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第6章 狼はすぐそこに(6日目)
6ー12 希望
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ヴィノードは間もなく、22時ちょうどに会議出席というプレイヤーの義務に反したことで赤3ボタンにて処刑される。
全員の配役までは推測出来ていないのでそこでゲームが終わるかはわからない。
継続するなら人狼の占い結果を得ているラジューとスディープには今夜の会議は厳しい。昨日はマリアが自爆してくれたがそうでなくても策はあった。今日はまた別の材料を使って切り抜けよう。
ラジューにとって苦しいのはゲーム初期、クラスメートを殺すことは考えられないがよく知らない使用人ならと思われる時期だった。そこはもう乗り越え、人狼の占い結果を得た昨夜も乗り切った。
ラジューはゲームの勝者となる。
それが、この潜入任務を経てのチーフ候補への昇格条件だ。
(長かった)
上の指示で学院の下働きに入ったのが三ヶ月前。
それはもうすぐ結実する。
ケララの村での生活に不満はなかった。
成績は悪く学校は性に合わない。行かなくなってからは家の田畑の世話に精を出した。いずれ親が持ってくる見合いで結婚して、ここかまたは近くの村で農家として一生を過ごす。それでよかった。
ただ所帯を持つ前にちょっとばかり街の生活というのを見てみたかった。
だから村に回ってきたオフィスに座っているだけの簡単な仕事というものに応募した。
事前研修にも合格して就いたモニター監視業務は楽しかった。
海外VIPが視聴するリアリティーショーは我が国の外交にも寄与している。ケララとインドを愛する愛国者として誇りを持てる仕事だ。
プレイヤーの違反には誰よりも早くボタンを押す。
赤1で警告放送、赤2で警告の薬注入。ここまでは自己判断で速やかに押さなくてはならない。プレイヤーの退場を促す赤3は取り返しがつかないのでチーフの許可なくては押せない。
チーフの顔色を窺って反射的にボタンを押すのではなく、各プレイヤーを観察して今後の行動を推測し、問題を起こしそうな場所・時間に重点的にカメラを見る。
努力の甲斐あって三年前、監視員の中から新しく抜擢されるというサブチーフへ立候補し採用された。勤務態度が悪い者、リアリティーショーの内容に不平を言っている者たちは弾かれた。
努力は報われるのだとラジューは初めて知った。
田植えのコツや野菜の芽かきのタイミングなどは知っている。自信はあるが村の農家なら皆同じだ。そして自分より兄や父の方がもっと上だ。(おまけに長兄は大学の農学部で最新の知識も得ている)
この仕事は違う。
サブチーフ候補は直ちに部屋替えされて寮の一室に集められヒンディー語の教材が貸与された。勤務時間外に自習しろという。仕事の疲れで怠けがちになる者もいたがラジューは起きてすぐと寝る前の勉強を欠かさなかった。遠い昔学校で習った記憶が後押しした。
あの頃は北の言葉など自分の暮らしには関係ないと思った。
役に立つ、とわかった時の勉強とはこれほど面白いのだろうか。祖国の共通語であるヒンディー語を学ばせてくれた会社への恩義を、ラジューは一生忘れないだろう。
田んぼや畑の作物の成長は年にせいぜい二・三回しか経験できない。身につけるにはかなりの時間がかかる。語学はそれよりずっとたやすい。
ラジューは最初のサブチーフのひとりに抜擢された。当初は覚えた決まり文句で切り抜けていただけだったが、その後も地道にヒンディー語学習を続け会話が出来るようになると上司から新しい教材をプレゼントされた。誇らしかった。
秘密保持のためもあり元々高給だったのに加えサブチーフになり更に給料が上がった。
『父さんと母さんがかえって心配すると困るんで、昇格したことだけは伝えてもいいですか?』
家族にすら業務のことは口にしてはいけないと厳しく注意されている。
外に言っていいのは、クーラーの効いたオフィスに座ってモニターの監視業務をしている。売店や食堂も安く使えて、広い寮で快適に暮らしているということだけだ。ちなみに全て事実である。
ラジューの事前のお伺いに上司は問題ないとOKを出した。
仕送りをたくさん送り父も母も、兄や兄嫁も皆喜んでくれる。ラジューは今人生一番の生きがいを感じていた。
そう、「ラジュー」というのは会社に与えられたビジネスネームだ。
だが今では本当の名前だと思っている。
父が付けてくれて、母や家族が呼ぶのは私的な名前。ラジューは公的な、社会人としての名前だ。
リアリティーショーの内容、「リアル人狼ゲーム」が誘拐と殺人ではないか、など口さがなく言う監視員には厳しく注意した。
これはゲームへの招待であり、我々は人殺しの類には関与していない。
それが証拠に勝者には事前に予告した通りの大金を与えて家に返している。
(ゲーム途中で引っかかって死ぬのは頭を使わなかったそのプレイヤーが悪い)
自己責任だ。
我らが祖国は成長を続け人口では中国を抜き、経済でも日本を超えて世界のトップクラスに躍り出た。
それは自分たちのように不断の努力を続ける人間によって達成されている。
村では都会にあこがれるところもあったが何のことはない、大都会とは努力する者には無数のチャンスがあり、堕落する者は底知れない穴の奥まで転落していく装置に過ぎない。今のラジューはそう見越している。
(もっともラジューは現在どこの「大都会」で勤務しているのか知らない。前はおそらくはマハーラシュトラ州か近辺、今は別の所でインド南部とは違うとわかるくらいだ)
三年が経ち、今度はサブチーフの中から企画や準備まで全てに関わるチーフ候補の選抜がアナウンスされた。事前のインタビューや提出書類(パソコンの打ち方は知らないので音声入力したものだ)を経てラジューが第一候補、もうひとりやはり最初にサブチーフに昇格した女子が次点となった。
チーフになるためには英語やパソコンの扱い方もマスターしなくてはならない。
『今度はそう簡単ではない。時間がかかる』
養成期間は「アシスタント・チーフ」としてサブチーフとチーフの間で勤務することになる。三年前の「トラブル」以降あまり監視員には顔を見せなくなった会社のトップー通称「ボス」直々に伝えられ、ラジューは光栄だと答えた。
チーフ候補への最終選抜が「リアル人狼ゲーム」への潜入だった。
三年前の祖国でのゲーム開催ではチーフのひとりが命を落とし、ひとりは顔に大怪我をしたー後者を知ったのはサブチーフとなって、監視員の前には出て来なくなったハリーと業務で顔を合わせるようになってからだ。
他に海外の支社での潜入監視員に死者が出ていることもチーフから耳にしていた。
構わない。自分たちが行なっているのは簡単な業務ではない。
軍人が死に臨んでも誇りしか残さないのと同じだ。だが、
『君の潜入するゲームは全編英語で進行される』
聞いた時にはさすがに青くなった。ヒンディー語以上に英語は学校で放棄していた。
言葉がわからないところで切り抜けるのも試験の一つ、その代わり、
『これを見てゲーム進行を理解しておけ』
学院潜入前のほぼ一ヶ月。
経験者の監視員から翻訳アプリを経て家事労働について聞き(相手はベンガル語の話者だった。なお上司から余計なことはしゃべるなと厳しく脅されていたようで口が重いのには参った)、次に実践で寮の同室者に頼んで洗濯や掃除、チャイ作りを一手に引き受けた。
これで以前は家事労働に従事していたとの履歴を持って目的の学院に潜入出来る。
ラジューの名で偽の身元を作り、行方不明時に連絡がいく偽の家族も作ってくれた。
将来有望なミッションスクールの若い生徒たちの誘拐事件、ニュースに顔が出るようなことはないとも説明があった。ケララの家族に心配をかけるのも言い訳にも困るのでこれは助かる。我らが会社は完璧だ!
元々は裏社会の賭博で借金を作ったバスの運転手が始まりだった。
高校生の校外学習での運転を知った会社はそれを利用する計画を立てた。ラジューを学院に潜入させ、情報を収集し、生徒と共に「リアル人狼ゲーム」に巻き込まれる。
始めは身代金誘拐とみせて学院を脅し何回か金の受け取りに失敗して警察を振り回す。本気で金を奪おうとしているのではないとわかった頃には既に初動捜査に失敗している。警察にはある程度「贈り物」をしているから全てが明るみに出ることはないとも上司は言っていた。
三年前。暴徒と化したプレイヤーに多大な損害を与えられ本拠地を移動する羽目になった祖国での最後のゲーム。その動画を見て学べとラジューは多くの時間を与えられた。
そこでラジューは運命の出会いを果たした。
「ダルシカさん」
<注>
・経済面で日本を超え
この物語は2026年設定です。2024年現在GDPは日本の方が上ですが近いうちにインドが追い越すと言われています。
全員の配役までは推測出来ていないのでそこでゲームが終わるかはわからない。
継続するなら人狼の占い結果を得ているラジューとスディープには今夜の会議は厳しい。昨日はマリアが自爆してくれたがそうでなくても策はあった。今日はまた別の材料を使って切り抜けよう。
ラジューにとって苦しいのはゲーム初期、クラスメートを殺すことは考えられないがよく知らない使用人ならと思われる時期だった。そこはもう乗り越え、人狼の占い結果を得た昨夜も乗り切った。
ラジューはゲームの勝者となる。
それが、この潜入任務を経てのチーフ候補への昇格条件だ。
(長かった)
上の指示で学院の下働きに入ったのが三ヶ月前。
それはもうすぐ結実する。
ケララの村での生活に不満はなかった。
成績は悪く学校は性に合わない。行かなくなってからは家の田畑の世話に精を出した。いずれ親が持ってくる見合いで結婚して、ここかまたは近くの村で農家として一生を過ごす。それでよかった。
ただ所帯を持つ前にちょっとばかり街の生活というのを見てみたかった。
だから村に回ってきたオフィスに座っているだけの簡単な仕事というものに応募した。
事前研修にも合格して就いたモニター監視業務は楽しかった。
海外VIPが視聴するリアリティーショーは我が国の外交にも寄与している。ケララとインドを愛する愛国者として誇りを持てる仕事だ。
プレイヤーの違反には誰よりも早くボタンを押す。
赤1で警告放送、赤2で警告の薬注入。ここまでは自己判断で速やかに押さなくてはならない。プレイヤーの退場を促す赤3は取り返しがつかないのでチーフの許可なくては押せない。
チーフの顔色を窺って反射的にボタンを押すのではなく、各プレイヤーを観察して今後の行動を推測し、問題を起こしそうな場所・時間に重点的にカメラを見る。
努力の甲斐あって三年前、監視員の中から新しく抜擢されるというサブチーフへ立候補し採用された。勤務態度が悪い者、リアリティーショーの内容に不平を言っている者たちは弾かれた。
努力は報われるのだとラジューは初めて知った。
田植えのコツや野菜の芽かきのタイミングなどは知っている。自信はあるが村の農家なら皆同じだ。そして自分より兄や父の方がもっと上だ。(おまけに長兄は大学の農学部で最新の知識も得ている)
この仕事は違う。
サブチーフ候補は直ちに部屋替えされて寮の一室に集められヒンディー語の教材が貸与された。勤務時間外に自習しろという。仕事の疲れで怠けがちになる者もいたがラジューは起きてすぐと寝る前の勉強を欠かさなかった。遠い昔学校で習った記憶が後押しした。
あの頃は北の言葉など自分の暮らしには関係ないと思った。
役に立つ、とわかった時の勉強とはこれほど面白いのだろうか。祖国の共通語であるヒンディー語を学ばせてくれた会社への恩義を、ラジューは一生忘れないだろう。
田んぼや畑の作物の成長は年にせいぜい二・三回しか経験できない。身につけるにはかなりの時間がかかる。語学はそれよりずっとたやすい。
ラジューは最初のサブチーフのひとりに抜擢された。当初は覚えた決まり文句で切り抜けていただけだったが、その後も地道にヒンディー語学習を続け会話が出来るようになると上司から新しい教材をプレゼントされた。誇らしかった。
秘密保持のためもあり元々高給だったのに加えサブチーフになり更に給料が上がった。
『父さんと母さんがかえって心配すると困るんで、昇格したことだけは伝えてもいいですか?』
家族にすら業務のことは口にしてはいけないと厳しく注意されている。
外に言っていいのは、クーラーの効いたオフィスに座ってモニターの監視業務をしている。売店や食堂も安く使えて、広い寮で快適に暮らしているということだけだ。ちなみに全て事実である。
ラジューの事前のお伺いに上司は問題ないとOKを出した。
仕送りをたくさん送り父も母も、兄や兄嫁も皆喜んでくれる。ラジューは今人生一番の生きがいを感じていた。
そう、「ラジュー」というのは会社に与えられたビジネスネームだ。
だが今では本当の名前だと思っている。
父が付けてくれて、母や家族が呼ぶのは私的な名前。ラジューは公的な、社会人としての名前だ。
リアリティーショーの内容、「リアル人狼ゲーム」が誘拐と殺人ではないか、など口さがなく言う監視員には厳しく注意した。
これはゲームへの招待であり、我々は人殺しの類には関与していない。
それが証拠に勝者には事前に予告した通りの大金を与えて家に返している。
(ゲーム途中で引っかかって死ぬのは頭を使わなかったそのプレイヤーが悪い)
自己責任だ。
我らが祖国は成長を続け人口では中国を抜き、経済でも日本を超えて世界のトップクラスに躍り出た。
それは自分たちのように不断の努力を続ける人間によって達成されている。
村では都会にあこがれるところもあったが何のことはない、大都会とは努力する者には無数のチャンスがあり、堕落する者は底知れない穴の奥まで転落していく装置に過ぎない。今のラジューはそう見越している。
(もっともラジューは現在どこの「大都会」で勤務しているのか知らない。前はおそらくはマハーラシュトラ州か近辺、今は別の所でインド南部とは違うとわかるくらいだ)
三年が経ち、今度はサブチーフの中から企画や準備まで全てに関わるチーフ候補の選抜がアナウンスされた。事前のインタビューや提出書類(パソコンの打ち方は知らないので音声入力したものだ)を経てラジューが第一候補、もうひとりやはり最初にサブチーフに昇格した女子が次点となった。
チーフになるためには英語やパソコンの扱い方もマスターしなくてはならない。
『今度はそう簡単ではない。時間がかかる』
養成期間は「アシスタント・チーフ」としてサブチーフとチーフの間で勤務することになる。三年前の「トラブル」以降あまり監視員には顔を見せなくなった会社のトップー通称「ボス」直々に伝えられ、ラジューは光栄だと答えた。
チーフ候補への最終選抜が「リアル人狼ゲーム」への潜入だった。
三年前の祖国でのゲーム開催ではチーフのひとりが命を落とし、ひとりは顔に大怪我をしたー後者を知ったのはサブチーフとなって、監視員の前には出て来なくなったハリーと業務で顔を合わせるようになってからだ。
他に海外の支社での潜入監視員に死者が出ていることもチーフから耳にしていた。
構わない。自分たちが行なっているのは簡単な業務ではない。
軍人が死に臨んでも誇りしか残さないのと同じだ。だが、
『君の潜入するゲームは全編英語で進行される』
聞いた時にはさすがに青くなった。ヒンディー語以上に英語は学校で放棄していた。
言葉がわからないところで切り抜けるのも試験の一つ、その代わり、
『これを見てゲーム進行を理解しておけ』
学院潜入前のほぼ一ヶ月。
経験者の監視員から翻訳アプリを経て家事労働について聞き(相手はベンガル語の話者だった。なお上司から余計なことはしゃべるなと厳しく脅されていたようで口が重いのには参った)、次に実践で寮の同室者に頼んで洗濯や掃除、チャイ作りを一手に引き受けた。
これで以前は家事労働に従事していたとの履歴を持って目的の学院に潜入出来る。
ラジューの名で偽の身元を作り、行方不明時に連絡がいく偽の家族も作ってくれた。
将来有望なミッションスクールの若い生徒たちの誘拐事件、ニュースに顔が出るようなことはないとも説明があった。ケララの家族に心配をかけるのも言い訳にも困るのでこれは助かる。我らが会社は完璧だ!
元々は裏社会の賭博で借金を作ったバスの運転手が始まりだった。
高校生の校外学習での運転を知った会社はそれを利用する計画を立てた。ラジューを学院に潜入させ、情報を収集し、生徒と共に「リアル人狼ゲーム」に巻き込まれる。
始めは身代金誘拐とみせて学院を脅し何回か金の受け取りに失敗して警察を振り回す。本気で金を奪おうとしているのではないとわかった頃には既に初動捜査に失敗している。警察にはある程度「贈り物」をしているから全てが明るみに出ることはないとも上司は言っていた。
三年前。暴徒と化したプレイヤーに多大な損害を与えられ本拠地を移動する羽目になった祖国での最後のゲーム。その動画を見て学べとラジューは多くの時間を与えられた。
そこでラジューは運命の出会いを果たした。
「ダルシカさん」
<注>
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