11 / 33
11 堕ちる
しおりを挟む
《side:健斗》
第一希望だった会社に新卒採用される事が決まり、入社説明会の時、彼女に出会った。
たまたま隣の席に座った美亜は、俺好みの知的系美女だったので、すぐに話し掛けた。
だが彼女は警戒心が強いタイプで、当たり障りの無い会話しか出来ず、結局連絡先を聞く事さえないまま、その日の説明会は終了した。
再会したのは初出社の時。
何と同じ営業部の新入社員としてだった。
しかも、彼女は事務職ではなく、営業職での採用だったのだ。
当時、ウチの会社は、まだ女性の営業職が居なくて、彼女に期待する声は少なかったのだが・・・。
蓋を開けてみれば、ヘタな男性営業マンよりも成約率が高く、会社も期待を寄せる存在になっていた。
ライバルとしてお互いに切磋琢磨していた俺達は、いつの間にか強い信頼関係を築く様になった。
「俺と、結婚を前提に付き合って欲しい」
そう告白したのは、会社帰りに二人で飲みに行った時だった。
「うん、嬉しい」
輝く様な笑顔でそう答えてくれた彼女を、一生大事にしようと思っていたんだ。
その時は───。
「結婚を機に、退職して欲しい」
そう願ったのは、男の見栄だった。
美亜は固定客の心をガッチリ掴んでいて、その頃は俺よりも少し営業成績が良くなっていた。
彼女はきっとこれからも、どんどんキャリアを積んでいくのだろう。
そんな妻と比べられるのかと思うとなんだかモヤモヤして・・・・・・。
だから身勝手にも、専業主婦になって欲しいと頼んだのだ。
当然、美亜は嫌がったが、度重なる説得に折れて、退職を決めてくれた。
そんな風に始まった結婚生活は、たった半年で色褪せてしまう。
自分でそう願った癖に、専業主婦となった美亜に、俺は魅力を感じなくなった。
そして、営業部に新しく入ってきた事務員の女の子に惹かれたのだ。
「ねぇ、健斗ぉ。
いつになったら離婚してくれるの?」
「もう少し待ってくれ。
まだ結婚して一年しか経ってないんだ。
直ぐには難しいんだよ」
「もう半年も待ってるのに!
じゃあ、旅行に連れてってくれたら、もうちょっとだけ待ってあげる」
事務員とはあくまでも遊びのつもりだった。
だから、結婚したいと言い出した事には、正直閉口していて・・・。
だが、別れ話をするのも面倒で、適当に宥めながら、ズルズルと関係を続けていた。
予定していた旅行の二日前から、美亜が熱を出していた事は知っていた。
だけど、大人なんだし、自分で病院に行くなりなんなり出来るだろうと、たいして心配もせずに出掛ける事にした。
その事が、いくら悔やんでも悔やみきれない事態を引き起こすなんて、予想もせずに・・・・・・。
旅から帰宅した俺を待っていたのは、濁った瞳で冷たくなった、妻の抜け殻だったのだ。
葬式は密葬とし、家族のみで行った。
家族には出張中に亡くなったと嘘を吐き、職場の人間には、所用で実家に帰っている間に亡くなったと嘘を吐いた。
愛人だった事務員は、罪悪感に耐えられなかったのか、すぐに俺と距離を置いた。
でも、彼女の事は別にどうでも良かった。
美亜が居なくなってから、何もやる気が起きず、何を食べても砂を噛む様に味がしなくなった。
『失ってから大切な物に気付く』なんて、物語の中では良くある話。
取り返しがつかなくなってから後悔するなんて馬鹿だって、ずっと思っていたのに・・・。
だが、俺の地獄は、まだ始まったばかりだったのだ。
忌引きが開けて暫くは、誰もが俺に同情的で、気遣ってくれた。
その状況が変化したのは、それから一ヵ月ほど経った頃だ。
誰もが俺を遠巻きにして、コソコソと何かを噂している様子だった。
元愛人は、女子社員からあからさまに無視されて、必要事項も伝達してもらえず、仕事にまで支障が出る始末。
ある日、同期で入社した総務課の女子社員に屋上に呼び出された俺は、その理由を知る事になる。
「実家に帰ってたとか、どのツラ下げて言えるの?」
彼女は口角を歪めて嗤った。
「・・・はぃ?」
「アンタさぁ、美亜が何も知らなかったとでも思ってるの?
証拠も掴んで、もう少しであのコは自由になれる筈だったのに・・・・・・」
(美亜は、俺の不倫を知っていたのか!?)
予想外の事実に、目の前が真っ暗になった。
「もしかして、わざと見殺しにしたんじゃ無いの?」
そう言われて、やっと思い出した。
彼女が美亜と親友だった事を。
「・・・まさか、お前が何かしたのか?」
「本当の事を、教えてあげただけよ。
アンタが不倫旅行中に、美亜の容体が悪化して死んだんだってね」
「名誉毀損で訴えるぞ」
「本当に馬鹿ね。
名誉毀損って言うのは、根拠の無い誹謗中傷を、不特定多数にばら撒いた時に成立するのよ。
今回の場合は明らかな事実だし、私は二人の社員に個別に伝えただけ。
その後は放って置いても面白いくらいに噂が広がってくれたけど、それは私のせいじゃ無いわ。
要するに訴えても無駄って事よ」
「そんな・・・・・・」
「自業自得でしょ?
