ヒーロー

ヨージー

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7.撃退

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 扉が開いた。透は入ってきた人物に目を凝らす。知らない人物だった。小柄だ。
「おめでとう。君が被験者第一号だ」
 透は眼鏡の男の嫌味な顔つきに不穏な予感を感じた。
「僕は岸というんだ。君の最後の話し相手に慣れて光栄だよ」
 岸は透に近づき透の腕にもう一つ重ねて手錠をかけた。
「おっと、危ない、忘れてた」
 岸は透の顔に何かを小型の噴射機から吹きかけた。透はすぐに体に異変を感じた。体に力が入らない。気分が悪い。岸は透の腕から手錠を一つ外した。配管に通されていた方だ。透は岸に引きずられるようにして部屋の外へ連れ出された。
「重いな。こんなことなら郷田にそのまま連れてきてもらえばよかった」
 部屋の脇には車いすが用意されていた。透はそこに乱暴に投げ込まれる。岸は鼻歌を歌いながら、透の乗った車いすを押して動かした。ぐったりとしている透には床のみが視界に映った。この車いすが透を死に向かって運んでいく。そう思っても、透は体を動かす力が湧きおこらなかった。最後に清水さんに会いたいと思った。頭の中で清水の姿を思い描こうとする。上手くいかない。頭の働きまで、鈍くなってしまっている気がした。清水に会いたい、会いたい。会いたいなら会いに行かなくては。透は手の指先をかろうじて動かした。
「お待たせしました館山さん。これですぐ成果を披露できますよ」
 少し開けた空間に入ったようだ。
「それが、郷田が連れ帰った子どもか」
「ええ、比較的健常な大人に近い状態かと。いい試験になりますよ」
「近くで変化の過程を見たいところだが」
「はい、残念ながら。この施設程度では装置の超音波を防ぎきるのは難しい」
「結果だけを見ることしかできないのは、装置販売にも影響が出る」
「はい、電子機器の類も影響を受けますから、撮影なども厳しいです。そこが今回の無駄の多いパフォーマンス計画につながっているわけです。バカでも分かる実験が必要なんですよ」
「防ぐ術がないのが魅力だが、本体の損傷はでるのか」
「まあ、本番に向けては問題ない範囲かと、人ひとりで試すだけならパルスの強さも大して必要ないので」
「量産体制が重要だな」
「はい、最大値で利用された場合、本体も持ちません。そのために海外に工場を用意しているわけですし。壊れるというのは、ある意味で商売には必要な要素でもあります」
 透は車いすでマジックミラーのある個室に運び込まれた。部屋にはラグビーボールのような形の装置が置かれていた。岸が部屋をでる。透は取り残された。扉が閉まる。静寂。透は恐怖を感じた。これから自分に何が起こるのかわからない。けれど、それが死につながることはわかった。ラグビーボール型の装置のランプがついた。点滅している。耳鳴りがした。透は恐怖で叫びたしたかった。しかし、透は声をだすことができない。透は力なく装置を見つめることしかできない。装置の緑色の点滅が赤色に変わる。息が詰まりそうなのは装置の影響なのだろうか、それとも気持ちの問題か。透は目を閉じて清水を思い描こうと努力した。もし、清水が助かったのだとしたら、死ぬのも悪くない。もし清水が死んでしまっていたとしても、天国で会いに行こう。透の目から涙がこぼれた。
「くそ、なんでだ」
 扉が開き、岸が入ってきていた。透が装置を見ると、装置のランプが消灯していた。
「ちくしょう。あいつ安全装置を新たに…」
 透は体を起こす。岸はそのまま部屋を飛び出す。
「八島のやろう、装置のパルスの最大値の変更の際に、安全装置を」
「なら、早くはずせ。無理なら八島を呼んで来い」
「くっ、すぐに」
 岸がその場を離れ駆けだしていくのが見えた。

「八島さんは、その小型で遠隔操作できる超音波発生器の開発をしていたんですね」
「正確には大学と共同研究していた。やっと形になったところだったんだ」
 木乃美は声を潜めながら拘束されている研究者の八島と話していた。
「本来は災害救助用の、そうだな、ラジコンみたいなものに搭載することを目指していた。カメラだと映る物しかわからないし、精度が悪い。超音波なら、見えない状況把握にも活用できた」
「それが悪用されるんですね?」
「そうだ、超音波はその強さによっては人に害をなす。聞こえなくてもだ。彼らは超音波による熱作用で、人を沸騰させるつもりのようだ」
「人を沸騰させる?」
「彼らは防ぎにくい爆弾くらいのつもりなんだろう」
 木乃美にはあまり理解できない話だったが、八島の深刻な表情が危険な話だと理解させた。
 通路で足音が聞こえた。木乃美は八島に静かにするようにジェスチャーを送る。足音が近づいてくる。目的地はここなのではないだろうか、と木乃美に不安がよぎった。八島も同感だったのか扉が開かれてもいいように部屋の隅に移動するように指示をくれた。案の定扉が開かれた。
「おい、八島。お前何したかわかっているな。子どもが殺されてもいいのか?」
 八島の目の色が変わったのが木乃美にはわかった。
「待ってくれ。すぐに直すから。頼む」
「だったらはじめからするんじゃねえよ」
 小柄な男が八島を蹴りつけた。八島は無理やり立たされ、部屋を連れ出された。勢いよく扉が閉められた。木乃美は判断に迷った。事態はかなりまずい。自分でどうにかできる問題ではない。外への連絡をするべきだ。階層のロックを外さなくては。だが、もし、その間に八島が殺されてしまったら。いや、すべきことは。木乃美は意を決した。

 周防は農道を走っていた。周りに建物はない。雨が降り出していた。携帯電話の位置情報は犯人につながらない情報だったのかもしれない。そんな不安が周防を孤独にさせた。それなりの決心をしてここまで来たはずだったのに、自分は一人で何をしているのかと。病院を出るとき、関係者であることがバレたのかと思うほど、報道関係者に質問攻めにされたが、周防は決心をしていたがゆえに、全てを無視して車に乗ることができた。しかし、今では、その時撮られたであろう決意の表情が笑いものにされるのではないか、とありもしない恐怖すら感じた。竹林の妻とその両親、四人で確認した竹林の携帯電話の行く末は突拍子もなかった。まず例の芦屋湖の管理センターに向かったのは間違いなかった。この時点で、竹林の妻と顔を見合わせて安堵した。問題はそのあとで、携帯電話は県境の道の駅に停留していた。そこで竹林の妻の良心が今度は顔を見合わせた。女子高生が仲間とつるんで遊んでいるのではないか、と言い出した。高校生が遊ぶには道の駅は渋すぎると、なだめながらも、内心心配になった。さらに携帯電話は県外に移動して、地図上に明確な施設名のないところへ向かっていった。竹林の妻には動きがあったら教えてくれ、と連絡先を渡してあるが、連絡はない。自分が偽物の警察だとバレた恐れもある。その場合、何かの罪に問われるのだろうか。もうすぐ、確認した地点についてしまう。このまま何もないところについてしまったら、と思うと胃が痛くなりそうだった。久志と向き合って話がしたかった。久志が無実で、捕まっているのなら助け出してやりたかった。美紀の無事を伝えたかった。早く咲と話をさせてやりたかった。車のナビは無情にも登録地点へ到着したことを告げた。泣きたくなってきた。気持ちを切り替える。もしかしたら、携帯電話がそのあとも移動し続けたことも考えられる。周辺を探そう。真っ暗な農道で車を走らせ続けた。あたりに民家の影も見えない。アクセルを踏み込む。何か、何かないだろうか。周防は走り抜けた後、違和感に気づいた。
「今何か」
車を思い切ってそのままバックで道を戻る。
「光っている」
それは工場のような小さな建物だった。建物の隅に黄色いランプが灯っていた。あたりに人影はない。誰か中にいるのだろうか。車を停めて、あたりを歩く。建物を一周しようとしたとき、車を見つけた。無人だ。驚いたのはドアが開いていたことだ。建物の入り口にまわる。不法侵入、という言葉が頭をよぎる。何もなかったら、いや、今はそんなことは、関係ない。周防は建物に足を踏み入れた。
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