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10 被害者と加害者の真実

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《side:ルシアン》


俺がこの国を留学先に選んだ事に、特に意味など無かった。
俺の家では家業の関係で、男児は必ず他国に留学し、異文化を学ぶ事を義務付けられている。
留学先は自由に選べるが、帝国に隣接していて友好的な関係の国だと言うだけでここを選んだ。

俺が留学先を決めた時、父上は嬉しそうだった。

「確か、王太子殿下とその婚約者のランチェスター嬢は、お前と同じ年齢だ。
特に、ランチェスター嬢は周辺諸国の文化や歴史に精通していて語学の能力も高い。
あまり社交的じゃないのが無いのが玉に瑕だが、それもその内慣れるだろう。
彼女と共に学ぶのは、お前にもきっと良い刺激になると思うよ」

父上がこんな風に他人を褒めるのは珍しい事なので、その令嬢に興味を持ち、会える事を密かに楽しみにしていた。


だから、実際に学園に入学した時、俺はとてもガッカリした。

くだんの令嬢は入学直後から、下位貴族の可愛らしいご令嬢に嫉妬して、嫌がらせを繰り返していると噂になった。
婚約者やその側近候補達から注意を受けても全く反省しようとしない。
次第に彼等から冷遇される様になるが、少しも動じずに飄々としている。

自分の間違いを省みる事も出来ない、最低の女。
俺は、彼女の事をそう評価した。

(父上の見込み違いか・・・?)

珍しい事もあるものだ、と思っていたのだが・・・・・・。


ある日、人気の少ない中庭を通り掛かると、背後でザバッと大きな水音がした。
振り返ると、噂の虐めの被害者である男爵令嬢がずぶ濡れになって、呆然と校舎の二階を見上げていた。
窓からバケツで水を掛けられたのだろう。
犯人は窓枠の下に隠れた様で、姿は見えないが、クスクスと女性の笑い声が聞こえた。

(あんな気の弱そうな女性に、なんて酷い事を!)

義憤に駆られ、ずぶ濡れの彼女に駆け寄ろうとしたが、それより早く別の方向から来た女生徒が、彼女に無言で白いハンカチを差し出した。
その女生徒の長い黒髪がサラリと風に揺れる。

ランチェスター公爵令嬢だった。

男爵令嬢はおずおずとそのハンカチを受け取り、ランチェスター公爵令嬢はそのまま無言で立ち去った。

足が地面に縫い留められたみたいに動かなかった。

二階の窓からは、未だにクスクスと笑い声が響く。
ランチェスター公爵令嬢が水を掛けた犯人でない事は明らかだ。
それに、この件だけが別人の犯行だとしても、普段虐めている相手にハンカチを貸す理由に説明がつかない。

・・・・・・では、あの噂は何だったのか?

自分が信じていた物が、根底から覆る感覚に、衝撃を覚える。

そもそも、なぜ自分はあんな噂を証拠も無く信じてしまったのだろうか?

男爵令嬢が可愛かったから?
ランチェスター公爵令嬢が、気の強そうな顔立ちだから?
皆んなが信じていたから?

そんな、下らない理由しか思い付かない自分に愕然とした。
自分は頭が良いと思っていた。
冷静な判断ができる人間だと。
だが、違っていたのだ。


翌日、俺は更なる衝撃を受ける。
昨日の事件の犯人が、ランチェスター公爵令嬢だと言う事になっていたからだ。
被害者の令嬢はそれが間違いであると知っているクセに、訂正しようともしない。

先日まで可愛いと思っていた男爵令嬢の笑顔が、なんだか得体の知れない物に見えて、気持ちが悪くなった。

俺は昨日見た事を、数人の友人達に話して聞かせた。
だが彼等は一様に、「本人がやったんじゃ無いなら、取り巻きにでもやらせたんだろう」と言い、噂に疑念を持つ者は居なかった。

存在しない取り巻きが、どうやって水を掛けると言うのか。
ランチェスター嬢は、学園内では自分の護衛としか殆ど関わらない。
友人を作るどころか、周囲の人間を遠ざけている節がある。
そんな彼女に取り巻きなど居る筈が無いじゃないか。

被害者の男爵令嬢は、高位貴族や目立った功績をあげた男子生徒にばかり近付いている。
常にトップの成績をおさめる俺にも、最近度々話しかけてくる様になった。
男子生徒に婚約者がいてもお構い無しで近付くので、きっと複数の女生徒に恨まれているのだろう。
それなのに何故か、彼女への嫌がらせは全てランチェスター嬢の仕業と決めつけられているのだ。


何かがおかしい。
学園全体が洗脳されているみたいな、嫌な感覚。
精神干渉系の魔法でも掛けているのだろうか?
だが、人が持つ魔力が弱まりつつある昨今、こんなにも広範囲に長期間魔法を掛け続ける事など、魔術師が束になっても不可能だろう。


明確な事は何も分からないが、不穏な物を感じた俺は実家に手紙を出し、父上の指示を仰いだ。
帝国から手を回せば、何か出来る事があるんじゃ無いかと期待したが・・・。

やはり、他国の学園内で起こっている事。
無闇に口出しをすれば国際問題になりかねない。
ランチェスター公爵令嬢の立場も益々悪くなる事も考えられた。

その代わり、『もしもの時は、ランチェスター公爵令嬢を帝国に連れて帰れ』との指示が来た。

父上はおそらく、彼女を俺の嫁として連れ帰るのを期待しているのだろう。
噂を疑い始めてから観察している彼女は、思慮深く冷静で美しい。
俺は彼女をとても好ましく思う。

しかし・・・・・・

「出来れば、馬に蹴られて死にたくは無いんだよなぁ」

誰もいない学生寮の部屋で、俺はポツリと呟いた。
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