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65 最後の怪文書
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アルフォンスが侯爵領から戻り、王宮へ到着する前日の夕刻。
国王の元には、一通の封書が届けられていた。
それは、厳重に警備されているはずの王の私室の机の上に、いつの間にか置かれていたのだ。
封筒には、差出人の名は無く、国王に向けた宛名と共に、『一人で読んだ方が身のためだ』と書かれている。
怪し過ぎる封書の出現に、王宮内は一時騒然となった。
護衛騎士の手により慎重に開封された封筒の中身は、折り畳まれた一枚の紙だけだった。
「どうやら剃刀や毒針などの危険物は入っていない様ですね。
念の為、こちらの紙も確認させて頂きます」
「うむ。出来るだけ中身を見ない様に検査をしろ」
わざわざ注文を付けたのは嫌な予感がしたから。
何故ならその紙は、例の怪文書と紙質や大きさがよく似ている気がしたのだ。
もしも怪文書だとしたら、何故今回だけは街にばら撒かずに自分の元へ直接届けたのだろうか?
犯人の意図が読めない所が、余計に不気味さを増した。
「畏まりました」
薬物の専門家が呼ばれ、臭いを嗅いだり、紙の表面を拭った布を特殊な試薬に漬けたりして、念入りに検査が行われる。
「問題ない様です。
内容については誰も読んでおりませんのでご安心下さい」
騎士は折り畳まれたままの紙を、恭しく国王へと手渡した。
「少し席を外せ」
護衛や従者を全員部屋の外へ追い出し、その紙を開いた国王は、金槌で頭を殴られた様な衝撃を受けた。
『国王陛下の種無し説、再び浮上か!?』
と、大きな文字の見出しで書かれたその怪文書の内容は、アルフォンスの出自を疑う物だったのだ。
その根拠は、王妃が当時、専属護衛騎士と不貞を働いていた事。
その護衛騎士の瞳の色が、アルフォンスと同じである事。
国王が幼い頃に風邪を拗らせて高熱を出し、生死の境を彷徨った過去がある事などが挙げられている。
「そんな馬鹿なっ! どうせ出鱈目だ!!」
怪文書をグシャッと握り潰した国王は、一人きりの部屋で怒鳴り声を上げた。
口ではそう言いながらも、胸の奥がザワザワして仕方がない。
出鱈目……、だよな?
丸めたその紙を灰皿に放り込んで火を付ける。
小さな炎に包まれて灰になっていく怪文書を、ジッと見詰める国王の心にもう一つの不安がよぎった。
今燃やした怪文書は、以前ばら撒かれた怪文書と全く同じ印刷に見えた。
そう、手書きではなく、印刷した物だったのだ。
一枚だけの物を、わざわざ印刷する必要などないだろう。
と、言う事は、同じく物が複数枚ある可能性が高い。
それをばら撒かれたら、どうなる?
国王の背中に嫌な汗が流れる。
───いや、そんな事よりも、あの内容が事実なのかどうかの方が大きな問題か?
少々パニック状態の国王は、もう何を一番に心配するべきなのかさえ分からなくなっていた。
一部の関係者にしか知られていないが、確かに、国王は幼少期に高熱を出して寝込んだ事がある。
夫婦の間になかなか子を授からなかった場合、理不尽な話だけれど、この国ではまだ女性の側の不妊が疑われる事が多い。
それなのに国王の『種無し説』がごく一部の貴族の間で密かに囁かれていたのは、国王の病歴を知る者から漏れた噂だと思われる。
嘘か誠か定かではないが、あまりに高い発熱が長く続くと、精巣の機能が低下するという話はよく耳にするので、国王自身もそれを憂慮していた。
だからこそ、アルフォンスが生まれた時は涙を流して喜んだ。
そして、それこそ目の中に入れても痛くない位に可愛がってきたのだ。
それなのに、その最愛の息子が、実の子ではないかも知れないなんて……。
そんな筈は無いと必死に否定しながらも、心の中に刺さった小さな疑惑の棘は、いつまでも消えてくれなかった。
これまで例の怪文書に書かれていた記事は、全て真実だった事を考えれば……。
~~~~~~~~~~~~~~
そう、今回の怪文書にも、嘘は一つも書かれていない。
王妃と護衛騎士が浮気をしていた事も、真実。
その護衛騎士の瞳の色が、アルフォンスと同じなのも、真実。
アルフォンスの瞳の色は、国王とも王妃とも違う。
そのせいで、国王はこんなにも惑わされているのだが、実の所、アルフォンスの瞳は王妃の祖母とも同じ色である。
そして、鼻や耳の形は国王にとても良く似ていた。
だからこそ、国王はアルフォンスが生まれた時、自分の息子であると疑う事は無かったのに───。
それを思い出す事が出来ない位に、国王は動揺していた。
一度疑念を持ってしまえば、それを完全に払拭する事はとても難しいのだ。
怪文書は、アルフォンスが護衛騎士の子であるとは、断定していない。
肝心な部分は濁されていて、ハッキリとは書かれていない。
それでも、国王の心に大きな影を落とすには、充分過ぎる内容だった。
今回の内容は、国王に読ませる事に意味があった。
広く世間に知らせる必要は無い。
怪文書を用意した人物も、これ以上国民が混乱する事は望んでいないのだ。
───後は、彼の心の中でその疑惑が大きく育って暴れ出すのを、じっくりと待つだけ。
国王の元には、一通の封書が届けられていた。
それは、厳重に警備されているはずの王の私室の机の上に、いつの間にか置かれていたのだ。
封筒には、差出人の名は無く、国王に向けた宛名と共に、『一人で読んだ方が身のためだ』と書かれている。
怪し過ぎる封書の出現に、王宮内は一時騒然となった。
護衛騎士の手により慎重に開封された封筒の中身は、折り畳まれた一枚の紙だけだった。
「どうやら剃刀や毒針などの危険物は入っていない様ですね。
念の為、こちらの紙も確認させて頂きます」
「うむ。出来るだけ中身を見ない様に検査をしろ」
わざわざ注文を付けたのは嫌な予感がしたから。
何故ならその紙は、例の怪文書と紙質や大きさがよく似ている気がしたのだ。
もしも怪文書だとしたら、何故今回だけは街にばら撒かずに自分の元へ直接届けたのだろうか?
