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12 彼女の好きな人

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《side:アルバート》


 焦茶色の髪の女性に出会った翌日の昼時。
 僕の足は自然と『黒猫亭』に向かっていた。

 扉を開けると、昨日の彼女が働く姿が真っ先に視界に入った。

 その瞬間、僕の心臓が大きく跳ねた。
 同時にポカポカと胸の奥が温かくなる。

 ああ、やっぱり……。彼女が側にいるだけで、心が満たされる。

「……」

「……」

 彼女は僕を見て、放心したみたいに固まってしまった。
 何故そんなに驚いているのだろうか?
 僕は何かしてしまったのか?

「……昼食を取りたいのだが、良いだろうか」

「あっ、ハイ。済みません。お一人様ですか?」

 声を掛けると我に返った彼女は、慌てた様子で僕をカウンターの席に案内した。

 店員同士の会話から彼女が『ケイティ』と言う名前である事が判明した。
 知ったばかりのその名で呼び掛けると、彼女はピクリと肩を跳ねさせて、少し戸惑った様な顔をした。

 客観的に見て、ケイティの大きな栗色の瞳は可愛らしいし、整った顔立ちではあるのだが、誰もが振り返る程の派手な美人という訳では無いと思う。
 でも僕にとっては飛び切り魅力的に見えるのだ。
 出会って間もない、殆ど言葉も交わしていない彼女に、何故こんなにも惹かれるのか。




 黒猫亭の料理はとても美味しく、客として訪れれば必ずケイティに会う事が出来る。
 僕は毎日店に通った。


 通いつめている内に、リッキーさんやハワードと雑談をする位に打ち解けて来た。
 だが、ケイティは客としての僕には親切に接してくれるが、プライベートにはなかなか踏み込ませてくれない。

 しかも、常連客の若い男達は殆どがケイティ目当てで通っている様に見える。
 まあ、僕も人の事は言えないけれど。

「ケイティ、これ、店の売れ残りで悪いけど……」

「まあ!いつもありがとうございます。
 お部屋に飾らせてもらいますね」

 小さな花束を彼女に渡したのは、この近くの花屋の息子だ。
 彼は頻繁に売れ残りだからと言っては彼女に花を渡す。
 だが、生き生きとしたその花は、おそらく売れ残りなどでは無い。

 ケイティは、高価なプレゼントは絶対に受け取らないから、受け取ってもらい易いように嘘をついているに違いない。
 しかも愛の花言葉を持つ花ばかりを贈っているのだ。

 頬を染めてそれを受け取るケイティに、焦燥感が募る。


 彼女は花に込められた愛の告白に気付いているのだろうか?
 この男の事をどう思っているのだろう?

 僕の事は?


 そもそも、恋人は……、居るのだろうか?

 そんな基本的な事も、何も知らない。



「最初はケイティはリッキーさんかハワードと恋仲なのかと思ってた」

 ある夜、酒の勢いに任せて恋愛の話を振ってみた。
 すると、ハワードから思いもよらぬ情報が齎された。

「なんか、忘れられない人がいるらしいよ」

 ああ、そうか……。好きな男がいるから、客に口説かれても靡かないのか。


 ショックを受けている所へ、新たな客が入って来た。
 僕は会った事がないが、ケイティとも親し気に話すレオンという男は、きっと長くこの店に通っているのだろう。
 ケイティはその男からのプレゼントを嬉しそうに受け取った。

 苛立ちが抑えられないのは、酒が回っているせいだろうか。

(彼女は僕のものなのに……)

 思わずそんな考えが浮かんで、心の中で自嘲した。
 いや、『僕のもの』って何だよ? ただの客と店員の関係じゃないか。

「レオン様は、今日も白ワインですか?」

「うん、つまみも適当に二、三品お願い」

「今日は鯛のカルパッチョとポテトグラタンがお勧めですよ」

 ケイティがその男の酒や食の好みを把握しているのが、また腹立たしい。
 他の常連客よりも、なんとなく距離が近い感じがする。

 楽しそうに話す二人を横目で見ながら、ひたすら強い酒を煽った。
 飲み過ぎた僕は、朦朧とする意識の中で、ただ、ぼんやりとケイティを見詰めていた。


(ああ、早く取り戻さなきゃ……。
 ………愛しい、僕の…コー……)



 完全に意識を手放した僕は、長い長い夢を見た。

 丘の上に立った彼女はフワリと微笑むと、僕に背を向けて何処かへ走り去ろうとする。
 風に舞う長い金髪が、キラリと光った。


「待って!行かないで、……コーデリア!!」

 必死に呼び掛けた名前は、何故か『ケイティ』では無かった。




 そして翌朝、目が覚めた僕は、全ての記憶を取り戻していたのだ。

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