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5 ヤンデレを阻止せよ
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テオが辺境へ来てから数ヶ月。
私はたまに彼の為に料理を作る。
最近では料理人が作った物も、あまり好き嫌い無く食べられる様になって来た。
私達家族と食卓を共にしているのが良かったのかもしれない。
痩せ過ぎだったテオの体は、少しふっくらして来て、顔色も良い。
この頃は、私達兄妹三人の朝の鍛錬に興味を持ち始め、よく見学している。
栄養状態が改善されて来たので、そろそろ体力作りの為に、軽い運動をしてみても良いのかもしれない。
今度、医師に相談してみよう。
地元の騎士の子息との、実戦形式での手合わせに勝利し、タオルで汗を拭いながら鍛錬場の壁際のベンチに戻ると、次兄のデニス兄様が暗い顔で私を見た。
「・・・エルザは強いね」
私は、同い年以下の相手ならば男の子でも、あまり負ける事は無い。
もう少し成長して、性別による体格の差が大きくなったら勝てなくなるだろうけど。
兄様は、筋肉が付きにくい体質で、線が細い。
騎士にはあまり向かない体型である。
この世界には魔法が存在するが、強い魔力を持って生まれる人間は殆どおらず、魔術師以外は皆んな生活魔法程度しか使えない。
兄様も例に漏れず、魔力は人並み程度なので、攻撃に魔法は使えないのだ。
彼は、鍛錬を続けて大人になれば、父の様にムキムキになれるかもしれないと思っている様だが、私はその未来が訪れない事を知っている。
学園に入学しても、ガチムチ体型になれなかった兄様は、国防の役に立ちたい気持ちを抱えながらも、剣術もなかなか上達せずに悩む事になる。
そして、
『辺境伯の子息として生まれたからって、騎士にならなければいけない訳ではないわ。
貴方は貴方の才能を活かす進路を選ぶべきよ』
と言う、ヒロインの耳障りの良い言葉に救われて、恋に落ちるのである。
我が兄ながら、チョロ過ぎないだろうか?
そして、文官として、殿下の側近となる道を選ぶのだが・・・・・・。
兄様の好感度を中途半端に上げた状態でテオフィルルートに入った場合、ヒロインがテオと結ばれた事で、ヤンデレと化した兄様はテオを刺すのだ。
これに関しては、テオの命の為だけで無く、我がグルーバー家から犯罪者を出さない為にも、絶対に阻止しなければならない。
ヤンデレ、だめっ!
絶対っ!!
NO!ヤンデレ!
STOP!ヤンデレ!
今の内に兄様のコンプレックスを解消してしまえば、そこまでヒロインに執着する事は無くなるのだろうか?
しかし、ヒロインと同じ様に、騎士にならない道を勧めるのは、多分逆効果なんだろうな。
あれは、大人に近付いても体型が変化しない事に悩んでいた時期だからこそ、効果があったのだ。
今の兄様は、まだ、未来に希望を抱いている。
その段階で、別の道を勧めても、反発されるだけだ。
何より、私も、父や長兄に認められたいと言う目標に向かって頑張っている次兄に、騎士には向いてないなんて言いたくないのである。
「ねぇ、兄様。
軍にとって、一番大切なのは兵力でしょうか?
強い騎士さえ集めれば、強い軍になりますか?」
「そりゃあ、強さが一番必要だろ」
「私はそうは思いません。
どんなに強い騎士が揃っていても、それぞれが闇雲に動いたのでは勝てない場合があるのです」
「うん・・・・・・」
兄様は私の言いたい事がまだ理解出来ない様で、首を傾げている。
「ですから、軍師を目指されては如何ですか?
要するに、軍事作戦を立案する指揮官です。
兄様は、頭の回転が速くて、賢い方です。
チェスやポーカーもお強いですよね?
それは、先読みが出来て、人の心理を読むのも得意だと言う事です。
指揮官に向いています。
お父様とユルゲン兄様は、確かに体が大きくてお強いですし、作戦を立てるのも得意ではありますが、彼等の作戦は所詮は野生の勘です。
大規模な紛争などの場合は、もっと専門的に軍事作戦を立てる人間が、きっと必要になります」
兄様の頭脳を活かしつつ、辺境騎士団の役に立つ方法を提示すると、彼の顔は少し明るくなった。
「俺に、出来るだろうか?」
「私は、兄様なら出来ると思います。
但し、指揮官であっても前線に赴く事はありますので、最低でもご自身の身を守る程度の技術は必要ですよ」
「どうやったら、エルザみたいに強くなれる?」
「他国の言葉で、『柔よく剛を制す』と言うものがあります。
たしか、柔軟さは剛強さにも勝ると言う意味です。
例えば、鍔迫り合いになった時に、此方も真っ直ぐに押し返しては、体が大きく力の強い相手には絶対に勝てません。
しかし、相手が力強く押して来たタイミングで、柔軟に相手の力を受け流す事が出来れば、相手の体勢を崩す事も可能です。
私ならば、そこで体勢を崩したかけた相手に更に足払いを掛けて、地面に倒してから剣を突き付けます」
兄様は少し顔を顰めた。
「ちょっと卑怯じゃないか?」
「騎士の剣術として、適切では無いと言う者もいるでしょうね。
勿論、剣術大会などでは、そのルールによって、こう言った戦術が使えない場合もあります。
ですが、お互いの命が掛かった実戦の場では、美しい勝ち方に拘るなど、愚の骨頂ですよ。
生き残った者こそが正義です」
「・・・それもそうか。
有難う、エルザ。
俺なりに考えて見るよ」
吹っ切れた様に微笑んだ兄様を見て、ヤンデレは阻止出来たんじゃないかと安堵した。
だが、私はまだ気付いていなかった。
ヤンデレを阻止した代償として、最強のシスコンが爆誕してしまった事に───。
私はたまに彼の為に料理を作る。
最近では料理人が作った物も、あまり好き嫌い無く食べられる様になって来た。
私達家族と食卓を共にしているのが良かったのかもしれない。
痩せ過ぎだったテオの体は、少しふっくらして来て、顔色も良い。
この頃は、私達兄妹三人の朝の鍛錬に興味を持ち始め、よく見学している。
栄養状態が改善されて来たので、そろそろ体力作りの為に、軽い運動をしてみても良いのかもしれない。
今度、医師に相談してみよう。
地元の騎士の子息との、実戦形式での手合わせに勝利し、タオルで汗を拭いながら鍛錬場の壁際のベンチに戻ると、次兄のデニス兄様が暗い顔で私を見た。
「・・・エルザは強いね」
私は、同い年以下の相手ならば男の子でも、あまり負ける事は無い。
もう少し成長して、性別による体格の差が大きくなったら勝てなくなるだろうけど。
兄様は、筋肉が付きにくい体質で、線が細い。
騎士にはあまり向かない体型である。
この世界には魔法が存在するが、強い魔力を持って生まれる人間は殆どおらず、魔術師以外は皆んな生活魔法程度しか使えない。
兄様も例に漏れず、魔力は人並み程度なので、攻撃に魔法は使えないのだ。
彼は、鍛錬を続けて大人になれば、父の様にムキムキになれるかもしれないと思っている様だが、私はその未来が訪れない事を知っている。
学園に入学しても、ガチムチ体型になれなかった兄様は、国防の役に立ちたい気持ちを抱えながらも、剣術もなかなか上達せずに悩む事になる。
そして、
『辺境伯の子息として生まれたからって、騎士にならなければいけない訳ではないわ。
貴方は貴方の才能を活かす進路を選ぶべきよ』
と言う、ヒロインの耳障りの良い言葉に救われて、恋に落ちるのである。
我が兄ながら、チョロ過ぎないだろうか?
