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5 忘却の呪い
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テーブルの上に分厚い本をドカッと置いた魔女さんは、何かブツブツと呟きながらページを捲る。
「うーーん、確かこの辺にあったはず……。
あー、そう、コレコレ! アンタにはこの方法がピッタリだね。
忘却の呪いを混ぜた魔術薬」
お勧め商品を紹介するみたいな雰囲気醸し出してるけど、その口から飛び出したのは『呪い』と言う不穏な言葉だった。
「忘却の、呪い……?」
「そう、呪い。
だって他人様の記憶の一部を勝手に奪うんだから、そりゃあ魔術の中でも呪術の領域だろうが」
そう言われれば、そうかもしれないけど。
「呪いって事は、解呪された場合には貴女か私が呪い返しを受けるのですか?」
「いんや。呪い返しは悪意を持って呪った場合にしか発動しない。
まあ、呪術を掛けるなんて、ほとんどの場合はどっかの馬鹿が悪意を持ってやらかすんだろうから、『解呪イコール呪い返し』みたいな認識が定着しちまったんだろ。
だけど、そもそも悪意を持った人間はアタシの元には辿り着けないから、アタシの呪術で呪い返しが起きる事は有り得ない」
彼女の答えにホッと胸を撫で下ろす。
「じゃあ、それをお願いします」
「了解。確か…、満月は明日の夜か……。
じゃあ、明後日以降にまたおいで。
それまでに薬を作っといてやるからさ」
「え、今頂けるんじゃ無いんですか?」
「今ぁ!? 馬鹿を言うんじゃ無いよ。
アタシの魔術は全て、依頼主の希望を聞いてから組み立てるオーダーメイドだ。
しかも、呪いを混ぜ込んだ魔術薬なんて、作るのに手間もかかる上に、魔力もすごく使うし、難しい作業なんだ。
そう簡単に出来るもんじゃ無いんだよっ」
魔女さんは人差し指をブンブン振りながら、聞き分けの無い子供に言い聞かせる様に懇々と説教をした。
「す、済みません…」
「分かればよろしい。
じゃあ、いいね。明後日以降だよっ!」
勢い良くそう言った魔女さんは、小さな家からサッサと私を追い出した。
玄関の前で蹲って昼寝をしていた黒ウサギが眠そうにノソリと起き上がって、また私を先導してくれた。
深い森を抜けて、入った時と同じ場所に辿り着く。
お礼を言おうと思った時には、既にウサギは何処かへ消えていた。
約束の日。待ちきれなかった私は、午前中から真っ暗森に踏み込んだ。
またあのウサギが出て来て、もはや恒例の様に私を案内する。
魔女さんの家までの道のりは、前回よりも短く感じた。
やっぱり今回もノックをする前に扉が開く。
「よく来たね。入りな」
前回と同じく紅茶を出してくれたので、今回は躊躇う事なく口を付けた。
魔女さんは二日前に会った時よりも少し疲れた様子だった。
魔術薬を作るのは難しい作業だ、と言っていたのは本当なのかもしれない。
そんな魔女さんが、私の胸元を見て何かに気付いた様な顔をした。
「一昨日は気付かなかったけど、アンタ、随分面白いもんを首にぶら下げてるじゃ無いか」
確かにペンダントをしているが、服の下に隠しているのに何故気付いたのだろう?
「コレは両親から『肌身離さず持っておく様に』と言われた物なので、報酬として渡す事は出来ませんよ」
服の上からペンダントヘッドをギュッと掴むと、その仕草を見た魔女さんはヘラヘラと笑った。
「奪おうなんて思ってないから安心おしよ。
ただ、単純に面白い物だと思っただけだ。
それに、そのペンダントはアンタ以外の人間には使えない」
「使えない?」
勿体ぶった言葉に首を傾げる。
「なんだ、知らなかったのかい?
盗らないから、ちょっと見せてごらん」
私がペンダントを手渡すと、魔女さんはそれを眺めてフム、と頷いた。
「やっぱり。コレは魔道具の一種だよ。
しかも、アンタの魔力を込めないと発動出来ない様に細工されてる。
アンタの両親の内のどっちかが、まあまあの魔力持ちだったんじゃないかい?」
「母は生活魔法くらいは使えたみたいですけど……」
「隠してたのかもしれん。
魔力持ちは搾取されやすいからねぇ。
全く…、嫌な世の中だよ」
「でも、私の魔力は本当に少ないので、魔道具を動かす事なんて……」
「アタシが教えてあげられるのはここまでだよ。
タダ働きは性に合わないからね」
そのまま魔女さんはペンダントの件に関して口を閉ざした。
そして、徐に立ち上がると、手のひらサイズの小瓶を私に手渡す。
「さあ、そろそろコレを持って出て行っておくれ」
「コレが、忘却の薬」
「そうだよ」
透明なソレは、一見すると只の水の様に見える。
蓋を開けて匂いを嗅いでみたけど、全くの無臭だった。
「本当に効果があるのかしら?」
思わず漏れてしまった私の失礼な言葉に、魔女さんは憮然とした表情になる。
「心配しなくても、アタシの薬は効果絶大だよ!
