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18 賭けに負ける者
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《side:ジェイク》
「この国では殆ど知られていないその花を、マクレガー様はご存知だったみたいですね」
キャサリン様が嫣然と微笑む。
その場に居合わせた者達も、彼女が何を言わんとしているのかを漸く察したらしく、信じられないと言う表情で俺の事を凝視している。
(大丈夫・・・。
まだだ・・・まだ、言い逃れ出来る)
そう思いながらも、俺の体は言う事を聞かず、勝手にガタガタと震え出す。
「な・・・、何・・・を・・・・・・」
掠れた弱々しい声が、俺の唇から零れ落ちる。
舌も思う様に動かず、言葉が上手く紡げなかった。
「ねぇ、アンタ達、近衛騎士だよね。
国に雇われているんでしょ?
殺人未遂の容疑者をサッサと捕らえたら?」
レイモンド・メルヴィルが氷の様な眼差しで、クリストファー殿下の護衛騎士に言い放つ。
騎士達は一瞬戸惑って互いに顔を見合わせていたが、微かに頷き合って表情を引き締めると、俺を拘束した。
子供の頃から、騎士を目指していた。
強くてカッコいい、父上の様な騎士団長にいつか成りたいと、ずっと鍛錬に励んでいた。
その甲斐あって、同年代の中では、俺に勝てる者は居なかった。
だが、学園に入学してみると、他国からの留学生が同学年に居た。
この国の普通の騎士とは違う異国の剣術のスタイルを持つ者と出会い、今迄の常識が覆されたのだ。
彼の戦法は、俺の剣術との相性が悪く、実戦練習で連敗を喫していた。
エミリーと出会ったのも、その頃だった。
俺の主人であるクリストファー王太子殿下に、気安く近付いて来た彼女。
無邪気なその笑顔を可愛らしいと思う反面、貴族のご令嬢としては慎みが足りないとも思い、眉を顰めていた・・・・・・筈だった。
「ねぇねぇ、ジェイク様ぁ。
私、お菓子作りが得意で、ケーキを焼いて来たの。
是非ジェイク様にも食べてみて欲しいなぁ」
殿下への差し入れのついでに、彼女は俺にもケーキやクッキーを度々渡してくる様になった。
その甘過ぎる声色に、媚びた様な眼差しに、最初は警戒していたのだが。
『お菓子作りが得意』と、自分で豪語するだけあって、そのどれもがとても美味しく、いつの間にか俺は彼女の差し入れが楽しみになっていた。
彼女の作る菓子は、何故かチョコレートの味の物が多かった。
その日も、剣術の授業の模擬戦で、あの男に勝てなかった俺は、昼休みに学園の裏庭のベンチでボンヤリしていた。
「あ、ジェイク様ぁ。
やっと見つけた。
こんな所にいたのね。
もぉっ!いつもの個室に来ないから、皆んな心配してたんだよ。
お昼ご飯、ちゃんと食べた?
早くしないと、お昼休み終わっちゃうよ?」
心が弱っていたせいだろうか?
キラキラした大きな瞳で俺の顔を覗き込むエミリーに、いつもの警戒心が持てなくなっているのを感じた。
「ああ、食欲があまり無くて」
「えー?食べないと体に悪いよ?
騎士は体が資本でしょ?
じゃあ、せめてコレだけでも食べて」
彼女が差し出したのは、可愛くラッピングされたチョコレートブラウニーだった。
甘くてほろ苦いブラウニーが、いつも以上に美味しく感じて・・・。
『コレが俺の為だけに作ってくれた物だったら良かったのに』だなんて、柄にもない事を考えてしまい、少しだけ泣きたくなった。
今思えば、その日を境に、俺はエミリーへの想いを密やかに胸の奥に募らせていたのだろう。
俺の中の彼女への想いは日毎に大きくなっていく。
彼女の望みならば、何でも叶えてあげたいとすら思う様になっていた。
この時点で、既に俺は狂っていたのかも知れない。
───彼女は王太子殿下の恋人。
だが、そんな自由が許されるのも、おそらくは学生の間だけだろう。
殿下には、キャサリン様と言う立派な婚約者がいるのだから。
もしも、卒業後にエミリーが殿下に捨てられたら、俺は───。
それなのに、殿下はよりによって、エミリーを側妃か愛妾にしようと計画し始めた。
エミリーの父親であるアシュトン男爵に秘密裏に呼び出され、涙ながらに懇願されたのは、そんな時だった。
「このままでは、娘は側妃にされてしまう。
これでは、愛する男性の唯一になる事さえ出来ない娘が、余りにも不憫だと思いませんか?
王太子殿下の要望では、側妃になる事を拒否するのだって難しい。
だから───」
キャサリン様を、殺して貰えませんか?
肝心な部分は、ハッキリと言われた訳じゃ無い。
だが、毒性の強い花を渡され、その使用方法を説明されたのだから、そう言う意味なのだという事は察せられた。
しかし、いくら彼女の望みだからって、他の男と結婚させる為に、何故俺が大罪を犯さなければならないのか?
