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2 消えない心の傷

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あの人と初めて会ったのは、確か私が五歳くらいの頃だった。

「パティ、此方は私の婚約者になったエルミニオ様よ。
ファルケ侯爵家の三男なの。
将来は貴女の義兄になるのだから、仲良くしてね」

はにかみながら微笑むお姉様は、女神の様に美しかった。
その隣に寄り添うエルミニオ様も、お姉様を甘く優しい眼差しで見つめており、二人が相思相愛である事は、鈍感な私にも直ぐにわかった。

優しそうなエルミニオ様は、きっとお姉様を大切にしてくれる。
私は二人の幸せを心から祈っていた。

本当だ。


その気持ちが変化してしまったのは、それから三年が過ぎた頃。
八歳になった私は、度々子供同士のお茶会などに参加する様になった。
そのせいで私は、とてもやさぐれてしまったのだ。

当時十歳だったお姉様は、誰もが振り返る程の美少女に成長していた。
将来は間違いなく、社交界の華になるだろう。

対する私は、醜い訳では無いが、お姉様程の美貌を持ち合わせてはいない。
一般的な美的感覚を持ってたので、自分でも早い時期から、それを自覚していた。
それでも過剰に卑屈にならずにいられたのは、お姉様も両親も私を愛しんでくれたからだろう。

しかし、子供というのは時に残酷な仕打ちをする物なのだ。

お茶会では、私の周りにも沢山のご令息が集まった。

(お姉様みたいな美貌は無くても、いつかは私だけを想ってくれる殿方と、出逢う事が出来るかしら)

そんな風に思っていたのだが、ある会話を立ち聞きしてしまった事で、その望みは儚く消えた。


「お前、アルバラード侯爵家のの方に、婚約を申し込んだんだってな」

「ああ。
だって、姉のセレスティナ様には既に婚約者がいるんだから、仕方がないだろう。
アルバラード侯爵家との縁が出来るのは魅力的だし、妹の方と結婚出来れば、セレスティナ様が義姉になるんだぜ」

「なるほど!義姉弟としてでもお近付きになれたらラッキーだよなぁ」

先程まで、私に好意的な態度を示していた男の子達が、下卑た笑いを浮かべながらそう話しているのを聞いた時、ショックで倒れそうになった。
彼等は私を、お姉様に近付く為の道具くらいにしか思っていなかったのだ。

(ああ、私を愛してくれる人など居ないのだ)

それは、幼い私の心に深い傷を負わせるのに、充分過ぎる出来事だった。



幸いその男の子との婚約は成立しなかった。
しかし、別の日のお茶会でも、あの時とは違うご令息達が、私の噂話をしている場面に出くわしてしまう。
私は慌てて植え込みの影に隠れて、やり過ごそうとした。

「親がアルバラード侯爵家の次女とお近付きになれって煩くてさー、何であんな地味な女と・・・。
あの容姿でセレスティナ様の妹だなんて、詐欺だよなー」

「確かに、姉妹とは思えないよな」

彼等はゲラゲラと笑っていた。
いくら本人が聞いていないと思っていても、言って良い事と悪い事がある。
私はその場に座り込んで、ギュっと膝を抱えた。

そこに、怒気を孕んだ声が割り込む。

「僕の可愛い義妹を貶める発言をするなんて、良い度胸だね」

聞き覚えのある声に顔を上げて、植え込みの隙間から覗き見る。
偶然通り掛かったエルミニオ様が、不快感を隠そうともせず、彼等を睨み付けている所だった。
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