21 / 26
21 君の為に出来る事(ダニエル視点)
しおりを挟む
その日は、『午後のお茶の時間にトリシアの部屋を訪ねる』と、予めマリベルを通して伝えてあった。
トリシアの口から別れの言葉が飛び出すのが怖くて、話し合いを先延ばしにしていたが、日に日に辛そうになる彼女を見ていたら、漸く決心が付いた。
彼女の部屋の扉をノックする。
「どうぞ」
直ぐに入室を促されたが、その声は硬かった。
ソファーに向かい合って座る。
お茶を用意してくれたソニアを下がらせて、二人きりになった。
トリシアは緊張しているようで、膝に置いた手を、ギュッと握り締めていた。
爪が手の平に食い込んでいないか心配になる。
「時間を取らせて済まなかったね」
「いいえ・・・」
彼女は動揺を隠す様に、テーブルの中央に置いてある砂糖壺に、手を伸ばした。
その手を捕まえる。
「あっ・・・」
驚いてこちらを見た彼女は、ほんのり頬を染めたが、その瞳には困惑と少しの不安が滲んでいる。
久し振りに絡んだ視線が嬉しい様な、彼女の不安そうな表情が悲しい様な、複雑な気持ちだった。
彼女の手の平を見ると、爪跡が付いていた。
「ここ、赤くなっている。
強く握り締めていたから」
「あぁ、・・・本当ですね」
「・・・君が苦しんでいる原因を教えてくれないか?」
「ダニエル様?」
トリシアの瞳が揺らめく。
いつもの様に愛称で呼んでもらえなかった事に絶望しそうになるが、気を取り直して何とか話を続けた。
「本当は、君に聞かなくても原因を突き止めて排除出来ると良かったんだけど・・・。
どうやら、私は女性の心の機微に疎いらしい。
だから、素直に聞く事にした。
教えて欲しい。何に苦しんでいるのか」
じっと見つめると、フッと目を逸らされた。
俯いた彼女は、少し逡巡して口を開く。
「私・・・、恋を、したのです」
震える声でそう言った彼女の顔を、真っ直ぐに見られなかった。
荒れ狂う心を鎮める為に、こっそりと息を吐く。
「それは、エルミニオ殿以外を好きになったって事?」
「・・・はい」
『誰を』と、聞きそうになって、寸前で抑えた。
誰の名前が出ても、相手を恨んでしまいそうだったから。
覚悟していた事なのに、こんなにも胸が苦しい。
私は、上手く笑えているだろうか?
「・・・そうか。
今度は幸せになれそうか?」
「それは、難しいと思います」
彼女の片思いなのだろうか?
当たり前か。
私の妻でいる限り、他の男は近寄る事も出来ないのだから。
(やはり、離縁してあげるのが、彼女の為なのだろうか?)
そう思って落ち込みかけた時だった・・・
「・・・・・・私を愛してくれる人なんて、居るのでしょうか?」
蚊の鳴くような声で、独り言みたいにポツリと零された弱音は、彼女の自信の無さを表している。
俯き悲しそうな表情を浮かべる彼女を目にして、漸く自分がずっと間違っていた事に気が付いた。
───無理に初恋を忘れようとして、苦しんで欲しくない。
そう思っていたのも、確かに本心だった。
しかし、『私は愛さないから、君も愛さなくて良い』などと言ったのは、逃げだったのかも知れない。
最初から諦めていれば、傷付かないで済むのだから。
本当に彼女の事を思うのなら、下手な小細工なんてせずに、なりふり構わず愛を伝えるべきだったのだ。
『ハズレの癖に』
・・・あんな悪意に何度も傷付けられて、自分に自信を持つ事が出来なくなったトリシアに、愛を伝えて教えてあげるべきだった。
『私は君を深く愛している』と。
『君は素晴らしい魅力を沢山持っている女性なのだ』と。
今からでも遅くは無いだろうか?
この気持ちを伝える事は、彼女にとって負担にしかならないと思っていた。
だが、もしも、彼女が少しでも自信を取り戻す切っ掛けになるのなら・・・・・・。
「ここに居る」
「・・・・・・?」
「君を愛する者なら、ここに居る。
・・・トリシア、私は君が好きだよ。
君ほど美しくて魅力的な女性は居ない。
私にとって、君だけが特別だった。
私は君を愛していたんだ。
婚約する前から、ずっと・・・・・・」
「え・・・・・・?」
驚いて顔を上げた彼女は、しばらくの間、何を言われたのか理解出来ていないみたいに、ぼんやりとしていた。
次第に彼女の瞳が潤んでいき、透明な雫がポロポロと頬を伝っていく。
こんな時なのに、その涙を見て『綺麗だな』って思った。
トリシアの口から別れの言葉が飛び出すのが怖くて、話し合いを先延ばしにしていたが、日に日に辛そうになる彼女を見ていたら、漸く決心が付いた。
彼女の部屋の扉をノックする。
「どうぞ」
直ぐに入室を促されたが、その声は硬かった。
ソファーに向かい合って座る。
お茶を用意してくれたソニアを下がらせて、二人きりになった。
トリシアは緊張しているようで、膝に置いた手を、ギュッと握り締めていた。
爪が手の平に食い込んでいないか心配になる。
「時間を取らせて済まなかったね」
「いいえ・・・」
彼女は動揺を隠す様に、テーブルの中央に置いてある砂糖壺に、手を伸ばした。
その手を捕まえる。
「あっ・・・」
驚いてこちらを見た彼女は、ほんのり頬を染めたが、その瞳には困惑と少しの不安が滲んでいる。
久し振りに絡んだ視線が嬉しい様な、彼女の不安そうな表情が悲しい様な、複雑な気持ちだった。
彼女の手の平を見ると、爪跡が付いていた。
「ここ、赤くなっている。
強く握り締めていたから」
「あぁ、・・・本当ですね」
「・・・君が苦しんでいる原因を教えてくれないか?」
「ダニエル様?」
トリシアの瞳が揺らめく。
いつもの様に愛称で呼んでもらえなかった事に絶望しそうになるが、気を取り直して何とか話を続けた。
「本当は、君に聞かなくても原因を突き止めて排除出来ると良かったんだけど・・・。
どうやら、私は女性の心の機微に疎いらしい。
だから、素直に聞く事にした。
教えて欲しい。何に苦しんでいるのか」
じっと見つめると、フッと目を逸らされた。
俯いた彼女は、少し逡巡して口を開く。
「私・・・、恋を、したのです」
震える声でそう言った彼女の顔を、真っ直ぐに見られなかった。
荒れ狂う心を鎮める為に、こっそりと息を吐く。
「それは、エルミニオ殿以外を好きになったって事?」
「・・・はい」
『誰を』と、聞きそうになって、寸前で抑えた。
誰の名前が出ても、相手を恨んでしまいそうだったから。
覚悟していた事なのに、こんなにも胸が苦しい。
私は、上手く笑えているだろうか?
「・・・そうか。
今度は幸せになれそうか?」
「それは、難しいと思います」
彼女の片思いなのだろうか?
当たり前か。
私の妻でいる限り、他の男は近寄る事も出来ないのだから。
(やはり、離縁してあげるのが、彼女の為なのだろうか?)
そう思って落ち込みかけた時だった・・・
「・・・・・・私を愛してくれる人なんて、居るのでしょうか?」
蚊の鳴くような声で、独り言みたいにポツリと零された弱音は、彼女の自信の無さを表している。
俯き悲しそうな表情を浮かべる彼女を目にして、漸く自分がずっと間違っていた事に気が付いた。
───無理に初恋を忘れようとして、苦しんで欲しくない。
そう思っていたのも、確かに本心だった。
しかし、『私は愛さないから、君も愛さなくて良い』などと言ったのは、逃げだったのかも知れない。
最初から諦めていれば、傷付かないで済むのだから。
本当に彼女の事を思うのなら、下手な小細工なんてせずに、なりふり構わず愛を伝えるべきだったのだ。
『ハズレの癖に』
・・・あんな悪意に何度も傷付けられて、自分に自信を持つ事が出来なくなったトリシアに、愛を伝えて教えてあげるべきだった。
『私は君を深く愛している』と。
『君は素晴らしい魅力を沢山持っている女性なのだ』と。
今からでも遅くは無いだろうか?
この気持ちを伝える事は、彼女にとって負担にしかならないと思っていた。
だが、もしも、彼女が少しでも自信を取り戻す切っ掛けになるのなら・・・・・・。
「ここに居る」
「・・・・・・?」
「君を愛する者なら、ここに居る。
・・・トリシア、私は君が好きだよ。
君ほど美しくて魅力的な女性は居ない。
私にとって、君だけが特別だった。
私は君を愛していたんだ。
婚約する前から、ずっと・・・・・・」
「え・・・・・・?」
驚いて顔を上げた彼女は、しばらくの間、何を言われたのか理解出来ていないみたいに、ぼんやりとしていた。
次第に彼女の瞳が潤んでいき、透明な雫がポロポロと頬を伝っていく。
こんな時なのに、その涙を見て『綺麗だな』って思った。
81
お気に入りに追加
2,627
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。
木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」
結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。
彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。
身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。
こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。
マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。
「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」
一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。
それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。
それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。
夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。
記憶がないなら私は……
しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。 *全4話
心がきゅんする契約結婚~貴方の(君の)元婚約者って、一体どんな人だったんですか?~
待鳥園子
恋愛
若き侯爵ジョサイアは結婚式直前、愛し合っていたはずの婚約者に駆け落ちされてしまった。
急遽の結婚相手にと縁談がきた伯爵令嬢レニエラは、以前夜会中に婚約破棄されてしまった曰く付きの令嬢として知られていた。
間に合わせで自分と結婚することになった彼に同情したレニエラは「私を愛して欲しいなどと、大それたことは望んでおりません」とキッパリと宣言。
元々結婚せずに一人生きていくため実業家になろうとしていたので、これは一年間だけの契約結婚にしようとジョサイアに持ち掛ける。
愛していないはずの契約妻なのに、異様な熱量でレニエラを大事にしてくれる夫ジョサイア。それは、彼の元婚約者が何かおかしかったのではないかと、次第にレニエラは疑い出すのだが……。
また傷付くのが怖くて先回りして強がりを言ってしまう意地っ張り妻が、元婚約者に妙な常識を植え付けられ愛し方が完全におかしい夫に溺愛される物語。
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる