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第6章 狼はすぐそこに(6日目)

6ー27 肉

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 ハサミもカッターナイフも、ソーイングセットも男子の身だしなみに必要なカミソリもない。その中で一カ所だけ刃物がある場所があった。
 台所だ。
 ここには包丁にバターナイフ、フルーツナイフと揃っていた。
 これらまで取り上げると食事の面倒を見ることになり誘拐犯側の負担が大きくなり過ぎるからかもしれない。
 気付いた時アディティは、料理もまともに出来ないのにこういうことだけは、と自嘲した。ともあれ得意な化学ではなく物理、力学ではなく物質存在に働いてもらおうと考えた。

 切り刻んで大きさを変えても監視カメラで覗き見る彼らが何とも思わないであろうものが肉である。冷凍肉はそれはもう鋼板のように固まっていて、これを首輪と首の中に挟めば「物理的」に薬物針を拒めるのではないかと考えついた。
 外気で冷凍肉はどの程度の時間持ちこたえるのだろう。
 3日目の夜、寝室に持ち込んでタオルで巻いて腕に付け実験してみた。
 散々だった。
 会議前後の準備時間を考えて40分から50分程度なら冷凍肉は解けはしない。ただし肌に付けるのは冷たすぎて無理だ。命の問題だからと言い聞かせ頑張っても耐えられなかった。
 首に付けるのは非現実的過ぎる。

 翌朝部屋に肉の匂いがすると言われ、空腹を骨をかじることで紛らわせたと誤魔化した。シャキーラは軽蔑の目を向け、マリアはビスケットやクッキーをやたらと持ってきてくれるようになった。
 ルームメイトが全員ノンベジで助かったが、第一回の実験は失敗に終わった。
 腕だけでなく腹でも押さえてしまったためか腹痛を起こし、これで風邪を引いたと思った。今では生理前の症状だとわかっているが早く来たのも体を冷凍肉で冷やし過ぎたためだろうか?

「骨だけならどうだろう?」

 冷たさ問題はクリア出来るがピンポイントで針を抑えるというハードルが出てくる。鏡の前、私は可愛いかしらと右に左に眺める同級生たちを真似てアディティも首元を押さえ上から横からと首輪を観察、内側を手で調べて針は一カ所だけと結論付けた。
 首輪は回るのでどことは特定出来ないが、高さでいえば真ん中よりも下に丸いわずかな窪みと中央の小さな突起がある。ここが針が出入りする場所だ。
 肉を切り、骨も叩き、ついでに下味を付けて料理の準備のフリをする。
 4日目の夜、布団の下チキンの骨を台所で使う紐で首輪に結んでみた。これはいける!

 5日目の夜にまずルームメイトへ提案してみるつもりだった。だが夜が来る前にマリアは処刑され、シャキーラは、
「わたしは興味ない。やりたい人でやって」
 とけんもほろろだった。間もなく脱出権を行使して出て行ったから彼女には必要のない計画だった。
 夜が明けて6日目、散々な朝が来た。
 スティーブンがいたら彼に相談しただろうが、今回アッバースに話すと男子の中に誘拐犯側に情報を提供している人間がいる可能性があると注意された。ナイナへのシェアは頼むが男子へは自分に任せてほしい、と。

 動物の骨を体に付けることになるから、ベジタリアンに強く勧めることはやめようとアッバースと話した。その人間の生きるダルマであり判断は自由だ。
 ナイナはぜひと話に乗ってきた。
 男子もベジ・ノンベジ関わらず話した全員が同意したとアッバースが告げた。自分が台所に入れないので彼とルチアーノに料理以外にも作業を増やしてしまい心苦しかった。
『これが最後?』
『いや。あとはひとり分』
 布巾の下そっと手渡された骨をアッバースに押し付けた。
『肉と包丁を食材庫のケースに入れておいてくれない。私、実験したから作るの慣れてる。これはアッバース用に』
 ヴィノード探しで混乱する夜の館内でそう告げた。

