ヒーロー

ヨージー

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9.決戦の地

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 木乃美は透から借りたジャージの二の腕を反対の腕で握る。黄緑色のジャージの理由を聞けなかった。地下の個室での時間、それが絶好の機会だったのに。かけがえのない時間。木乃美は贅沢にも次の同じような時間を期待している自分を認識していた。自分は透の特別な存在ではない。分かっている。同じ学校の生徒、それだけだ。でも、それでも、と楽しく話ができた時間、それが自分の正常な判断を妨げる。透にとっても楽しい時間ではなかったのではないだろうか。あの笑顔に可能性は本当になかったのだろうか。胸の痛みが抜けない。関わるほどに苦しくなる、それが恋なのだろうか。いけない。木乃美は頭を切り替える。この先に待つ危機、それを回避するためにここにいるのだ。自分にできる精いっぱいで人を助ける。ずっと願ってきたことだ。気持ちが高ぶっているのとは違う。覚悟がある、そういう感覚だ。体は痛む。それでも、心に揺らぎはなかった。車は農道から大分文化的な街並みのある地域へ移動していた。犯人たちはどのような夜を過ごしたのだろう。周防の話では警察に尻尾を掴まれているような話だ。犯人たちと接していたときにそういった焦りは感じられなかった。ただ、状況を理解できていなかっただけなのだろうか。仮に彼らの計画が成功したら、死刑は免れられないのではないだろうか。捕まらない抜け道が木乃美には分らなかった。
「犯人たち死ぬ気なんてことはないですよね」
 木乃美の話に周防が顔をこちらに向けた。同じ考えがあったのかもしれない。
「確かに警察の知っている情報は、捕まるのが時間の問題だと言っているように聞こえた」
「犯行に使う道具を思えば、自分たちも巻き添えに、という使い方もできますね」
 透も会話に参加した。
「でも、犯人たちは、今回の計画は、商売に向けた計画のようなことも言っていました」
「商売?」
「多分、この学校での装置の利用が購入希望者へのデモンストレーションのような意味合いを持つと言っていたと思います」
「そんな無茶苦茶な。何人死者がでる話だ」
 澄川が大きな声で反応した。
「ある意味で、そんな物を販売する予定だからこそ、守られるアテがあるのかもしれませんね」
「は、これが欲しければ自分たちを保護しろってか。冗談じゃない」
「そういう部分も最初から盛り込まれている計画なのかも」
「保護の話があったから始まった話か。顔だけなら整形って手もあるし。国外逃亡する手引きがあれば雲隠れもできなくはない、とか」
「大分規模の大きな話だね」
「でも、そういうことでもなければ、バスジャックを利用した誘拐、脅迫、大人数の殺人未遂なんてことしなかったかもしれないですね」
「しばらく報道関係者はネタがつきないな。そうだこの事件の報道は今どうなってる?」
 澄川が思い出したように言う。確かに、今はなしていた内容は大きな報道になるはずだ。木乃美は自分が事件に関わってから、全く世間に流れる情報を気にしていなかった。
「ダメだな、とってつけたカーナビにテレビまでは期待できないみたいだ」
 周防がカーナビを操作したが電波を上手く受信できないようだ。
「高校生たちネットニュースは確認できるか」
 運転中の澄川が二人に話しかけた。
「ちょっと待ってくださいね」
 透が澄川の携帯電話を操作する。透は拘束されたときに携帯電話を無くしたらしい。木乃美もまた、自分の携帯電話は通学に利用したバスに置き忘れている。代わりに使っていた竹林の携帯電話もバッテリーが切れてしまった。周防の話では犯人たちのアジトの電波妨害によって長らく電波の捕まらない状態に放置されたことで、著しくバッテリーを消費してしまったそうだ。周防は携帯電話をキナイモードに設定変更していたため、難を逃れたらしい。木乃美にはキナイモードが何なのかすら、わからなかった。それでも周防の携帯電話のバッテリーも風前の灯火で、今は電源を落としている。澄川の車には充電設備がなかった。
「あれ、あまり報道されていないですね」
 透はいぶかりながら話した。
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