すみっこ屋敷の魔法使い

うめこ

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第八章:星が降る夜に、祈りを

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 夕食を食べ終わると、モアは落ち着きなくそわそわと窓を見つめていた。

 流星群とはどういうものなのだろう。

 見たことのない流星群に、夢をはせるばかり。

 そんなモアの様子を見て、イリスが笑った。「まだ流星群の時間じゃないよ」と。


「イリスは、流星群を見たことがありますか?」

「うーん、なかったような気がする」

「……、そう、なのですか」


 意外だ、とモアは思った。

 自由がなかったモアと異なり、イリスはなんでも知っている。もっと豊かな人生を送っている。そう思っていたからだ。

 モアが不思議そうな顔をしていたのを、イリスも気付いたらしい。


「俺が流星群に興味がなかったからなあ」

「えっ! じゃあ、今日の流星群も……」

「ううん。今日は流星群を見たい。お願いごとがあるんだ」

「お願いごと……」


 イリスのお願いごとが気になる。けれど、聞いてしまうのもなんだか浪漫がないような。

 モアのうずうずとした様子に、イリスが笑う。


「モアはどんなお願いごとをするの?」

「えっ……ひ、秘密です」

「ふふ、そうか。俺も秘密」


 イリスがにまにまと笑う。新鮮な彼の表情に、モアはどきりとしてしまった。 

 しばらく、イリスと話をしていれば、時計がてっぺんを指すころになる。イリスは「そろそろだね」と言ったので、流星群はいよいよだ。モアがふすふすと流星群を楽しみにしている様子に、イリスが苦笑する。

 イリスは大きなブランケットを一枚もって、屋敷の上の階にのぼっていく。そして、モアも入ったことのない屋根裏部屋に案内された。屋根裏部屋には屋根の上まで行けるハシゴがあって、二人でそこを登っていく。


「わ……このお屋敷、屋根の上まで行けたのですね……!」
 
「なかなか行く機会がなかったけれどね。こんなときに役に立つんだなあ」


「足下に気をつけてね」とイリスに言われながら、モアは恐る恐る屋根の上を歩いた。そして、適当なところに腰をかける。


「モア、寒くない?」

「ちょっとだけ……」

「あはは、だよね」


 モアが自分の身体を抱きしめるように腕をさすっていると、イリスがモアを後ろから抱くようにして座った。突然のことにモアがびっくりしていると、イリスがくすくすと笑いながらブランケットを羽織る。二人で1枚のブランケットを羽織るように。


「いっ、い、イリ、」

「ああ、こうすると暖かい」

「は、はい……」


 モアが心臓が爆発するくらいにドキドキしているのを、イリスは気付いているのだろうか。気付かれるのが怖くて、モアは心臓を隠すようにして自分の胸を押さえた。それでも耳まで真っ赤になっていたので、イリスに気付かれてしまうかもしれない。


「モア、見て」


 モアはくらくらとして流星群どころではなかったのだが、うながされて夜空を見上げる。そうすると、そこには満天の星空が広がっていた。


「わあ……」


 宝石箱をひっくり返したような。きらきらと光る星々。こうして夜空を見上げるのは初めてかもしれない。モアは感動でドキドキとしてしまって、思わず声をあげてしまった。

 ちら、と星が流れるのが見えた。続いて、ちら、ちら、といくつもの星が流れてゆく。


「あっ、もしかしてこれが……」

「流星群だね」

「お願いごとをしなければ……!」


 モアにとっての願いごと。それは、ずっとずっとイリスと一緒に過ごしていけますように。という願い。迷うことなく、この願いが頭のなかにポンと浮かんできた。

 モアが目をとじながら祈っている姿を、イリスはのぞき込むように見ていた。イリスはフッと笑って、ぎゅっとモアを抱きしめる。


「ふ、ァッ……!? い、いりす、」

「モアが幸せになれますように」

「えっ……?」

「俺の願いごとだよ」


 どきどき、と心臓が高鳴る。身体が震えるくらいの勢いで。

 もう、モアの気持ちはバレているだろう。全身が真っ赤になって、手元も落ち着かない。

 けれども、モアはそんなことよりも。イリスの願いごとを、受け入れられなかった。


「イリスも、です。イリスも幸せになってほしいです……」


 そう、彼の願いごとには自身の幸福が含まれていない。そう思ったのだ。

 モアがむんっとしながらそう言えば、イリスは困ったように笑う。そして、モアの首元に顔をうずめるようにして目をとじた。


「いいんだ、俺は」

「えっ?」

「俺は、幸せになれなくていいんだよ」


 さみしさ、とは違う。

 イリスから仄かに漂う、うつろな心。

 ただモアの幸せだけを祈るように閉じられた瞳に、モアはたまらないものを感じた。

 何が彼を苦しめているのかわからない。けれども、彼に苦しんで欲しくない。そんなモアの祈りに、イリスは気付いているのだろうか。


「イリス……」


 モアがそっとイリスの髪を一束とる。そうすれば、ぱ、とイリスが顔をあげた。

 息がかかるほどの距離で見つめ合う。イリスは少し驚いたように目を見張っていた。


「では、私がイリスの幸せを祈ります」

「え……」

「私は、貴方に幸せでいてほしいんです」


 するりとイリスの髪の毛がモアの指から滑り落ちる。

 イリスは夜空を見上げると、手をあわせて目を閉じた。そして、「どうか、イリスが幸せになれますように」と祈りを捧げる。

 そんなモアを見て、イリスは零れ落ちるように微笑んだ。

 イリスはモアを抱いた腕に、少しだけ力を込める。そして、あわせられたモアの手を包み込むように手を重ねて、モアの髪に顔を埋めた。


「モア……ありがとう」 
 

 とく、とく、と心音が響く。

 さみしいのに温かい。苦しいのに、切ない。

 星空の下で、星のように儚い恋心が輝いている。
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