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17 賭けに勝つ者

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お昼休みの学園の食堂。

クリストファー殿下とその恋人、そして側近候補達が、揃って昼食を摂っている個室に突撃して、優雅に微笑みながら招待状を手渡した。

「茶会の招待?」

クリストファー殿下が怪訝な顔をするのも当然である。
この場に居る全員に、同じ招待状を配ったのだから。

どう考えても、気不味いとしか言いようの無いメンバーである。

「ええ。
私の体調も漸く回復致しましたので、
心配して下さった皆様を、是非我が家のお茶会にご招待したいと思いまして」

「そうか。
全快したならば、やはり婚約は・・・」

「その件は、お父様が陛下とお話しして下さってますので」

パッと明るい表情になり、婚約続行を提案しそうになる殿下を制して、氷の笑みで言い放つ。
本当に諦めが悪い泥舟だ。

アシュトン嬢は、ちょっとオロオロした様な表情。
デズモンド様は、いつもの曖昧な微笑み。
マクレガー様は、微かに眉間に皺を寄せている。
クリストファー殿下は、とても不機嫌そう。(これは婚約続行の話をさせなかったからだな)

四人それぞれの表情をじっくりと観察して、「ウフフ」と楽し気に笑って見せる。

「素敵な余興もご用意しておりますし、皆様とお話ししたい事もございますので、是非ともご参加くださいませ。
では、私はこれで。
お食事中に失礼しました」

個室を出ると、扉の外で待っていたレイがすぐに私に寄り添う。

「皆さん、いらして下さると良いですね」

「ええ、本当に。
とっても楽しみだわ」




その週末。
青空が広がり、多種多様な花々が咲き誇る公爵邸の庭園に、招待した四人全員が集まってくれた。

『小規模の茶会だが、王太子を招待したのだから』と言う大義名分の元、公爵家が雇っている騎士が大勢警備に当たっており、殿下に付き添っている護衛達もいる為、なんだか茶会には相応しく無い物々しさが漂う。

しかも、殿下達と私とレイモンドというメンバーでテーブルを囲んで居るのだ。
どことなくピリピリとした空気で、とてもじゃないけど、『楽しくお茶を』なんて能天気な雰囲気では無かった。

「皆様、本日はお忙しい中お集まり頂きまして、有難うございます」

つとめて明るい声で挨拶をしたが、重苦しい空気は全く変わらない。
ちょっとくらい、楽しそうな振りをしてくれても良いのに。
本音を隠す社交の基本を何処に置いて来てしまったのかしら?

そんな中でも、デズモンド様だけは、微かに笑みを浮かべている。
いつもと変わらないその表情だが、ほんの少し面白がっている様にも見えるのは、気の所為だろうか?

「なんだか皆さん、緊張していらっしゃるみたい。ウフフ。
今日は皆さんの為に、珍しいお茶菓子をご用意しましたのよ」

侍女に視線で合図をすると、参加者達の前に、フルーツタルトが乗ったお皿が供される。

様々なフルーツがたっぷり使われたそのタルトの上には、フルーツと共にバラやビオラなどのカラフルな花が飾られている。

そのタルトを見て、皆一様に驚いた顔をしている。

「エディブルフラワーってご存知かしら?
他国で最近流行っているらしいのですが、食べられるお花なんですって」

「花を・・・食べる?
それって美味いのか?」

殿下が眉間に皺を寄せる。

「ええ、農薬を使わず特殊な栽培方法で食用に育てた花なのです。
お味は、そうですわねぇ・・・。
ほんのり甘くて、苦味も少し。
単体で食べて美味しいのかと問われると・・・、ちょっと微妙ですわね。
でも、クリーム等と一緒に召し上がれば苦味はあまり感じませんし、華やかな香りも楽しめますよ。
何もりも美しいでは無いですか。
バラのジャムもご用意しましたが、こちらは苦みも無くて美味しいですよ。
クラッカーに付けても良いですし、紅茶に入れても」

「へえ、面白いね。
早速頂いてみよう」

流石はお洒落なデズモンド様。
食べ物の流行にも興味があるみたい。

「ええ、召し上がってみて」

皆さんがカトラリーやカップを手に取る中、少々顔色が優れないお方が一人・・・・・・。

「「「頂きます」」」

「・・・・・・ダメ・・・だ」

呟く声は、他の人には聞こえなかったみたい。

「っっ!!食べるな、エミリー!
それは毒だっっ!!」

フォークの先にタルトと共に青い花を乗せたアシュトン嬢の右手を抑えながら叫んだのは、花に負けないくらい真っ青な顔をしたマクレガー様だった。

『毒』と言うパワーワードに反応して、殿下の護衛が身構えるが、公爵家の騎士が私とレイモンドを護る様に一歩前に出た。

「あらあら、人聞きが悪い。
公爵家のパティシエが毒など入れる筈が無いではないですか」

呑気な声でそう言って、冷たい視線でマクレガー様を見ると、彼の目には絶望が浮かんでいた。
罠にハマったと今更気付いても、もう遅い。

私はニコリと微笑むと、フルーツタルトの上にバラやビオラと共に飾られた、青い菊の様な花を摘んでパクリと食べて見せた。
アシュトン嬢が食べようとしていたのと同じ花。
マクレガー様の肩がビクッと震える。

「うん、やっぱりお味は微妙ですわ。
でも、毒なんかじゃ無いですよ。
これは、ただの食用菊ですから」

「そんな・・・、青い菊は存在しないはず・・・」

「あら、意外。
マクレガー様は花にも造詣が深いのですね。
そうです。
これは正確には、白い食用菊を、青い食用色素を混ぜた水に一晩生けて、青く染め上げた物です。
そう言えば、N王国には菊に似た青い毒花があるのだとか・・・。
実は先日の私の体調不良も、その毒花が原因だったみたいなのですが・・・。
この国では殆ど知られていないその花を、マクレガー様はご存知だったみたいですね」


これは一種の賭けだった。

私に使われた毒が、犯人の手に渡った段階で既に生成された粉末や液体だった場合、花の状態を見ても、気付かない可能性があった。
それに、この四人の中に犯人がいない可能性もある。
しかし、アシュトン商会が輸入しているのは、生成前の植物の筈だから、少しだけ勝算があった。

それに、もしこの賭けに負けたとしても、この茶会が『ちょっと風変わりな茶菓子を楽しむ会』に変わるだけ。
負けたとしても、失う物は何も無い。


そして私達は、見事に賭けに勝ったのだ。
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