美亜はもっと苦しんだのよ」
吐き捨てる様にそう言った彼女は、崩れ落ちた俺を無視して踵を返した。
美亜の親友は美亜の実家にも真実を伝えたらしく、激怒した彼等によって、俺と元愛人の所業は更に広く知られる事になってしまう。
溺愛されて育った箱入り娘の元愛人は、自分の両親にも不倫を知られ見捨てられた。
家でも会社でも罵られ、彼女は徐々に精神のバランスを崩していく。
そして、ある日の通勤途中。
───ドンッ。
背後から誰かにぶつかられた俺は、脇腹に熱を感じ、そこからジワジワと痛みが広がっていった。
無意識に触れると、ヌルリとした嫌な感触。
「キャーーーーッッ!!!」
知らない誰かの叫び声。
「その女だ!捕まえろっっ!!」
「大人しくしろ!」
複数の知らない人間の声の後、
「私は悪くない!!!
あの男のせいで、私の人生メチャクチャよっ!!」
よく知った女の叫びを聴きながら、少しづつ意識が薄れていく。
(このまま死ねば、美亜に会えるだろうか?)
人生の最後に俺の頭に浮かんだのは、そんな考えだった。
第一希望だった会社に新卒採用される事が決まり、入社説明会の時、彼女に出会った。
たまたま隣の席に座った美亜は、俺好みの知的系美女だったので、すぐに話し掛けた。
だが彼女は警戒心が強いタイプで、当たり障りの無い会話しか出来ず、結局連絡先を聞く事さえないまま、その日の説明会は終了した。
再会したのは初出社の時。
何と同じ営業部の新入社員としてだった。
しかも、彼女は事務職ではなく、営業職での採用だったのだ。
当時、ウチの会社は、まだ女性の営業職が居なくて、彼女に期待する声は少なかったのだが・・・。
蓋を開けてみれば、ヘタな男性営業マンよりも成約率が高く、会社も期待を寄せる存在になっていた。
ライバルとしてお互いに切磋琢磨していた俺達は、いつの間にか強い信頼関係を築く様になった。
「俺と、結婚を前提に付き合って欲しい」
そう告白したのは、会社帰りに二人で飲みに行った時だった。
「うん、嬉しい」
輝く様な笑顔でそう答えてくれた彼女を、一生大事にしようと思っていたんだ。
その時は───。
「結婚を機に、退職して欲しい」
そう願ったのは、男の見栄だった。
美亜は固定客の心をガッチリ掴んでいて、その頃は俺よりも少し営業成績が良くなっていた。
彼女はきっとこれからも、どんどんキャリアを積んでいくのだろう。
そんな妻と比べられるのかと思うとなんだかモヤモヤして・・・・・・。
だから身勝手にも、専業主婦になって欲しいと頼んだのだ。
当然、美亜は嫌がったが、度重なる説得に折れて、退職を決めてくれた。
そんな風に始まった結婚生活は、たった半年で色褪せてしまう。
自分でそう願った癖に、専業主婦となった美亜に、俺は魅力を感じなくなった。
そして、営業部に新しく入ってきた事務員の女の子に惹かれたのだ。
「ねぇ、健斗ぉ。
いつになったら離婚してくれるの?」
「もう少し待ってくれ。
まだ結婚して一年しか経ってないんだ。
直ぐには難しいんだよ」
「もう半年も待ってるのに!
じゃあ、旅行に連れてってくれたら、もうちょっとだけ待ってあげる」
事務員とはあくまでも遊びのつもりだった。
だから、結婚したいと言い出した事には、正直閉口していて・・・。
だが、別れ話をするのも面倒で、適当に宥めながら、ズルズルと関係を続けていた。
予定していた旅行の二日前から、美亜が熱を出していた事は知っていた。
だけど、大人なんだし、自分で病院に行くなりなんなり出来るだろうと、たいして心配もせずに出掛ける事にした。
その事が、いくら悔やんでも悔やみきれない事態を引き起こすなんて、予想もせずに・・・・・・。
旅から帰宅した俺を待っていたのは、濁った瞳で冷たくなった、妻の抜け殻だったのだ。
葬式は密葬とし、家族のみで行った。
家族には出張中に亡くなったと嘘を吐き、職場の人間には、所用で実家に帰っている間に亡くなったと嘘を吐いた。
愛人だった事務員は、罪悪感に耐えられなかったのか、すぐに俺と距離を置いた。
でも、彼女の事は別にどうでも良かった。
美亜が居なくなってから、何もやる気が起きず、何を食べても砂を噛む様に味がしなくなった。
『失ってから大切な物に気付く』なんて、物語の中では良くある話。
取り返しがつかなくなってから後悔するなんて馬鹿だって、ずっと思っていたのに・・・。
だが、俺の地獄は、まだ始まったばかりだったのだ。
忌引きが開けて暫くは、誰もが俺に同情的で、気遣ってくれた。
その状況が変化したのは、それから一ヵ月ほど経った頃だ。
誰もが俺を遠巻きにして、コソコソと何かを噂している様子だった。
元愛人は、女子社員からあからさまに無視されて、必要事項も伝達してもらえず、仕事にまで支障が出る始末。
ある日、同期で入社した総務課の女子社員に屋上に呼び出された俺は、その理由を知る事になる。
「実家に帰ってたとか、どのツラ下げて言えるの?」
彼女は口角を歪めて嗤った。
「・・・はぃ?」
「アンタさぁ、美亜が何も知らなかったとでも思ってるの?
証拠も掴んで、もう少しであのコは自由になれる筈だったのに・・・・・・」
(美亜は、俺の不倫を知っていたのか!?)
予想外の事実に、目の前が真っ暗になった。
「もしかして、わざと見殺しにしたんじゃ無いの?」
そう言われて、やっと思い出した。
彼女が美亜と親友だった事を。
「・・・まさか、お前が何かしたのか?」
「本当の事を、教えてあげただけよ。
アンタが不倫旅行中に、美亜の容体が悪化して死んだんだってね」
「名誉毀損で訴えるぞ」
「本当に馬鹿ね。
名誉毀損って言うのは、根拠の無い誹謗中傷を、不特定多数にばら撒いた時に成立するのよ。
今回の場合は明らかな事実だし、私は二人の社員に個別に伝えただけ。
その後は放って置いても面白いくらいに噂が広がってくれたけど、それは私のせいじゃ無いわ。
要するに訴えても無駄って事よ」
「そんな・・・・・・」
「自業自得でしょ?
美亜はもっと苦しんだのよ」
吐き捨てる様にそう言った彼女は、崩れ落ちた俺を無視して踵を返した。
美亜の親友は美亜の実家にも真実を伝えたらしく、激怒した彼等によって、俺と元愛人の所業は更に広く知られる事になってしまう。
溺愛されて育った箱入り娘の元愛人は、自分の両親にも不倫を知られ見捨てられた。
家でも会社でも罵られ、彼女は徐々に精神のバランスを崩していく。
そして、ある日の通勤途中。
───ドンッ。
背後から誰かにぶつかられた俺は、脇腹に熱を感じ、そこからジワジワと痛みが広がっていった。
無意識に触れると、ヌルリとした嫌な感触。
「キャーーーーッッ!!!」
知らない誰かの叫び声。
「その女だ!捕まえろっっ!!」
「大人しくしろ!」
複数の知らない人間の声の後、
「私は悪くない!!!
あの男のせいで、私の人生メチャクチャよっ!!」
よく知った女の叫びを聴きながら、少しづつ意識が薄れていく。
(このまま死ねば、美亜に会えるだろうか?)
人生の最後に俺の頭に浮かんだのは、そんな考えだった。
52
お気に入りに追加
1,526
あなたにおすすめの小説
この異世界転生の結末は
冬野月子
恋愛
五歳の時に乙女ゲームの世界に悪役令嬢として転生したと気付いたアンジェリーヌ。
一体、自分に待ち受けているのはどんな結末なのだろう?
※「小説家になろう」にも投稿しています。
光の王太子殿下は愛したい
葵川真衣
恋愛
王太子アドレーには、婚約者がいる。公爵令嬢のクリスティンだ。
わがままな婚約者に、アドレーは元々関心をもっていなかった。
だが、彼女はあるときを境に変わる。
アドレーはそんなクリスティンに惹かれていくのだった。しかし彼女は変わりはじめたときから、よそよそしい。
どうやら、他の少女にアドレーが惹かれると思い込んでいるようである。
目移りなどしないのに。
果たしてアドレーは、乙女ゲームの悪役令嬢に転生している婚約者を、振り向かせることができるのか……!?
ラブラブを望む王太子と、未来を恐れる悪役令嬢の攻防のラブ(?)コメディ。
☆完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。
誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
私はざまぁされた悪役令嬢。……ってなんだか違う!
杵島 灯
恋愛
王子様から「お前と婚約破棄する!」と言われちゃいました。
彼の隣には幼馴染がちゃっかりおさまっています。
さあ、私どうしよう?
とにかく処刑を避けるためにとっさの行動に出たら、なんか変なことになっちゃった……。
小説家になろう、カクヨムにも投稿中。
悪役令嬢に転生したので、推しキャラの婚約者の立場を思う存分楽しみます
下菊みこと
恋愛
タイトルまんま。
悪役令嬢に転生した女の子が推しキャラに猛烈にアタックするけど聖女候補であるヒロインが出てきて余計なことをしてくれるお話。
悪役令嬢は諦めも早かった。
ちらっとヒロインへのざまぁがありますが、そんなにそこに触れない。
ご都合主義のハッピーエンド。
小説家になろう様でも投稿しています。
公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。
三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*
公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。
どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。
※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。
※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。
性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~
黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※
すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる