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17 妻を傷付ける者(ダニエル視点)

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少し帰りが遅い妻を迎えに化粧室に向かっていた私達の耳に、女の怒声が響く。

「ハズレの癖に、生意気な!」

嫌な予感がして駆け付けると、化粧室の前で床に倒されたトリシアが目に入って、頭に血が登った。

「貴様、何をしている」

トリシアを抱き起こして、その女を睨み付ける。
どこかで見た顔だと思ったら、以前公爵邸の庭園で見合いをした令嬢だった。

「私の大事な妻に暴言を吐くとは、余程早死にしたいらしい。
貴様のどこが、トリシアに優っていると言うんだ?
レジェス、お前には分かるか?」

「いや、全く分からん」

私達の言葉に、その女は青褪める。

「パ、パトリシア様より私の方が美しいですわ!」

はぁ!?
寝言は寝てから言えよ。

「そうとう目が悪いんじゃ無いか?
でなければ、美的感覚がどうかしている。
トリシアは神々しい程に美しく、性格もマナーも、何もかも完璧だ。
私にとってトリシアだけが特別だ。
それと自分を比べるとは、身の程知らずも甚だしい」

「でも、私の方がずっと、ダニエル様をお慕いしておりますし・・・」

「は?だから何?
貴様の様な女に慕われても迷惑なだけだろう。
取り敢えず、鏡で自分の顔を見てみろ。
性格の醜悪さが滲み出た表情をしているぞ。
視界に入るだけで、虫唾が走る。
今後は一切近寄らないで貰いたい」

「そ、そんな・・・」

女は涙ぐみながら、走り去った。
勿論、このままでは済まさない。
彼女の家には、後ほど厳重に抗議するつもりだ。

「トリシア、大丈夫か?」

「・・・はい。トラブルを起こしてしまって、済みません」

しょんぼりと項垂れる彼女を見て、先程の女への怒りが、再び沸々と込み上げる。
可哀想に、さぞ怖かっただろう。
酷い悪意に晒されて、さぞ傷付いただろう。

「何を言っているんだ。
トリシアのせいでは無い。
あの女は、私と見合いをした事があった。
そのせいで、君が悪意を向けられてしまって、申し訳ない。
それに、私がレジェスと話し込んでいたのも、いけなかったんだ。
済まなかったね。
やはり、君のそばを離れるべきでは無かった」

「ねぇ、今俺のコト〝なんか〟って言った?
酷くない?」

レジェスが煩い。無視でいいか。

「君も今度からは、出来るだけ一人では行動しないで欲しい。
目が届く範囲に君が居てくれないと、心配で息も出来ない」

「本当に、お前誰だよ!?
甘過ぎて砂糖吐きそうなんだけど!」

「レジェス、まだ居たのか」

シッシッと片手を振って追い払う。

「はいはい。邪魔者は消えますよ」

レジェスは呆れた顔で肩をすくめると、どこかに消えた。

青白いトリシアの頬に指先で触れると、ヒンヤリと冷たかった。

「顔色が良く無い。
今日はもう帰ろう?」

「・・・はい」

消え入りそうな声で返事をしたトリシアは、帰りの馬車の中でも、殆ど喋らなかった。

───今思えば、この時既に彼女の様子はおかしかったのだ。




邸に戻って、トリシアを二人の侍女に預けると、私は執務室へと向かった。

「以前、見合いの席で『紅茶が不味い』と文句を言った女は、伯爵令嬢だったよな」

「あれは確か、マルレロ伯爵家の三女でしたね」

出来る執事は、すぐさま答えを返してくれる。

「そうか」

私は封筒と便箋を取り出す。

「何か問題でもござましたか?」

「トリシアに酷い暴言を吐いて、危害を加えた」

「それはまた・・・命知らずな。
浅慮な女性だとは思っていましたが、まさか、そこまでとは」

マルレロ伯爵への手紙には、今日の出来事の詳細と共に、『ご息女は、どうやら生涯、神の御元に仕える事を望んでいるらしい』と認めた。
要するに、『修道院に送れ、二度と外へ出す事は許さない』と言う意味である。

公爵夫人に手を上げたにも関わらず、その程度で済ませてやるのだから、この上なく寛大な措置だろう。
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