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2 小さな恋の物語

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 私の名前は、コーデリア・エルウッド。
田舎の方に小さな領地を持つ、しがない子爵家の令嬢である。
 とは言え、父は財務部の職員として王宮勤めをしており、領地の税収は少なくても、生活にはある程度の余裕があった。

 そんな私と、フェルトン伯爵家の次男であるアルバートとの婚約が成立したのは、私達が十歳の頃。
 アルバートの強い希望により結ばれた婚約だが、私だって負けないくらいアルバートの事を想っている。

 エルウッド家とフェルトン家は、タウンハウスがお隣同士。
 そして父親達は同じ年齢で、どうやら貴族学園時代の学友だったらしい。
 そんなご縁もあって、私達は物心ついた頃には既に知り合っており、よく一緒に遊ぶ仲だった。
 アルバートにはニ歳年上のお兄様がいらっしゃるので、本当ならば男の子同士で活発に体を動かす様な遊びをした方が楽しかっただろうに、彼は体力のない私に合わせていつも一緒に本を読んだり、花を見ながら庭園を散歩したりしてくれる、とても優しい少年だった。


 そんな彼への淡い恋心を私が自覚したのは、六歳の時。
 その年、長らく床に臥していらした彼の母方のお祖母様が永眠された。
 私も、お祖母様が患われる前には何度かお会いしており、他家の子供である私にも、厳しくも温かく接して下さった事を今でも良く覚えている。

 そんなお祖母様は当然ながら、フェルトン家の皆さんに深く愛されていた。
 お祖母様を失ったフェルトン家は悲しみに沈んでいた。
 特にアルバートのお母様である伯爵夫人は、実母ととても仲が良かった為、かなりショックを受けた様子だった。

 そんな中で幼いアルバートだけは涙を見せずに気丈に振る舞い、自分の母親を支えようと必死に努力していた。
 その姿を見た私は、『優しいアルバートらしいな』と思った。

 でも……、そのアルバートの事は、一体誰が支えてくれるのだろうか?

(私が支えてあげられたら良いのに……)

 そう思った時、私にとって、彼がとても特別な存在なのだという事に改めて気が付いた。


 親交の深かったフェルトン家の力になれればと、伯爵夫人を慰めたり、色々な相談に乗ったりする為、私の母がフェルトン家を訪問することが増えた。
 必然的に私もアルバートに会う機会が増える。

 ある時、私達母娘がフェルトン家を訪れると、珍しくアルバートが護衛を一人だけ連れて、邸を留守にしていたのだ。
 邸に残った使用人達に聞いても、行き先は聞いていないと言う。

 私は、一つだけ思い付いた心当たりに足を向けた。
 そこは、フェルトン邸の裏手にある小高い丘。
 そこから見える街並みが好きだって、アルバートに聞いたことがあったから。


 その場所に、彼はいた。

 護衛を少し離れた場所に待機させて、丘の上に佇んでいた彼は、静かに涙を流していた。
 一人きりでしか泣けない彼の姿を目にし、胸が締め付けられる様に痛んだ。
 それと同時に、

(もしかしたら、誰にも見られたくなかったのかもしれない)

 そう思って、彼に気付かれない内に立ち去ろうとしたのだが。

 ───パキリ。

 一歩後ずさった時、枯れ枝を踏み付けて音が鳴ってしまった。

 振り返った彼は、私の存在に驚いて目を丸くした。
 誰もいないと思って安心していた場所に、突然私が現れたのだから、その反応は当然だと思う。
 だが、次の瞬間の彼の行動は、私にとっても予想外だった。
 アルバートは、泣きながらクシャリと微笑むと、私に駆け寄って強く抱き締めたのだ。

「えっ!?……アルバート?」

「ごめん、コーデリア。もう少しだけ、こうしていて」

 そう囁いた彼の声が震えていたから、私はおずおずと手を伸ばして、彼の背中をゆっくりと撫でた。
 本当はアルバートだって、ずっと泣きたかったんだ。
 だって、彼はお祖母様の事が、とても大好きだったから。

 温かい腕に包まれて、微かな嗚咽を聞きながら───、

(彼がいつでも安心して泣ける場所になりたい)

 心から、そう願った。
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