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第十章:その弱さを知ったとき
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通勤通学ラッシュが過ぎた頃。鑓水は自宅の前まで来ていた。なるべく帰りたくないと思っていたここに一週間もたたないうちにまた帰ってくることになるとは、と鑓水はため息をつく。しかし今日は堂々と中まで入っていった。トラウマを恐れている場合ではなかったのだ。
さっと靴を脱いで階段をあがっていく。もし錫がいたとして、恐れることはない。さすがの彼も、家の中で魔術を使ったりはしないだろうから。
鑓水はまっすぐに錫の部屋を見据えて、そこまで向かっていく。そして、扉の前に立つと、乱暴にノックをした。
「おい、兄貴。いるならここを開けろ」
「――く、くくく来るな!」
「……!」
鑓水が呼びかけた瞬間、ドン、と激しい音と共に錫の叫び声が聞こえた。中に錫がいる、と確信した鑓水は、軽く深呼吸をすると、もう一度扉を叩く。
「……話を聞くだけだ、だから開けろ」
「うるさい! 聞き出すつもりだろ、あの人のことを!」
「……あの人? なんのことだよ、隠れてるならおまえが昨日やったこと全部訴えるぞ」
「ひ、卑怯だぞ……! クソ!」
「……卑怯はどっちだよ」
鑓水が苛々として扉の前で待っていると、解錠される音と共に扉が小さく開く。そして、部屋の中から暗い目が覗いてきた。
鑓水は恐る恐る中に入っていき、扉を閉める。部屋の中は外からの光が遮断されていて、薄暗い。錫は鑓水が中に入ってくるとベッドにあがって体を丸めて座る。かたかたと体を震わせている様子は異常で、鑓水は眉をひそめた。
「……さっき言ってたあの人ってのはなんだよ」
「い、言えない……言ったら殺される」
「……兄貴の協力者か? 兄貴が魔力の気配を隠蔽する魔術なんてものを使えるとは思えない」
「きょ、協力者じゃない……遊ばれてた、俺はあの人に……あああ……」
「……」
精神を病んでしまっている。おそらく錫は誰かに力を貸してもらってそれを使っていたが……正体を誰かに話したら殺す、と脅されているのだ。それを理解した鑓水は、これ以上彼に「あの人」についても無駄だと諦め、質問を変える。
「兄貴は魔女になるつもりか」
「な、ならない……もう魔術なんて使わない……」
「……今後波折に手を出すつもりは?」
「ない……ないから……」
塞ぎこんで、ぶんぶんと顔を振る錫の様子に、鑓水は舌打ちをうつ。彼は反省しているのではなく、自分に危害が加わることを恐れて波折に手を出さないと言っているだけだ。波折に手をださないということには安心したが、どうにも腑に落ちない。鑓水はゆっくりと錫に近づいていくと、彼の胸ぐらを掴み無理やり膝立ちにさせる。
「な、な、なにを……」
「……あんなことしてこれですむんだからいいだろ!」
鑓水は低い声で言い放つと、錫を殴り飛ばした。拳は思い切り錫の頬にめり込んで、彼の体は吹っ飛んでしまう。殴られた部分は真っ赤に腫れあがっているため、おそらく大きな痣がこれから出来上がってしまうに違いない。本当はこんなものでは気がすまなかったが、殺人犯などにはなりたくない。鑓水は呼吸を落ち着けて、部屋の出口まで歩いてゆく。
「……二度と俺から何かを奪おうなんてするんじゃねえ」
「わ、わかったから……ごめんなさい、」
「……あと、そのみっともねえツラどうにかしろ。っつーか働けクソニート。一応嫁がいるんだろうが」
腸が煮えくり返る。そんな想いを抑えて、鑓水はそれ以上は何もいうことはなく、部屋を出て行った。
さっと靴を脱いで階段をあがっていく。もし錫がいたとして、恐れることはない。さすがの彼も、家の中で魔術を使ったりはしないだろうから。
鑓水はまっすぐに錫の部屋を見据えて、そこまで向かっていく。そして、扉の前に立つと、乱暴にノックをした。
「おい、兄貴。いるならここを開けろ」
「――く、くくく来るな!」
「……!」
鑓水が呼びかけた瞬間、ドン、と激しい音と共に錫の叫び声が聞こえた。中に錫がいる、と確信した鑓水は、軽く深呼吸をすると、もう一度扉を叩く。
「……話を聞くだけだ、だから開けろ」
「うるさい! 聞き出すつもりだろ、あの人のことを!」
「……あの人? なんのことだよ、隠れてるならおまえが昨日やったこと全部訴えるぞ」
「ひ、卑怯だぞ……! クソ!」
「……卑怯はどっちだよ」
鑓水が苛々として扉の前で待っていると、解錠される音と共に扉が小さく開く。そして、部屋の中から暗い目が覗いてきた。
鑓水は恐る恐る中に入っていき、扉を閉める。部屋の中は外からの光が遮断されていて、薄暗い。錫は鑓水が中に入ってくるとベッドにあがって体を丸めて座る。かたかたと体を震わせている様子は異常で、鑓水は眉をひそめた。
「……さっき言ってたあの人ってのはなんだよ」
「い、言えない……言ったら殺される」
「……兄貴の協力者か? 兄貴が魔力の気配を隠蔽する魔術なんてものを使えるとは思えない」
「きょ、協力者じゃない……遊ばれてた、俺はあの人に……あああ……」
「……」
精神を病んでしまっている。おそらく錫は誰かに力を貸してもらってそれを使っていたが……正体を誰かに話したら殺す、と脅されているのだ。それを理解した鑓水は、これ以上彼に「あの人」についても無駄だと諦め、質問を変える。
「兄貴は魔女になるつもりか」
「な、ならない……もう魔術なんて使わない……」
「……今後波折に手を出すつもりは?」
「ない……ないから……」
塞ぎこんで、ぶんぶんと顔を振る錫の様子に、鑓水は舌打ちをうつ。彼は反省しているのではなく、自分に危害が加わることを恐れて波折に手を出さないと言っているだけだ。波折に手をださないということには安心したが、どうにも腑に落ちない。鑓水はゆっくりと錫に近づいていくと、彼の胸ぐらを掴み無理やり膝立ちにさせる。
「な、な、なにを……」
「……あんなことしてこれですむんだからいいだろ!」
鑓水は低い声で言い放つと、錫を殴り飛ばした。拳は思い切り錫の頬にめり込んで、彼の体は吹っ飛んでしまう。殴られた部分は真っ赤に腫れあがっているため、おそらく大きな痣がこれから出来上がってしまうに違いない。本当はこんなものでは気がすまなかったが、殺人犯などにはなりたくない。鑓水は呼吸を落ち着けて、部屋の出口まで歩いてゆく。
「……二度と俺から何かを奪おうなんてするんじゃねえ」
「わ、わかったから……ごめんなさい、」
「……あと、そのみっともねえツラどうにかしろ。っつーか働けクソニート。一応嫁がいるんだろうが」
腸が煮えくり返る。そんな想いを抑えて、鑓水はそれ以上は何もいうことはなく、部屋を出て行った。
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