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7 心に負った傷

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『じゃあ、僕の婚約者になれば良い!』

んんんんんっっ!?!?

何だ?
聞き間違いか?

『じゃあ』って何が?
『良い』って何が?

何も良くありませんけれども?

この国では、辺境伯家は侯爵家と同等以上の権限を有しているので、身分は一応釣り合っている。
だけど、そういう問題じゃ無いのよ。

だって、テオは運命の女性に学園で出逢う予定なのだ。
ヒロインは、私と同い年なので、一年半後。
今、私と仲良くしていても、ヒロインと出逢ったら、婚約した事を後悔するのだろう。

そう言えば、ゲーム通りならばとっくの昔に悪役令嬢と婚約をしているはずなのに、テオにはまだ婚約者候補もいない。

一体どうなっているのか?
私がストーリーに介入して、テオを健康にしてしまったせいで、何かが変わってしまったのだろうか?
だとしても、後悔は無いのだけれど。

もしも、私がテオの婚約打診を受けたなら、私が悪役令嬢ポジになってしまうのだろうか?
それは流石に困る。
ヒロインを虐めたりはしないけど、誤解をされて断罪になったりしたら、家族にまでお咎めがあるかもしれないし。

「そのお申し出は、光栄ではありますが・・・・・・。
私には荷が重過ぎます」

「なんで?
王族の婚約者になれば、他国の貴族からの縁談を断るのは簡単だよ。
エルザは僕が嫌い?」

「いや、テオの事は好きですが・・・。
でも、貴方は第一王子。
やがては王太子になる可能性が高いでしょう?
私は王妃になれる様なタイプではありません。
それに、私は結婚に夢を持てません。
だから、仲の良い幼馴染と結婚するよりも、完全な他人との政略結婚の方が気が楽なのです」



前世の夫とは、社内恋愛の末結婚した。
それまでは、営業職としてバリバリ働いていた私だが、夫の希望で結婚と同時に退職し、専業主婦となった。

結婚から、一年ちょっとが過ぎた頃。

『アンタの旦那、営業課の新入社員の女と最近妙に仲が良いから、気をつけた方が良い』

そんなLI○Eが、同期入社で総務課勤務の女友達から突然送られて来た時は、何かの間違いだろうと思った。

だけど、そう言われてみれば、彼はここ最近帰りが遅い。
残業が少ないホワイト企業。
しかも、飲み会や接待も少ない会社なのに、度々日付けが変わってから帰る様になれば、疑うなという方が無理な話だ。

夫は一度深い眠りに落ちると、なかなか目を覚さないタイプだった。
私は眠っている夫の右手の薬指を使って、彼のスマホのロックを指紋認証で解除した。

その中の、メッセージのやり取りを見て、目の前が真っ暗になった。

(ああ、本当に、そうだった)

夫の不倫は半年近く続いているみたいだった。

以前は私にだけ向けられていた筈の甘い言葉を、知らない若い女に送信している夫に吐き気がする。

『つまらない女』

夫と愛人に、そんな風に言われていると知って、惨めで、情け無くて・・・。
無意識の内に涙が零れていた。

(・・・証拠。
証拠を残さないと)

私は濡れた目元を拭うと、メッセージ画面をスクリーンショットで写して自分のスマホに転送した。

翌朝から、何事も無かった様に夫に接したつもりだったが、上手く出来ていたのかは定かでは無い。


夫の不倫が発覚して二ヶ月程経った頃、心労が祟ったのか、私は酷い風邪を引いた。

「美亜、大丈夫か?
悪いけど、俺明日から出張に行かなきゃいけないからさぁ、辛かったら早めに病院へ行けよ」

どう見ても大丈夫じゃない状態の私に、夫は見せかけだけの心配を口にする。
自分が病院に連れて行こうという気すら無いのだ。

出張だと言いながら、ウキウキとした様子で、新品の下着やカジュアルな服をトランクに詰めている彼を横目で見て、「ああ、仕事じゃ無いんだ」と思った。

こっそり総務課の友人にLI○Eを送って確認すると、出張届けは出ていないと返信が来た。

単純過ぎる行動。
何故これで気付かれないと思っているのだろう?
馬鹿にされてるみたいで腹立たしいけれど、その気持ちを隠して、旅立つ彼を見送った。



しかし、夫の不在中にどんどん症状が悪化した私は、気付いた時には救急車を呼ぼうにもまともに言葉を話せない状態になってしまう。

ヒューヒューという呼吸音と、苦しさに喘ぐ声だけが、一人きりの部屋に響く。
ベッドの上なのに、まるで溺れているみたい。
息を吸っても吸っても、肺に酸素が入って来ないのだ。
無意識に喉と胸を掻きむしって、爪の間が血だらけになった。

苦しい・・・、苦しい・・・・・・

なんで、私だけがこんな目に遭うのだろう?
私が何か悪い事でもしたと言うのか?

夫は今頃、愛人と楽しそうに笑っているのかな?
私が死んだら、彼等はラッキーだって思うのかな?


───そのまま、意識を失った。


それが、前世の最後の記憶。



だから、私は、未だに愛を信じられない。

もう終わった事だと分かっていても、裏切られた記憶が、消えてくれない。
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