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第6章 狼はすぐそこに(6日目)
6ー6 現状
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「村人5、人狼4だとする」
アッバースは広間のテーブルに緑枠のベジタリアンマークチップと赤い人狼チップを並べルチアーノたちを見る。
⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎ ⚫️⚫️⚫️⚫️
「今夜の会議で村人を処刑したら」
緑のチップを横にはじき、
「おしまいだ」
︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎ ⚫️⚫️⚫️⚫️
「会議では人狼を処刑してやり過ごしたとしても今夜人狼は3人殺せるからー」
緑のチップの残りは二つになり、
︎⬜︎⬜︎ ⚫️⚫️⚫️
「その時点でゲームは終わる」
どのように終了が知らされるのかはわからないけどなー明るい声のアッバースだがルチアーノ・スディープ・イジャイの表情は沈む。テーブル短辺側、少し離した椅子に座るアディティは冷静だ。既にこの内容を理解しているのだろう。
その他の条件では、今夜から三日連続人狼だけを処刑し続けてあさってー8日目の処刑で人狼がいなくなり村人が勝利する可能性もあるが、
「残るのは多くて3人だ」
その重みをアッバースが声にのせる。
処刑する、殺害すると簡単に言うが、実際はクラスメート(かラジュー)の命が奪われるということだ。その死者には自分が、ここにいる4号室の4人の誰がなるかわからない。
(マリア)
ルチアーノ自身が票を投じて奪った命。
ルクミニー先生と38人のクラスメート。学校で働いているラジュー。
合わせて40人のうち残る命は11。行方が案じられるバーラムとシャキーラを含めてだ。
鳴る鼓動、流れる血。それが風前の灯なのは口に出さなくても誰でもわかる。
「つまり、今夜の投票は重要」
アディティがぽつりと言った。
「これまでの流れからすれば、ナラヤンの占い結果からラジューかお前ってことになるがー」
「多分、役立たずのぼくだ」
アッバースの視線にスディープが笑って見せる。小さく震える頬と表情が痛ましい。
(役立たずじゃない)
彼は重要な役割を果たしている。だがスディープはクラスに親しい友人がおらず、一方ラジューは現在ナラヤンの監視下女子棟水回りの清掃に入っているように掃除・洗濯・台所と暇なく働いている。
彼がいなくなったら朝と午後のチャイは、汚いところに手を突っ込んで綺麗にする作業は誰が、と1日でも長く彼を生かす打算が働くのは容易に想像出来る。
ナイナは人狼ふたりを縛っておけと主張したとアッバースから聞いた。
殺人犯への措置と考えればそう間違っていない。男子がそうしようと動かないのもラジューを働かせておきたい思惑からだろう。
「念のため明日のマトンも漬け込んでおいた方がいいかも。ガラムマサラあったでしょ。それにターメリックとチリをヨーグルトで揉み込んで」
「使えるか?」
「だから、予備」
アディティの言葉にアッバースはラミネート加工の紙を丸めていじりつつ考える目をする。
「ああ済まねえ。気分良くねえよな」
「ん? 俺は別に肉の話気にしないから」
さらっとイジャイが返す。ベジタリアンだが耳にするのも嫌だというタイプではないらしい。
アッバースが不意に首を女子棟側に向ける。
いつものうつむき気味でバケツを下げるラジューと姿勢のいいナラヤン、対照的なふたりが戻りまずはバスルームに向かう。
それからベジ食堂へ向かうナラヤンにアッバースが声をかけた。
「何か収穫あったか?」
「なかった」
首をすくめる。
ラジューが女子棟の清掃に入る時間は予定より遅れた。彼らが作った野菜カレーを、
『ニンジン煮えてないし何よりじゃがいもの芽が取れてない。こんなの食べられない!』
ナイナが拒絶し、
『レトルト温めてきて。Regal Kitchenのアルマタルがいいわ』
との指示でやり直したからだ。
床掃除を免除されたラジューがトイレやシャワールームの掃除に励む間、ナラヤンは見張りつつ人狼の使った服が隠されていないか、また部屋と廊下の間に隠し扉の類がかないか調べた。アディティが一通り見ているが目を変えての捜索だ。
男子棟もアッバースたち住人が4号室の中から、廊下側の壁はヴィノードも引っ張り出して調べたが何もなかった。
スレーシュの血を浴びた服が共用スペースに見当たらないなら、おそらくは人狼が自分の部屋に隠し持っているのだろう。
同室者に隠れて部屋の外に出られる仕掛けがなかったなら、どこかの部屋の人間が嘘を吐いているというだけだ。
(さて、行くか)
少し遅れたチャイの片付けを終えたラジューとナラヤンが広間に戻ってきた。
ルチアーノはソファーを立って近づく。
「ラジュー。少し話が」
「ぼくの前では出来ない話か」
ナラヤンの鋭い視線に、
「いや。誰が聞いていてもいいよ」
