57 / 60
第八章:星が降る夜に、祈りを
6
しおりを挟む夕食を食べ終わると、モアは落ち着きなくそわそわと窓を見つめていた。
流星群とはどういうものなのだろう。
見たことのない流星群に、夢をはせるばかり。
そんなモアの様子を見て、イリスが笑った。「まだ流星群の時間じゃないよ」と。
「イリスは、流星群を見たことがありますか?」
「うーん、なかったような気がする」
「……、そう、なのですか」
意外だ、とモアは思った。
自由がなかったモアと異なり、イリスはなんでも知っている。もっと豊かな人生を送っている。そう思っていたからだ。
モアが不思議そうな顔をしていたのを、イリスも気付いたらしい。
「俺が流星群に興味がなかったからなあ」
「えっ! じゃあ、今日の流星群も……」
「ううん。今日は流星群を見たい。お願いごとがあるんだ」
「お願いごと……」
イリスのお願いごとが気になる。けれど、聞いてしまうのもなんだか浪漫がないような。
モアのうずうずとした様子に、イリスが笑う。
「モアはどんなお願いごとをするの?」
「えっ……ひ、秘密です」
「ふふ、そうか。俺も秘密」
イリスがにまにまと笑う。新鮮な彼の表情に、モアはどきりとしてしまった。
しばらく、イリスと話をしていれば、時計がてっぺんを指すころになる。イリスは「そろそろだね」と言ったので、流星群はいよいよだ。モアがふすふすと流星群を楽しみにしている様子に、イリスが苦笑する。
イリスは大きなブランケットを一枚もって、屋敷の上の階にのぼっていく。そして、モアも入ったことのない屋根裏部屋に案内された。屋根裏部屋には屋根の上まで行けるハシゴがあって、二人でそこを登っていく。
「わ……このお屋敷、屋根の上まで行けたのですね……!」
「なかなか行く機会がなかったけれどね。こんなときに役に立つんだなあ」
「足下に気をつけてね」とイリスに言われながら、モアは恐る恐る屋根の上を歩いた。そして、適当なところに腰をかける。
「モア、寒くない?」
「ちょっとだけ……」
「あはは、だよね」
モアが自分の身体を抱きしめるように腕をさすっていると、イリスがモアを後ろから抱くようにして座った。突然のことにモアがびっくりしていると、イリスがくすくすと笑いながらブランケットを羽織る。二人で1枚のブランケットを羽織るように。
「いっ、い、イリ、」
「ああ、こうすると暖かい」
「は、はい……」
モアが心臓が爆発するくらいにドキドキしているのを、イリスは気付いているのだろうか。気付かれるのが怖くて、モアは心臓を隠すようにして自分の胸を押さえた。それでも耳まで真っ赤になっていたので、イリスに気付かれてしまうかもしれない。
「モア、見て」
モアはくらくらとして流星群どころではなかったのだが、うながされて夜空を見上げる。そうすると、そこには満天の星空が広がっていた。
「わあ……」
宝石箱をひっくり返したような。きらきらと光る星々。こうして夜空を見上げるのは初めてかもしれない。モアは感動でドキドキとしてしまって、思わず声をあげてしまった。
ちら、と星が流れるのが見えた。続いて、ちら、ちら、といくつもの星が流れてゆく。
「あっ、もしかしてこれが……」
「流星群だね」
「お願いごとをしなければ……!」
モアにとっての願いごと。それは、ずっとずっとイリスと一緒に過ごしていけますように。という願い。迷うことなく、この願いが頭のなかにポンと浮かんできた。
モアが目をとじながら祈っている姿を、イリスはのぞき込むように見ていた。イリスはフッと笑って、ぎゅっとモアを抱きしめる。
「ふ、ァッ……!? い、いりす、」
「モアが幸せになれますように」
「えっ……?」
「俺の願いごとだよ」
どきどき、と心臓が高鳴る。身体が震えるくらいの勢いで。
もう、モアの気持ちはバレているだろう。全身が真っ赤になって、手元も落ち着かない。
けれども、モアはそんなことよりも。イリスの願いごとを、受け入れられなかった。
「イリスも、です。イリスも幸せになってほしいです……」
そう、彼の願いごとには自身の幸福が含まれていない。そう思ったのだ。
モアがむんっとしながらそう言えば、イリスは困ったように笑う。そして、モアの首元に顔をうずめるようにして目をとじた。
「いいんだ、俺は」
「えっ?」
「俺は、幸せになれなくていいんだよ」
さみしさ、とは違う。
イリスから仄かに漂う、うつろな心。
ただモアの幸せだけを祈るように閉じられた瞳に、モアはたまらないものを感じた。
何が彼を苦しめているのかわからない。けれども、彼に苦しんで欲しくない。そんなモアの祈りに、イリスは気付いているのだろうか。
「イリス……」
モアがそっとイリスの髪を一束とる。そうすれば、ぱ、とイリスが顔をあげた。
息がかかるほどの距離で見つめ合う。イリスは少し驚いたように目を見張っていた。
「では、私がイリスの幸せを祈ります」
「え……」
「私は、貴方に幸せでいてほしいんです」
するりとイリスの髪の毛がモアの指から滑り落ちる。
イリスは夜空を見上げると、手をあわせて目を閉じた。そして、「どうか、イリスが幸せになれますように」と祈りを捧げる。
そんなモアを見て、イリスは零れ落ちるように微笑んだ。
イリスはモアを抱いた腕に、少しだけ力を込める。そして、あわせられたモアの手を包み込むように手を重ねて、モアの髪に顔を埋めた。
「モア……ありがとう」
とく、とく、と心音が響く。
さみしいのに温かい。苦しいのに、切ない。
星空の下で、星のように儚い恋心が輝いている。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
マッサージ
えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。
背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。
僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる