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19 新しい生活
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帝都に住み始めて、早二年。
私とグレッグは、カルヴァート公爵家でお世話になっている。
朝の冷んやりとした空気の中、執務室の暖炉に火を入れる。
本来は秘書の仕事では無いが、外交を担っているカルヴァート家の執務室には、機密書類が多過ぎて、一部の限られた使用人しか入室を許されていない。
なので、私も暖炉の火入れやお茶汲み程度はお手伝いをしている。
ルシアン様は、そんな事しなくて良いと言うのだが、少し手伝う程度で他の使用人との関係が円満になるのなら、火を入れるくらいお安い御用だ。
パチパチと薪が弾ける音がし始めた頃、執務室の扉が開いた。
「おはよう、アビゲイル」
今日も朝から麗しい微笑みを浮かべた、私の主ルシアン様が、護衛のグレッグを伴って入室して来た。
「おはようございます、ルシアン様」
「今日の予定は?」
私はシンプルなドレスのポケットから、手帳を取り出した。
「午前中は、公爵領から代官が来る予定。
大吊り橋の補修に関する嘆願が出ておりましたので、その辺りのお話が中心になるかと。
昼食を挟みまして、午後はペプロメノ王国からの使者と面会。
此方は私達は同席致しません」
ペプロメノ王国は私とグレッグの母国である。
王宮から来る使者は、勿論私と面識がある人間だろう。
王国の人間には私達の居場所は一切知らせていないので、ルシアン様は私と彼等が出来るだけ顔を合わせない様にしてくれているのだ。
「それから、十五時からは、婚約者候補のご令嬢との交流を予定しております」
最後の予定を聞いたルシアン様は、分かりやすく顔を顰めた。
「その、婚約者候補との交流って、今日じゃなきゃダメなの?
最近忙しくて、書類仕事も溜まってるんだけど」
「来週は、立太子の儀に出席する為にフルーラ王国に滞在する予定がありますので、今の内にお会いになるべきだと思います。
書類仕事は私もグレッグもお手伝い致しますよ。
ルシアン様は、もう二十歳。
カルヴァート公爵家の為には、そろそろ後継の事も考えていただきませんと・・・」
「そーゆーアビゲイルだって、まだ結婚して無いじゃん」
「私はもう公爵令嬢じゃ無いから良いんです」
「あー、こんな事なら、やっぱりあの時無理矢理にでもアビゲイルと婚約しとけば良かったなぁ。
今からでも遅く無いか。
やっぱり、俺と結婚しない?」
「ルシアン様、冗談は程々になさって下さらないと、終いにはブン殴りますよ?
アビーは私のです」
先程迄、黙って聞いていたグレッグが、こめかみをピクピクさせながら、ルシアン様に絶対零度のオーラを放った。
なんて態度を取るんだ。
相変わらず、雇い主への敬意が薄い男だ。
「怖いよ。目がマジじゃないか。
だけど、本当に早く結婚しておかないと、誰かに取られるぞ。
アビゲイルは外遊先でも大人気だからな」
揶揄う様な視線を投げるルシアン様に、グレッグは大きな溜息を吐いた。
「嫌って程に存じ上げておりますよ。
護衛として側にいる間、しょっちゅう彼女が口説かれている所を、目の前で見せられ続けているのですから。
この前だって、凄いイケメンに、予約の取れないレストランに招待するとか言われて・・・」
グレッグが半目で私を見る。
「え~?
あの時の人、イケメンだったかしら?」
「アビーも目がハートになってました」
「いや、なってないから。
絶対に!神に誓って。
レストランの件だって、丁重にお断りしたし。
私、グレッグを見慣れてるから目が肥えていて、ちょっと位のイケメンじゃあ心が動かないのよ」
勢い込んで否定すると、グレッグの顔が少しだけ赤くなった。
「・・・・・・ほんと、貴女はズルい」
「アハハ。
グレッグも苦労するね。
何でサッサと結婚しないの?」
「知りませんよ。
アビーに聞いて下さい。
何度プロポーズしても、全く首を縦に振らないんですから。
私は直ぐにでも結婚したいのですがね」
私の方を見て、悪戯っぽく笑うルシアン様。
嫌な予感がする。
「・・・だってさ。
何で結婚しないの?」
こちらへ来て半年程経った頃、グレッグは私に跪いて指輪を差し出した。
だが、その頃はまだ新生活と仕事に慣れるのに精一杯だった私は、答えを保留にして貰っていたのだ。
その後も事あるごとに『結婚して欲しい』とは言われていたが、曖昧に躱してしまっていた。
「えーっと・・・仕事が楽しくて、ですね・・・」
そう。
ルシアン様の秘書の仕事は、異国文化に興味がある私にとって、非常に楽しい物だったのだ。
それに加えて、前世で社畜だった頃の癖で、つい仕事にのめり込み過ぎてしまう。
それに、今家出中の様な状態にある私が結婚するには、色々と手続きが面倒でもある。
そんなこんなで、気が付いたら二年も経っていたのだ。
「まあ、仕事が楽しいと言って貰えるのは、雇い主としては嬉しい限りだけどね・・・・・・。
だけど、仕事してても、結婚は出来るよね?
秘書になったばかりの頃は、覚える事も多くて忙しかっただろうけど、今はもう余裕がある筈だ」
「・・・・・・ですね」
返す言葉もございません。
こんなにも長く待たせてしまっていた事に気が付くと、流石に申し訳無いと思い始めた。
何だろう。
揶揄われるのはよくある事だけど、今日はルシアン様がめっちゃ攻めてくる。
そして、グレッグが期待を込めた目で、私をジッと見ている。
うぅっ・・・居た堪れない。
これって、やっぱり、アレだよね?
そーゆー流れなんだよね?
「じゃあ、そろそろ、結婚します・・・か?」
言った途端に、彼等は笑みを深めた。
なんか、嵌められた気がするのは気のせいだろうか?
私とグレッグは、カルヴァート公爵家でお世話になっている。
朝の冷んやりとした空気の中、執務室の暖炉に火を入れる。
本来は秘書の仕事では無いが、外交を担っているカルヴァート家の執務室には、機密書類が多過ぎて、一部の限られた使用人しか入室を許されていない。
なので、私も暖炉の火入れやお茶汲み程度はお手伝いをしている。
ルシアン様は、そんな事しなくて良いと言うのだが、少し手伝う程度で他の使用人との関係が円満になるのなら、火を入れるくらいお安い御用だ。
パチパチと薪が弾ける音がし始めた頃、執務室の扉が開いた。
「おはよう、アビゲイル」
今日も朝から麗しい微笑みを浮かべた、私の主ルシアン様が、護衛のグレッグを伴って入室して来た。
「おはようございます、ルシアン様」
「今日の予定は?」
私はシンプルなドレスのポケットから、手帳を取り出した。
「午前中は、公爵領から代官が来る予定。
大吊り橋の補修に関する嘆願が出ておりましたので、その辺りのお話が中心になるかと。
昼食を挟みまして、午後はペプロメノ王国からの使者と面会。
此方は私達は同席致しません」
ペプロメノ王国は私とグレッグの母国である。
王宮から来る使者は、勿論私と面識がある人間だろう。
王国の人間には私達の居場所は一切知らせていないので、ルシアン様は私と彼等が出来るだけ顔を合わせない様にしてくれているのだ。
「それから、十五時からは、婚約者候補のご令嬢との交流を予定しております」
最後の予定を聞いたルシアン様は、分かりやすく顔を顰めた。
「その、婚約者候補との交流って、今日じゃなきゃダメなの?
最近忙しくて、書類仕事も溜まってるんだけど」
「来週は、立太子の儀に出席する為にフルーラ王国に滞在する予定がありますので、今の内にお会いになるべきだと思います。
書類仕事は私もグレッグもお手伝い致しますよ。
ルシアン様は、もう二十歳。
カルヴァート公爵家の為には、そろそろ後継の事も考えていただきませんと・・・」
「そーゆーアビゲイルだって、まだ結婚して無いじゃん」
「私はもう公爵令嬢じゃ無いから良いんです」
「あー、こんな事なら、やっぱりあの時無理矢理にでもアビゲイルと婚約しとけば良かったなぁ。
今からでも遅く無いか。
やっぱり、俺と結婚しない?」
「ルシアン様、冗談は程々になさって下さらないと、終いにはブン殴りますよ?
アビーは私のです」
先程迄、黙って聞いていたグレッグが、こめかみをピクピクさせながら、ルシアン様に絶対零度のオーラを放った。
なんて態度を取るんだ。
相変わらず、雇い主への敬意が薄い男だ。
「怖いよ。目がマジじゃないか。
だけど、本当に早く結婚しておかないと、誰かに取られるぞ。
アビゲイルは外遊先でも大人気だからな」
揶揄う様な視線を投げるルシアン様に、グレッグは大きな溜息を吐いた。
「嫌って程に存じ上げておりますよ。
護衛として側にいる間、しょっちゅう彼女が口説かれている所を、目の前で見せられ続けているのですから。
この前だって、凄いイケメンに、予約の取れないレストランに招待するとか言われて・・・」
グレッグが半目で私を見る。
「え~?
あの時の人、イケメンだったかしら?」
「アビーも目がハートになってました」
「いや、なってないから。
絶対に!神に誓って。
レストランの件だって、丁重にお断りしたし。
私、グレッグを見慣れてるから目が肥えていて、ちょっと位のイケメンじゃあ心が動かないのよ」
勢い込んで否定すると、グレッグの顔が少しだけ赤くなった。
「・・・・・・ほんと、貴女はズルい」
「アハハ。
グレッグも苦労するね。
何でサッサと結婚しないの?」
「知りませんよ。
アビーに聞いて下さい。
何度プロポーズしても、全く首を縦に振らないんですから。
私は直ぐにでも結婚したいのですがね」
私の方を見て、悪戯っぽく笑うルシアン様。
嫌な予感がする。
「・・・だってさ。
何で結婚しないの?」
こちらへ来て半年程経った頃、グレッグは私に跪いて指輪を差し出した。
だが、その頃はまだ新生活と仕事に慣れるのに精一杯だった私は、答えを保留にして貰っていたのだ。
その後も事あるごとに『結婚して欲しい』とは言われていたが、曖昧に躱してしまっていた。
「えーっと・・・仕事が楽しくて、ですね・・・」
そう。
ルシアン様の秘書の仕事は、異国文化に興味がある私にとって、非常に楽しい物だったのだ。
それに加えて、前世で社畜だった頃の癖で、つい仕事にのめり込み過ぎてしまう。
それに、今家出中の様な状態にある私が結婚するには、色々と手続きが面倒でもある。
そんなこんなで、気が付いたら二年も経っていたのだ。
「まあ、仕事が楽しいと言って貰えるのは、雇い主としては嬉しい限りだけどね・・・・・・。
だけど、仕事してても、結婚は出来るよね?
秘書になったばかりの頃は、覚える事も多くて忙しかっただろうけど、今はもう余裕がある筈だ」
「・・・・・・ですね」
返す言葉もございません。
こんなにも長く待たせてしまっていた事に気が付くと、流石に申し訳無いと思い始めた。
何だろう。
揶揄われるのはよくある事だけど、今日はルシアン様がめっちゃ攻めてくる。
そして、グレッグが期待を込めた目で、私をジッと見ている。
うぅっ・・・居た堪れない。
これって、やっぱり、アレだよね?
そーゆー流れなんだよね?
「じゃあ、そろそろ、結婚します・・・か?」
言った途端に、彼等は笑みを深めた。
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