3 / 23
3 壊れた未来
しおりを挟む
「コーデリア。大人になったら僕と結婚してくれないか?
僕は君の隣にいる時だけ、素の自分でいられるんだ。
必ず君を幸せにするから、どうか『イエス』と言ってくれ」
そんな風にアルバートがプロポーズをしてくれたのは、それから間も無く。
あの時と同じ丘の上での出来事だった。
慌てて返事をしようと口を開いたのだけれど、声にならなくて、代わりにポロポロと涙を零しながら、必死になって首を縦に振った。
アルバートはホッとした様に大きく息を吐くと、ポケットから取り出したクシャクシャのハンカチで、私の頬を少し乱暴に拭ってくれた。
私と目が合った彼は嬉しそうに微笑んで、私の額にキスをした。
その日は家に帰ってからも、ずっとフワフワした心地だった。
眠ってしまうと今日の出来事が夢になってしまう様な気がして、なかなか寝付けなかった。
それから直ぐに、私達はお互いの両親に、婚約をしたいと告げたのだが……。
大人達は私達と違って、とても冷静だった。
六歳の子供の幼い恋など、直ぐに心変わりするのではないかと危惧したのだ。
とは言え、両家とも子供達を政略結婚の道具にするつもりは無かったので、十歳になっても二人の気持ちが変わらなかったら婚約をさせようと約束してくれた。
それから四年の月日はあっという間に過ぎて───。
当然の事ながら、私達の気持ちは変わらなかった。
……いや、更に強くなったと言えるかもしれない。
両家の親達もちょっと呆れた様子で、私達の婚約を認めてくれた。
私は一人っ子なので、次男のアルバートがエルウッド子爵家に婿入りしてくれる事になった。
私達は学園に入学すると、仲の良い婚約者同士として注目された。
倦怠期とは無縁で、常に共に行動していた。
そして、学園を卒業すると同時に結婚する予定だった。
状況が変わってしまったのは、私達が最終学年に進級して直ぐの頃だった。
凶報は突然やって来て、私の穏やかな日常を一瞬で壊したのだ。
いつも通りに授業を受けていた教室に、慌てた様子の教師が飛び込んで来て、私に耳打ちした。
「コーデリア・エルウッド嬢、落ち着いて聞いてください。
ご両親の乗った馬車が、事故に遭われたそうです。直ぐに帰宅して、状況を確認しなさい」
「………………はぃ?」
最初は何を言われているのか理解出来なかった。
きっと脳が理解するのを拒否していたのだ。
その内にどんどん指先が冷たくなって来て、視界がぐらりと大きく揺れた。
倒れそうになった私の背を、隣の席で授業を受けていたアルバートが支えてくれて、なんとか踏みとどまった。
その後直ぐに、アルバートに付き添われて帰宅した私は、両親が即死だったという事を聞かされたのだ。
何も手に付かない状態の私を見兼ねて、フェルトン伯爵夫妻が親身になって色々な手配をしてくれた。
まだ正式にアルバートと婚姻をした訳でも無いのに、親戚の様に私や私の家の事を心配してくれる彼等には、どんなに感謝をしても足りない。
私はと言えば、実感が湧かなくて涙も出ないまま、気が付いたら葬儀も埋葬も終わっていた様な感じだった。
アルバートは昼夜問わず常に私に寄り添って、手を繋いでいてくれた。
「コーデリア、ご両親の代わりにはなれないけど、僕がずっと君の側にいるからね」
彼にそう言われて、やっと涙が出た。
「…ぁぁ……どうしてっ………?
どうして、死んじゃったのっ?
酷いよ……、私を残して…二人とも逝っちゃうなんて……うぅぅ……」
「よく我慢したね。もっと泣いて良いんだよ」
彼は私を抱き締めて、涙が枯れるまでずっと頭を撫でた。
だけど、運命は残酷で。
悲劇はこれで終わらなかったのだ。
両親の葬儀が終わってから、数日後。
エルウッド子爵家に、令状を持った大勢の王宮騎士が押しかけて来た。
「コーデリア・エルウッド嬢ですね?
亡くなったご両親に、横領の疑いが掛かっています。
国王陛下の命により、今から邸を捜索させて頂きます」
「……は?横領?」
そんな筈は無いという私の訴えは無視され、邸全体の捜索が行われた。
財務部の父のロッカーから、証拠となる書類が数点見つかったらしい。
それだけでは証拠が弱い為、邸の捜索が決行されたのだが、その日の捜索では何も見つからなかったようだ。
あんな実直な父が法を犯すなんて考えられない。
とは言え、状況的には限りなく黒に近いグレーなのだ。
このままアルバートとの婚約を続けて婚姻をするとなれば、フェルトン家にまで累が及ぶだろう。
大好きだった両親は、もう居ない。
領地も爵位も邸も、このまま嫌疑が晴れなければ、きっと没収となる。
優しかった使用人の皆んなも、このまま雇い続ける事は難しいだろう。
私の大切なものは、もうアルバートだけしか残っていないのだ。
彼には幸せになって欲しい。
本当は、私の手で彼を幸せにしたかったのだけれど、どうやらそれは出来そうも無い。
だから、別れを決意した。
僕は君の隣にいる時だけ、素の自分でいられるんだ。
必ず君を幸せにするから、どうか『イエス』と言ってくれ」
そんな風にアルバートがプロポーズをしてくれたのは、それから間も無く。
あの時と同じ丘の上での出来事だった。
慌てて返事をしようと口を開いたのだけれど、声にならなくて、代わりにポロポロと涙を零しながら、必死になって首を縦に振った。
アルバートはホッとした様に大きく息を吐くと、ポケットから取り出したクシャクシャのハンカチで、私の頬を少し乱暴に拭ってくれた。
私と目が合った彼は嬉しそうに微笑んで、私の額にキスをした。
その日は家に帰ってからも、ずっとフワフワした心地だった。
眠ってしまうと今日の出来事が夢になってしまう様な気がして、なかなか寝付けなかった。
それから直ぐに、私達はお互いの両親に、婚約をしたいと告げたのだが……。
大人達は私達と違って、とても冷静だった。
六歳の子供の幼い恋など、直ぐに心変わりするのではないかと危惧したのだ。
とは言え、両家とも子供達を政略結婚の道具にするつもりは無かったので、十歳になっても二人の気持ちが変わらなかったら婚約をさせようと約束してくれた。
それから四年の月日はあっという間に過ぎて───。
当然の事ながら、私達の気持ちは変わらなかった。
……いや、更に強くなったと言えるかもしれない。
両家の親達もちょっと呆れた様子で、私達の婚約を認めてくれた。
私は一人っ子なので、次男のアルバートがエルウッド子爵家に婿入りしてくれる事になった。
私達は学園に入学すると、仲の良い婚約者同士として注目された。
倦怠期とは無縁で、常に共に行動していた。
そして、学園を卒業すると同時に結婚する予定だった。
状況が変わってしまったのは、私達が最終学年に進級して直ぐの頃だった。
凶報は突然やって来て、私の穏やかな日常を一瞬で壊したのだ。
いつも通りに授業を受けていた教室に、慌てた様子の教師が飛び込んで来て、私に耳打ちした。
「コーデリア・エルウッド嬢、落ち着いて聞いてください。
ご両親の乗った馬車が、事故に遭われたそうです。直ぐに帰宅して、状況を確認しなさい」
「………………はぃ?」
最初は何を言われているのか理解出来なかった。
きっと脳が理解するのを拒否していたのだ。
その内にどんどん指先が冷たくなって来て、視界がぐらりと大きく揺れた。
倒れそうになった私の背を、隣の席で授業を受けていたアルバートが支えてくれて、なんとか踏みとどまった。
その後直ぐに、アルバートに付き添われて帰宅した私は、両親が即死だったという事を聞かされたのだ。
何も手に付かない状態の私を見兼ねて、フェルトン伯爵夫妻が親身になって色々な手配をしてくれた。
まだ正式にアルバートと婚姻をした訳でも無いのに、親戚の様に私や私の家の事を心配してくれる彼等には、どんなに感謝をしても足りない。
私はと言えば、実感が湧かなくて涙も出ないまま、気が付いたら葬儀も埋葬も終わっていた様な感じだった。
アルバートは昼夜問わず常に私に寄り添って、手を繋いでいてくれた。
「コーデリア、ご両親の代わりにはなれないけど、僕がずっと君の側にいるからね」
彼にそう言われて、やっと涙が出た。
「…ぁぁ……どうしてっ………?
どうして、死んじゃったのっ?
酷いよ……、私を残して…二人とも逝っちゃうなんて……うぅぅ……」
「よく我慢したね。もっと泣いて良いんだよ」
彼は私を抱き締めて、涙が枯れるまでずっと頭を撫でた。
だけど、運命は残酷で。
悲劇はこれで終わらなかったのだ。
両親の葬儀が終わってから、数日後。
エルウッド子爵家に、令状を持った大勢の王宮騎士が押しかけて来た。
「コーデリア・エルウッド嬢ですね?
亡くなったご両親に、横領の疑いが掛かっています。
国王陛下の命により、今から邸を捜索させて頂きます」
「……は?横領?」
そんな筈は無いという私の訴えは無視され、邸全体の捜索が行われた。
財務部の父のロッカーから、証拠となる書類が数点見つかったらしい。
それだけでは証拠が弱い為、邸の捜索が決行されたのだが、その日の捜索では何も見つからなかったようだ。
あんな実直な父が法を犯すなんて考えられない。
とは言え、状況的には限りなく黒に近いグレーなのだ。
このままアルバートとの婚約を続けて婚姻をするとなれば、フェルトン家にまで累が及ぶだろう。
大好きだった両親は、もう居ない。
領地も爵位も邸も、このまま嫌疑が晴れなければ、きっと没収となる。
優しかった使用人の皆んなも、このまま雇い続ける事は難しいだろう。
私の大切なものは、もうアルバートだけしか残っていないのだ。
彼には幸せになって欲しい。
本当は、私の手で彼を幸せにしたかったのだけれど、どうやらそれは出来そうも無い。
だから、別れを決意した。
164
お気に入りに追加
1,624
あなたにおすすめの小説

【完結】22皇太子妃として必要ありませんね。なら、もう、、。
華蓮
恋愛
皇太子妃として、3ヶ月が経ったある日、皇太子の部屋に呼ばれて行くと隣には、女の人が、座っていた。
嫌な予感がした、、、、
皇太子妃の運命は、どうなるのでしょう?
指導係、教育係編Part1

もう、愛はいりませんから
さくたろう
恋愛
ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。
王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

「わかれよう」そうおっしゃったのはあなたの方だったのに。
友坂 悠
恋愛
侯爵夫人のマリエルは、夫のジュリウスから一年後の離縁を提案される。
あと一年白い結婚を続ければ、世間体を気にせず離婚できるから、と。
ジュリウスにとっては亡き父が進めた政略結婚、侯爵位を継いだ今、それを解消したいと思っていたのだった。
「君にだってきっと本当に好きな人が現れるさ。私は元々こうした政略婚は嫌いだったんだ。父に逆らうことができず君を娶ってしまったことは本当に後悔している。だからさ、一年後には離婚をして、第二の人生をちゃんと歩んでいくべきだと思うんだよ。お互いにね」
「わかりました……」
「私は君を解放してあげたいんだ。君が幸せになるために」
そうおっしゃるジュリウスに、逆らうこともできず受け入れるマリエルだったけれど……。
勘違い、すれ違いな夫婦の恋。
前半はヒロイン、中盤はヒーロー視点でお贈りします。
四万字ほどの中編。お楽しみいただけたらうれしいです。
※本編はマリエルの感情がメインだったこともあってマリエル一人称をベースにジュリウス視点を入れていましたが、番外部分は基本三人称でお送りしています。

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした
ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。
彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。
しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。
悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。
その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。
この作品は、小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】どうかその想いが実りますように
おもち。
恋愛
婚約者が私ではない別の女性を愛しているのは知っている。お互い恋愛感情はないけど信頼関係は築けていると思っていたのは私の独りよがりだったみたい。
学園では『愛し合う恋人の仲を引き裂くお飾りの婚約者』と陰で言われているのは分かってる。
いつまでも貴方を私に縛り付けていては可哀想だわ、だから私から貴方を解放します。
貴方のその想いが実りますように……
もう私には願う事しかできないから。
※ざまぁは薄味となっております。(当社比)もしかしたらざまぁですらないかもしれません。汗
お読みいただく際ご注意くださいませ。
※完結保証。全10話+番外編1話です。
※番外編2話追加しました。
※こちらの作品は「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる