123 / 170
第6章 狼はすぐそこに(6日目)
6ー29 解決
しおりを挟む
がなり立てる警察無線の行き来がムンバイ警察とラクナウ警察の綱引きを如実に伝えてくる。生徒たちの引き渡しを要求するラクナウに対し、ムンバイ側は条件を立てなかなか譲らない。
結局明け方に、生徒たちが診察を受ける病院に着いたところで交代と決まったのは報道を確認してのようだった。もう事件や生徒たちの存在が隠されることはない。最悪は闇に葬られることまで危惧していたようにイジャイの父には思えた。
監禁場所に入った警察官たちのうち彼だけが残ることとなる。
元々非番で、被害生徒の保護者として付き添っているのだから当然だ。
当初はラクナウ市内の病院で診察を受けさせる予定だったが、マスコミ除けにそれより手前の、学院とは友好関係にある別の修道会の大病院が目的地となった。
別れ際巡査部長はムンバイ警察の面々へ挨拶に行った。
病院の駐車場にて敬礼で礼を述べ、ムンバイへ帰るという首輪を切った職人にも改めて頭を下げた。
「息子さんがご無事で何よりでした。うちのせがれは戻って来なかったんです」
(?)
「ムンバイの旦那方はご存知なのですが……三年前、うちの一番上の息子も同じように連れ去れました」
明け方の暗く青い空の下、呆然としている巡査部長に職人はとつとつと語った。しわの深さと髪の白さで老人のように思えていたがよく見ればそこまでではない。自分と同年代かもしれない。
「仕方ないです。皆様が大事に育てたお嬢さんさんやご子息をあの子は殺めました。『人狼』だったそうです」
旦那のご子息は違いますよね、こちらには「人狼」の生徒は来てないと聞いていると尋ねかけられ、
「うちのは『兄弟』というのだったそうだが」
巡査部長と職人のどちらもが首を傾げてラクシュミが、
「『兄弟』は『村人』の中の特殊配役の一つです。人を殺すことは義務づけられません」
後方から解説する。
「ラジェーシュはなかなかの人狼ぶりでした。落ち着いた人でしたね」
持ち上げたのに職人は目を細める。だが、
「人を殺したらおしまいです」
首を振る職人に、モニターの中イジャイが危なっかしく突きつけた銃を見たショックが甦った。
警官の業務で人を殺してしまったことはある。暴徒に襲われ対抗するために叩き伏せた男の死が最初だった。
息子のそれは止められた。
安堵はすぐ目の前の男の苦しみへ共鳴し、胸が重く痛みだす。
職人の息子がこの女性警部補と同じ時に誘拐されていたことをようやく理解した。
「せがれが守ったというお嬢さん、ちょうど十年生でしたね。その子は戻ってきてうちで首輪を切ったんです。今回の生徒さん方よりもずっと泣き叫んでいて可哀想でした」
だからイジャイの首輪を切る時に経験はあるから大丈夫だと告げたのか。
「うちのも結構騒ぎましたが」
「比べものになりませんよ」
笑ってもしわに紛れてよくわからない。
「その後お嬢さんも行方がわからなくなって心配していましたが、今回警察の方から遠方で元気にしていると教えていただきほっとしております」
息子さんのこれからの幸福をと職人は小さな祈りの言葉で締めた。
診察が始まる前の控室となる病室に入った生徒たちにそれぞれラクナウ警察からの担当官がつく。イジャイには若い警官とベテランらしい中年の二人組が来た。若い方とは音楽の趣味が合ったようで自分にはわからない歌手や歌の話で盛り上がっている。
疎外感を感じたが、これは日常が戻ってきたということでもある。
ただし警察官の自分は知っている。そう簡単に「いつもの日常」は戻らない。
この後の事情聴取は、クラスメートを手にかけた疑いやまだ犯人側の内通者がいるのではとの目で行われ未成年には過酷なものとなるだろう。近所の人々や学校外の友人たち、それにマスコミもー
息子には見えないよう近づけたスマホでニュース字幕を読む。
『BREAKING NEWS』
『ラクナウ。St.R……学院クラス丸ごと誘拐事件、解決』
結局明け方に、生徒たちが診察を受ける病院に着いたところで交代と決まったのは報道を確認してのようだった。もう事件や生徒たちの存在が隠されることはない。最悪は闇に葬られることまで危惧していたようにイジャイの父には思えた。
監禁場所に入った警察官たちのうち彼だけが残ることとなる。
元々非番で、被害生徒の保護者として付き添っているのだから当然だ。
当初はラクナウ市内の病院で診察を受けさせる予定だったが、マスコミ除けにそれより手前の、学院とは友好関係にある別の修道会の大病院が目的地となった。
別れ際巡査部長はムンバイ警察の面々へ挨拶に行った。
病院の駐車場にて敬礼で礼を述べ、ムンバイへ帰るという首輪を切った職人にも改めて頭を下げた。
「息子さんがご無事で何よりでした。うちのせがれは戻って来なかったんです」
(?)
「ムンバイの旦那方はご存知なのですが……三年前、うちの一番上の息子も同じように連れ去れました」
明け方の暗く青い空の下、呆然としている巡査部長に職人はとつとつと語った。しわの深さと髪の白さで老人のように思えていたがよく見ればそこまでではない。自分と同年代かもしれない。
「仕方ないです。皆様が大事に育てたお嬢さんさんやご子息をあの子は殺めました。『人狼』だったそうです」
旦那のご子息は違いますよね、こちらには「人狼」の生徒は来てないと聞いていると尋ねかけられ、
「うちのは『兄弟』というのだったそうだが」
巡査部長と職人のどちらもが首を傾げてラクシュミが、
「『兄弟』は『村人』の中の特殊配役の一つです。人を殺すことは義務づけられません」
後方から解説する。
「ラジェーシュはなかなかの人狼ぶりでした。落ち着いた人でしたね」
持ち上げたのに職人は目を細める。だが、
「人を殺したらおしまいです」
首を振る職人に、モニターの中イジャイが危なっかしく突きつけた銃を見たショックが甦った。
警官の業務で人を殺してしまったことはある。暴徒に襲われ対抗するために叩き伏せた男の死が最初だった。
息子のそれは止められた。
安堵はすぐ目の前の男の苦しみへ共鳴し、胸が重く痛みだす。
職人の息子がこの女性警部補と同じ時に誘拐されていたことをようやく理解した。
「せがれが守ったというお嬢さん、ちょうど十年生でしたね。その子は戻ってきてうちで首輪を切ったんです。今回の生徒さん方よりもずっと泣き叫んでいて可哀想でした」
だからイジャイの首輪を切る時に経験はあるから大丈夫だと告げたのか。
「うちのも結構騒ぎましたが」
「比べものになりませんよ」
笑ってもしわに紛れてよくわからない。
「その後お嬢さんも行方がわからなくなって心配していましたが、今回警察の方から遠方で元気にしていると教えていただきほっとしております」
息子さんのこれからの幸福をと職人は小さな祈りの言葉で締めた。
診察が始まる前の控室となる病室に入った生徒たちにそれぞれラクナウ警察からの担当官がつく。イジャイには若い警官とベテランらしい中年の二人組が来た。若い方とは音楽の趣味が合ったようで自分にはわからない歌手や歌の話で盛り上がっている。
疎外感を感じたが、これは日常が戻ってきたということでもある。
ただし警察官の自分は知っている。そう簡単に「いつもの日常」は戻らない。
この後の事情聴取は、クラスメートを手にかけた疑いやまだ犯人側の内通者がいるのではとの目で行われ未成年には過酷なものとなるだろう。近所の人々や学校外の友人たち、それにマスコミもー
息子には見えないよう近づけたスマホでニュース字幕を読む。
『BREAKING NEWS』
『ラクナウ。St.R……学院クラス丸ごと誘拐事件、解決』
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
人狼ゲーム 〜命を賭けたゲーム〜
グッチー
ミステリー
とある辺境にある小さな平和な村…。
だかしかし、その平和は一瞬で崩れ去る…。
アオォォォォォン!!
アオォォォォォン!!
狼の遠吠えが聞こえ、村人が毎晩毎晩、一人。また一人と消えていく…。
これは生き残りをかけた村人達と人狼のデスゲーム…
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!
怪物どもが蠢く島
湖城マコト
ホラー
大学生の綿上黎一は謎の組織に拉致され、絶海の孤島でのデスゲームに参加させられる。
クリア条件は至ってシンプル。この島で二十四時間生き残ることのみ。しかしこの島には、組織が放った大量のゾンビが蠢いていた。
黎一ら十七名の参加者は果たして、このデスゲームをクリアすることが出来るのか?
次第に明らかになっていく参加者達の秘密。この島で蠢く怪物は、決してゾンビだけではない。
特殊捜査官・天城宿禰の事件簿~乙女の告発
斑鳩陽菜
ミステリー
K県警捜査一課特殊捜査室――、そこにたった一人だけ特殊捜査官の肩書をもつ男、天城宿禰が在籍している。
遺留品や現場にある物が残留思念を読み取り、犯人を導くという。
そんな県警管轄内で、美術評論家が何者かに殺害された。
遺体の周りには、大量のガラス片が飛散。
臨場した天城は、さっそく残留思念を読み取るのだが――。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる