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56 打ち明けられた秘密
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シャヴァリエ辺境伯領から帰った日の夜の事。
私と旦那様は、応接室のテーブルを挟んで向かい合っている。
あの夜会の後は、当初から予定していた通りシャヴァリエ邸に二泊して義実家との交流を図り、デュドヴァン邸へと戻って来た。
ジェレミーは新しい家族と友人が出来た事が余程嬉しかったのか、帰りの馬車の中でも終始はしゃいでいて、喋りっ放しだった。
だからだろうか?
「なんだかもう眠くなってしまいました」
夕食が終わった後、そう言ったジェレミーは、いつもよりも早い時間に部屋に戻って行った。
普段であればジェレミーが部屋に帰ってしまうのを少し淋しく見送るのだが、今日だけは違う。
シャヴァリエ邸にいる間もずっと、旦那様の発言の意味が気になって仕方が無かったのだから。
ジェレミーがダイニングから去った後、私達は応接室へと移動した。
応接室の方が遮音性が高く、使用人に話が漏れる心配が少ないから。
私達がソファーに腰を下ろすと、フィルマンがお茶を提供してくれて、そのまま部屋の隅に控えた。
旦那様がフィルマンを追い出さないという事は、今からする話は彼には聞かれても構わないという事なのだろう。
「これから話す事は、絶対に他言しないと約束して欲しい」
「分かりました」
真剣な様子の旦那様に、私も重く頷きを返した。
「何から話せば良いか……。
先代と先先代のデュドヴァン家当主が、無類の女好きだった事は知ってるよね」
「……はい」
「だけど、先代は……、私の父は、初めからそうだった訳では無いんだ」
旦那様は言葉を慎重に選びながら、ゆっくりと話し始めた。
先代の当主エリック様は、幼い頃から自分の父を嫌悪していたらしい。
政略結婚をした両親の間に愛は無く、嫡男をもうけた後、父は早々に複数の愛人を作って邸に滅多に戻らなくなり、母を蔑ろにした。
一方の母は、父に対する愛情は無かったものの、夫に蔑ろにされる事は侯爵夫人としてのプライドが許さなかった。
母親に父親への怨嗟を囁かれながら育ったエリック様が、父親を恨むのは必然だった。
そんなエリック様は、父の反対を押し切って幼馴染の伯爵令嬢と結婚する。
日頃から、父の様になりたく無いと思っていた彼は、政略結婚を回避したかったのだ。
エリック様は妻となった幼馴染を心から愛していた。
仲睦まじい夫婦となった二人。
やがて妻が身籠もり、第一子が誕生して幸せの絶頂……と、なるはずだったデュドヴァン家に突然の悲劇が起こる。
最愛の妻が、産後の肥立ちが悪かった事が原因で急逝したのだ。
エリック様も、一度は「妻の忘れ形見であるクリストフと共に、強く生きて行こう」と決意なさった。
しかし、クリストフ様の顔を見る度に亡くしてしまった妻を思い出してしまい、次第に心が擦り減って行く。
そして、彼は逃げた。
他の女性と付き合う事で、妻の幻影を消そうとしたのだ。
エリック様は数々の女性と浮名を流したが、再婚しようとはしなかった。
自分の妻の座も、クリストフ様の母の座も、亡くなった妻だけの物だと思っていたから。
だが、とうとう父と親類の圧力に負けて再婚し……、その結末は以前に聞いた通りだ。
エリック様はクリストフ様を襲った後妻と離縁し、後妻は司法によって裁かれ相応の刑を受けた。
そんな女を再婚相手として用意した父親は、不仲な妻と共に領地の片隅で蟄居させられたのだが、数年後には両親共に病気で亡くなったそうだ。
そんな事があっても、エリック様は女遊びで気を紛らわせる事をやめられなかった。
そして両親の死から更に数年後、エリック様も風邪を拗らせてこの世を去った。
「先代の死から一年が経った頃、ある女が幼い子供を連れてデュドヴァン家に押しかけて来た。
女はその子供を、先代侯爵と自分との間に生まれた子だと言った。
子供の名は、ジェレミー」
「ーーーっ!!」
私は息を呑んだ。
(やはり、ジェレミーは旦那様の息子では無く───)
「ジェレミーは私の実子として届けを出した。
彼が先代の息子である事は、ジェレミーの母と、ごく一部の使用人しか知らない」
「……何故わざわざ虚偽の届け出を? 弟として届けても良かったのでは?」
「それにはいくつかの理由がある。
先ずは、死者の私生児について、血の繋がりを証明するのが難しい事。
私の実子であれば、私が認知するだけで済む」
「成る程」
ジェレミーは一目見て直ぐにデュドヴァン家の血を引いた子息であると疑いようも無い程に、旦那様にも先代の侯爵様の絵姿にも似ている。
しかしこの国では親子鑑定の技術が進んでいないので、それを立証するのは難しく、故人の息子として届けるには、とても煩雑な手続きが必要になるのだ。
「二つ目に、爵位を継がせやすくする為。
当時、私は自分が結婚出来るとは思っていなかった。
だからジェレミーを自分の後継にするつもりだったのだが、その際、弟よりも実子の方が横槍が入りにくい。
私に女性を当てがおうとする者達も黙らせる事が出来る。ジェレミーを縁談避けに使ったみたいで申し訳ないけれど……」
「確かに、旦那様の実子とした方がジェレミーの地位は盤石になりますね」
「ああ。
それから、もう一つ…………」
旦那様の表情が微かに変わった。
ここ最近旦那様と過ごす時間が増えている私は、それが重要な話をする時の顔だと知っていた。
自然と背筋が伸びる。
旦那様は少し逡巡した後、重い口を開いた。
「ジェレミーの母は、先代侯爵に乱暴されて身籠ったと言ったんだ」
私と旦那様は、応接室のテーブルを挟んで向かい合っている。
あの夜会の後は、当初から予定していた通りシャヴァリエ邸に二泊して義実家との交流を図り、デュドヴァン邸へと戻って来た。
ジェレミーは新しい家族と友人が出来た事が余程嬉しかったのか、帰りの馬車の中でも終始はしゃいでいて、喋りっ放しだった。
だからだろうか?
「なんだかもう眠くなってしまいました」
夕食が終わった後、そう言ったジェレミーは、いつもよりも早い時間に部屋に戻って行った。
普段であればジェレミーが部屋に帰ってしまうのを少し淋しく見送るのだが、今日だけは違う。
シャヴァリエ邸にいる間もずっと、旦那様の発言の意味が気になって仕方が無かったのだから。
ジェレミーがダイニングから去った後、私達は応接室へと移動した。
応接室の方が遮音性が高く、使用人に話が漏れる心配が少ないから。
私達がソファーに腰を下ろすと、フィルマンがお茶を提供してくれて、そのまま部屋の隅に控えた。
旦那様がフィルマンを追い出さないという事は、今からする話は彼には聞かれても構わないという事なのだろう。
「これから話す事は、絶対に他言しないと約束して欲しい」
「分かりました」
真剣な様子の旦那様に、私も重く頷きを返した。
「何から話せば良いか……。
先代と先先代のデュドヴァン家当主が、無類の女好きだった事は知ってるよね」
「……はい」
「だけど、先代は……、私の父は、初めからそうだった訳では無いんだ」
旦那様は言葉を慎重に選びながら、ゆっくりと話し始めた。
先代の当主エリック様は、幼い頃から自分の父を嫌悪していたらしい。
政略結婚をした両親の間に愛は無く、嫡男をもうけた後、父は早々に複数の愛人を作って邸に滅多に戻らなくなり、母を蔑ろにした。
一方の母は、父に対する愛情は無かったものの、夫に蔑ろにされる事は侯爵夫人としてのプライドが許さなかった。
母親に父親への怨嗟を囁かれながら育ったエリック様が、父親を恨むのは必然だった。
そんなエリック様は、父の反対を押し切って幼馴染の伯爵令嬢と結婚する。
日頃から、父の様になりたく無いと思っていた彼は、政略結婚を回避したかったのだ。
エリック様は妻となった幼馴染を心から愛していた。
仲睦まじい夫婦となった二人。
やがて妻が身籠もり、第一子が誕生して幸せの絶頂……と、なるはずだったデュドヴァン家に突然の悲劇が起こる。
最愛の妻が、産後の肥立ちが悪かった事が原因で急逝したのだ。
エリック様も、一度は「妻の忘れ形見であるクリストフと共に、強く生きて行こう」と決意なさった。
しかし、クリストフ様の顔を見る度に亡くしてしまった妻を思い出してしまい、次第に心が擦り減って行く。
そして、彼は逃げた。
他の女性と付き合う事で、妻の幻影を消そうとしたのだ。
エリック様は数々の女性と浮名を流したが、再婚しようとはしなかった。
自分の妻の座も、クリストフ様の母の座も、亡くなった妻だけの物だと思っていたから。
だが、とうとう父と親類の圧力に負けて再婚し……、その結末は以前に聞いた通りだ。
エリック様はクリストフ様を襲った後妻と離縁し、後妻は司法によって裁かれ相応の刑を受けた。
そんな女を再婚相手として用意した父親は、不仲な妻と共に領地の片隅で蟄居させられたのだが、数年後には両親共に病気で亡くなったそうだ。
そんな事があっても、エリック様は女遊びで気を紛らわせる事をやめられなかった。
そして両親の死から更に数年後、エリック様も風邪を拗らせてこの世を去った。
「先代の死から一年が経った頃、ある女が幼い子供を連れてデュドヴァン家に押しかけて来た。
女はその子供を、先代侯爵と自分との間に生まれた子だと言った。
子供の名は、ジェレミー」
「ーーーっ!!」
私は息を呑んだ。
(やはり、ジェレミーは旦那様の息子では無く───)
「ジェレミーは私の実子として届けを出した。
彼が先代の息子である事は、ジェレミーの母と、ごく一部の使用人しか知らない」
「……何故わざわざ虚偽の届け出を? 弟として届けても良かったのでは?」
「それにはいくつかの理由がある。
先ずは、死者の私生児について、血の繋がりを証明するのが難しい事。
私の実子であれば、私が認知するだけで済む」
「成る程」
ジェレミーは一目見て直ぐにデュドヴァン家の血を引いた子息であると疑いようも無い程に、旦那様にも先代の侯爵様の絵姿にも似ている。
しかしこの国では親子鑑定の技術が進んでいないので、それを立証するのは難しく、故人の息子として届けるには、とても煩雑な手続きが必要になるのだ。
「二つ目に、爵位を継がせやすくする為。
当時、私は自分が結婚出来るとは思っていなかった。
だからジェレミーを自分の後継にするつもりだったのだが、その際、弟よりも実子の方が横槍が入りにくい。
私に女性を当てがおうとする者達も黙らせる事が出来る。ジェレミーを縁談避けに使ったみたいで申し訳ないけれど……」
「確かに、旦那様の実子とした方がジェレミーの地位は盤石になりますね」
「ああ。
それから、もう一つ…………」
旦那様の表情が微かに変わった。
ここ最近旦那様と過ごす時間が増えている私は、それが重要な話をする時の顔だと知っていた。
自然と背筋が伸びる。
旦那様は少し逡巡した後、重い口を開いた。
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