっっ!」

バタバタと駆け寄ってくる複数の足音と、家族や友人の悲痛な叫び声。

(ごめんね、心配しないで)

そう言いたいのに、もう口が開かない。
瞼がどんどん重くなり、目を開けている事もしんどくなって来た時───、

「ちょっと、退いて下さい!
ねぇっ、通してっっ!!」

一際甲高い、若い女性の声が響いた。

「エルザ、エルザ、しっかりして下さい!
直ぐに助けますから!!」

(ああ、この声は、ユリアだ)

そう思った瞬間、目を閉じていても感じる程の眩い金色の光が私を包んだ。

(これが、聖女の治癒魔法?)

温かくて、心地良い。
フワフワと宙に浮いている様な感覚。

ずっとこの光に包まれていたい・・・。

そして、私はそのまま深い眠りに落ちて行った。




気が付くと、見知らぬ部屋で、大きくてフカフカのベッドに寝かされていた。

辺りは既に真っ暗で、枕元のランプとカーテンの隙間から漏れる月明かりのお陰で、かろうじて室内の様子を見ることが出来た。

(ここは、どこ?)

寝転がったまま、視線だけでキョロキョロと辺りを見回していると、ガチャリと扉が開いて、テオと私付きの王宮侍女が入室して来た。

「エルザっっ!?
気が付いたのか?
グルーバー家の者達を呼んで来て。」

テオは私が目覚めた事に気付くと、侍女に家族を呼ぶ様指示を出した。

「テオ?ここは?」

「王宮の一室だよ。
エルザはナイフに塗られた毒のせいで、気を失ったんだ。
でも、ユリア嬢が治癒魔法を掛けてくれたから、心配は要らない」

「ご迷惑を、おかけして・・・」

「馬鹿な事言うな。
僕を庇ったせいじゃ無いか」

「王族を護るのは、臣下として当然です」

「やめて。エルザが居なくなったら、僕は生きて行けない。
僕を護りたいと思うなら、エルザも死なない選択をしてよ」

怒った口調だけど、私を見詰める瞳はとても優しい。

「死なないつもりだったんですよ?
あの男、弱そうでしたし。
毒が塗られていたのは計算外でしたけど」

そう言い訳をして、微かに笑ったら、テオは泣いてる様な笑っている様な複雑な表情になった。

「あの男は、何者ですか?」

「マクベイン侯爵家の傍系の残党だった」

ああ、側妃派の貴族か。
彼等の殆どは何らかの処分を受けて、力を無くした。
その逆恨みってところだろう。

「しかも、あの男が助祭を装って教会に潜入するのに、レーヴェンタール元公爵が協力していたらしい。
レーヴェンタール家にも今度こそ重い刑罰が下るだろう」

レーヴェンタール元公爵は、悪役令嬢ドロテーアの父親である。
ドロテーアの事件の責任を取って早期に息子に爵位を引き継ぐ事になり、王家に目を付けられた事でレーヴェンタール家の社交界での影響力も弱くなっていた。

レーヴェンタール家は過去に聖女を輩出した事があるらしく、教会との関係が深い家系だった。
未だに教会内部に手を貸す人間がいたのだろう。

私達に逆恨みをした二組が手を組んでの犯行だったのだ。


ゲームのフラグは全て叩き潰したつもりだった。
だが王族と言う立場上、これからも利権を巡る様々な争いに巻き込まれるのかもしれないなぁ・・・。

その道をテオ一人で歩かせるくらいなら、私も一緒に歩きたい。

これは一体どんな種類の感情から来る思いなのだろうか?


バタバタと廊下を近付いてくる複数の足音を聞きながら、漠然とそんな事を考えていた。
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