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9 身の振り方

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「まさか、受け入れるつもりでは無いでしょうね?」

不機嫌を隠そうともしないレイに問い掛けられて、何と答えるのが正解なのか逡巡した。
昔の様に私を慕ってくれるのはとても嬉しいが、ちょっとシスコン過ぎる気がする。
このままでは嫁の来手が無くなってしまうのではないかと心配だ。
レイには次期メルヴィル公爵として、素敵な伴侶を見つけて貰わねばならないのに・・・。

それに、私がいつまでもこの家に居座ったら、レイの地位が危うくなる可能性も考えられる。
私が公爵家を継いだ方が良い等と、周囲が言い始めたら面倒な事になるだろう。
殿下との婚約が解消されたとしても、速やかに何処かの家に嫁入りして、レイの次期公爵としての地位を盤石な物にしなければ。

「・・・お父様に任せるわ」

「姉上が望むのならば仕方が無いと思ったのですが、その様子では、デズモンド殿に好意を持っている訳では無いのですね?」

「そういうのじゃ無いけど・・・
でも、デズモンド公爵家なら、我が家にとっても悪く無いお話だと思うの」

「姉上に政略結婚を押し付けなければならない程、我が家は落ちぶれてはおりません。
姉上は、ずっと此処にいて下さって良いのです」

不満そうな弟の表情に、ため息が漏れる。

「私だって、結婚くらいはしてみたいのよ?
それに、いつまでも私が此処にいたら、レイが素敵なお嫁さんを見つけるのが難しくなってしまうわ」

「それについては、心配要りません」

レイはニヤリと笑った。
ちょっと腹黒さが滲み出ている。
私の記憶の中のレイは無邪気な子供だったので、こんな表情をされると戸惑ってしまう。
『それ』がどちらを指すのか分からないが、何か企んでいる事があるのだろう。
もしかしたら、私の結婚も、レイの結婚も、水面下では決まっているのかも知れない。
それならそれで、お父様の命に従うまでの事なのだが・・・。

「まあ良いわ。
私は、お父様が良いと思った相手なら、誰に嫁いでも構わないのよ」

そう言って微笑んだら、レイは何故か少し寂しそうな顔をした。

「それよりも、デズモンド様のお話は、ちょっと面白かったわね。
全てを信じる訳にはいかないけど。
チョコレートブラウニーから何が出るか、楽しみだわ。
ね、だから言ったじゃない。
会ってみて良かったでしょう?」

「その点については、不本意ながら同意します。
しかし、それは結果論ですよ。
今後も危険な事にはなるべく近寄らないで下さい」

「はーい」

少々納得いかないが、長いお説教が始まりそうだったので、素直に答えておく。

「あの菓子は、直ぐに分析させましょう。
薬物を菓子に仕込むなら、チョコレート味が良いと聞いた事があります。
苦味を誤魔化すのに有効なんだとか」

「何故そんな事を知っているの?
そんな不穏な知識、何に使うの?」

「さあ?何故でしょう」

「・・・・・・」

純粋で可愛らしい私のレイは、一体どこに行ってしまったのだろうか?
公爵位を継ぐ為には、綺麗事ばかり言っていられないのかも知れないけれど、弟がいつの間にか変わってしまっていた事を淋しく感じた。
目の前の彼が、時々知らない男の人に見えて、なんとも落ち着かない。
次期公爵として育てられたせいで、彼の純粋な部分が消えてしまったのかも知れないと思うと、私の婚約が原因でもあるので、ちょっと申し訳ない気持ちになる。


「マクレガー殿も、クリストファー殿下も、薬を盛られていたとしたら、そのせいでアシュトン嬢に操られているって事ですかね?
元々は持っていなかった筈の好意を植え付けられた被害者、という事になるのでしょうか?」

レイの問いに私は首を横に振る。

「マクレガー様はともかく、王族は毒殺を防ぐ為に、ある程度は薬物の耐性を付けているわ。
余程強い薬であれば、多少は効果が出るかも知れないけど、完全に操るなんて不可能だと思う。
勿論、薬を盛られた時点である意味被害者ではあるけれど、それと彼の愚行とは関係がないと思うわ」

致死性の高い毒物だけでなく、媚薬などの類も効きにくい体質になっていると聞く。

斯く言う私も、王太子殿下の婚約者として、様々な毒薬を少量づつ摂取させられており、殿下ほどでは無いが多少は耐性が出来ている。
だからこそ、毒を盛られても死なずに済んだのかも知れない。
逆を言えば、耐性を持っている筈の私が、ほんの少し舐める程度しか摂取していないのにこんなに長く昏睡したのだから、かなり強い毒である可能性も高い。
もしくは、致死量以上に混入されていたのか。

この国ではまだ知られていないと言うその毒物の危険性と、私に向けられた明確な殺意に、背筋が粟立った。
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