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1 建国の神話
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かつてこの地は、草木も殆んど生えない、果てしなく広いだけの荒野だったという。
ある日、その荒野の真ん中に、月の女神が降り立った。
女神はその地に住んでいた美しい青年と運命的な恋に落ち、愛する青年の為に神の力を使ってその地を再生させた。
豊かになった土地には沢山の人が移住して来て、やがて国となった。
それが現在の、ギルランダ王国である。
女神に愛された青年が初代国王。
そして女神が初代王妃だ。
これは、月の女神を信仰するルーナリア教が広めた『建国の神話』である。
女神の瞳は光の加減で青色にも緑色にも見える不思議な色だったそうな。
その子孫とされるギルランダ王家には、今でも九割の高確率で『王家の瞳』と呼ばれる女神と同じ色の瞳を持った子が生まれる。
逆に『王家の瞳』を持たない王子や王女は、先祖である女神の加護が授けられなかった者。
加護の無い子が生まれた時代には、災いが降り掛かる・・・・・・などと言われて来た。
『建国の神話』も『王家の瞳の意味』も、その昔、ルーナリア教団と王家が密接な関係にあった時代に布教の為に考え出されたフィクションだろうと言うのが、最近では有力な説である。
近年になって、力を持ち過ぎてしまったルーナリア教に脅威を覚えた王家は政教分離を宣言し、国民に信教の自由を保証した。
そのせいで、それまで王国内で幅を利かせていたルーナリア教は急激にその規模を縮小したが、未だに国民の半分程度はルーナリア教徒だ。
その中でも『建国の神話』を盲信する者達の存在は、王家の悩みの種となっている。
~~~~~~~~~~~~~~~~
「次の週末は休みが取れそうだから、久し振りに二人でオペラでも見に行かないか?」
明るい陽射しが降り注ぐクレメンティ公爵邸の温室に、焼き菓子の甘い香りが立ち込める。
その中心でお茶を楽しむ、一組の見目麗しいカップル。
「ごめんなさい、兄様。
次の週末は先約があるの」
そう言って申し訳なさそうに目を伏せたのは、ギルランダ王国の唯一の王女、アンジェリーナ。
「そう・・・・・・」
器用に片方の眉を持ち上げて、探るようにアンジェリーナの瞳を覗き込んだ男は筆頭公爵家の次男、エルヴィーノ・クレメンティ。
『兄様』などと呼んでいるが、二人は兄妹では無い。
婚約者同士である。
一応、まだ。
今の所は。
「もしかして、デート?
だとしたら、相手はブロンディ伯爵家の嫡男かな?」
口元に笑みを浮かべながらも、どことなく冷んやりとした視線を婚約者に向けるエルヴィーノ。
どうして相手が分かったのか?
アンジェリーナは動揺を扇の下に隠して、努めて冷静に口を開いた。
「確かにリベルトも一緒だけれど、デートなんかじゃないわ。
マリエッタとグラナータ様も一緒だもの」
彼女がリベルト・ブロンディの名を呼び捨てで呼ぶと、エルヴィーノの機嫌は益々降下していく。
「マリエッタ嬢とグラナータ侯爵家の嫡男は確か婚約していたよね。
その様な顔ぶれで出掛けるのを、世間では何と言うか知ってるかい?
〝ダブルデート〟と言うんだよ」
「・・・・・・」
尤も過ぎる指摘に何も言えなくなっていると、エルヴィーノは小さく溜息を漏らした。
「・・・・・・リベルト・ブロンディとの交際は、慎重に見極めてから考えた方がいい」
「何故?」
何処に問題があるのかと首を傾げる。
「彼の両親は異性関係が派手過ぎる。
二人とも、愛人の数が片手では足りない程らしい。
その様な家庭環境では健全な貞操観念を持っているか怪しい」
(相変わらず、貴族家内部の問題や子息の素行に詳し過ぎる。
どうやって調べてるのかしら?