だが、このままでは彼女が側妃にされてしまう事も事実。
それは俺にとっても本意では無いのだ。
(どうせ罪を犯すならば、彼女を手に入れる為に罪を犯そうじゃないか)
そう考えた俺は、どうしたら彼女が手に入るか思案した。
殿下が死ねば一番良いのだが、王族は毒への耐性を持っているし、毒味も厳重にされる。
護衛の目も厳しいから、毒以外でも簡単には殺せない。
では、クリストファー殿下を王太子の座から降ろすにはどうしたら良い?
キャサリン様を殺して、その罪を殿下に着せたらどうだろう?
キャサリン様に飲ませたのと同じ毒を、殿下の執務机の普段あまり開けない引き出しの奥へと忍ばせておく。
婚約者が死ねば殿下にも容疑が向いて、執務室も捜索されるだろう。
普通ならば、王族が罪を犯しても隠蔽されてしまう事が多いが、陛下は既にクリストファー殿下を見放している節がある。
ならば、きな臭い動きをしている高位貴族達への見せしめに、実の息子であっても厳しく処罰するという姿勢を示すかも知れない。
罪人になればクリストファー殿下には、強制的にエミリーを妃にする力など無い。
エミリーはフワフワと純粋そうに見えて、権力欲の強い女だ。
彼女も王太子で無くなった殿下には興味がなくなるだろう。
そして、殿下の次にエミリーが親しくしている男は俺だという自信があった。
実行犯には、舞台俳優に入れあげている侍女を選んだ。
彼女の素行を調べると、妊娠している事が判明。
買収するには好都合。
彼女に指示する時には、クリストファー殿下の意向であると嘘を伝えた。
王族からの依頼の方が、心理的な圧力から断りにくいだろう。
それに、もしもの時には、殿下を道連れにしてやろう。
不確定な要素が多過ぎる計画だったが、俺は賭けに出た。
この賭けに俺が勝てば、エミリーが手に入る。
もしも負けたなら・・・、キャサリン様が死んでも、殿下が罪に問われなかったなら、きっとエミリーが王妃になるのだろう。
その場合は、エミリーの望みが叶えられるのだ。
それはそれで、諦めがつくと言う物。
あの時は、これが名案だと思っていたのだから、本当に俺は狂っていた。
そして、俺は賭けに負けた。
いや、それ以前に計画に失敗したのだ。
キャサリン様は死ななかった。
「この国では殆ど知られていないその花を、マクレガー様はご存知だったみたいですね」
キャサリン様が嫣然と微笑む。
その場に居合わせた者達も、彼女が何を言わんとしているのかを漸く察したらしく、信じられないと言う表情で俺の事を凝視している。
(大丈夫・・・。
まだだ・・・まだ、言い逃れ出来る)
そう思いながらも、俺の体は言う事を聞かず、勝手にガタガタと震え出す。
「な・・・、何・・・を・・・・・・」
掠れた弱々しい声が、俺の唇から零れ落ちる。
舌も思う様に動かず、言葉が上手く紡げなかった。
「ねぇ、アンタ達、近衛騎士だよね。
国に雇われているんでしょ?
殺人未遂の容疑者をサッサと捕らえたら?」
レイモンド・メルヴィルが氷の様な眼差しで、クリストファー殿下の護衛騎士に言い放つ。
騎士達は一瞬戸惑って互いに顔を見合わせていたが、微かに頷き合って表情を引き締めると、俺を拘束した。
子供の頃から、騎士を目指していた。
強くてカッコいい、父上の様な騎士団長にいつか成りたいと、ずっと鍛錬に励んでいた。
その甲斐あって、同年代の中では、俺に勝てる者は居なかった。
だが、学園に入学してみると、他国からの留学生が同学年に居た。
この国の普通の騎士とは違う異国の剣術のスタイルを持つ者と出会い、今迄の常識が覆されたのだ。
彼の戦法は、俺の剣術との相性が悪く、実戦練習で連敗を喫していた。
エミリーと出会ったのも、その頃だった。
俺の主人であるクリストファー王太子殿下に、気安く近付いて来た彼女。
無邪気なその笑顔を可愛らしいと思う反面、貴族のご令嬢としては慎みが足りないとも思い、眉を顰めていた・・・・・・筈だった。
「ねぇねぇ、ジェイク様ぁ。
私、お菓子作りが得意で、ケーキを焼いて来たの。
是非ジェイク様にも食べてみて欲しいなぁ」
殿下への差し入れのついでに、彼女は俺にもケーキやクッキーを度々渡してくる様になった。
その甘過ぎる声色に、媚びた様な眼差しに、最初は警戒していたのだが。
『お菓子作りが得意』と、自分で豪語するだけあって、そのどれもがとても美味しく、いつの間にか俺は彼女の差し入れが楽しみになっていた。
彼女の作る菓子は、何故かチョコレートの味の物が多かった。
その日も、剣術の授業の模擬戦で、あの男に勝てなかった俺は、昼休みに学園の裏庭のベンチでボンヤリしていた。
「あ、ジェイク様ぁ。
やっと見つけた。
こんな所にいたのね。
もぉっ!いつもの個室に来ないから、皆んな心配してたんだよ。
お昼ご飯、ちゃんと食べた?
