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86 《番外編》天使は悪女に恋をする⑥

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 ディオンが森に姿を隠したのとほぼ同時刻。

 ジェレミーはレオとパトリックを引き連れ、ラマディエ公爵邸を訪れていた。
 今回は先触れを出してあり、正面から堂々と客として訪問したのだ。

 先日侵入した際にピンバッジと共に回収した手紙は、この日の面会を依頼する為にジェレミーが出した物であった。


 天井に金箔が貼られ壁に宝石が埋め込まれた、無駄に煌びやかな応接室に案内された三人。

「長い歴史を持つラマディエ公爵家にお招き頂けるなんて、とても光栄です」

「こちらこそ、飛ぶ鳥を落とす勢いのデュドヴァン侯爵家とお近付きになれるとは、願っても無い幸運です」

 互いに心にも無い世辞を言いながら、貼り付けた笑顔で挨拶を交わす。

(クズを持ち上げる言葉を吐くなんて、口が腐りそうだな。
 大体にして、なんなんだよ。この応接室の内装は。悪趣味が過ぎるだろ)

 そう思いながらも何とか我慢した。
 今日のジェレミーは、一応父であるデュドヴァン侯爵の名代としてこの場に居るという事になっているのだから、失態は許されない。
 因みにレオは今日はジェレミーの護衛として、パトリックは従者として、同行している。

 ピンバッジを紛失した直後なせいか、始めはピリピリしていたラマディエ公爵も、ジェレミーに大袈裟に褒められている内に、少しずつ笑顔を取り戻して饒舌になった。


 今日の面会は、『ラマディエ領内で採掘されている銀に興味があるので、是非お話を伺いたい』と言って取り付けた。

 ───だが、それは大嘘である。

 本当の目的は、公爵を自邸に足止めして、アリバイを無くす為。

 だから取り引きに食い付かせる様に、わざと疑われない程度に相手に有利な話をしてやるつもりだ。

「ご存知かも知れませんが、デュドヴァン領にも銀山がありまして、銀細工の製品が特産品の一つとなっているのです。
 しかし、近頃は採掘量が急激に減ってしまいまして、加工職人達の生活もありますので、他領から大量の材料を仕入れざるを得ないかと……」

 大口の取り引きを匂わせれば、公爵は前のめりになる。

「成る程、そこでウチの銀山に目を付けたのですね!」

「そういう事です」


 そして、おおよその取引量や、価格などについて、交渉を進めて行く。
 予定通りに、公爵の言い値に納得したフリをしてやると、彼はあからさまに機嫌が良くなった。

(若造を手玉に取るなんてチョロいとでも思ってるんだろうなぁ。
 クズに見下されるのはちょっと心外だけど、本当に手玉に取られてるのはアンタの方だからね?)

 ジェレミーは嘲笑を浮かべそうになるのを必死で我慢した。
 どうせ今日すぐに契約書にサインをする訳ではないし、永遠に二度目の会談は行われないのだ。


「では、この内容を持ち帰って父と相談してから、後日またお伺いしますね」

「分かりました。どうか前向きにご検討下さい」

「はい。父にもそう伝えます」

(まだちょっと時間を稼ぎたいな)

 ジェレミーがどうやって話を引き伸ばすか思案していると、応接室の扉をノックする音が響いた。

「入りなさい」

 誰何もせずに入室を許可した公爵を怪訝に思ったが、その思惑は直ぐに判明した。
 ティーセットと茶菓子を乗せたワゴンを押しながら応接室に入室する侍女と共に、淡い藤色の髪にピンク色の瞳の令嬢も入って来たからだ。
 名前を聞かなくても誰だか分かる。
 だって、パトリックに聞いていた通りの人物だったから。
 容姿だけでなく、その振る舞いも、聞いていたまんまだ。

「おお、アニエス。お茶を淹れて来てくれたのか。
 やっぱりお前はエリザベートと違って気が利くな。
 さあ、デュドヴァン殿にご挨拶なさい」

 アニエスを持ち上げて、エリザベートを下げる発言に苛立ちながらも、その不快感を隠してジェレミーは優しそうに見える微笑みを浮かべた。

「初めまして、ジェレミー様。
 ラマディエ公爵家の次女、アニエスと申します」

「初めまして、ラマディエ嬢。
 僕とご令嬢は初対面なのですから、どうぞ僕の事はデュドヴァンとお呼び下さい」

「私はそんな古い慣習は気にしませんの」

 いや、気にしろよ。マジで。
 貴族社会の常識だから。
 お前の意見なんか聞いてないから。

 ジェレミーはこの短い会話で既に、『この女、話が通じねぇな』と辟易した。

「どうです? 親の欲目を除いても、愛らしい娘だと思うのですが」

「ええ、そうかもしれませんね。(知らんけど)
 それにとても面白い方だ」

「そんなぁ。照れてしまいますわ」

 褒めてねぇよ。嫌味だって気付けよ。

 予想通り、公爵はこの馬鹿娘をデュドヴァンに嫁がせようとしているらしい。

 デュドヴァンは王家の覚えも目出たく、領地はとても潤っている。
 ジェレミーと馬鹿女の年齢は一つ違い。
 公爵家にとってジェレミーは、とても優良な縁談相手だろう。

 だが、無い。
 天地がひっくり返っても有り得ない。
 この女と結婚するくらいなら、カエルとでも結婚した方がマシだ。
 それなら話が通じなくても『哺乳類と両生類なのだから、そりゃあ仕方が無いよね』と、諦めがつくというもの。

 縁談っぽい話に持ち込もうとする公爵をのらりくらりと躱しつつ、同じ人間とは思えないくらい話が通じない女に適当な相槌を返しながら、なんとかやり過ごした。

 ブチ切れそうになるのを必死で我慢しているジェレミーを眺めながら、一歩後ろで控えていたレオとパトリックは、終始チラチラと互いに意味あり気な視線を交わして笑いを堪えていた。


 夕食の誘いを必死で固辞して、ラマディエ公爵邸を出る。

 時間を引き延ばせたのは好都合だったが、精神面がゴリゴリと削られまくったジェレミーは、耐え難い疲労感を抱えながら帰りの馬車に乗り込んだ。

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