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1 どうか忘れて

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 窓から差し込む柔らかな日差しが、アルバートの青みがかった美しい銀髪を輝かせる。
 新緑の様な明るいグリーンの瞳は、残念ながら固く閉じられた瞼の下に隠され、長いまつ毛が頬に影を作っていた。

 彼の足元の床には飲みかけの紅茶のカップが転がり、カーペットに茶色い染みが広がっている。
 ソファーに深く沈み込み、意識を失っている彼の頬にそっと触れると、愛しさと苦しさが同時に込み上げ、私の視界がジワリと歪んだ。

 フゥっと深く息を吐いて、涙が零れ落ちるのを堪える。

「貴方に触れるのは、きっとこれが最後になるのね」

 二人きりの空間に、私の小さな呟きが零れる。

 彼の瞳が再び開く時、彼の記憶の中に私はいない。
 いない、はずだ。
 真っ暗森の魔女さんを信じるのならば。

 私は手のひらの中に隠し持っていたガラスの小瓶を、ポケットにしまった。

 起こさない様にそっと彼の頬を撫でていると、走馬灯の様に今までの二人の思い出の数々が、私の胸に去来する。

 覚悟していたはずなのに、やっぱり離れがたい。
 彼の事を、誰よりも愛しているから。



 どれくらい、そうしていただろうか?
 凄く短い時間だった気もするし、永遠とも思える程に長い時間だった気もする。

 部屋の扉をノックする音で我に返った私は、床に転がっていたカップを拾ってテーブルに戻した。

「コーデリア様、そろそろお茶のお代わりをご用意しましょうか?」

 入室したフェルトン伯爵家の侍女は、いつもと変わらず私を気遣ってくれる。
 もう私は、そんな風に大事にして貰える様な立場では無いというのに。

「ありがとう。でも結構よ。
 なんだかアルバートは疲れているみたいで、ソファーで眠ってしまったの。
 だから、私も今日はもうお暇するわね。
 申し訳ないけど、紅茶を床にこぼしてしまったから、後で掃除をお願い出来るかしら?」

「あらまあ、せっかく愛しの婚約者様がいらしてくださったのに、坊っちゃまはお昼寝ですか?
 本当に困った方ですねぇ。
 お掃除の件は、かしこまりました。こう見えても染み抜きは得意なので大丈夫ですよ。
 コーデリア様のドレスには掛かりませんでしたか?」

 親切なこの侍女とも今日でお別れなのかと思うと、やっぱり淋しい。

「ええ、大丈夫よ。
 それから、このお手紙をフェルトン伯爵にお渡しして貰える?」

「構いませんが、旦那様は今ご在宅ですので、お会いになればよろしいのに……」

 いつもの私だったらそうしていただろう。
 手紙を託すなんて初めての事だ。
 シンプルな白い封筒を渡されて不思議そうに首を傾げている侍女に向かって、私は言った。

「残念だけど、もう行かなきゃいけないの。
 面倒を掛けてしまって申し訳ないけど、お願いね」

「はい、確かにお預かりしました」



 こうして、私はフェルトン伯爵邸を後にして、そのまま彼等の前から姿を消した。



 それが、アルバートの為に私が出来る唯一の事なのだと、信じていたから。
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