「!」
ポロシャツのポケットから白いハンカチに包んだ十字架の付いたネックレスを取り出す。
「これ、君が持っていたらどうかな」
顔を上げたラジューの目が見開かれた。
マリアはクロスが悪い連中に渡るのを嫌ってルチアーノに託しただろうことを説明し、
「君は……マリアに信頼されていた。会えてよかったとも言われたんだろ?」
処刑が決まった後マラヤラム語で何を言ったのか、今朝ナラヤンがラジューを詰問した。
『皆様へと同じです』
会えてよかったこと。通訳出来なくなる謝罪。
その後はケララの親族宅での思い出を、
『川沿いの道や海のお話をしている時に、』
マリアは首輪から殺された。
ラジューはルチアーノが差し出したクロスに目を落としたまま何度か口を開いた。なかなか声にならずやがて、
「ヒンディーで何と言ったらいいのかよくわかりませんが……こちらはルチアーノ様が持っていた方がいいと思います」
目を和らげ、
「わたしでは、マリアさんがしていたようにはこちらを大切に出来ないと思います」
それからにこりと笑い、
「わたしの村にも教会はありました。両手を開いて何もかも受け取ってくださりそうな白い女の人の彫像、おそらくそれが聖母様だと思うのですが」
頷く。目を伏せたラジューの表情が歪むがきっと唇を噛み、
「優しそうで、マリアさんに、似ていました。だからその……申し訳ありません。お願いします」
両手を合わせた。
奥へ去ろうとする背に声をかけた。
「ラジュー。生き延びような」
「ルチアーノ様はわたしのことを信じてくださるんですか」
足を止めて振り返る。小さく丸まった目。
「信じるも何もない。僕は占った。お前は人狼だ!」
「違います!」
争うナラヤンとラジューに被せて、
「俺は誰も信じていないよ。自分以外」
ルチアーノは告げる。
モニターが示した自分の役と切り札。確かなのはそれだけだ。だが。
「役なんて奴らが決めただけのこと」
ちらりと白い天井を見て、
「関係ない。……生き延びよう。マリアも、君が生きてご家族の元に戻ることを望んでいる」
クロスを額に押し当てるようにしてから元の通りポケットにしまい、厳しい顔のナラヤンの前を通り過ぎる。
別のポケットには同じ白いハンカチに包んだ「切り札」が忍ばせてある。
今日は、いつ使わざるを得ない状況が訪れるかわからないから。
<注>
・ガラムマサラ 基本のミックススパイス。仕上げの香りづけなどに使う。
各家庭で合わせたり市販品を使ったりとそれぞれ。
・Regal Kitchen インドの食品メーカー
・アルマタル じゃがいも(アル)とグリンピース(マタル)のカレー
アッバースは広間のテーブルに緑枠のベジタリアンマークチップと赤い人狼チップを並べルチアーノたちを見る。
⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎ ⚫️⚫️⚫️⚫️
「今夜の会議で村人を処刑したら」
緑のチップを横にはじき、
「おしまいだ」
︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎ ⚫️⚫️⚫️⚫️
「会議では人狼を処刑してやり過ごしたとしても今夜人狼は3人殺せるからー」
緑のチップの残りは二つになり、
︎⬜︎⬜︎ ⚫️⚫️⚫️
「その時点でゲームは終わる」
どのように終了が知らされるのかはわからないけどなー明るい声のアッバースだがルチアーノ・スディープ・イジャイの表情は沈む。テーブル短辺側、少し離した椅子に座るアディティは冷静だ。既にこの内容を理解しているのだろう。
その他の条件では、今夜から三日連続人狼だけを処刑し続けてあさってー8日目の処刑で人狼がいなくなり村人が勝利する可能性もあるが、
「残るのは多くて3人だ」
その重みをアッバースが声にのせる。
処刑する、殺害すると簡単に言うが、実際はクラスメート(かラジュー)の命が奪われるということだ。その死者には自分が、ここにいる4号室の4人の誰がなるかわからない。
(マリア)
ルチアーノ自身が票を投じて奪った命。
ルクミニー先生と38人のクラスメート。学校で働いているラジュー。
合わせて40人のうち残る命は11。行方が案じられるバーラムとシャキーラを含めてだ。
鳴る鼓動、流れる血。それが風前の灯なのは口に出さなくても誰でもわかる。
「つまり、今夜の投票は重要」
アディティがぽつりと言った。
「これまでの流れからすれば、ナラヤンの占い結果からラジューかお前ってことになるがー」
「多分、役立たずのぼくだ」
アッバースの視線にスディープが笑って見せる。小さく震える頬と表情が痛ましい。
(役立たずじゃない)
彼は重要な役割を果たしている。だがスディープはクラスに親しい友人がおらず、一方ラジューは現在ナラヤンの監視下女子棟水回りの清掃に入っているように掃除・洗濯・台所と暇なく働いている。
彼がいなくなったら朝と午後のチャイは、汚いところに手を突っ込んで綺麗にする作業は誰が、と1日でも長く彼を生かす打算が働くのは容易に想像出来る。
ナイナは人狼ふたりを縛っておけと主張したとアッバースから聞いた。
殺人犯への措置と考えればそう間違っていない。男子がそうしようと動かないのもラジューを働かせておきたい思惑からだろう。
「念のため明日のマトンも漬け込んでおいた方がいいかも。ガラムマサラあったでしょ。それにターメリックとチリをヨーグルトで揉み込んで」
「使えるか?」
「だから、予備」
アディティの言葉にアッバースはラミネート加工の紙を丸めていじりつつ考える目をする。
「ああ済まねえ。気分良くねえよな」
「ん? 俺は別に肉の話気にしないから」
さらっとイジャイが返す。ベジタリアンだが耳にするのも嫌だというタイプではないらしい。
アッバースが不意に首を女子棟側に向ける。
いつものうつむき気味でバケツを下げるラジューと姿勢のいいナラヤン、対照的なふたりが戻りまずはバスルームに向かう。
それからベジ食堂へ向かうナラヤンにアッバースが声をかけた。
「何か収穫あったか?」
「なかった」
首をすくめる。
ラジューが女子棟の清掃に入る時間は予定より遅れた。彼らが作った野菜カレーを、
『ニンジン煮えてないし何よりじゃがいもの芽が取れてない。こんなの食べられない!』
ナイナが拒絶し、
『レトルト温めてきて。Regal Kitchenのアルマタルがいいわ』
との指示でやり直したからだ。
床掃除を免除されたラジューがトイレやシャワールームの掃除に励む間、ナラヤンは見張りつつ人狼の使った服が隠されていないか、また部屋と廊下の間に隠し扉の類がかないか調べた。アディティが一通り見ているが目を変えての捜索だ。
男子棟もアッバースたち住人が4号室の中から、廊下側の壁はヴィノードも引っ張り出して調べたが何もなかった。
スレーシュの血を浴びた服が共用スペースに見当たらないなら、おそらくは人狼が自分の部屋に隠し持っているのだろう。
同室者に隠れて部屋の外に出られる仕掛けがなかったなら、どこかの部屋の人間が嘘を吐いているというだけだ。
(さて、行くか)
少し遅れたチャイの片付けを終えたラジューとナラヤンが広間に戻ってきた。
ルチアーノはソファーを立って近づく。
「ラジュー。少し話が」
「ぼくの前では出来ない話か」
ナラヤンの鋭い視線に、
「いや。誰が聞いていてもいいよ」
「!」
ポロシャツのポケットから白いハンカチに包んだ十字架の付いたネックレスを取り出す。
「これ、君が持っていたらどうかな」
顔を上げたラジューの目が見開かれた。
マリアはクロスが悪い連中に渡るのを嫌ってルチアーノに託しただろうことを説明し、
「君は……マリアに信頼されていた。会えてよかったとも言われたんだろ?」
処刑が決まった後マラヤラム語で何を言ったのか、今朝ナラヤンがラジューを詰問した。
『皆様へと同じです』
会えてよかったこと。通訳出来なくなる謝罪。
その後はケララの親族宅での思い出を、
『川沿いの道や海のお話をしている時に、』
マリアは首輪から殺された。
ラジューはルチアーノが差し出したクロスに目を落としたまま何度か口を開いた。なかなか声にならずやがて、
「ヒンディーで何と言ったらいいのかよくわかりませんが……こちらはルチアーノ様が持っていた方がいいと思います」
目を和らげ、
「わたしでは、マリアさんがしていたようにはこちらを大切に出来ないと思います」
それからにこりと笑い、
「わたしの村にも教会はありました。両手を開いて何もかも受け取ってくださりそうな白い女の人の彫像、おそらくそれが聖母様だと思うのですが」
頷く。目を伏せたラジューの表情が歪むがきっと唇を噛み、
「優しそうで、マリアさんに、似ていました。だからその……申し訳ありません。お願いします」
両手を合わせた。
奥へ去ろうとする背に声をかけた。
「ラジュー。生き延びような」
「ルチアーノ様はわたしのことを信じてくださるんですか」
足を止めて振り返る。小さく丸まった目。
「信じるも何もない。僕は占った。お前は人狼だ!」
「違います!」
争うナラヤンとラジューに被せて、
「俺は誰も信じていないよ。自分以外」
ルチアーノは告げる。
モニターが示した自分の役と切り札。確かなのはそれだけだ。だが。
「役なんて奴らが決めただけのこと」
ちらりと白い天井を見て、
「関係ない。……生き延びよう。マリアも、君が生きてご家族の元に戻ることを望んでいる」
クロスを額に押し当てるようにしてから元の通りポケットにしまい、厳しい顔のナラヤンの前を通り過ぎる。
別のポケットには同じ白いハンカチに包んだ「切り札」が忍ばせてある。
今日は、いつ使わざるを得ない状況が訪れるかわからないから。
<注>
・ガラムマサラ 基本のミックススパイス。仕上げの香りづけなどに使う。
各家庭で合わせたり市販品を使ったりとそれぞれ。
・Regal Kitchen インドの食品メーカー
・アルマタル じゃがいも(アル)とグリンピース(マタル)のカレー
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