疑うのなら返しておくれっ!!」
小瓶に手を伸ばす魔女さんに、慌てて一歩下がった。
「いえ、頂いて行きます。
ありがとうございました」
「じゃあね。もう来るんじゃないよ」
口が悪いけどお人好しの魔女さんとの別れを少しだけ淋しく思いながら、私は再び黒ウサギの後を追って帰路に着いた。
「まあ、何事にも『絶対』は存在しないって事だけは、忘れない方が良いけどね」
別れ際に零された魔女さんの小さな呟きは、私の耳には入らなかった。
「うーーん、確かこの辺にあったはず……。
あー、そう、コレコレ! アンタにはこの方法がピッタリだね。
忘却の呪いを混ぜた魔術薬」
お勧め商品を紹介するみたいな雰囲気醸し出してるけど、その口から飛び出したのは『呪い』と言う不穏な言葉だった。
「忘却の、呪い……?」
「そう、呪い。
だって他人様の記憶の一部を勝手に奪うんだから、そりゃあ魔術の中でも呪術の領域だろうが」
そう言われれば、そうかもしれないけど。
「呪いって事は、解呪された場合には貴女か私が呪い返しを受けるのですか?」
「いんや。呪い返しは悪意を持って呪った場合にしか発動しない。
まあ、呪術を掛けるなんて、ほとんどの場合はどっかの馬鹿が悪意を持ってやらかすんだろうから、『解呪イコール呪い返し』みたいな認識が定着しちまったんだろ。
だけど、そもそも悪意を持った人間はアタシの元には辿り着けないから、アタシの呪術で呪い返しが起きる事は有り得ない」
彼女の答えにホッと胸を撫で下ろす。
「じゃあ、それをお願いします」
「了解。確か…、満月は明日の夜か……。
じゃあ、明後日以降にまたおいで。
それまでに薬を作っといてやるからさ」
「え、今頂けるんじゃ無いんですか?」
「今ぁ!? 馬鹿を言うんじゃ無いよ。
アタシの魔術は全て、依頼主の希望を聞いてから組み立てるオーダーメイドだ。
しかも、呪いを混ぜ込んだ魔術薬なんて、作るのに手間もかかる上に、魔力もすごく使うし、難しい作業なんだ。
そう簡単に出来るもんじゃ無いんだよっ」
魔女さんは人差し指をブンブン振りながら、聞き分けの無い子供に言い聞かせる様に懇々と説教をした。
「す、済みません…」
「分かればよろしい。
じゃあ、いいね。明後日以降だよっ!」
勢い良くそう言った魔女さんは、小さな家からサッサと私を追い出した。
玄関の前で蹲って昼寝をしていた黒ウサギが眠そうにノソリと起き上がって、また私を先導してくれた。
深い森を抜けて、入った時と同じ場所に辿り着く。
お礼を言おうと思った時には、既にウサギは何処かへ消えていた。
約束の日。待ちきれなかった私は、午前中から真っ暗森に踏み込んだ。
またあのウサギが出て来て、もはや恒例の様に私を案内する。
魔女さんの家までの道のりは、前回よりも短く感じた。
やっぱり今回もノックをする前に扉が開く。
「よく来たね。入りな」
前回と同じく紅茶を出してくれたので、今回は躊躇う事なく口を付けた。
魔女さんは二日前に会った時よりも少し疲れた様子だった。
魔術薬を作るのは難しい作業だ、と言っていたのは本当なのかもしれない。
そんな魔女さんが、私の胸元を見て何かに気付いた様な顔をした。
「一昨日は気付かなかったけど、アンタ、随分面白いもんを首にぶら下げてるじゃ無いか」
確かにペンダントをしているが、服の下に隠しているのに何故気付いたのだろう?
「コレは両親から『肌身離さず持っておく様に』と言われた物なので、報酬として渡す事は出来ませんよ」
服の上からペンダントヘッドをギュッと掴むと、その仕草を見た魔女さんはヘラヘラと笑った。
「奪おうなんて思ってないから安心おしよ。
ただ、単純に面白い物だと思っただけだ。
それに、そのペンダントはアンタ以外の人間には使えない」
「使えない?」
勿体ぶった言葉に首を傾げる。
「なんだ、知らなかったのかい?
盗らないから、ちょっと見せてごらん」
私がペンダントを手渡すと、魔女さんはそれを眺めてフム、と頷いた。
「やっぱり。コレは魔道具の一種だよ。
しかも、アンタの魔力を込めないと発動出来ない様に細工されてる。
アンタの両親の内のどっちかが、まあまあの魔力持ちだったんじゃないかい?」
「母は生活魔法くらいは使えたみたいですけど……」
「隠してたのかもしれん。
魔力持ちは搾取されやすいからねぇ。
全く…、嫌な世の中だよ」
「でも、私の魔力は本当に少ないので、魔道具を動かす事なんて……」
「アタシが教えてあげられるのはここまでだよ。
タダ働きは性に合わないからね」
そのまま魔女さんはペンダントの件に関して口を閉ざした。
そして、徐に立ち上がると、手のひらサイズの小瓶を私に手渡す。
「さあ、そろそろコレを持って出て行っておくれ」
「コレが、忘却の薬」
「そうだよ」
透明なソレは、一見すると只の水の様に見える。
蓋を開けて匂いを嗅いでみたけど、全くの無臭だった。
「本当に効果があるのかしら?」
思わず漏れてしまった私の失礼な言葉に、魔女さんは憮然とした表情になる。
「心配しなくても、アタシの薬は効果絶大だよ!
疑うのなら返しておくれっ!!」
小瓶に手を伸ばす魔女さんに、慌てて一歩下がった。
「いえ、頂いて行きます。
ありがとうございました」
「じゃあね。もう来るんじゃないよ」
口が悪いけどお人好しの魔女さんとの別れを少しだけ淋しく思いながら、私は再び黒ウサギの後を追って帰路に着いた。
「まあ、何事にも『絶対』は存在しないって事だけは、忘れない方が良いけどね」
別れ際に零された魔女さんの小さな呟きは、私の耳には入らなかった。
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