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終章 魂の行方
9ー1 タミルの響き
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※ここからは前作の話の結末となります。
お話中での「第四ゲーム」、高校生たちのリアル人狼ゲームについては前章で終了です。
ただし9ー5以降には少しばかり「第四ゲーム」サバイバーたちの話が入ります。
全編終了後の結末にネタバレの全員の役職表及び毎日の行動表を付けます。
ーーーーーー
「聞こえてるかな?」
モニター越しにマイケルが呼びかける。
大丈夫です、とアディティが片手を挙げすぐ隣に座ったラジヴも頷く。
小画面からはアッバースが大きく手を振る姿も見える。
10年ほど前のことだとマイケルは話し始めた。
「レイチェル、何か違ったら訂正してね」
と横に向けた首を戻す。
「クリスティーナさんの故郷はタミルナードゥ州にあった。わたしたちはチェンナイから2時間ほどの駅で待ち合わせた。そこからはスンダルがチャーターしたバスで村に向かった」
ーーーーー
アンビカは跪いた。
地面についた手の爪先に砂粒がめり込む。
「イムラーン君に命を助けていただいたことはどれほどの言葉を尽くしても申し上げられないほどの御恩です。にも関わらず、連れて帰って来られなかったことをご両親に深く深くお詫び申し上げます」
サンダルの足元の前の砂に額を擦り付ける。砂の匂い、目が痛む。
自分はあの時もう大人で、イムラーンはまだ高校生だった。
息子へと同じように、両親は日々イムラーンの成長に目を細めながら年月を重ねてきただろう。
産声をあげた時の喜び。
抱き上げて、乳をやり、それからは這い始めた、歯が生えたと一つずつ家族皆で喜び、そして自分にはまだだがやがて母親の背を越えて、進路に悩むほど成長したイムラーンを愛情深く見守っていたはずだ。
なのにー
がくがくと腕が震える。
隣で同じく額づく夫は逆に凍りついたように動かない。
「◯⬜︎×△……」
(タミル語)
思わず首を上げた。
その響きは、あのリアル人狼ゲームの後から「クリスティーナたちの言葉」と聞こえるようになった。クリスティーナとイムラーンが、彼女と初日に死んだタミルボーイ、シヴァムが話していた「音」だ。ニュース映像で、映画の制作発表でとその言葉が流れるたびにアンビカは彼らを思い出した。
その美しい響きがアンビカに向かって注がれている。
夫人ーイムラーンの母親の目は思いがけず優しかった。
「どうぞお顔を上げてくださいー妻の言葉を訳します」
隣で空軍中尉ーイムラーンの父がヒンディー語で言った。
アンビカたちの「ゲーム」でタミル語話者は誰も生き残らなかった。今回中尉は通訳として村へ同行する。
「とても可憐な方ですね。まるで女子学生のようです。今ですらそうですから、あの時はさぞかし……恐ろしかったことでしょうね」
追って訳される言葉通り夫人は慈愛の表情を見せた。
「あの子は、イムラーンは軍人の家の男子らしく守るべき方を守りました。わたしたちはそれを誇りに思っています」
悲しくないはずはない。
どれほど正しい行いで死んでも子どもが奪われたことを納得出来る母親はいない。
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい……」
挨拶の「わなっかむ」だけではなくて謝罪の言葉もタミル語で覚えてくればよかった。
しゃくりあげるアンビカへ夫人が語りかける中で「アッラー」だけがわかった。
「奥様。ご安心なさってください。あなた方のお家はこれから守られ、繁栄していきます。アッラーの御許でイムラーンが見守っていますから。間違いありません」
中尉は言葉を止めると、
「私からも申し上げます。奥様のお陰で息子は恐怖を感じる日々の中でも美味しい食事で心を慰めることが出来ました。色々心を配ってくださったとも聞いています。その御恩はアッラーの御許で永遠に続くでしょう。……妻とも話したんです。ただ人を守ったと言うことではなく、ほかならぬ奥様をお守り出来たことを私どもは心より喜んでいるんです。……ご主人も、どうぞもうお立ちになってください」
「とりあえずここ駅前なんで。ちょっと目立ち過ぎてるから」
バスの前で、襟をはだけたワイシャツ姿のスンダルが憮然として片手を振る。
「お話は中で」
白いワンピースの下に藍色のパンツを合わせたラクシュミはもっと冷たく言い放った。
短い上着に裾までの長いスカートは地元の衣装だろうか、トーシタも肩をすくめ、後ろにマーダヴァンー今ではマイケルだがーとレイチェルの夫婦が並ぶ。
少し離れてジーンズ姿のロハンが大きな体を妙に小さくしてやり取りを見守っていた。
彼は未だに実家からインド帰国を許されていないのだが、今回特例としてタミルナードゥ州内のみ行動という条件でチェンナイ空港から入国している。
「暑いですから。お子さんも早く車内で休んだ方がいいと思いますよ」
マーダヴァンが取りなして一行は次々とバスに乗り込んだ。
『四月の末の暑い時期だった。たまたま水道の開通式がそうなったんだけど思い返してみれば誘拐されたのとちょうど同じ季節になっていた。クリスティーナさんの育った村で待っていたのは予想とはかなり違う現実だった』