 女子は首を隠すのがたやすい。
 サルワール・カミーズは首元に垂らすドゥパタがセットだ。アディティ自身はその後暴れるかもとアッバースからほのめかされていたので動きやすいロングパンツとTシャツにしたが、ショールを使えば問題ない。
 男子が全員突然首にバンダナ巻くとかはなしにしてくれと伝えればアッバースは苦笑いで頷いた。
 相談は全て小声で行い骨の受け渡しは物の下で行ったがどこまで彼らが音声を拾っているのかもわからない。
 男子はクローゼットの衣類や布から首輪と近い灰色の糸を引っ張り出して骨を内側に結ぶことに決まったと聞いたのは会議の20分前だった。

 肉が固い。削ぐのが間に合わない。
 食材庫で手間取ったアディティは、冷たい肉がついたままの骨を首輪の中にぶち込んで結んで止めて会議に出た。
 朝からの話でアッバースとは危機感を共有している。
 この会議で最後かもしれない。一応はルールに従って進んでいたゲームは終わり、犯罪者たちはフリーハンドになる。
 Tシャツを選ぶことが多かったアッバースが襟付きのポロシャツを着ている。
 ヴィノードは上手くショールを首に巻いている。普通に洒落込んでいるだけに見えるのはさすが遊び人だ。

 自分が人狼として投票対象になると言われ、反論を叫んだ頃には実は体力が尽き始めていた。首は冷たいを通り越して痛い。
(これ、取れるのかな)
 凍傷になっているかも。でも針で殺されるよりはまし。
 月のものの体調に寒さが加わり意識が朦朧とする。耐えられないと外すにも首元の紐を解く細かい作業はもう無理な気がする。
 ルチアーノが自分は「村人」だと証言してくれた。
 彼が本物の占星術師だったのか。身を隠していたのは利口だ。ナラヤンとぶつかっていたらすぐに処刑か夜の襲撃に持ち込まれていただろう。


 ヴィノードが長々としゃべっていることで骨が有効に針を押し留めたと知った。
 うれしいがこれは対症療法に過ぎない。
 ゲームが終わり、勝負が宣言され、競りで身を悲観する間もアディティは震えていた。黒いコートの連中が来ておしまいだと思った。首輪を覗かれ骨をーアディティの場合は肉をー取り除かれたら命の猶予時間は終わりだ。
 警察が来てからはもうまともに頭は働いていなかった。
 イジャイよかったね。ナイナ行ってらっしゃい。
 ふらつく自分を女の警官が尋問する。最後の力を振り絞ってノンベジの警察官を呼ぼうとしたところでアディティの意識は薄れた。


ーーーーー

(「アディティ」か)
 ならばこの少女は、奨学生で安定して上位の成績を保つリクシャー運転手の娘だ。
 ラクシュミはテーブルから落ちないようその背を支えつつノンベジの捜査員を呼んだ。首輪のあたりに触れた彼は、
「肉です」
 とラクシュミに報告する。
(だから何が「肉」なの?)

「外さないでください。奴ら、首輪に仕込んだ針で俺たちに薬を打ち込みます」
 大柄な16番の少年の訴えに、
「通信はジャミングで妨害してある。けど念の為首輪を切断するまでは……肉をどうしているの?」
 返せば男子生徒らは口々に骨を使って針を防いでいることを説明した。
(その方法は気が付かなかった)
 感心する。
「奴らは毒薬で殺したし、麻痺させられたこともあります」
 16番に続き、
「麻痺の方は麻薬と同等の成分を使っていると奴らは言っていました。後で検査してください」
 15番が毅然として告げれば職業柄警官たちは一気に顔を引き締めた。
「所轄署へ薬物検査の連絡を」
 ラクシュミが小さく耳打ちするのを15番が捉われたかのようにじっと見ていた。
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