早くしないと、お昼休み終わっちゃうよ?」
心が弱っていたせいだろうか?
キラキラした大きな瞳で俺の顔を覗き込むエミリーに、いつもの警戒心が持てなくなっているのを感じた。
「ああ、食欲があまり無くて」
「えー?食べないと体に悪いよ?
騎士は体が資本でしょ?
じゃあ、せめてコレだけでも食べて」
彼女が差し出したのは、可愛くラッピングされたチョコレートブラウニーだった。
甘くてほろ苦いブラウニーが、いつも以上に美味しく感じて・・・。
『コレが俺の為だけに作ってくれた物だったら良かったのに』だなんて、柄にもない事を考えてしまい、少しだけ泣きたくなった。
今思えば、その日を境に、俺はエミリーへの想いを密やかに胸の奥に募らせていたのだろう。
俺の中の彼女への想いは日毎に大きくなっていく。
彼女の望みならば、何でも叶えてあげたいとすら思う様になっていた。
この時点で、既に俺は狂っていたのかも知れない。
───彼女は王太子殿下の恋人。
だが、そんな自由が許されるのも、おそらくは学生の間だけだろう。
殿下には、キャサリン様と言う立派な婚約者がいるのだから。
もしも、卒業後にエミリーが殿下に捨てられたら、俺は───。
それなのに、殿下はよりによって、エミリーを側妃か愛妾にしようと計画し始めた。
エミリーの父親であるアシュトン男爵に秘密裏に呼び出され、涙ながらに懇願されたのは、そんな時だった。
「このままでは、娘は側妃にされてしまう。
これでは、愛する男性の唯一になる事さえ出来ない娘が、余りにも不憫だと思いませんか?
王太子殿下の要望では、側妃になる事を拒否するのだって難しい。
だから───」
キャサリン様を、殺して貰えませんか?
肝心な部分は、ハッキリと言われた訳じゃ無い。
だが、毒性の強い花を渡され、その使用方法を説明されたのだから、そう言う意味なのだという事は察せられた。
しかし、いくら彼女の望みだからって、他の男と結婚させる為に、何故俺が大罪を犯さなければならないのか?
だが、このままでは彼女が側妃にされてしまう事も事実。
それは俺にとっても本意では無いのだ。
(どうせ罪を犯すならば、彼女を手に入れる為に罪を犯そうじゃないか)
そう考えた俺は、どうしたら彼女が手に入るか思案した。
殿下が死ねば一番良いのだが、王族は毒への耐性を持っているし、毒味も厳重にされる。
護衛の目も厳しいから、毒以外でも簡単には殺せない。
では、クリストファー殿下を王太子の座から降ろすにはどうしたら良い?
キャサリン様を殺して、その罪を殿下に着せたらどうだろう?
キャサリン様に飲ませたのと同じ毒を、殿下の執務机の普段あまり開けない引き出しの奥へと忍ばせておく。
婚約者が死ねば殿下にも容疑が向いて、執務室も捜索されるだろう。
普通ならば、王族が罪を犯しても隠蔽されてしまう事が多いが、陛下は既にクリストファー殿下を見放している節がある。
ならば、きな臭い動きをしている高位貴族達への見せしめに、実の息子であっても厳しく処罰するという姿勢を示すかも知れない。
罪人になればクリストファー殿下には、強制的にエミリーを妃にする力など無い。
エミリーはフワフワと純粋そうに見えて、権力欲の強い女だ。
彼女も王太子で無くなった殿下には興味がなくなるだろう。
そして、殿下の次にエミリーが親しくしている男は俺だという自信があった。
実行犯には、舞台俳優に入れあげている侍女を選んだ。
彼女の素行を調べると、妊娠している事が判明。
買収するには好都合。
彼女に指示する時には、クリストファー殿下の意向であると嘘を伝えた。
王族からの依頼の方が、心理的な圧力から断りにくいだろう。
それに、もしもの時には、殿下を道連れにしてやろう。
不確定な要素が多過ぎる計画だったが、俺は賭けに出た。
この賭けに俺が勝てば、エミリーが手に入る。
もしも負けたなら・・・、キャサリン様が死んでも、殿下が罪に問われなかったなら、きっとエミリーが王妃になるのだろう。
その場合は、エミリーの望みが叶えられるのだ。
それはそれで、諦めがつくと言う物。
あの時は、これが名案だと思っていたのだから、本当に俺は狂っていた。
そして、俺は賭けに負けた。
いや、それ以前に計画に失敗したのだ。
キャサリン様は死ななかった。
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