犯人の意図が読めない所が、余計に不気味さを増した。
「畏まりました」
薬物の専門家が呼ばれ、臭いを嗅いだり、紙の表面を拭った布を特殊な試薬に漬けたりして、念入りに検査が行われる。
「問題ない様です。
内容については誰も読んでおりませんのでご安心下さい」
騎士は折り畳まれたままの紙を、恭しく国王へと手渡した。
「少し席を外せ」
護衛や従者を全員部屋の外へ追い出し、その紙を開いた国王は、金槌で頭を殴られた様な衝撃を受けた。
『国王陛下の種無し説、再び浮上か!?』
と、大きな文字の見出しで書かれたその怪文書の内容は、アルフォンスの出自を疑う物だったのだ。
その根拠は、王妃が当時、専属護衛騎士と不貞を働いていた事。
その護衛騎士の瞳の色が、アルフォンスと同じである事。
国王が幼い頃に風邪を拗らせて高熱を出し、生死の境を彷徨った過去がある事などが挙げられている。
「そんな馬鹿なっ! どうせ出鱈目だ!!」
怪文書をグシャッと握り潰した国王は、一人きりの部屋で怒鳴り声を上げた。
口ではそう言いながらも、胸の奥がザワザワして仕方がない。
出鱈目……、だよな?
丸めたその紙を灰皿に放り込んで火を付ける。
小さな炎に包まれて灰になっていく怪文書を、ジッと見詰める国王の心にもう一つの不安がよぎった。
今燃やした怪文書は、以前ばら撒かれた怪文書と全く同じ印刷に見えた。
そう、手書きではなく、印刷した物だったのだ。
一枚だけの物を、わざわざ印刷する必要などないだろう。
と、言う事は、同じく物が複数枚ある可能性が高い。
それをばら撒かれたら、どうなる?
国王の背中に嫌な汗が流れる。
───いや、そんな事よりも、あの内容が事実なのかどうかの方が大きな問題か?
少々パニック状態の国王は、もう何を一番に心配するべきなのかさえ分からなくなっていた。
一部の関係者にしか知られていないが、確かに、国王は幼少期に高熱を出して寝込んだ事がある。
夫婦の間になかなか子を授からなかった場合、理不尽な話だけれど、この国ではまだ女性の側の不妊が疑われる事が多い。
それなのに国王の『種無し説』がごく一部の貴族の間で密かに囁かれていたのは、国王の病歴を知る者から漏れた噂だと思われる。
嘘か誠か定かではないが、あまりに高い発熱が長く続くと、精巣の機能が低下するという話はよく耳にするので、国王自身もそれを憂慮していた。
だからこそ、アルフォンスが生まれた時は涙を流して喜んだ。
そして、それこそ目の中に入れても痛くない位に可愛がってきたのだ。
それなのに、その最愛の息子が、実の子ではないかも知れないなんて……。
そんな筈は無いと必死に否定しながらも、心の中に刺さった小さな疑惑の棘は、いつまでも消えてくれなかった。
これまで例の怪文書に書かれていた記事は、全て真実だった事を考えれば……。
~~~~~~~~~~~~~~
そう、今回の怪文書にも、嘘は一つも書かれていない。
王妃と護衛騎士が浮気をしていた事も、真実。
その護衛騎士の瞳の色が、アルフォンスと同じなのも、真実。
アルフォンスの瞳の色は、国王とも王妃とも違う。
そのせいで、国王はこんなにも惑わされているのだが、実の所、アルフォンスの瞳は王妃の祖母とも同じ色である。
そして、鼻や耳の形は国王にとても良く似ていた。
だからこそ、国王はアルフォンスが生まれた時、自分の息子であると疑う事は無かったのに───。
それを思い出す事が出来ない位に、国王は動揺していた。
一度疑念を持ってしまえば、それを完全に払拭する事はとても難しいのだ。
怪文書は、アルフォンスが護衛騎士の子であるとは、断定していない。
肝心な部分は濁されていて、ハッキリとは書かれていない。
それでも、国王の心に大きな影を落とすには、充分過ぎる内容だった。
今回の内容は、国王に読ませる事に意味があった。
広く世間に知らせる必要は無い。
怪文書を用意した人物も、これ以上国民が混乱する事は望んでいないのだ。
───後は、彼の心の中でその疑惑が大きく育って暴れ出すのを、じっくりと待つだけ。
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