上 下
11 / 106

11 契約の締結

しおりを挟む
「どうやら私は君の事を誤解していたようだ。
 失礼な態度を取ってしまい、済まなかった」

 真剣な表情で頭を下げるデュドヴァン侯爵。

 複雑な話になりそうだったので、シャヴァリエの騎士はひとまず部屋の外へ出て貰い、現在ここにいるのは私と侯爵様とフィルマンだけ。

「いえ、そんな、謝らないで下さい。
 陛下が何故デュドヴァン侯爵をお選びになったのかは分かりませんが、おそらくこの王命は私を出国させない為に出された物です。
 こちらこそ、巻き込んでしまって申し訳ありません」

 あの態度には正直イラッとしたけど、私も彼の噂を少し信じて不安になってしまったのだから、彼の気持ちは分からなくもない。
 私の方も深々と頭を下げると、最初とは打って変わって穏やかな声が掛けられた。

「顔を上げてくれ。
 それに関しては国王がクソなだけだから、気にしないで良い。
 では、我々は身勝手な国王の被害者仲間だな」

 そう言ってくれるこの人とならば、良い協力関係が結べるかもしれない。
 私はホッと胸を撫で下ろした。

「ありがとうございます。
 では、今後どうするかについて、話し合いましょう」

「ああ。
 君が悪女ではない事は理解したが、私は本来結婚する気は無かったのだ。
 詳しい事情は話せないが、私は女性が苦手なんだよ」

 そうか、女性が苦手だから、この邸には女性の使用人が少ないんだ。
 それじゃあ、この王命は物凄く迷惑だったんだろうな……。

「では、婚姻を拒否しますか?」

「いや、出来ればトラブルは避けたい」

 まあ、ご子息の事も考えたら、簡単に王家に逆らう訳には行かないのだろう。

「そうですか。では、やはり契約結婚という事で、宜しいでしょうか?」

「君がそれで良ければ、そうして貰えると助かる。
 その代わりと言ってはなんだが、遠慮せずに自由に過ごしてくれれば良いし、必要な物があれば好きに買うと良い」

「実は私も契約結婚の方が都合が良いです。
 馬鹿王太子の婚約者を長年務めていたせいで、どうも幸せな結婚という物に夢を持てなくなってしまって……」

 昔は私も義両親の様な幸せな結婚に憧れていたが、そんな期待はとっくに何処かへ消え失せてしまった。
 私がポロリと本音を漏らすと、侯爵様は憐れみを浮かべた目でこちらを見る。

「ああ、それはなんとなく想像がつく。
 アレのお守りは大変だったろう。災難だったな」

 おや、あまり社交に積極的でない侯爵様まで、アルフォンス殿下のポンコツ振りをご存知とは……。
 思った以上に残念な王太子だ。

「ところで、女性が苦手ならば、私と同じ屋根の下で暮らすのは苦痛では?」

 あれっ? でも、ご子息を産んだ女性とはどんな関係だったんだろう?
 結婚はしなかったみたいだけど……。
 女性は苦手だけど、後継は必要だから、子作りだけを誰かにお願いしたのかしら?
 それとも、その彼女だけは特別だったけど、何らかの事情で結婚は出来なかった?

 ───ダメだ。他人の事情を勝手に想像するのはやめよう。


「変に私に擦り寄ってこない相手ならば、話をする程度なら問題無い。
 実際、今も、特に不快感は無い」

「良かった。少し安心しました。
 ですが、念の為、必要な業務連絡の時以外は、出来るだけ顔を合わせない様にしましょう」

 国王のせいとは言え、迷惑をかけてしまうのは事実なのだから、出来る限り苦痛を与えない様にしたい。

「そうだな」

「それとも、婚姻の手続きだけして、私は別の家に移りましょうか?
 この婚姻は王命なので、離縁は難しいでしょうけど、別居婚ならば可能ではないですか?」

 私の提案に、侯爵様は少し迷う様な仕草を見せた。

「うーん、魅力的な提案ではあるが、暫くは国王も我々の動向を注視しているかも知れない。
 ヤツが何を企んでいるのかよく分からないからこそ、慎重に行動するべきだ。
 別居を考えるなら、二年くらいは様子を見て、ほとぼりが冷めた頃が良いだろう」

 先程から侯爵様は王太子を『アレ』と呼んだり、国王を『ヤツ』と呼んだりしているが、聞かなかった事にしよう。

「そうですね……。
 無理矢理結婚させられた上に、妙な言い掛かりを付けられて罰せられたりしたら、馬鹿馬鹿しいですもんね。
 では、二年を目処に、別居を検討しましょう」

「その時は、君に別邸に移って貰おうかと思うのだが…」

「いえ、別居をするなら義実家の領地に戻りたいので、自分で小さな家を借りたいと思います」

「そうか……。では、せめて家賃や生活費はこちらで負担させてくれ」

 なんか、思ったよりも律儀な人だな。
 
 聖女には手当てが毎月支給される。
 ほんの僅かな額ではあるが、私は忙しくてお金を使う暇がなかったので、まあまあの貯蓄額になっている。
 それに、お義母様が『馬鹿王太子から慰謝料ふんだくってやるから、楽しみにしておいてね』ってウインクしてたから、それも別居後の生活に使えるかも。

 なので侯爵様にお世話になるつもりは無いのだが、せっかくのご厚意を固辞するのも憚られるので、今は適当に流しておこう。

「ありがとうございます。もしかしたらお願いするかもしれません。
 それから、私はどこまで妻の役割を果たせば良いのでしょうか?」

「今の所は、何もお願いするつもりは無い。
家政も社交も。勿論、閨も。
 何も気にせず、好きな事だけして過ごしてくれて構わない。
 世間体が悪いのは困るが、上手く隠して付き合えるならば、恋人を作ってくれても良い」

「ご子息がいらっしゃるそうですが……」

「ああ、ジェレミーの母の役割も、しなくて良い」

 ご子息はジェレミー様って言うのね。
 まあ、二年後に出ていく予定の私が母親面しても、混乱させるだけだよな。

「ジェレミー様は、何歳ですか?」

「……今年五歳になる」

 侯爵様は、微かな警戒心を滲ませつつも答えてくれた。

「そんな小さなお子さんがいらっしゃるなら、悪女に拒絶反応を示すのも仕方のない事ですよね」

「王命に腹が立っていた事もあり、つい過剰に反発してしまった」

「お気持ちお察しします。
 ところで、今日彼はどちらに?」

 そう問うた私に、侯爵様は微かに目を泳がせた。

「あー……、別荘へ遊びに行っている。
 戻って来るのは五日後の予定だ」

 あぁ、成る程……。
 悪女に会わせない様に、避難させたって訳ね。

「分かりました。ではその時に、ご挨拶くらいはさせて下さい。一応、同じ邸に住むのですから。
 それから……私は恋人を作るつもりはありません。
 それこそ、ジェレミー様の教育上、よろしくないのでは?」

 子供って意外と鋭い時あるから、隠していても気付かれてしまうかも知れないしね。
 いくら名ばかりの母とは言え、そーゆーの、良くないでしょ。

「確かに……その通りだな。ありがとう」

 侯爵様は、私がジェレミー様に対する配慮を見せたのがよっぽど意外だったのか、少し戸惑い気味だった。

 私だって、幼い子供の心配くらいしますって。
 一度ついてしまった悪女のイメージを払拭するのは難しいのかなぁ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢

alunam
恋愛
 婚約破棄はされなかった……そんな必要は無かったから。 既に愛情の無くなった結婚をしても相手は王太子。困る事は無かったから……  愛されない正妃なぞ珍しくもない、愛される側妃がいるから……  そして寵愛を受けた側妃が世継ぎを産み、正妃の座に成り代わろうとするのも珍しい事ではない……それが今、この時に訪れただけ……    これは婚約破棄される事のなかった愛されない正妃。元・辺境伯爵シェリオン家令嬢『フィアル・シェリオン』の知らない所で、周りの奴等が勝手に王家の連中に「ざまぁ!」する話。 ※あらすじですらシリアスが保たない程度の内容、プロット消失からの練り直し試作品、荒唐無稽でもハッピーエンドならいいんじゃい!的なガバガバ設定 それでもよろしければご一読お願い致します。更によろしければ感想・アドバイスなんかも是非是非。全十三話+オマケ一話、一日二回更新でっす!

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~

Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。 そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。 「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」 ※ご都合主義、ふんわり設定です ※小説家になろう様にも掲載しています

生まれたときから今日まで無かったことにしてください。

はゆりか
恋愛
産まれた時からこの国の王太子の婚約者でした。 物心がついた頃から毎日自宅での王妃教育。 週に一回王城にいき社交を学び人脈作り。 当たり前のように生活してしていき気づいた時には私は1人だった。 家族からも婚約者である王太子からも愛されていないわけではない。 でも、わたしがいなくてもなんら変わりのない。 家族の中心は姉だから。 決して虐げられているわけではないけどパーティーに着て行くドレスがなくても誰も気づかれないそんな境遇のわたしが本当の愛を知り溺愛されて行くストーリー。 ………… 処女作品の為、色々問題があるかとおもいますが、温かく見守っていただけたらとおもいます。 本編完結。 番外編数話続きます。 続編(2章) 『婚約破棄されましたが、婚約解消された隣国王太子に恋しました』連載スタートしました。 そちらもよろしくお願いします。

私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。

夢風 月
恋愛
 カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。  顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。  我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。  そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。 「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」  そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。 「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」 「……好きだからだ」 「……はい?」  いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。 ※タグをよくご確認ください※

妹と婚約者が結婚したけど、縁を切ったから知りません

編端みどり
恋愛
妹は何でもわたくしの物を欲しがりますわ。両親、使用人、ドレス、アクセサリー、部屋、食事まで。 最後に取ったのは婚約者でした。 ありがとう妹。初めて貴方に取られてうれしいと思ったわ。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

処理中です...