お話中での「第四ゲーム」、高校生たちのリアル人狼ゲームについては前章で終了です。
ただし9ー5以降には少しばかり「第四ゲーム」サバイバーたちの話が入ります。
全編終了後の結末にネタバレの全員の役職表及び毎日の行動表を付けます。
ーーーーーー
「聞こえてるかな?」
モニター越しにマイケルが呼びかける。
大丈夫です、とアディティが片手を挙げすぐ隣に座ったラジヴも頷く。
小画面からはアッバースが大きく手を振る姿も見える。
10年ほど前のことだとマイケルは話し始めた。
「レイチェル、何か違ったら訂正してね」
と横に向けた首を戻す。
「クリスティーナさんの故郷はタミルナードゥ州にあった。わたしたちはチェンナイから2時間ほどの駅で待ち合わせた。そこからはスンダルがチャーターしたバスで村に向かった」
ーーーーー
アンビカは跪いた。
地面についた手の爪先に砂粒がめり込む。
「イムラーン君に命を助けていただいたことはどれほどの言葉を尽くしても申し上げられないほどの御恩です。にも関わらず、連れて帰って来られなかったことをご両親に深く深くお詫び申し上げます」
サンダルの足元の前の砂に額を擦り付ける。砂の匂い、目が痛む。
自分はあの時もう大人で、イムラーンはまだ高校生だった。
息子へと同じように、両親は日々イムラーンの成長に目を細めながら年月を重ねてきただろう。
産声をあげた時の喜び。
抱き上げて、乳をやり、それからは這い始めた、歯が生えたと一つずつ家族皆で喜び、そして自分にはまだだがやがて母親の背を越えて、進路に悩むほど成長したイムラーンを愛情深く見守っていたはずだ。
なのにー
がくがくと腕が震える。
隣で同じく額づく夫は逆に凍りついたように動かない。
「◯⬜︎×△……」
(タミル語)
思わず首を上げた。
その響きは、あのリアル人狼ゲームの後から「クリスティーナたちの言葉」と聞こえるようになった。クリスティーナとイムラーンが、彼女と初日に死んだタミルボーイ、シヴァムが話していた「音」だ。ニュース映像で、映画の制作発表でとその言葉が流れるたびにアンビカは彼らを思い出した。
その美しい響きがアンビカに向かって注がれている。
夫人ーイムラーンの母親の目は思いがけず優しかった。
「どうぞお顔を上げてくださいー妻の言葉を訳します」
隣で空軍中尉ーイムラーンの父がヒンディー語で言った。
アンビカたちの「ゲーム」でタミル語話者は誰も生き残らなかった。今回中尉は通訳として村へ同行する。
「とても可憐な方ですね。まるで女子学生のようです。今ですらそうですから、あの時はさぞかし……恐ろしかったことでしょうね」
追って訳される言葉通り夫人は慈愛の表情を見せた。
「あの子は、イムラーンは軍人の家の男子らしく守るべき方を守りました。わたしたちはそれを誇りに思っています」
悲しくないはずはない。
どれほど正しい行いで死んでも子どもが奪われたことを納得出来る母親はいない。
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい……」
挨拶の「わなっかむ」だけではなくて謝罪の言葉もタミル語で覚えてくればよかった。
しゃくりあげるアンビカへ夫人が語りかける中で「アッラー」だけがわかった。
「奥様。ご安心なさってください。あなた方のお家はこれから守られ、繁栄していきます。アッラーの御許でイムラーンが見守っていますから。間違いありません」
中尉は言葉を止めると、
「私からも申し上げます。奥様のお陰で息子は恐怖を感じる日々の中でも美味しい食事で心を慰めることが出来ました。色々心を配ってくださったとも聞いています。その御恩はアッラーの御許で永遠に続くでしょう。……妻とも話したんです。ただ人を守ったと言うことではなく、ほかならぬ奥様をお守り出来たことを私どもは心より喜んでいるんです。……ご主人も、どうぞもうお立ちになってください」
「とりあえずここ駅前なんで。ちょっと目立ち過ぎてるから」
バスの前で、襟をはだけたワイシャツ姿のスンダルが憮然として片手を振る。
「お話は中で」
白いワンピースの下に藍色のパンツを合わせたラクシュミはもっと冷たく言い放った。
短い上着に裾までの長いスカートは地元の衣装だろうか、トーシタも肩をすくめ、後ろにマーダヴァンー今ではマイケルだがーとレイチェルの夫婦が並ぶ。
少し離れてジーンズ姿のロハンが大きな体を妙に小さくしてやり取りを見守っていた。
彼は未だに実家からインド帰国を許されていないのだが、今回特例としてタミルナードゥ州内のみ行動という条件でチェンナイ空港から入国している。
「暑いですから。お子さんも早く車内で休んだ方がいいと思いますよ」
マーダヴァンが取りなして一行は次々とバスに乗り込んだ。
『四月の末の暑い時期だった。たまたま水道の開通式がそうなったんだけど思い返してみれば誘拐されたのとちょうど同じ季節になっていた。クリスティーナさんの育った村で待っていたのは予想とはかなり違う現実だった』
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