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見つかってしまった
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目が覚めたダレクは「幸せな夢だったな」と呟いた。
誰かに看病されたのなんて、遥か遠い昔のことで、しかも看病してくれたのが瑛士という素晴らしいものだった。しかし現実はそう甘くはない。
ダレクの体調不良は通常の病なんかとは違う。
ダレクはこの国で一番の魔力量を誇る。それこそ、魔法士団団長よりも。
ダレクには致命的な欠点があった。
多すぎる魔力の力が強すぎて細かいコントロールが出来ないのだ。一応身体強化や保護、回復などの少量を操作するのは出来るが、戦闘などの莫大な量の魔力ほ放出すると、途端に操作不能になる。その代わり攻撃力が増すから、ダレクはこの地位にいると言えよう。
誰かがダレクの魔力を両刃の剣と称した。
理由は明白。莫大な攻撃力と引き換えに、体内循環がうまく行かずにこうやって暴走するからだ。その範囲は広く、館すべての人間の魔力を押し潰す。
魔力が押し潰されるとどうなるか?頭痛、吐き気、眩暈と様々な症状を引き起こし、同時に強い恐怖心を植え付ける。
それが、年に数度。
昔は数年に一度だったのが、だんだんと増えていっていた。
ダレクの魔力暴走は一般のそれよりも遥かに酷い症状が出る。高熱に全身の激痛に加え、腕を少し大きく動かしでもすれば、魔力が余波となって放たれ、周りのものを破壊するのだ。それが三日間続く。
症状が治まるには体内の余分な魔力を全て放出する以外術がない。薬も普段の余計な魔力を生成しないための抑制剤だけだった。
ゆえに、ダレクは家族から疎まれていた。
アレキサンドライト家の面汚し、厄災抱えと罵られ、幼いうちから一人この館に隔離されていた。
だから、ダレクには誰かに看病された記憶がほとんどない。あったとしても、それは物心ついた頃の物しかなく、こんな危険きわまりないダレクを瑛士が看病してくれるなんて夢の中でしかあり得ないものだった。
ダレクは手を誰かに握られているような感触に気付いて視線を滑らせてぎょっとした。
「クー…、なんでここに…」
ダレクの左手を握る瑛士がベッドにもたれ掛かって寝息を立てていた。目の下にはうっすらと隈が出来ている。さらに見回せば、周りには桶や布巾、皺になった服が散乱している。
ダレクは夢を思い出しながら呟いた。
「夢じゃ、無かった…?」
沸き上がる感情に頬が上気する。愛おしげに瑛士の髪を撫でた。
「ありがとう。クー」
□□□見つかってしまった□□□
ダレクが起きた。
ほぼ徹夜で看病していたから半分寝ぼけていたのだけれど、額の熱も取れていたし、首の熱もすっかり下がっていた。やはりインフルエンザは寝るのが一番である。
水を飲ませ、卵雑炊を作ってくると言って部屋を出ようとすると、ダレクが服を掴んで阻止された。
昨日から甘えかたが小学生だ。仕方がないので説得を試みる。
「ダレク様。雑炊作ってくるだけですから、離してくれませんか?」
「駄目だ、もう少しだけ…」
ぐうう、と、二人して盛大にお腹の音がなり、瑛士は思わず吹き出した。と、同時にダレクも笑い出す。
「あっはははは!病み上がりにこんなに清々しいのは初めてだ!」
腹を抱えて笑うダレクが、ベッド近くにある釣り鈴を鳴らす。なんですかと訊ねると、ヘリオドルを呼ぶ鈴らしい。大丈夫なのだろうか、ヘリオドルもだいぶ調子が悪かったみたいだけど。
数分後、ヘリオドルがやってきた。顔色はずいぶん良いが、何処と無く戸惑いを隠せていないような表情だった。いや、すぐに無表情に戻りはしたけど、ダレクと部屋、そして瑛士をそれぞれ見て、信じられないと言った様子だった。
「ヘリオドル。この部屋に朝食を用意してくれ。軽いものにしてくれ」
「か、畏まりました」
運ばれてきたお粥のようなものを二人ですする。オートミールのような、お粥のような、それでいてハッシュドポテトのような不思議な食べ物だった。ミユと言うらしい。
絶対に溶き卵入れた方がもっと美味しいだろうなと思いながら食べていると、ダレクに名前を呼ばれた。
「はい、ダレク様。なんでしょう?」
「私は何日ほど寝ていた?」
「1日くらいですかね」
「1日??」
ダレクが珍しくキョトンとしている。何か変なことでも言っただろうかと首を傾げていると、ダレクが続ける。
「三日間ではなく?」
「いえ、1日だけです。……正確には半日ですかね?俺がダレク様が寝込んでいるのを知ったのが昼頃でしたので」
「…それは、驚いたな。この発作は一度起きると三日間は必ず寝込むのだが…」
発作?インフルエンザではなく?
瑛士が疑問に思っていると、ダレクが瑛士に微笑み掛けていた。
「まぁ、なんにせよ看病してもらうのはなかなか良い体験だった。本来なら近くに居るものは誰だろうと発作の際に出る余波で体調に異変をきたすのだが…」
「いたって俺は健康ですね。強いていえば寝不足で眠いくらいですが」
モソモソとミユを口に運んではいるものの、睡魔が強すぎて味がわからない。こんな時はあれが欲しくなる。
「珈琲無いですか?」
カフェインさえあれば24時間働ける。
「こぉひぃとはなんだ?」
「無いんですね」
さようならカフェイン。俺は大人しく眠ることにします。
ダレクが発作という名のインフルエンザで寝込んだ日から2日経った。
あれから特に大きな事件もなく平和に過ごした。とても平和だったのだが、変わったことが一つ。
「クリハラさん。不審者かと思いますので、こそこそ動き回らないで下さいませんか?怒りませんので、せめて普通に歩いてください」
「えっと、はい」
ほんの少しだけヘリオドルが優しくなった。
どういう心境の変化だろう。あれだけ歩き回るな掃除したいのなら自室を掃除していろと極寒零度の声で命令していたのが、言い方はキツいものの、館を歩き回るのを許容してくれた。
やはり体調不良の時に手を貸したのが要因なんだろうか。どちらにせよ、瑛士は晴れて自由を手にした。
さて、自由を手にした瑛士だが、現在何をしているかというと。
「あ、こんなところにも魔法陣」
館中の魔法陣探しに勤しんでいた。
天井近く、階段の手刷り下方、窓枠の端まで目を凝らし、手にある魔法陣図鑑で調べながら解析していた。
瑛士の趣味は掃除ではない。あれはただの暇潰しであり、唯一のストレス発散だった。しかし本を手に入れた今、瑛士のヲタク魂が掃除だけで満足するはずもなく、ありとあらゆる部屋を調べつくし、しらみ潰しに魔法陣を見付けては解析、考察、メモという動作を繰り返した。
端から見れば変人であるが、そんなの瑛士には関係ない。スマホも珈琲もないこの異世界で見つけたら唯一の趣味に没頭するしかないのである。
もちろん掃除もした。ヘリオドルのご機嫌とりの為である。
「あれ?」
魔法陣捜索途中、瑛士は気になる魔法陣を見付けた。
色の違う魔法陣だ。よく見掛ける魔法陣の白色とは違い、これは灰色と赤で構成されていた。
その魔法陣を前に瑛士は考えた。
これは恐らく壊れた魔法陣だ。その証拠にどんなにつまみを動かしでも何の効果も発生しない。これが正常に起動するならば、この物置の電気がつくはずだと、瑛士は図鑑で比較しながら思った。
この灰色の部分が弱い光を発生させる魔法陣であるのは間違いないのだが、この赤色の無意味な線が魔法陣の回路を妨害している。
実験的に直して見たい気もするのだが、以前読んだ魔法陣の故障を直せないという情報が脳裏をちらつき手が止まる。
もし、もしもであるが直すのが違法行為だったとして、これが見つかったら逮捕されてしまうのだろうか。そうすればダレクにも迷惑が掛かってしまうと考えれば、見て見ぬふりをした方が一番安全だった。
だが、好奇心というのは押さえられないもので。
「……さすがに大丈夫だろう」
辺りに人はいない。しかもこんなに小さな魔法陣一つ直っていたとしても、きっと気のせいだったかで済みそうな気がする。
そんな安易な考えで、瑛士はその魔法陣を直した。
その日の夕方、瑛士はまたしても倒れ、ダレクに大慌てで魔力を入れられたのは同然の結果である。
倒れた際、瑛士は理解した。
なるほど、魔力欠乏はこの魔法陣を直す行為で起こるのか、と。
腰がいたいと瑛士がベッドにうつ伏せで唸っていると、隣のダレクが瑛士に向かって「おい」と声をかけた。その声は微妙に低く、怒っていた。瑛士はびくりと肩を跳ねさせ、クギギと首をダレクに向けた。
怒ってもイケメンである。
「なんでこうなった??」
「えー、とぉ」
「嘘は分かるからな」
「……」
ジトッとした目で見られては、思考を巡らす事も出来ない。きっとこの目の前の男は、瑛士が嘘をつこうとすれば即座に察知するのだろう。
ここは正直に言うしかないかと覚悟を決め掛け、少しだけ躊躇する。
もし本当に違法ならば、ダレクに大変な迷惑を掛けてしまうだろう。今も掛けてはいるけれど、それは勘定外だ。
重い腰を庇いながらベッドに正座する。さすがに素っ裸で正座はどうなんだろうと思い、シーツを羽織っての正座だ。
瑛士が急に姿勢を正したからか、ダレクの姿勢も釣られて良くなっていた。
「その…」
瑛士は意を決して口を開いた。
「実は、壊れた魔法陣を直したせいで、倒れてました」
十分な間が空き、ダレクから発せられた言葉は「……は?」だった。それもそうだ。瑛士は魔力を操るどころか魔力を生み出すことだって出来ないのに、不可能とされている魔法陣を直しているなんて誰が信じようか?
だけど、ダレクはしばらく瑛士を眺め、眉間にシワを寄せながら顎に手を当てた。
「……嘘はついてなさそうだが、いささか信じ難い話なんだが…」
「そりゃそうですよね」
当然と言えば当然であるが、せっかくカミグアウトしたのにこのまま有耶無耶にするのもなんだかなと瑛士が思ったとき、瑛士はまだ直していない魔法陣を思い出した。
「……一つだけ、証明できる方法があるのですけど」
服を着て、昼間見付けた小さな魔法陣の元へやってきた。
魔法陣の形式は換気だけど、一部が変形させられていて壊れていた。
「これを目の前で直せば、信じられますよね」
念のためにとダレクが魔力補給薬らしきものを片手に後ろで待機してもらうと、瑛士は早速修復作業に取り掛かった。
魔力欠乏は怖いけれど、ダレクがいるなら少しは安心している。線を指でなぞり、ものの数分で直すと、やはりくらりと目眩が起きた。とはいっても、変形していたのが線一本だけだからそれだけで済んでいた。
「ダレク様、どうですか?」
ダレクが側にやってきて、魔法陣に触れる。
「お前、こんなことをコソコソとやっていたのか」
「まぁ、はい」
途端に険しい顔になるダレクが、瑛士の方を向いてこう言った。
「瑛士、これは大発見だ。明日、会わせたい人物がいる。会ってくれるな?」
思った反応と違い、瑛士はホッと息を吐きながら、分かりましたと答えたのだった。
誰かに看病されたのなんて、遥か遠い昔のことで、しかも看病してくれたのが瑛士という素晴らしいものだった。しかし現実はそう甘くはない。
ダレクの体調不良は通常の病なんかとは違う。
ダレクはこの国で一番の魔力量を誇る。それこそ、魔法士団団長よりも。
ダレクには致命的な欠点があった。
多すぎる魔力の力が強すぎて細かいコントロールが出来ないのだ。一応身体強化や保護、回復などの少量を操作するのは出来るが、戦闘などの莫大な量の魔力ほ放出すると、途端に操作不能になる。その代わり攻撃力が増すから、ダレクはこの地位にいると言えよう。
誰かがダレクの魔力を両刃の剣と称した。
理由は明白。莫大な攻撃力と引き換えに、体内循環がうまく行かずにこうやって暴走するからだ。その範囲は広く、館すべての人間の魔力を押し潰す。
魔力が押し潰されるとどうなるか?頭痛、吐き気、眩暈と様々な症状を引き起こし、同時に強い恐怖心を植え付ける。
それが、年に数度。
昔は数年に一度だったのが、だんだんと増えていっていた。
ダレクの魔力暴走は一般のそれよりも遥かに酷い症状が出る。高熱に全身の激痛に加え、腕を少し大きく動かしでもすれば、魔力が余波となって放たれ、周りのものを破壊するのだ。それが三日間続く。
症状が治まるには体内の余分な魔力を全て放出する以外術がない。薬も普段の余計な魔力を生成しないための抑制剤だけだった。
ゆえに、ダレクは家族から疎まれていた。
アレキサンドライト家の面汚し、厄災抱えと罵られ、幼いうちから一人この館に隔離されていた。
だから、ダレクには誰かに看病された記憶がほとんどない。あったとしても、それは物心ついた頃の物しかなく、こんな危険きわまりないダレクを瑛士が看病してくれるなんて夢の中でしかあり得ないものだった。
ダレクは手を誰かに握られているような感触に気付いて視線を滑らせてぎょっとした。
「クー…、なんでここに…」
ダレクの左手を握る瑛士がベッドにもたれ掛かって寝息を立てていた。目の下にはうっすらと隈が出来ている。さらに見回せば、周りには桶や布巾、皺になった服が散乱している。
ダレクは夢を思い出しながら呟いた。
「夢じゃ、無かった…?」
沸き上がる感情に頬が上気する。愛おしげに瑛士の髪を撫でた。
「ありがとう。クー」
□□□見つかってしまった□□□
ダレクが起きた。
ほぼ徹夜で看病していたから半分寝ぼけていたのだけれど、額の熱も取れていたし、首の熱もすっかり下がっていた。やはりインフルエンザは寝るのが一番である。
水を飲ませ、卵雑炊を作ってくると言って部屋を出ようとすると、ダレクが服を掴んで阻止された。
昨日から甘えかたが小学生だ。仕方がないので説得を試みる。
「ダレク様。雑炊作ってくるだけですから、離してくれませんか?」
「駄目だ、もう少しだけ…」
ぐうう、と、二人して盛大にお腹の音がなり、瑛士は思わず吹き出した。と、同時にダレクも笑い出す。
「あっはははは!病み上がりにこんなに清々しいのは初めてだ!」
腹を抱えて笑うダレクが、ベッド近くにある釣り鈴を鳴らす。なんですかと訊ねると、ヘリオドルを呼ぶ鈴らしい。大丈夫なのだろうか、ヘリオドルもだいぶ調子が悪かったみたいだけど。
数分後、ヘリオドルがやってきた。顔色はずいぶん良いが、何処と無く戸惑いを隠せていないような表情だった。いや、すぐに無表情に戻りはしたけど、ダレクと部屋、そして瑛士をそれぞれ見て、信じられないと言った様子だった。
「ヘリオドル。この部屋に朝食を用意してくれ。軽いものにしてくれ」
「か、畏まりました」
運ばれてきたお粥のようなものを二人ですする。オートミールのような、お粥のような、それでいてハッシュドポテトのような不思議な食べ物だった。ミユと言うらしい。
絶対に溶き卵入れた方がもっと美味しいだろうなと思いながら食べていると、ダレクに名前を呼ばれた。
「はい、ダレク様。なんでしょう?」
「私は何日ほど寝ていた?」
「1日くらいですかね」
「1日??」
ダレクが珍しくキョトンとしている。何か変なことでも言っただろうかと首を傾げていると、ダレクが続ける。
「三日間ではなく?」
「いえ、1日だけです。……正確には半日ですかね?俺がダレク様が寝込んでいるのを知ったのが昼頃でしたので」
「…それは、驚いたな。この発作は一度起きると三日間は必ず寝込むのだが…」
発作?インフルエンザではなく?
瑛士が疑問に思っていると、ダレクが瑛士に微笑み掛けていた。
「まぁ、なんにせよ看病してもらうのはなかなか良い体験だった。本来なら近くに居るものは誰だろうと発作の際に出る余波で体調に異変をきたすのだが…」
「いたって俺は健康ですね。強いていえば寝不足で眠いくらいですが」
モソモソとミユを口に運んではいるものの、睡魔が強すぎて味がわからない。こんな時はあれが欲しくなる。
「珈琲無いですか?」
カフェインさえあれば24時間働ける。
「こぉひぃとはなんだ?」
「無いんですね」
さようならカフェイン。俺は大人しく眠ることにします。
ダレクが発作という名のインフルエンザで寝込んだ日から2日経った。
あれから特に大きな事件もなく平和に過ごした。とても平和だったのだが、変わったことが一つ。
「クリハラさん。不審者かと思いますので、こそこそ動き回らないで下さいませんか?怒りませんので、せめて普通に歩いてください」
「えっと、はい」
ほんの少しだけヘリオドルが優しくなった。
どういう心境の変化だろう。あれだけ歩き回るな掃除したいのなら自室を掃除していろと極寒零度の声で命令していたのが、言い方はキツいものの、館を歩き回るのを許容してくれた。
やはり体調不良の時に手を貸したのが要因なんだろうか。どちらにせよ、瑛士は晴れて自由を手にした。
さて、自由を手にした瑛士だが、現在何をしているかというと。
「あ、こんなところにも魔法陣」
館中の魔法陣探しに勤しんでいた。
天井近く、階段の手刷り下方、窓枠の端まで目を凝らし、手にある魔法陣図鑑で調べながら解析していた。
瑛士の趣味は掃除ではない。あれはただの暇潰しであり、唯一のストレス発散だった。しかし本を手に入れた今、瑛士のヲタク魂が掃除だけで満足するはずもなく、ありとあらゆる部屋を調べつくし、しらみ潰しに魔法陣を見付けては解析、考察、メモという動作を繰り返した。
端から見れば変人であるが、そんなの瑛士には関係ない。スマホも珈琲もないこの異世界で見つけたら唯一の趣味に没頭するしかないのである。
もちろん掃除もした。ヘリオドルのご機嫌とりの為である。
「あれ?」
魔法陣捜索途中、瑛士は気になる魔法陣を見付けた。
色の違う魔法陣だ。よく見掛ける魔法陣の白色とは違い、これは灰色と赤で構成されていた。
