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11 堕ちる

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《side:健斗》


第一希望だった会社に新卒採用される事が決まり、入社説明会の時、彼女に出会った。

たまたま隣の席に座った美亜は、俺好みの知的系美女だったので、すぐに話し掛けた。
だが彼女は警戒心が強いタイプで、当たり障りの無い会話しか出来ず、結局連絡先を聞く事さえないまま、その日の説明会は終了した。

再会したのは初出社の時。
何と同じ営業部の新入社員としてだった。
しかも、彼女は事務職ではなく、営業職での採用だったのだ。

当時、ウチの会社は、まだ女性の営業職が居なくて、彼女に期待する声は少なかったのだが・・・。
蓋を開けてみれば、ヘタな男性営業マンよりも成約率が高く、会社も期待を寄せる存在になっていた。

ライバルとしてお互いに切磋琢磨していた俺達は、いつの間にか強い信頼関係を築く様になった。

「俺と、結婚を前提に付き合って欲しい」

そう告白したのは、会社帰りに二人で飲みに行った時だった。

「うん、嬉しい」

輝く様な笑顔でそう答えてくれた彼女を、一生大事にしようと思っていたんだ。

その時は───。



「結婚を機に、退職して欲しい」

そう願ったのは、男の見栄だった。

美亜は固定客の心をガッチリ掴んでいて、その頃は俺よりも少し営業成績が良くなっていた。
彼女はきっとこれからも、どんどんキャリアを積んでいくのだろう。
そんな妻と比べられるのかと思うとなんだかモヤモヤして・・・・・・。
だから身勝手にも、専業主婦になって欲しいと頼んだのだ。

当然、美亜は嫌がったが、度重なる説得に折れて、退職を決めてくれた。



そんな風に始まった結婚生活は、たった半年で色褪せてしまう。
自分でそう願った癖に、専業主婦となった美亜に、俺は魅力を感じなくなった。
そして、営業部に新しく入ってきた事務員の女の子に惹かれたのだ。


「ねぇ、健斗ぉ。
いつになったら離婚してくれるの?」

「もう少し待ってくれ。
まだ結婚して一年しか経ってないんだ。
直ぐには難しいんだよ」

「もう半年も待ってるのに!
じゃあ、旅行に連れてってくれたら、もうちょっとだけ待ってあげる」

事務員とはあくまでも遊びのつもりだった。
だから、結婚したいと言い出した事には、正直閉口していて・・・。
だが、別れ話をするのも面倒で、適当に宥めながら、ズルズルと関係を続けていた。

予定していた旅行の二日前から、美亜が熱を出していた事は知っていた。
だけど、大人なんだし、自分で病院に行くなりなんなり出来るだろうと、たいして心配もせずに出掛ける事にした。

その事が、いくら悔やんでも悔やみきれない事態を引き起こすなんて、予想もせずに・・・・・・。



旅から帰宅した俺を待っていたのは、濁った瞳で冷たくなった、妻の抜け殻だったのだ。




葬式は密葬とし、家族のみで行った。
家族には出張中に亡くなったと嘘を吐き、職場の人間には、所用で実家に帰っている間に亡くなったと嘘を吐いた。

愛人だった事務員は、罪悪感に耐えられなかったのか、すぐに俺と距離を置いた。
でも、彼女の事は別にどうでも良かった。

美亜が居なくなってから、何もやる気が起きず、何を食べても砂を噛む様に味がしなくなった。
『失ってから大切な物に気付く』なんて、物語の中では良くある話。
取り返しがつかなくなってから後悔するなんて馬鹿だって、ずっと思っていたのに・・・。


だが、俺の地獄は、まだ始まったばかりだったのだ。



忌引きが開けて暫くは、誰もが俺に同情的で、気遣ってくれた。

その状況が変化したのは、それから一ヵ月ほど経った頃だ。


誰もが俺を遠巻きにして、コソコソと何かを噂している様子だった。
元愛人は、女子社員からあからさまに無視されて、必要事項も伝達してもらえず、仕事にまで支障が出る始末。



ある日、同期で入社した総務課の女子社員に屋上に呼び出された俺は、その理由を知る事になる。



「実家に帰ってたとか、どのツラ下げて言えるの?」

彼女は口角を歪めて嗤った。

「・・・はぃ?」

「アンタさぁ、美亜が何も知らなかったとでも思ってるの?
証拠も掴んで、もう少しであのコは自由になれる筈だったのに・・・・・・」

(美亜は、俺の不倫を知っていたのか!?)

予想外の事実に、目の前が真っ暗になった。

「もしかして、わざと見殺しにしたんじゃ無いの?」

そう言われて、やっと思い出した。
彼女が美亜と親友だった事を。

「・・・まさか、お前が何かしたのか?」

「本当の事を、教えてあげただけよ。
アンタが不倫旅行中に、美亜の容体が悪化して死んだんだってね」

「名誉毀損で訴えるぞ」

「本当に馬鹿ね。
名誉毀損って言うのは、根拠の無い誹謗中傷を、不特定多数にばら撒いた時に成立するのよ。
今回の場合は明らかな事実だし、私は二人の社員に個別に伝えただけ。
その後は放って置いても面白いくらいに噂が広がってくれたけど、それは私のせいじゃ無いわ。
要するに訴えても無駄って事よ」

「そんな・・・・・・」

「自業自得でしょ?
美亜はもっと苦しんだのよ」

吐き捨てる様にそう言った彼女は、崩れ落ちた俺を無視して踵を返した。



美亜の親友は美亜の実家にも真実を伝えたらしく、激怒した彼等によって、俺と元愛人の所業は更に広く知られる事になってしまう。

溺愛されて育った箱入り娘の元愛人は、自分の両親にも不倫を知られ見捨てられた。
家でも会社でも罵られ、彼女は徐々に精神のバランスを崩していく。



そして、ある日の通勤途中。

───ドンッ。

背後から誰かにぶつかられた俺は、脇腹に熱を感じ、そこからジワジワと痛みが広がっていった。

無意識に触れると、ヌルリとした嫌な感触。

「キャーーーーッッ!!!」

知らない誰かの叫び声。

「その女だ!捕まえろっっ!!」

「大人しくしろ!」

複数の知らない人間の声の後、

「私は悪くない!!!
あの男のせいで、私の人生メチャクチャよっ!!」


よく知った女の叫びを聴きながら、少しづつ意識が薄れていく。



(このまま死ねば、美亜に会えるだろうか?)


人生の最後に俺の頭に浮かんだのは、そんな考えだった。

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