ちょっと怖い)
アンジェリーナは引き攣りそうになる口元を誤魔化しながら反論を始める。
「伯爵家の子息だもの、きっと彼を育てたのはご両親じゃなくて乳母でしょう?
それに、反面教師という言葉もあるじゃない。
ご両親とは逆に、誠実な人かもしれないわ」
「そうだね。
だから、ダメだとは言ってない。
慎重に考えて欲しいだけだよ」
そう言いつつも、あからさまに不機嫌な様子に呆れてしまう。
(また出たわ。エル兄様の過保護!)
娘を嫁に出したくないとゴネる父親みたいである。
人の気も知らないで、と、アンジェリーナは内心で溜息をついた。
リベルトは伯爵家の嫡男。
友人であるマリエッタの婚約者に紹介してもらった。
家格こそ然程高くは無いが、ブロンディ商会という大きな商会を経営している家なので、生活に困窮する心配は無い。
今度こそ、エルヴィーノも納得してくれるかと思ったのだが、やはりお眼鏡にかなわなかった様だ。
アンジェリーナの学生生活も、二年目に突入した。
周囲の令息は殆どが売約済みとなり、彼女は少々焦っていた。
エルヴィーノを早く解放してあげたいと思うのに、なかなか上手く行かない。
これではいつまで経っても婚約解消が出来ない。
「じゃあ、今後はリベルトとは少し距離を置いて、彼の性格を良く知ってから考える事にしましょう」
「〝今後は〟って、次の週末のダブルデートはどうするつもり?」
「それは今更キャンセル出来ないわよ。
マリエッタだって楽しみにしてるんだから。
それに、彼の性格を見極めるなら、ある程度の交流は必要でしょ」
「・・・・・・」
無言で不満を表現するエルヴィーノ。
その不満に気付かない振りをして、優雅に紅茶を飲むアンジェリーナ。
せっかく隣国から取り寄せたお気に入りの銘柄の紅茶なのに、正面から漂ってくる怒気が気になって、ちっとも美味しく感じられない。
重苦しい空気が温室内に立ち込める。
居心地の悪い婚約者とのお茶会の時間は、妙にゆっくりと過ぎて行った。
ある日、その荒野の真ん中に、月の女神が降り立った。
女神はその地に住んでいた美しい青年と運命的な恋に落ち、愛する青年の為に神の力を使ってその地を再生させた。
豊かになった土地には沢山の人が移住して来て、やがて国となった。
それが現在の、ギルランダ王国である。
女神に愛された青年が初代国王。
そして女神が初代王妃だ。
これは、月の女神を信仰するルーナリア教が広めた『建国の神話』である。
女神の瞳は光の加減で青色にも緑色にも見える不思議な色だったそうな。
その子孫とされるギルランダ王家には、今でも九割の高確率で『王家の瞳』と呼ばれる女神と同じ色の瞳を持った子が生まれる。
逆に『王家の瞳』を持たない王子や王女は、先祖である女神の加護が授けられなかった者。
加護の無い子が生まれた時代には、災いが降り掛かる・・・・・・などと言われて来た。
『建国の神話』も『王家の瞳の意味』も、その昔、ルーナリア教団と王家が密接な関係にあった時代に布教の為に考え出されたフィクションだろうと言うのが、最近では有力な説である。
近年になって、力を持ち過ぎてしまったルーナリア教に脅威を覚えた王家は政教分離を宣言し、国民に信教の自由を保証した。
そのせいで、それまで王国内で幅を利かせていたルーナリア教は急激にその規模を縮小したが、未だに国民の半分程度はルーナリア教徒だ。
その中でも『建国の神話』を盲信する者達の存在は、王家の悩みの種となっている。
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「次の週末は休みが取れそうだから、久し振りに二人でオペラでも見に行かないか?」
明るい陽射しが降り注ぐクレメンティ公爵邸の温室に、焼き菓子の甘い香りが立ち込める。
その中心でお茶を楽しむ、一組の見目麗しいカップル。
「ごめんなさい、兄様。
次の週末は先約があるの」
そう言って申し訳なさそうに目を伏せたのは、ギルランダ王国の唯一の王女、アンジェリーナ。
「そう・・・・・・」
器用に片方の眉を持ち上げて、探るようにアンジェリーナの瞳を覗き込んだ男は筆頭公爵家の次男、エルヴィーノ・クレメンティ。
『兄様』などと呼んでいるが、二人は兄妹では無い。
婚約者同士である。
一応、まだ。
今の所は。
「もしかして、デート?
だとしたら、相手はブロンディ伯爵家の嫡男かな?」
口元に笑みを浮かべながらも、どことなく冷んやりとした視線を婚約者に向けるエルヴィーノ。
どうして相手が分かったのか?
アンジェリーナは動揺を扇の下に隠して、努めて冷静に口を開いた。
「確かにリベルトも一緒だけれど、デートなんかじゃないわ。
マリエッタとグラナータ様も一緒だもの」
彼女がリベルト・ブロンディの名を呼び捨てで呼ぶと、エルヴィーノの機嫌は益々降下していく。
「マリエッタ嬢とグラナータ侯爵家の嫡男は確か婚約していたよね。
その様な顔ぶれで出掛けるのを、世間では何と言うか知ってるかい?
〝ダブルデート〟と言うんだよ」
「・・・・・・」
尤も過ぎる指摘に何も言えなくなっていると、エルヴィーノは小さく溜息を漏らした。
「・・・・・・リベルト・ブロンディとの交際は、慎重に見極めてから考えた方がいい」
「何故?」
何処に問題があるのかと首を傾げる。
「彼の両親は異性関係が派手過ぎる。
二人とも、愛人の数が片手では足りない程らしい。
その様な家庭環境では健全な貞操観念を持っているか怪しい」
(相変わらず、貴族家内部の問題や子息の素行に詳し過ぎる。
どうやって調べてるのかしら?
ちょっと怖い)
アンジェリーナは引き攣りそうになる口元を誤魔化しながら反論を始める。
「伯爵家の子息だもの、きっと彼を育てたのはご両親じゃなくて乳母でしょう?
それに、反面教師という言葉もあるじゃない。
ご両親とは逆に、誠実な人かもしれないわ」
「そうだね。
だから、ダメだとは言ってない。
慎重に考えて欲しいだけだよ」
そう言いつつも、あからさまに不機嫌な様子に呆れてしまう。
(また出たわ。エル兄様の過保護!)
娘を嫁に出したくないとゴネる父親みたいである。
人の気も知らないで、と、アンジェリーナは内心で溜息をついた。
リベルトは伯爵家の嫡男。
友人であるマリエッタの婚約者に紹介してもらった。
家格こそ然程高くは無いが、ブロンディ商会という大きな商会を経営している家なので、生活に困窮する心配は無い。
今度こそ、エルヴィーノも納得してくれるかと思ったのだが、やはりお眼鏡にかなわなかった様だ。
アンジェリーナの学生生活も、二年目に突入した。
周囲の令息は殆どが売約済みとなり、彼女は少々焦っていた。
エルヴィーノを早く解放してあげたいと思うのに、なかなか上手く行かない。
これではいつまで経っても婚約解消が出来ない。
「じゃあ、今後はリベルトとは少し距離を置いて、彼の性格を良く知ってから考える事にしましょう」
「〝今後は〟って、次の週末のダブルデートはどうするつもり?」
「それは今更キャンセル出来ないわよ。
マリエッタだって楽しみにしてるんだから。
それに、彼の性格を見極めるなら、ある程度の交流は必要でしょ」
「・・・・・・」
無言で不満を表現するエルヴィーノ。
その不満に気付かない振りをして、優雅に紅茶を飲むアンジェリーナ。
せっかく隣国から取り寄せたお気に入りの銘柄の紅茶なのに、正面から漂ってくる怒気が気になって、ちっとも美味しく感じられない。
重苦しい空気が温室内に立ち込める。
居心地の悪い婚約者とのお茶会の時間は、妙にゆっくりと過ぎて行った。
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