その魔法陣を前に瑛士は考えた。
これは恐らく壊れた魔法陣だ。その証拠にどんなにつまみを動かしでも何の効果も発生しない。これが正常に起動するならば、この物置の電気がつくはずだと、瑛士は図鑑で比較しながら思った。
この灰色の部分が弱い光を発生させる魔法陣であるのは間違いないのだが、この赤色の無意味な線が魔法陣の回路を妨害している。
実験的に直して見たい気もするのだが、以前読んだ魔法陣の故障を直せないという情報が脳裏をちらつき手が止まる。
もし、もしもであるが直すのが違法行為だったとして、これが見つかったら逮捕されてしまうのだろうか。そうすればダレクにも迷惑が掛かってしまうと考えれば、見て見ぬふりをした方が一番安全だった。
だが、好奇心というのは押さえられないもので。
「……さすがに大丈夫だろう」
辺りに人はいない。しかもこんなに小さな魔法陣一つ直っていたとしても、きっと気のせいだったかで済みそうな気がする。
そんな安易な考えで、瑛士はその魔法陣を直した。
その日の夕方、瑛士はまたしても倒れ、ダレクに大慌てで魔力を入れられたのは同然の結果である。
倒れた際、瑛士は理解した。
なるほど、魔力欠乏はこの魔法陣を直す行為で起こるのか、と。
腰がいたいと瑛士がベッドにうつ伏せで唸っていると、隣のダレクが瑛士に向かって「おい」と声をかけた。その声は微妙に低く、怒っていた。瑛士はびくりと肩を跳ねさせ、クギギと首をダレクに向けた。
怒ってもイケメンである。
「なんでこうなった??」
「えー、とぉ」
「嘘は分かるからな」
「……」
ジトッとした目で見られては、思考を巡らす事も出来ない。きっとこの目の前の男は、瑛士が嘘をつこうとすれば即座に察知するのだろう。
ここは正直に言うしかないかと覚悟を決め掛け、少しだけ躊躇する。
もし本当に違法ならば、ダレクに大変な迷惑を掛けてしまうだろう。今も掛けてはいるけれど、それは勘定外だ。
重い腰を庇いながらベッドに正座する。さすがに素っ裸で正座はどうなんだろうと思い、シーツを羽織っての正座だ。
瑛士が急に姿勢を正したからか、ダレクの姿勢も釣られて良くなっていた。
「その…」
瑛士は意を決して口を開いた。
「実は、壊れた魔法陣を直したせいで、倒れてました」
十分な間が空き、ダレクから発せられた言葉は「……は?」だった。それもそうだ。瑛士は魔力を操るどころか魔力を生み出すことだって出来ないのに、不可能とされている魔法陣を直しているなんて誰が信じようか?
だけど、ダレクはしばらく瑛士を眺め、眉間にシワを寄せながら顎に手を当てた。
「……嘘はついてなさそうだが、いささか信じ難い話なんだが…」
「そりゃそうですよね」
当然と言えば当然であるが、せっかくカミグアウトしたのにこのまま有耶無耶にするのもなんだかなと瑛士が思ったとき、瑛士はまだ直していない魔法陣を思い出した。
「……一つだけ、証明できる方法があるのですけど」
服を着て、昼間見付けた小さな魔法陣の元へやってきた。
魔法陣の形式は換気だけど、一部が変形させられていて壊れていた。
「これを目の前で直せば、信じられますよね」
念のためにとダレクが魔力補給薬らしきものを片手に後ろで待機してもらうと、瑛士は早速修復作業に取り掛かった。
魔力欠乏は怖いけれど、ダレクがいるなら少しは安心している。線を指でなぞり、ものの数分で直すと、やはりくらりと目眩が起きた。とはいっても、変形していたのが線一本だけだからそれだけで済んでいた。
「ダレク様、どうですか?」
ダレクが側にやってきて、魔法陣に触れる。
「お前、こんなことをコソコソとやっていたのか」
「まぁ、はい」
途端に険しい顔になるダレクが、瑛士の方を向いてこう言った。
「瑛士、これは大発見だ。明日、会わせたい人物がいる。会ってくれるな?」
思った反応と違い、瑛士はホッと息を吐きながら、分かりましたと答えたのだった。
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