ヒーロー

ヨージー

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 木乃美は病院の廊下を一人で歩いている。小学校から搬送された後、その日の晩には目が覚めた。両親の涙ながらの説教は耳が痛かった。父親が泣きながら抱き留めてくれたとき、なんだかもう、言葉にならなかった。たくさん謝って、たくさん泣いた。病院なのに声が大きかったかな、と後から反省した。体の方は一月ほど通院が必要らしい。学校もトレーニングもお休みで暇な日々を過ごしている。透は出血量が多かったけど輸血で助かったらしい。三日間も寝たままで、親の目を盗んで何度も足を運んだ。手を握ってあげることしかできなかったけど、透の目が覚めたときには思いが通じた、と嬉しくなった。それからは互いに何度か病院で顔を合わせたけど、なかなか話ができなくて、事件のころを懐かしんだりしてしまった。たまに話ができたときも、透は目が覚めてから幾度も清水さんの話をする。胸が苦しくなる。看護婦さんに聞いた話では、透が幼稚園バスの救出に動いたのは、あこがれの清水さんが誘拐されたためだったという。やるせない気持ちと、好きな人のためにそこまでできる透に一層気持ちが傾いてしまったのを感じた。失恋になってしまうのだろうか。今日は透が退院する日だ。透は親の送迎を断り、このまま清水が入院している病院に向かう算段を一人で付けた。清水はガスを深く吸い込んでしまっていたため、入院が長引いている、と透が心配そうに言っていた。その話を聞いたとき、体調も不安だから、と強引に引率させてもらえるよう頼んでしまった。つらくなるだけなのに。それでも、清水の存在がなにかのウソなのではないか、と確かめずにはいられなかった。でも、ここに来るまでの間、そわそわと落ち着かない透を見ていて心がずきりと痛んだ。二人でバスに乗っている、隣の席にいる、けれど、透は今清水のことしか考えていない。隣にいる木乃美のことが全く抜け落ちている。その場で泣き出しそうになっていたのをずっとこらえていた。そのことすら、透は気づいていないだろう。病院について、息をのむ透。階段をのぼりながら、緊張のあまり踏み外してしまう透。部屋の扉脇にある清水の名前を見て、唇を噛んだ透。ずっと隣で、感情の高ぶりを見せた透を見て、自分をはたから見たらこうだったのだろうか、と考えた。木乃美が透を思って、遠くから眺めたり、透の話を人づてに聞いてみたり、一喜一憂する自分もまた目の前の透のように恋していたのだな、と思った。透は恋をしている。木乃美ではない人へ恋をしているのだ。いったいどうしたら、わかっている。ダメなんだ。もうどうにもならないんだ。元々どうにもならない話だったんだ。そう思うと、どうにもならない、胸の痛みがこみ上げてくる。痛いのに離れられない。自分の力ではこの苦しさは変えられない。もし振り向いてくれるなら、と強く思うのに、何をしても無駄だということ絶望的な実感だけがある。明日からどうしよう。明日なんていらない、かな。もう、なんにも、どうにも。この苦しさを知るくらいなら好きにならなければよかったのかもしれない。病院を出た。病室の扉を開けて透が清水を見たときの目の輝き。きれいな清水さん。すべてが自分の存在を否定していた。でも、そこまでしても、多分透を諦めることはできないし、好きにならなければよかったと全てを投げ出しきれない。この痛みはずっと抱えていかなくてはならないのだろうか。あれを見てしまった後でも透への想いは止まらない。溢れてくる。いつの間にか木乃美はぼろぼろと涙をこぼしていた。涙で前が見えない。恥ずかしくて見られたくないのにうつむいても隠し切れないような大粒の涙が止まらなかった。

 透は最初にかけるべき言葉が浮かばず言いよどんでしまった。
「ありがとう、みんなを助けてくれたって」
 清水の声は柔らかい。心がこの声を求めていたように歓喜している。
「あの、具合はどうですか?」
「おかげさまで、持ち直してきているわ。一樹くんなんかもう走り回っているらしい」
「一樹、今度会いに行くんです。遊びたがっているって、一樹のお母さんが」
「そう、一樹くんには私よりも透くんなんだな。ちょっとショック」
「僕は…」
「事件のこと教えてくれる?透くんから聞いてみたいな」
 清水に言葉を遮られてしまう。改めて透は事件について話し始めた。清水を救うために乗り込んだ廃工場の話や、連れ去られたアジトのこと、危険な爆弾のこと。そして、木乃美のことを。木乃美は大男をものともせずに張り合って、戦っていたこと、打たれて寝込んでいた透の手をずっと握っていてくれたこと、誕生日を祝ってくれたこと、子どもたちを救うために身を挺して犯人の一人と階段を転げ落ちたこと。彼女の勇士が意識を失いかけた自分を奮い立たせてくれたこと。そして、多分透が病院で目が覚めなかった間もきっと手を握っていてくれたことを。話すうちに透は泣いてしまっていた。
「あれ、なんで…」
「透くん、私はね人を好きになるには理由があると思っている。そりゃ、理由なく好きだっていう考え方も知ってるけどね。でも、理由がある恋もあるって思うな。例えば、相手の気遣いに優しさを感じたり、自分にない相手の部分に憧れたりする」
「わからないよ…」
「ここにきたとき一緒にいた子がいたでしょ」
「…」
「あの子、透くんを見て凄く悲しそうな顔をしてたよ。今頃泣いているかも」
「え…」
 透は胸の奥に鈍い痛みを感じた。
「透くんなら彼女を助けられるかもしれない」
 透は清水の目を見る。
「がんばれヒーロー。大切な女の子を泣かせるな」
 透はうなずくと足早に病室を後にした。

 木乃美はバス停でバスを待つことすらつらくて、あふれ出る涙の止め方も分からないまま、歩き続けていた。胸が苦しくて、どうにもできなくて、ただ歩いていた。バスで来たので帰る道順も分からないが、今は歩くことをやめられなかった。やめてしまったら、動けなくなってしまいそうだった。
「待って、待ってください」
 聞き覚えのある声に木乃美は振り向いた。自分が泣いていたことを思い出してうつむく。透は木乃美の泣き顔に一度言葉に詰まったが続けてくれた。
「黄緑色のヒーロー、あなたの名前を教えてください」
 木乃美は動転してしまう。透は気づいていたのだ。
「ひ、…、ヒーローとしての名前はまだ決めていません」
「なら、僕と一緒に二人で新しくヒーローになっていただけませんか?」
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