良い子の為の絶望学

お幸せに

結婚式でよく言われる末永くお幸せに。
そりゃーね？誰だって末永く幸せでいたいよ。
日比野さんは、ふぁーっと煙草を吹かした。
優しい旦那がある日DV男に変わる日もある。
優しい奥さんが、若い男にハマり家庭が壊れてしまうこともある。
柄にもなく、世界平和なんて考えてみる。
本当に皆が幸せなら、それは、素敵だ。
コンビニで働くだけのゾンビ状態のお兄ちゃんなんか見ると、日比野さんでも胸が痛い。
日比野さんはお節を知らない。
家族仲良く食卓を囲むのは、テレビの中だけだと思っていた。
未だに、母から罵倒されている声が幻聴で聞こえる。
母は執拗に電話をかける人だ。
電話のコール音が怖くて耳を塞ぐ。
母の振り回した包丁が怖い。 
過去は帰ってこない。
どんなに幸せな幼少期を送りたかったと言っても、もう無理だ。
ただ普通に両親から愛されたかった。
友達のおばちゃんが、代わりに愛してくれた。
しかし、今はもう、電話がかからない。
日比野さんは思う。
お幸せに。
おばちゃんありがとう。
何も返せてないけどありがとう。
1度だけおばちゃんに抱きしめられたことがある。
その温もりでこれからも生きていけそうだ。
抱きしめて。
私でよければ、貴方を抱きしめよう。
人は1人では、生きていけないとはよく言ったもの。
大丈夫、陽は昇る。
お幸せに。
日比野さんは少し寂しそうな顔で笑った。