そして、文官として、殿下の側近となる道を選ぶのだが・・・・・・。
兄様の好感度を中途半端に上げた状態でテオフィルルートに入った場合、ヒロインがテオと結ばれた事で、ヤンデレと化した兄様はテオを刺すのだ。
これに関しては、テオの命の為だけで無く、我がグルーバー家から犯罪者を出さない為にも、絶対に阻止しなければならない。
ヤンデレ、だめっ!
絶対っ!!
NO!ヤンデレ!
STOP!ヤンデレ!
今の内に兄様のコンプレックスを解消してしまえば、そこまでヒロインに執着する事は無くなるのだろうか?
しかし、ヒロインと同じ様に、騎士にならない道を勧めるのは、多分逆効果なんだろうな。
あれは、大人に近付いても体型が変化しない事に悩んでいた時期だからこそ、効果があったのだ。
今の兄様は、まだ、未来に希望を抱いている。
その段階で、別の道を勧めても、反発されるだけだ。
何より、私も、父や長兄に認められたいと言う目標に向かって頑張っている次兄に、騎士には向いてないなんて言いたくないのである。
「ねぇ、兄様。
軍にとって、一番大切なのは兵力でしょうか?
強い騎士さえ集めれば、強い軍になりますか?」
「そりゃあ、強さが一番必要だろ」
「私はそうは思いません。
どんなに強い騎士が揃っていても、それぞれが闇雲に動いたのでは勝てない場合があるのです」
「うん・・・・・・」
兄様は私の言いたい事がまだ理解出来ない様で、首を傾げている。
「ですから、軍師を目指されては如何ですか?
要するに、軍事作戦を立案する指揮官です。
兄様は、頭の回転が速くて、賢い方です。
チェスやポーカーもお強いですよね?
それは、先読みが出来て、人の心理を読むのも得意だと言う事です。
指揮官に向いています。
お父様とユルゲン兄様は、確かに体が大きくてお強いですし、作戦を立てるのも得意ではありますが、彼等の作戦は所詮は野生の勘です。
大規模な紛争などの場合は、もっと専門的に軍事作戦を立てる人間が、きっと必要になります」
兄様の頭脳を活かしつつ、辺境騎士団の役に立つ方法を提示すると、彼の顔は少し明るくなった。
「俺に、出来るだろうか?」
「私は、兄様なら出来ると思います。
但し、指揮官であっても前線に赴く事はありますので、最低でもご自身の身を守る程度の技術は必要ですよ」
「どうやったら、エルザみたいに強くなれる?」
「他国の言葉で、『柔よく剛を制す』と言うものがあります。
たしか、柔軟さは剛強さにも勝ると言う意味です。
例えば、鍔迫り合いになった時に、此方も真っ直ぐに押し返しては、体が大きく力の強い相手には絶対に勝てません。
しかし、相手が力強く押して来たタイミングで、柔軟に相手の力を受け流す事が出来れば、相手の体勢を崩す事も可能です。
私ならば、そこで体勢を崩したかけた相手に更に足払いを掛けて、地面に倒してから剣を突き付けます」
兄様は少し顔を顰めた。
「ちょっと卑怯じゃないか?」
「騎士の剣術として、適切では無いと言う者もいるでしょうね。
勿論、剣術大会などでは、そのルールによって、こう言った戦術が使えない場合もあります。
ですが、お互いの命が掛かった実戦の場では、美しい勝ち方に拘るなど、愚の骨頂ですよ。
生き残った者こそが正義です」
「・・・それもそうか。
有難う、エルザ。
俺なりに考えて見るよ」
吹っ切れた様に微笑んだ兄様を見て、ヤンデレは阻止出来たんじゃないかと安堵した。
だが、私はまだ気付いていなかった。
ヤンデレを阻止した代償として、最強のシスコンが爆誕してしまった事に───。
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