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2 義理の弟
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私の名前はキャサリン・メルヴィル。
メルヴィル公爵家の一人娘である私は、幼い頃に王太子であるクリストファー殿下の婚約者に選ばれた。
私しか子供が居ないお父様は、この婚約を出来るだけ回避しようと抗ったのだが、公爵家の後ろ盾を得たい王家からの強い要望で、断る事は叶わなかった。
仕方なく、遠縁の子爵家から養子を取って、後継として育てる事にした。
両親共にまだ若く、夫婦仲が良かったので、周囲は『もう一人子供を作れば?』と無責任に勧めてくる。
しかし、お父様はそれだけはどうしても避けたかった。
最愛であるお母様の身体は弱く、私が生まれた時にも生死の境を彷徨ったのだから、無理からぬ事だ。
そうして我が家にやって来たのが、レイモンドである。
私が7歳の時だった。
「キャシー、この子はレイモンド。
今日から君の弟になる子だよ」
お父様に手を引かれて馬車から降りたレイモンドを見た私は、息を呑んだ。
青みがかった銀色の髪が、日差しに透けてキラキラ光る。
紫色の美しい瞳は不安気に揺れていた。
あどけない5歳の彼は、中性的で天使のように可愛らしい男の子だった。
「初めまして。
私はキャサリン・メルヴィル。
貴方のお姉さんになるのよ。
姉上って呼んでね」
「姉上・・・・・・?」
「そうよ。仲良くしましょうね」
彼の両手を握って挨拶をすると、紫の丸い瞳が上目遣いに私を見た。
可愛い!!
私は思わず彼を抱きしめて、頭を撫でた。
腕の中で身を捩る彼を解放すると、耳まで真っ赤になってモジモジしている。
可愛い!!!!
元々兄弟が欲しいと思っていた私は、すぐにレイモンドに夢中になった。
一緒に庭を駆け回ったり、絵本を読んであげたり、読み書きや算術を教えたり。
毎日、レイモンドにベッタリだった。
でも、そんな幸せな日々は、長くは続かなかった。
レイが公爵家に来てから半年程過ぎた頃、突然同じ邸に住んでいるはずのレイと、顔を合わせる機会が無くなってしまったのだ。
レイは家族の食卓にも姿を見せず、勉強の合間に自室で食事を摂っているらしい。
ホームシックになって公爵家の家族を避けているのかとも思ったが、どうやら避けられているのは私だけみたいだ。
お父様やお母様とは普通に顔を合わせているみたいなのに、私にだけ全く姿を見せない。
絶対におかしい。
そう考え始めて一か月以上が過ぎ、私は我慢出来なくなって、レイを待ち伏せた。
「レイ、どうしたの?
最近私の事を避けてない?」
「・・・僕の事は、放って置いてください。
もう構わないでください。
姉上なんて、嫌いです。
最初から嫌いだった!
僕は・・・、僕は、姉なんか欲しくなかった!!」
低く絞り出す様に伝えられた言葉に愕然とした。
「どうして・・・」
何故?どうして?
突然嫌われてしまった理由が分からない。
気付かぬ内に、彼の気に障る様な事をしてしまったのだろうか?
私は大好きだったのに───。
でも・・・・・・
不思議な事に、「嫌いだ」と言われた私より、言ったレイの方がずっと苦しそうな・・・今にも泣き出しそうな顔をしていたのだ。
「おはよう、レイ」
諦めきれずに、私は毎朝レイの前に立ちはだかって挨拶をする。
彼は一瞬驚いた表情になった後、不快そうに顔を歪めた。
「キャサリン様、おはようございます」
「嫌だわ、キャサリン様だなんて。
前みたいに、姉上って呼んでよ」
「いえ・・・・・・そういうの、やめて下さい」
「・・・・・・」
優しいレイモンドは、私を完全に無視するような事はしないが、殆ど私に姿を見せる事は無い。
頑張って話しかけても、以前の様には会話は弾まなかった。
困った様に目を伏せる彼の顔を見るのが辛くて、こちらから話しかける事も少しづつ減って行った。
『レイは姉離れをしようとしているのだ』
そう思う事にした私は彼の意思を尊重し、こちらからも距離を置き始めた。
今ではたまに顔を合わせた時の挨拶ぐらいしか、言葉を交わす事もない。
───いや、「なかった」筈なのだ。
「はい、姉上、あーんして」
余所余所しかった筈の義弟は、私のベッドの縁に腰掛けて、一口大にカットされたリンゴをフォークに刺し、私の口元にせっせと運ぶ。
いや、なんだコレ!?
「・・・レイモンド、手を怪我している訳では無いのだから、一人で食べられるわ」
「酷いです!姉上は、僕の楽しみを奪うつもりなのですか!?」
楽しみなの?コレが!?
嫌っていた筈の義姉にリンゴ食べさせるのが!?
悲壮感漂う表情を浮かべたレイモンドを見て、ため息を吐く。
私がその顔に弱いって知っててやってるに違いない。
渋々口を開けると、レイモンドは甘やかな微笑みを浮かべ、私にリンゴを食べさせた。
「昔みたいに、レイって呼んで下さい。姉上」
メルヴィル公爵家の一人娘である私は、幼い頃に王太子であるクリストファー殿下の婚約者に選ばれた。
私しか子供が居ないお父様は、この婚約を出来るだけ回避しようと抗ったのだが、公爵家の後ろ盾を得たい王家からの強い要望で、断る事は叶わなかった。
仕方なく、遠縁の子爵家から養子を取って、後継として育てる事にした。
両親共にまだ若く、夫婦仲が良かったので、周囲は『もう一人子供を作れば?』と無責任に勧めてくる。
しかし、お父様はそれだけはどうしても避けたかった。
最愛であるお母様の身体は弱く、私が生まれた時にも生死の境を彷徨ったのだから、無理からぬ事だ。
そうして我が家にやって来たのが、レイモンドである。
私が7歳の時だった。
「キャシー、この子はレイモンド。
今日から君の弟になる子だよ」
お父様に手を引かれて馬車から降りたレイモンドを見た私は、息を呑んだ。
青みがかった銀色の髪が、日差しに透けてキラキラ光る。
紫色の美しい瞳は不安気に揺れていた。
あどけない5歳の彼は、中性的で天使のように可愛らしい男の子だった。
「初めまして。
私はキャサリン・メルヴィル。
貴方のお姉さんになるのよ。
姉上って呼んでね」
「姉上・・・・・・?」
「そうよ。仲良くしましょうね」
彼の両手を握って挨拶をすると、紫の丸い瞳が上目遣いに私を見た。
可愛い!!
私は思わず彼を抱きしめて、頭を撫でた。
腕の中で身を捩る彼を解放すると、耳まで真っ赤になってモジモジしている。
可愛い!!!!
元々兄弟が欲しいと思っていた私は、すぐにレイモンドに夢中になった。
一緒に庭を駆け回ったり、絵本を読んであげたり、読み書きや算術を教えたり。
毎日、レイモンドにベッタリだった。
でも、そんな幸せな日々は、長くは続かなかった。
レイが公爵家に来てから半年程過ぎた頃、突然同じ邸に住んでいるはずのレイと、顔を合わせる機会が無くなってしまったのだ。
レイは家族の食卓にも姿を見せず、勉強の合間に自室で食事を摂っているらしい。
ホームシックになって公爵家の家族を避けているのかとも思ったが、どうやら避けられているのは私だけみたいだ。
お父様やお母様とは普通に顔を合わせているみたいなのに、私にだけ全く姿を見せない。
絶対におかしい。
そう考え始めて一か月以上が過ぎ、私は我慢出来なくなって、レイを待ち伏せた。
「レイ、どうしたの?
最近私の事を避けてない?」
「・・・僕の事は、放って置いてください。
もう構わないでください。
姉上なんて、嫌いです。
最初から嫌いだった!
僕は・・・、僕は、姉なんか欲しくなかった!!」
低く絞り出す様に伝えられた言葉に愕然とした。
「どうして・・・」
何故?どうして?
突然嫌われてしまった理由が分からない。
気付かぬ内に、彼の気に障る様な事をしてしまったのだろうか?
私は大好きだったのに───。
でも・・・・・・
不思議な事に、「嫌いだ」と言われた私より、言ったレイの方がずっと苦しそうな・・・今にも泣き出しそうな顔をしていたのだ。
「おはよう、レイ」
諦めきれずに、私は毎朝レイの前に立ちはだかって挨拶をする。
彼は一瞬驚いた表情になった後、不快そうに顔を歪めた。
「キャサリン様、おはようございます」
「嫌だわ、キャサリン様だなんて。
前みたいに、姉上って呼んでよ」
「いえ・・・・・・そういうの、やめて下さい」
「・・・・・・」
優しいレイモンドは、私を完全に無視するような事はしないが、殆ど私に姿を見せる事は無い。
頑張って話しかけても、以前の様には会話は弾まなかった。
困った様に目を伏せる彼の顔を見るのが辛くて、こちらから話しかける事も少しづつ減って行った。
『レイは姉離れをしようとしているのだ』
そう思う事にした私は彼の意思を尊重し、こちらからも距離を置き始めた。
今ではたまに顔を合わせた時の挨拶ぐらいしか、言葉を交わす事もない。
───いや、「なかった」筈なのだ。
「はい、姉上、あーんして」
余所余所しかった筈の義弟は、私のベッドの縁に腰掛けて、一口大にカットされたリンゴをフォークに刺し、私の口元にせっせと運ぶ。
いや、なんだコレ!?
「・・・レイモンド、手を怪我している訳では無いのだから、一人で食べられるわ」
「酷いです!姉上は、僕の楽しみを奪うつもりなのですか!?」
楽しみなの?コレが!?
嫌っていた筈の義姉にリンゴ食べさせるのが!?
悲壮感漂う表情を浮かべたレイモンドを見て、ため息を吐く。
私がその顔に弱いって知っててやってるに違いない。
渋々口を開けると、レイモンドは甘やかな微笑みを浮かべ、私にリンゴを食べさせた。
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