12 / 19
12 皇子殿下
しおりを挟む
早朝から王宮内では、慌ただしく夜会の準備が進められていた。
視察に来る帝国の第四皇子殿下をお迎えする歓迎の夜会である。
勿論、公爵家のタウンハウスにいるアンジェリーナも、侍女達の手によって朝から磨き上げられていた。
「アンジェリーナ様、顔色が優れない様ですが、お疲れですか?」
髪を結ってくれていた侍女が、鏡越しに話し掛ける。
「ええ・・・。
ちょっと最近夢見が悪くて」
微苦笑で答えるアンジェリーナに、子供の頃から仕えてくれていたその侍女は表情を曇らせた。
彼女はアンジェリーナが幼少期に頻繁に魘されていた事を知っている。
王宮で暮らしていた頃に、一部の者から軽んじられていた記憶が悪夢となって、アンジェリーナの心を攻撃し続けたのだ。
王宮から離れてからアンジェリーナを『お荷物』と呼ぶ者は側にいなくなり、成長するに従って、少しづつ嫌な夢を見る頻度も減っていたのだが・・・・・・。
「もしや、先日の事件が引き金になって、悪夢が再発したのですか?」
「大丈夫よ。そんな顔しないで」
「ですが・・・」
「心配してくれてありがとう。
さぁ、早く支度しないと遅れちゃうわ。
とびきり可愛くしてね」
「・・・かしこまりました」
複雑な心境で頷いた侍女は、再び櫛を手に取った。
地平線の向こうへと陽が沈み、西の空に宵の明星が輝く頃。
エルヴィーノとアンジェリーナを乗せた馬車は、王宮に到着した。
差し伸べられた手を取り馬車を降りると、冷んやりとした夜の空気が頬を撫でる。
「大丈夫か?やはり体調が悪いのでは?」
エルヴーノも今日のアンジェリーナの顔色が悪い事には気付いていた。
しかし、彼女はフルフルと首を横に振る。
「少し夜更かししてしまっただけなの。
心配かけて、ごめんなさいね」
「必要な挨拶を終えたら、早めに帰ろう」
「そうね、ありがとう」
過保護に心配はしてくれるのだが、相変わらずエルヴーノのエスコートは恋人同士の様に親密な物ではない。
律儀に一定の距離を保ち、まさに親戚のお兄ちゃんそのものと言った振る舞いだ。
アンジェリーナも彼の腕に軽く手を添えるだけ。
(この腕に胸を押し付けてしな垂れ掛かってみたら、どうなるかしら?)
一瞬だけそんな思い付きが頭を過ぎるが、直ちにそれを打ち消した。
もしも彼に『ふしだらな娘だ』なんて軽蔑されてしまったら、きっと立ち直れないから。
そんな風に考えてしまう時点でアンジェリーナは全くエルヴィーノへの恋心を諦め切れていない。
だからこそ、早く新しい恋を見つけて、報われない初恋の痛みから解放されたいと願うのだ。
「美しい姫君。
一曲お相手願えませんか?」
夜会も中盤に差し掛かり、多くの参加者がダンスに興じる中で、アンジェリーナを誘ったのはこの夜会の主役であるカルロス皇子だ。
隣のエルヴィーノは苦い表情をしているが、流石に皇子殿下からのお誘いを邪魔したりはしない。
「よろこんで」
他所行きの笑顔で差し伸べられた手を取ったアンジェリーナは、ホールの中央へと優雅な足取りで進んだ。
チラリと横を見上げると、この国では珍しい真紅の瞳と目が合う。
ニコリと甘く微笑むカルロス皇子は、マリエッタが言っていた通りかなりの美丈夫で、アンジェリーナの頬に熱が上がった。
一方、ダンスに向かった二人を見送るエルヴィーノは、複雑な心境を抱えていた。
エキゾチックな魅力を振り撒く帝国皇子にエスコートされて、微かに頬を染めるアンジェリーナ。
自分とは違って、年齢も近い二人。
エルヴィーノの目に映る彼等は、とても似合いのカップルに見えた。
(もしも二人が想いを寄せ合ったなら、今迄のように反対する理由は無いな)
カルロス皇子はアンジェリーナの相手として申し分の無い人物である。
アンジェリーナの三人目の兄を自称するエルヴィーノとしては、きっと二人が恋に落ちるのを期待するべきなのだろう。
だけど───。
「殺気がダダ漏れだぞ」
「・・・ラウルか」
「少しは落ち着けよ。
お前からダンスに誘われたくてソワソワしていたご令嬢達でさえ、怖がって近寄って来ないくらいだ。
姫さんに新しい縁が見つかったら、お前も別の婚約者を探さなきゃならんのに・・・」
「・・・・・・」
やはりラウルから見ても、あの二人はお似合いなのだろう。
その時が近付いているのを感じたエルヴィーノは、鉛を飲み込んだような重苦しい気持ちになった。
視察に来る帝国の第四皇子殿下をお迎えする歓迎の夜会である。
勿論、公爵家のタウンハウスにいるアンジェリーナも、侍女達の手によって朝から磨き上げられていた。
「アンジェリーナ様、顔色が優れない様ですが、お疲れですか?」
髪を結ってくれていた侍女が、鏡越しに話し掛ける。
「ええ・・・。
ちょっと最近夢見が悪くて」
微苦笑で答えるアンジェリーナに、子供の頃から仕えてくれていたその侍女は表情を曇らせた。
彼女はアンジェリーナが幼少期に頻繁に魘されていた事を知っている。
王宮で暮らしていた頃に、一部の者から軽んじられていた記憶が悪夢となって、アンジェリーナの心を攻撃し続けたのだ。
王宮から離れてからアンジェリーナを『お荷物』と呼ぶ者は側にいなくなり、成長するに従って、少しづつ嫌な夢を見る頻度も減っていたのだが・・・・・・。
「もしや、先日の事件が引き金になって、悪夢が再発したのですか?」
「大丈夫よ。そんな顔しないで」
「ですが・・・」
「心配してくれてありがとう。
さぁ、早く支度しないと遅れちゃうわ。
とびきり可愛くしてね」
「・・・かしこまりました」
複雑な心境で頷いた侍女は、再び櫛を手に取った。
地平線の向こうへと陽が沈み、西の空に宵の明星が輝く頃。
エルヴィーノとアンジェリーナを乗せた馬車は、王宮に到着した。
差し伸べられた手を取り馬車を降りると、冷んやりとした夜の空気が頬を撫でる。
「大丈夫か?やはり体調が悪いのでは?」
エルヴーノも今日のアンジェリーナの顔色が悪い事には気付いていた。
しかし、彼女はフルフルと首を横に振る。
「少し夜更かししてしまっただけなの。
心配かけて、ごめんなさいね」
「必要な挨拶を終えたら、早めに帰ろう」
「そうね、ありがとう」
過保護に心配はしてくれるのだが、相変わらずエルヴーノのエスコートは恋人同士の様に親密な物ではない。
律儀に一定の距離を保ち、まさに親戚のお兄ちゃんそのものと言った振る舞いだ。
アンジェリーナも彼の腕に軽く手を添えるだけ。
(この腕に胸を押し付けてしな垂れ掛かってみたら、どうなるかしら?)
一瞬だけそんな思い付きが頭を過ぎるが、直ちにそれを打ち消した。
もしも彼に『ふしだらな娘だ』なんて軽蔑されてしまったら、きっと立ち直れないから。
そんな風に考えてしまう時点でアンジェリーナは全くエルヴィーノへの恋心を諦め切れていない。
だからこそ、早く新しい恋を見つけて、報われない初恋の痛みから解放されたいと願うのだ。
「美しい姫君。
一曲お相手願えませんか?」
夜会も中盤に差し掛かり、多くの参加者がダンスに興じる中で、アンジェリーナを誘ったのはこの夜会の主役であるカルロス皇子だ。
隣のエルヴィーノは苦い表情をしているが、流石に皇子殿下からのお誘いを邪魔したりはしない。
「よろこんで」
他所行きの笑顔で差し伸べられた手を取ったアンジェリーナは、ホールの中央へと優雅な足取りで進んだ。
チラリと横を見上げると、この国では珍しい真紅の瞳と目が合う。
ニコリと甘く微笑むカルロス皇子は、マリエッタが言っていた通りかなりの美丈夫で、アンジェリーナの頬に熱が上がった。
一方、ダンスに向かった二人を見送るエルヴィーノは、複雑な心境を抱えていた。
エキゾチックな魅力を振り撒く帝国皇子にエスコートされて、微かに頬を染めるアンジェリーナ。
自分とは違って、年齢も近い二人。
エルヴィーノの目に映る彼等は、とても似合いのカップルに見えた。
(もしも二人が想いを寄せ合ったなら、今迄のように反対する理由は無いな)
カルロス皇子はアンジェリーナの相手として申し分の無い人物である。
アンジェリーナの三人目の兄を自称するエルヴィーノとしては、きっと二人が恋に落ちるのを期待するべきなのだろう。
だけど───。
「殺気がダダ漏れだぞ」
「・・・ラウルか」
「少しは落ち着けよ。
お前からダンスに誘われたくてソワソワしていたご令嬢達でさえ、怖がって近寄って来ないくらいだ。
姫さんに新しい縁が見つかったら、お前も別の婚約者を探さなきゃならんのに・・・」
「・・・・・・」
やはりラウルから見ても、あの二人はお似合いなのだろう。
その時が近付いているのを感じたエルヴィーノは、鉛を飲み込んだような重苦しい気持ちになった。
104
お気に入りに追加
2,238
あなたにおすすめの小説

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
私達、政略結婚ですから。
黎
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。
それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

殿下が私を愛していないことは知っていますから。
木山楽斗
恋愛
エリーフェ→エリーファ・アーカンス公爵令嬢は、王国の第一王子であるナーゼル・フォルヴァインに妻として迎え入れられた。
しかし、結婚してからというもの彼女は王城の一室に軟禁されていた。
夫であるナーゼル殿下は、私のことを愛していない。
危険な存在である竜を宿した私のことを彼は軟禁しており、会いに来ることもなかった。
「……いつも会いに来られなくてすまないな」
そのためそんな彼が初めて部屋を訪ねてきた時の発言に耳を疑うことになった。
彼はまるで私に会いに来るつもりがあったようなことを言ってきたからだ。
「いいえ、殿下が私を愛していないことは知っていますから」
そんなナーゼル様に対して私は思わず嫌味のような言葉を返してしまった。
すると彼は、何故か悲しそうな表情をしてくる。
その反応によって、私は益々訳がわからなくなっていた。彼は確かに私を軟禁して会いに来なかった。それなのにどうしてそんな反応をするのだろうか。
契約結婚の終わりの花が咲きます、旦那様
日室千種・ちぐ
恋愛
エブリスタ新星ファンタジーコンテストで佳作をいただいた作品を、講評を参考に全体的に手直ししました。
春を告げるラクサの花が咲いたら、この契約結婚は終わり。
夫は他の女性を追いかけて家に帰らない。私はそれに傷つきながらも、夫の弱みにつけ込んで結婚した罪悪感から、なかば諦めていた。体を弱らせながらも、寄り添ってくれる老医師に夫への想いを語り聞かせて、前を向こうとしていたのに。繰り返す女の悪夢に少しずつ壊れた私は、ついにある時、ラクサの花を咲かせてしまう――。
真実とは。老医師の決断とは。
愛する人に別れを告げられることを恐れる妻と、妻を愛していたのに契約結婚を申し出てしまった夫。悪しき魔女に掻き回された夫婦が絆を見つめ直すお話。
全十二話。完結しています。

【完結】私の大好きな人は、親友と結婚しました
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
伯爵令嬢マリアンヌには物心ついた時からずっと大好きな人がいる。
その名は、伯爵令息のロベルト・バミール。
学園卒業を控え、成績優秀で隣国への留学を許可されたマリアンヌは、その報告のために
ロベルトの元をこっそり訪れると・・・。
そこでは、同じく幼馴染で、親友のオリビアとベットで抱き合う二人がいた。
傷ついたマリアンヌは、何も告げぬまま隣国へ留学するがーーー。
2年後、ロベルトが突然隣国を訪れてきて??
1話完結です
【作者よりみなさまへ】
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です

偽りの愛に終止符を
甘糖むい
恋愛
政略結婚をして3年。あらかじめ決められていた3年の間に子供が出来なければ離婚するという取り決めをしていたエリシアは、仕事で忙しいく言葉を殆ど交わすことなく離婚の日を迎えた。屋敷を追い出されてしまえば行くところなどない彼女だったがこれからについて話合うつもりでヴィンセントの元を訪れる。エリシアは何かが変わるかもしれないと一抹の期待を胸に抱いていたが、夫のヴィンセントは「好きにしろ」と一言だけ告げてエリシアを見ることなく彼女を追い出してしまう。

【完結】伯爵令嬢は婚約を終わりにしたい〜次期公爵の幸せのために婚約破棄されることを目指して悪女になったら、なぜか溺愛されてしまったようです〜
よどら文鳥
恋愛
伯爵令嬢のミリアナは、次期公爵レインハルトと婚約関係である。
二人は特に問題もなく、順調に親睦を深めていった。
だがある日。
王女のシャーリャはミリアナに対して、「二人の婚約を解消してほしい、レインハルトは本当は私を愛しているの」と促した。
ミリアナは最初こそ信じなかったが王女が帰った後、レインハルトとの会話で王女のことを愛していることが判明した。
レインハルトの幸せをなによりも優先して考えているミリアナは、自分自身が嫌われて婚約破棄を宣告してもらえばいいという決断をする。
ミリアナはレインハルトの前では悪女になりきることを決意。
もともとミリアナは破天荒で活発な性格である。
そのため、悪女になりきるとはいっても、むしろあまり変わっていないことにもミリアナは気がついていない。
だが、悪女になって様々な作戦でレインハルトから嫌われるような行動をするが、なぜか全て感謝されてしまう。
それどころか、レインハルトからの愛情がどんどんと深くなっていき……?
※前回の作品同様、投稿前日に思いついて書いてみた作品なので、先のプロットや展開は未定です。今作も、完結までは書くつもりです。
※第一話のキャラがざまぁされそうな感じはありますが、今回はざまぁがメインの作品ではありません。もしかしたら、このキャラも更生していい子になっちゃったりする可能性もあります。(このあたり、現時点ではどうするか展開考えていないです)

本日はお日柄も良く、白い結婚おめでとうございます。
待鳥園子
恋愛
とある誤解から、白い結婚を二年続け別れてしまうはずだった夫婦。
しかし、別れる直前だったある日、夫の態度が豹変してしまう出来事が起こった。
※両片思い夫婦の誤解が解けるさまを、にやにやしながら読むだけの短編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる