2 / 23
2 小さな恋の物語
しおりを挟む
私の名前は、コーデリア・エルウッド。
田舎の方に小さな領地を持つ、しがない子爵家の令嬢である。
とは言え、父は財務部の職員として王宮勤めをしており、領地の税収は少なくても、生活にはある程度の余裕があった。
そんな私と、フェルトン伯爵家の次男であるアルバートとの婚約が成立したのは、私達が十歳の頃。
アルバートの強い希望により結ばれた婚約だが、私だって負けないくらいアルバートの事を想っている。
エルウッド家とフェルトン家は、タウンハウスがお隣同士。
そして父親達は同じ年齢で、どうやら貴族学園時代の学友だったらしい。
そんなご縁もあって、私達は物心ついた頃には既に知り合っており、よく一緒に遊ぶ仲だった。
アルバートにはニ歳年上のお兄様がいらっしゃるので、本当ならば男の子同士で活発に体を動かす様な遊びをした方が楽しかっただろうに、彼は体力のない私に合わせていつも一緒に本を読んだり、花を見ながら庭園を散歩したりしてくれる、とても優しい少年だった。
そんな彼への淡い恋心を私が自覚したのは、六歳の時。
その年、長らく床に臥していらした彼の母方のお祖母様が永眠された。
私も、お祖母様が患われる前には何度かお会いしており、他家の子供である私にも、厳しくも温かく接して下さった事を今でも良く覚えている。
そんなお祖母様は当然ながら、フェルトン家の皆さんに深く愛されていた。
お祖母様を失ったフェルトン家は悲しみに沈んでいた。
特にアルバートのお母様である伯爵夫人は、実母ととても仲が良かった為、かなりショックを受けた様子だった。
そんな中で幼いアルバートだけは涙を見せずに気丈に振る舞い、自分の母親を支えようと必死に努力していた。
その姿を見た私は、『優しいアルバートらしいな』と思った。
でも……、そのアルバートの事は、一体誰が支えてくれるのだろうか?
(私が支えてあげられたら良いのに……)
そう思った時、私にとって、彼がとても特別な存在なのだという事に改めて気が付いた。
親交の深かったフェルトン家の力になれればと、伯爵夫人を慰めたり、色々な相談に乗ったりする為、私の母がフェルトン家を訪問することが増えた。
必然的に私もアルバートに会う機会が増える。
ある時、私達母娘がフェルトン家を訪れると、珍しくアルバートが護衛を一人だけ連れて、邸を留守にしていたのだ。
邸に残った使用人達に聞いても、行き先は聞いていないと言う。
私は、一つだけ思い付いた心当たりに足を向けた。
そこは、フェルトン邸の裏手にある小高い丘。
そこから見える街並みが好きだって、アルバートに聞いたことがあったから。
その場所に、彼はいた。
護衛を少し離れた場所に待機させて、丘の上に佇んでいた彼は、静かに涙を流していた。
一人きりでしか泣けない彼の姿を目にし、胸が締め付けられる様に痛んだ。
それと同時に、
(もしかしたら、誰にも見られたくなかったのかもしれない)
そう思って、彼に気付かれない内に立ち去ろうとしたのだが。
───パキリ。
一歩後ずさった時、枯れ枝を踏み付けて音が鳴ってしまった。
振り返った彼は、私の存在に驚いて目を丸くした。
誰もいないと思って安心していた場所に、突然私が現れたのだから、その反応は当然だと思う。
だが、次の瞬間の彼の行動は、私にとっても予想外だった。
アルバートは、泣きながらクシャリと微笑むと、私に駆け寄って強く抱き締めたのだ。
「えっ!?……アルバート?」
「ごめん、コーデリア。もう少しだけ、こうしていて」
そう囁いた彼の声が震えていたから、私はおずおずと手を伸ばして、彼の背中をゆっくりと撫でた。
本当はアルバートだって、ずっと泣きたかったんだ。
だって、彼はお祖母様の事が、とても大好きだったから。
温かい腕に包まれて、微かな嗚咽を聞きながら───、
(彼がいつでも安心して泣ける場所になりたい)
心から、そう願った。
田舎の方に小さな領地を持つ、しがない子爵家の令嬢である。
とは言え、父は財務部の職員として王宮勤めをしており、領地の税収は少なくても、生活にはある程度の余裕があった。
そんな私と、フェルトン伯爵家の次男であるアルバートとの婚約が成立したのは、私達が十歳の頃。
アルバートの強い希望により結ばれた婚約だが、私だって負けないくらいアルバートの事を想っている。
エルウッド家とフェルトン家は、タウンハウスがお隣同士。
そして父親達は同じ年齢で、どうやら貴族学園時代の学友だったらしい。
そんなご縁もあって、私達は物心ついた頃には既に知り合っており、よく一緒に遊ぶ仲だった。
アルバートにはニ歳年上のお兄様がいらっしゃるので、本当ならば男の子同士で活発に体を動かす様な遊びをした方が楽しかっただろうに、彼は体力のない私に合わせていつも一緒に本を読んだり、花を見ながら庭園を散歩したりしてくれる、とても優しい少年だった。
そんな彼への淡い恋心を私が自覚したのは、六歳の時。
その年、長らく床に臥していらした彼の母方のお祖母様が永眠された。
私も、お祖母様が患われる前には何度かお会いしており、他家の子供である私にも、厳しくも温かく接して下さった事を今でも良く覚えている。
そんなお祖母様は当然ながら、フェルトン家の皆さんに深く愛されていた。
お祖母様を失ったフェルトン家は悲しみに沈んでいた。
特にアルバートのお母様である伯爵夫人は、実母ととても仲が良かった為、かなりショックを受けた様子だった。
そんな中で幼いアルバートだけは涙を見せずに気丈に振る舞い、自分の母親を支えようと必死に努力していた。
その姿を見た私は、『優しいアルバートらしいな』と思った。
でも……、そのアルバートの事は、一体誰が支えてくれるのだろうか?
(私が支えてあげられたら良いのに……)
そう思った時、私にとって、彼がとても特別な存在なのだという事に改めて気が付いた。
親交の深かったフェルトン家の力になれればと、伯爵夫人を慰めたり、色々な相談に乗ったりする為、私の母がフェルトン家を訪問することが増えた。
必然的に私もアルバートに会う機会が増える。
ある時、私達母娘がフェルトン家を訪れると、珍しくアルバートが護衛を一人だけ連れて、邸を留守にしていたのだ。
邸に残った使用人達に聞いても、行き先は聞いていないと言う。
私は、一つだけ思い付いた心当たりに足を向けた。
そこは、フェルトン邸の裏手にある小高い丘。
そこから見える街並みが好きだって、アルバートに聞いたことがあったから。
その場所に、彼はいた。
護衛を少し離れた場所に待機させて、丘の上に佇んでいた彼は、静かに涙を流していた。
一人きりでしか泣けない彼の姿を目にし、胸が締め付けられる様に痛んだ。
それと同時に、
(もしかしたら、誰にも見られたくなかったのかもしれない)
そう思って、彼に気付かれない内に立ち去ろうとしたのだが。
───パキリ。
一歩後ずさった時、枯れ枝を踏み付けて音が鳴ってしまった。
振り返った彼は、私の存在に驚いて目を丸くした。
誰もいないと思って安心していた場所に、突然私が現れたのだから、その反応は当然だと思う。
だが、次の瞬間の彼の行動は、私にとっても予想外だった。
アルバートは、泣きながらクシャリと微笑むと、私に駆け寄って強く抱き締めたのだ。
「えっ!?……アルバート?」
「ごめん、コーデリア。もう少しだけ、こうしていて」
そう囁いた彼の声が震えていたから、私はおずおずと手を伸ばして、彼の背中をゆっくりと撫でた。
本当はアルバートだって、ずっと泣きたかったんだ。
だって、彼はお祖母様の事が、とても大好きだったから。
温かい腕に包まれて、微かな嗚咽を聞きながら───、
(彼がいつでも安心して泣ける場所になりたい)
心から、そう願った。
142
お気に入りに追加
1,532
あなたにおすすめの小説
「わかれよう」そうおっしゃったのはあなたの方だったのに。
友坂 悠
恋愛
侯爵夫人のマリエルは、夫のジュリウスから一年後の離縁を提案される。
あと一年白い結婚を続ければ、世間体を気にせず離婚できるから、と。
ジュリウスにとっては亡き父が進めた政略結婚、侯爵位を継いだ今、それを解消したいと思っていたのだった。
「君にだってきっと本当に好きな人が現れるさ。私は元々こうした政略婚は嫌いだったんだ。父に逆らうことができず君を娶ってしまったことは本当に後悔している。だからさ、一年後には離婚をして、第二の人生をちゃんと歩んでいくべきだと思うんだよ。お互いにね」
「わかりました……」
「私は君を解放してあげたいんだ。君が幸せになるために」
そうおっしゃるジュリウスに、逆らうこともできず受け入れるマリエルだったけれど……。
勘違い、すれ違いな夫婦の恋。
前半はヒロイン、中盤はヒーロー視点でお贈りします。
四万字ほどの中編。お楽しみいただけたらうれしいです。
【完結】22皇太子妃として必要ありませんね。なら、もう、、。
華蓮
恋愛
皇太子妃として、3ヶ月が経ったある日、皇太子の部屋に呼ばれて行くと隣には、女の人が、座っていた。
嫌な予感がした、、、、
皇太子妃の運命は、どうなるのでしょう?
指導係、教育係編Part1
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください
LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。
伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。
真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。
(他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…)
(1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)
探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
もう、愛はいりませんから
さくたろう
恋愛
ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。
王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。
その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結
わたしにはもうこの子がいるので、いまさら愛してもらわなくても結構です。
ふまさ
恋愛
伯爵令嬢のリネットは、婚約者のハワードを、盲目的に愛していた。友人に、他の令嬢と親しげに歩いていたと言われても信じず、暴言を吐かれても、彼は子どものように純粋無垢だから仕方ないと自分を納得させていた。
けれど。
「──なんか、こうして改めて見ると猿みたいだし、不細工だなあ。本当に、ぼくときみの子?」
他でもない。二人の子ども──ルシアンへの暴言をきっかけに、ハワードへの絶対的な愛が、リネットの中で確かに崩れていく音がした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる