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第5章 束の間の休息(5日目)
5ー7 5日目会議 上
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会議の最初はスディープからの切り札の報告だった。アッバースに促され、警察への電話録音を受け取った一部始終を話した彼に質問が飛ぶ。
「何時頃の電話だとかはわかったの?」
「電話に出たおまわりさんは名乗った?」
「本当に何も反応はなかったのか」
アディティ、イジャイ、ナラヤンと尋ねるが俯いたスディープは音声ファイルからは何もわからないと恥じるように返すだけだった。
ナラヤンは「占い」結果より先に切り札を明かした。
「アディティの『象』版だ」
名前を出されたアディティがきょとんと目を丸くする。いつも以上に疲れた様子の目元は余計眠たそうだ。
ナラヤンはその部屋に象役がいるかどうかを一度だけを尋ねる権利を得ていた。2日目、つまり初回の会議でアディティの話を聞き、
「ぼくもと思った。特にどこをというのはなかったから、アディティにならって三人部屋の10号室を指定した。結果は『この部屋には象はいません』だった」
外したので言わなくてもと思ったが、これからは参考になるかもしれないからと手短にまとめる。
「確かにそう。わたしは聖者でアディティは兄弟。マリア村人でうちに象はいない」
シャキーラが確認する。
ナラヤンは占星術師として、
「昨日はラジューを占った。理由はダウドのことで疑惑があったからだ」
少しだけためてから、
「ラジューは人狼だった」
次の瞬間、会議室全ての目がラジューに注がれた。
「そんな……」
マリアが悲嘆を漏らせば、
「違います!」
ラジューは語気強く反論を始めた。
「英語が読めませんので意味は分かりませんが確かにあの緑の絵です。それから、文字は8文字で最初の字はこういう風に上が広がっているのもあちらと同じです!」
両手の人差し指を合わせて下だけを付け「V」の文字らしき形を作る。
(反論にもなっていない)
顔面蒼白で唇を振るわせるラジューにアッバースは眉をひそめた。
配役のアイコンはこの会議室や広間の貼り出しや、右手元のタブレット内の文書に出ている。村人アイコンに続くVillagerのVの文字が「村人」の英語表記冒頭だとはアルファベットを知らなくても簡単に推測出来る。
今朝広間で顔を合わせてすぐナラヤンから人狼を当てたことを告白された。本人にでも仲間の人狼にでもそれがわかったら夜の会議までに口封じされるかもしれない。ダウドのこともあり昼でも油断出来ない。事実を知らせる前に殺されるのは恐いのでなるだけ一緒にいてくれと頼まれた。
ラジューはテーブルを両手のひらで押さえ前のめり気味で会議室中の冷たい視線を見回す。
「何かの間違いではないでしょうか。占いは番号でするともお聞きしました。失礼ですがそれは本当にわたしの数字でしたか。ずれていたとかいうことは……」
「それ本来はおれが人狼だってこと?」
隣からスレーシュが尋ね、いえそうではと否定する。
「ラジュー。お前は20番だ」
ナラヤンは落ち着いて詰める。
「他の数字ならともかくちょうどの20を他の数字とは間違えない」
「だったらカマリのことはどうなる。あいつが殺されたのは12時半前なんだろ? 一昨日の晩、その時間なら確かにラジューは部屋にいた!」
スレーシュが叫びラジューが頷く。
「それも嘘かよ? お前も人狼か!」
イジャイが叫びスレーシュが肩を震わせて唸る。
一方ナラヤンは落ち着いて語った。
「ぼくはラジューがカマリや他のクラスメートたちを殺したとは思っていない。お前は独立系、っていうのかな。おそらく孤立した人狼だ。5号室は人狼部屋ではない。ぼくはスティーブンが村人だったのを自分で占って知っている。つまり、」
初日脱出権は男子1号室と女子9号室全員のほか8号室のシャンティも持っていた。彼女は他の部屋の誰が自分と同じ切り札かは知らなかった。ラジューも同じではないか。
「お前が夜人を殺したとは思っていない。5号室は漂泊者のヴィノードと人狼のラジュー、ふたりがいる部屋というだけだろう。ラジュー。もう無理だ。まずは人狼だとを認めろ。その上で、他の人狼からの連絡が君とヴィノードにあったのか、ダウドに何をしたのかここで皆に告白しろ」
カマリやサントーシュたちに手をかけた人狼がわかったなら今夜はその連続殺人犯から処刑する。ナラヤンの声は穏やかながら厳しかった。
「オレには人狼からの連絡はねえよ。あっても言わねえけどよ」
ヴィノードがからかうように言葉を投げればナラヤンは目元を険しくする。
「それは君の立場を悪くする証言だけどわかっているのか」
「っっ、そう言うしかねえだろ」
気おされつつ返す。
「ラジュー!」
ナラヤンに促されたラジューは当惑と恐怖の顔でただ首を横に振った。
「わたしは学生さんのために働いています。害なることなんてしません。本当です。どうしてそんな無実のこと罪をー」
「ここは正確さを必要とする。マリア、マラヤラム語を訳してくれねえか。ラジュー。お前の言葉でいい、正直に話せ」
アッバースが手を振り言葉が崩れ出していたラジューを止める。
「何と言われましてもわたしは人狼ではございません」
そこまでヒンディー語で言うとマリアからのマラヤラム語での問いかけに頷き、その後はマリアが訳して話が続いた。
「わたしは難しいことはわかりません。どういうことなのか学生の皆さんに教えていただきたいと思います。こちら、血のついたものなのでご覧になりたくない方もいらっしゃると思いますが、犯人の……人狼が使ったらしい衣類がわたしの使うバスルームに隠してありました」
ラジューは足元から銀色のバケツを引き上げる。
(あれは、そういう意味だったのか)
会議室に入れるのはこの会議の時間だけ。そろそろ掃除がしたいと今夜ラジューはバケツを二つ持ち込んでいた。だが実際はー
「上着が二着」
黒く安っぽいコート。
「それから靴も二足」
何人かが椅子の上で体を引く。白一色の靴には茶色がかったシミがかなりの部分に飛んでいた。おそらくは血だ。
(出血がある殺し方はカマリの時だけだ)
アッバースは身を乗り出して左方のラジューの席を見る。
「バスルームの空気を通している格子の向こうに隠してありました」
「嘘だ! ぼくたちはあの部屋を調べている。換気口も除いたがそんなものはどこにもなかった。犯行に使ったものをお前がー」
「いつご覧になったのですか」
「そっちこそ先に言え! お前はいつ見つけた」
「今朝です」
さっとテーブル一番右、奥に座るナラヤンの方に目を走らせてからラジューはもう一度靴を掲げる。何人かは顔を背ける。隣席のスレーシュ、ナイナ……血の付いた物が耐え難いのだろう。
「昨日、血のついた服の行方を疑問に思われていたのはルチアーノ様だったと思います」
「そうだね」
無表情でルチアーノが頷く。
「そこで初めて気づきまして、今朝沐浴の時に部屋の中を探してみたんです」
一昨日カマリを殺した人狼は犯行後1階バスルームでシャワーを浴びている。部屋に入れたくないだろうから衣類もそこに隠したのではないか。思い起こし時に訂正を入れながらラジューはとつとつと語った。
「ナラヤン様はいつ部屋をご覧になったのですか」
「昼飯前、12時過ぎだ」
「俺も一緒に入った」
憮然と答えるナラヤンにアッバースがフォローを入れる。
「でしたらなかったでしょう。犯人のものと思われましたので、バケツに隠して掃除用のシンクの下で保管しておきました」
今夜この会議で学生たちに相談しようと思っていたと言う。
(……)
「二足のうちこちらのサイズはおそらく8。わたしと同じです。コートの方も裾がスナップで上げられるようになっていますがかなりたくし上げられていてこれもわたしくらい、つまり普通の中では少しばかり小さい方くらいでしょう。ですがもう1セット、靴のサイズは12くらい、裾を一回分しかあげていないコートがあります。わたしはこれらは2人分、カマリ様に手を掛けた後に脱ぎ捨てたものと考えましたが、皆さんはいかが思われますか?」
「どうもこうもないよ。それ、自白と同じじゃね?」
とイジャイ。
「ラジュー。証拠になるものだと思ったら、今度から誰かを呼んで一緒に確認するようにしてくれないか」
これはルチアーノ。
「次があったらな。犯行の証拠を自分で抱え込んでいた。決まりだろ。今日の投票先はラジューだ」
ナラヤンが言うのに、
「違います!」
ラジューの声と、
「だからおかしいって!」
スレーシュの言葉が重なる。
「血が飛んでいるならカマリの時だろうけどその時ラジューは部屋の外に出ていないんだ。言っただろ?」
とスレーシュが左右を見渡す。
「ならば実際にカマリを手に掛けた人狼がラジューに預けたんだろ。ラジュー、誰から預かったんだ?」
「どうしてわたしが人狼だと決めつけるんですか!」
「ぼくが占った結果だ」
悲鳴に対し低く強く迫る。ふたりの視線は火花を飛ばしてぶつかった。
(こう粘るとは思わなかった)
ラジューは素直に自白しそこから真の意味で人狼役に身を投じた「主犯」たちがわかる、とアッバースは考えていた。
次に口を開いたのはアディティだった。これまでの話からは、
「カマリを殺したのは男子の人狼部屋の人間ってことになる。ナラヤンは占星術師でダウドは武士だから3号室は違う。5号室はスティーブンが村人だったからここも違う。なら、人狼部屋は4号室になるけど」
現在生存している男子は3・4・5号室の三室のみだ。
「違う! うちは人狼部屋じゃない。夜外に出ている人間はいない!」
アッバースが怒鳴り、ルチアーノら同室の人間と顔を見合わせる。
「だが、お前ら他の部屋の人間からは証拠がないってんだろ」
一転アッバースは背もたれにぐいと背を押し付ける。
「そうなる。そしてラジューの出した品物が本物と考えるなら、アッバースとルチアーノは除かれる」
アディティはさらりと言った。
アッバースは平均よりかなり大柄でルチアーノはクラス一の低身長、一部の女子よりも小柄だ。
淡々としたアディティの説明に4号室の残りふたり、平均の中では背は高め程度のイジャイと平均の中で小さめ程度、ラジューと同じくらいと思われるスディープが青くなる。
「っざけんなよ! だったらナラヤンとバーラムだって背格好変わらねえだろ!」
イジャイが投げつけ、
「おれが殺生に関わったというのか」
バーラムが低く太い声で唸った。
「生き物の命を奪うくらいなら自分の命が奪われることを選ぶ。おれたちは代々そうしてきた。どういうつもりだ」
ジャイナ教徒の誇りからの怒りをイジャイに叩きつける。
「例えだよ。お前じゃなくても他にも俺たちくらいの背格好の奴なんかいるだろって話だろ」
「おれを持ち出すな」
バーラムは押さえつけるように言い放つ。
「他の人狼については明日以降だ。そうやってしらを切り続けるなら今日の投票はラジュー以外選択肢はない。今日は同数投票は意味がない。いいだろ?」
「同数投票は、もう無理だ」
アッバースは目を伏せナラヤンに同意する。
「だがうちが人狼部屋でないことも証明したい。ナラヤン、今夜はうちの部屋の誰かを占ってくれ」
「そうだ! 俺を占ってくれよ」
「ぼくでもいいよ」
「俺も希望する」
イジャイ、スディープ、ルチアーノと口々に言われナラヤンは困惑顔で吐く。
「それは今夜考える」
「ねえ、本気でラジューに投票するって言ってるの? おかしいよ!」
マラヤラム語通訳に徹していたマリアが叫んだ。
「ナラヤンだってラジューは殺してないって思っているんでしょ? なのに、なのに処刑するっていうの?」
「夜は殺していないって話だ。ダウドの件は、ぼくはこいつの犯行だとみている」
「学生さんを殺したりはしていません!」
ラジューはヒンディー語で叫び、
「殺していないならわたしと同じ。投票先にするなんて違うでしょう!」
「マリア、落ち着いて。これは私たちの生き死にの話なの。論理的に考えて」
(12番か)
『論理的に考えて』
例のチュートリアルで12番の腕章を着けた女性が繰り返していたセリフだとアッバースは思い出す。アディティは早くからあの動画を見ていたからおそらく念頭にある。
(こんなところで冷静でなんかいられるか)
だが冷静さを失えば自分の死につながる。12番の教えは正しい。
「人狼じゃなきゃ誰に投票するの? ヴィノードは漂泊者だけど数え方、ゲームの勝ち負けでは私たち村人になる。今投票するのはまずい」
他に誰がいるのかとナイナが詰める。
「ならマリア、あなたに投票しようか」
「いいよ」
「!」
マリアの答えにナイナはぎょっと斜め向こう遠くの彼女を見る。
アッバースも思わずマリアを注視した。
マリアはいつもの穏やかな顔で微笑んでいた。
「だってラジューは人殺しなんかじゃない。私も人を殺したりしていない。同じだもの」
「マリア、頼むから冷静になれ。な? 占いでラジューは人狼だと出たんだ。そこは確定なんだよ」
ナラヤンは声を和らげ説得する。
「ラジューはケララから出てきて、色々お仕事を変えざるを得なくてそれでもずっと頑張ってきたの。わたし達と同い年なんだよ。たまたまわたしは村人、あの緑色に農家のおじさんの絵の役で、ラジューは人狼かもしれないけど」
「人狼ではないんです、マリアさん!」
「違うかもしれないけど、でも人を殺してないってー」
「そこは問題じゃ、」
言いかけたアッバースをさえぎり、
「マリアもう一度言って。その村人のアイコンのところから」
ナイナが言葉をはさむ。
「って? わたしは村人で、その緑色に昔のヨーロッパっぽい男の人が畑を耕している絵のアイコンでってー」
「マリア。私が毎夜パソコンで見ているのは緑地だけど灰色のロングスカートの女の人がくわみたいのを持った絵なんだけど」
ね、と振られた空席二つ挟んだニルマラは呆然としていた。
手で口元を抑え、
「マリア、あなたまさか……」
そのまま絶句した。
「何時頃の電話だとかはわかったの?」
「電話に出たおまわりさんは名乗った?」
「本当に何も反応はなかったのか」
アディティ、イジャイ、ナラヤンと尋ねるが俯いたスディープは音声ファイルからは何もわからないと恥じるように返すだけだった。
ナラヤンは「占い」結果より先に切り札を明かした。
「アディティの『象』版だ」
名前を出されたアディティがきょとんと目を丸くする。いつも以上に疲れた様子の目元は余計眠たそうだ。
ナラヤンはその部屋に象役がいるかどうかを一度だけを尋ねる権利を得ていた。2日目、つまり初回の会議でアディティの話を聞き、
「ぼくもと思った。特にどこをというのはなかったから、アディティにならって三人部屋の10号室を指定した。結果は『この部屋には象はいません』だった」
外したので言わなくてもと思ったが、これからは参考になるかもしれないからと手短にまとめる。
「確かにそう。わたしは聖者でアディティは兄弟。マリア村人でうちに象はいない」
シャキーラが確認する。
ナラヤンは占星術師として、
「昨日はラジューを占った。理由はダウドのことで疑惑があったからだ」
少しだけためてから、
「ラジューは人狼だった」
次の瞬間、会議室全ての目がラジューに注がれた。
「そんな……」
マリアが悲嘆を漏らせば、
「違います!」
ラジューは語気強く反論を始めた。
「英語が読めませんので意味は分かりませんが確かにあの緑の絵です。それから、文字は8文字で最初の字はこういう風に上が広がっているのもあちらと同じです!」
両手の人差し指を合わせて下だけを付け「V」の文字らしき形を作る。
(反論にもなっていない)
顔面蒼白で唇を振るわせるラジューにアッバースは眉をひそめた。
配役のアイコンはこの会議室や広間の貼り出しや、右手元のタブレット内の文書に出ている。村人アイコンに続くVillagerのVの文字が「村人」の英語表記冒頭だとはアルファベットを知らなくても簡単に推測出来る。
今朝広間で顔を合わせてすぐナラヤンから人狼を当てたことを告白された。本人にでも仲間の人狼にでもそれがわかったら夜の会議までに口封じされるかもしれない。ダウドのこともあり昼でも油断出来ない。事実を知らせる前に殺されるのは恐いのでなるだけ一緒にいてくれと頼まれた。
ラジューはテーブルを両手のひらで押さえ前のめり気味で会議室中の冷たい視線を見回す。
「何かの間違いではないでしょうか。占いは番号でするともお聞きしました。失礼ですがそれは本当にわたしの数字でしたか。ずれていたとかいうことは……」
「それ本来はおれが人狼だってこと?」
隣からスレーシュが尋ね、いえそうではと否定する。
「ラジュー。お前は20番だ」
ナラヤンは落ち着いて詰める。
「他の数字ならともかくちょうどの20を他の数字とは間違えない」
「だったらカマリのことはどうなる。あいつが殺されたのは12時半前なんだろ? 一昨日の晩、その時間なら確かにラジューは部屋にいた!」
スレーシュが叫びラジューが頷く。
「それも嘘かよ? お前も人狼か!」
イジャイが叫びスレーシュが肩を震わせて唸る。
一方ナラヤンは落ち着いて語った。
「ぼくはラジューがカマリや他のクラスメートたちを殺したとは思っていない。お前は独立系、っていうのかな。おそらく孤立した人狼だ。5号室は人狼部屋ではない。ぼくはスティーブンが村人だったのを自分で占って知っている。つまり、」
初日脱出権は男子1号室と女子9号室全員のほか8号室のシャンティも持っていた。彼女は他の部屋の誰が自分と同じ切り札かは知らなかった。ラジューも同じではないか。
「お前が夜人を殺したとは思っていない。5号室は漂泊者のヴィノードと人狼のラジュー、ふたりがいる部屋というだけだろう。ラジュー。もう無理だ。まずは人狼だとを認めろ。その上で、他の人狼からの連絡が君とヴィノードにあったのか、ダウドに何をしたのかここで皆に告白しろ」
カマリやサントーシュたちに手をかけた人狼がわかったなら今夜はその連続殺人犯から処刑する。ナラヤンの声は穏やかながら厳しかった。
「オレには人狼からの連絡はねえよ。あっても言わねえけどよ」
ヴィノードがからかうように言葉を投げればナラヤンは目元を険しくする。
「それは君の立場を悪くする証言だけどわかっているのか」
「っっ、そう言うしかねえだろ」
気おされつつ返す。
「ラジュー!」
ナラヤンに促されたラジューは当惑と恐怖の顔でただ首を横に振った。
「わたしは学生さんのために働いています。害なることなんてしません。本当です。どうしてそんな無実のこと罪をー」
「ここは正確さを必要とする。マリア、マラヤラム語を訳してくれねえか。ラジュー。お前の言葉でいい、正直に話せ」
アッバースが手を振り言葉が崩れ出していたラジューを止める。
「何と言われましてもわたしは人狼ではございません」
そこまでヒンディー語で言うとマリアからのマラヤラム語での問いかけに頷き、その後はマリアが訳して話が続いた。
「わたしは難しいことはわかりません。どういうことなのか学生の皆さんに教えていただきたいと思います。こちら、血のついたものなのでご覧になりたくない方もいらっしゃると思いますが、犯人の……人狼が使ったらしい衣類がわたしの使うバスルームに隠してありました」
ラジューは足元から銀色のバケツを引き上げる。
(あれは、そういう意味だったのか)
会議室に入れるのはこの会議の時間だけ。そろそろ掃除がしたいと今夜ラジューはバケツを二つ持ち込んでいた。だが実際はー
「上着が二着」
黒く安っぽいコート。
「それから靴も二足」
何人かが椅子の上で体を引く。白一色の靴には茶色がかったシミがかなりの部分に飛んでいた。おそらくは血だ。
(出血がある殺し方はカマリの時だけだ)
アッバースは身を乗り出して左方のラジューの席を見る。
「バスルームの空気を通している格子の向こうに隠してありました」
「嘘だ! ぼくたちはあの部屋を調べている。換気口も除いたがそんなものはどこにもなかった。犯行に使ったものをお前がー」
「いつご覧になったのですか」
「そっちこそ先に言え! お前はいつ見つけた」
「今朝です」
さっとテーブル一番右、奥に座るナラヤンの方に目を走らせてからラジューはもう一度靴を掲げる。何人かは顔を背ける。隣席のスレーシュ、ナイナ……血の付いた物が耐え難いのだろう。
「昨日、血のついた服の行方を疑問に思われていたのはルチアーノ様だったと思います」
「そうだね」
無表情でルチアーノが頷く。
「そこで初めて気づきまして、今朝沐浴の時に部屋の中を探してみたんです」
一昨日カマリを殺した人狼は犯行後1階バスルームでシャワーを浴びている。部屋に入れたくないだろうから衣類もそこに隠したのではないか。思い起こし時に訂正を入れながらラジューはとつとつと語った。
「ナラヤン様はいつ部屋をご覧になったのですか」
「昼飯前、12時過ぎだ」
「俺も一緒に入った」
憮然と答えるナラヤンにアッバースがフォローを入れる。
「でしたらなかったでしょう。犯人のものと思われましたので、バケツに隠して掃除用のシンクの下で保管しておきました」
今夜この会議で学生たちに相談しようと思っていたと言う。
(……)
「二足のうちこちらのサイズはおそらく8。わたしと同じです。コートの方も裾がスナップで上げられるようになっていますがかなりたくし上げられていてこれもわたしくらい、つまり普通の中では少しばかり小さい方くらいでしょう。ですがもう1セット、靴のサイズは12くらい、裾を一回分しかあげていないコートがあります。わたしはこれらは2人分、カマリ様に手を掛けた後に脱ぎ捨てたものと考えましたが、皆さんはいかが思われますか?」
「どうもこうもないよ。それ、自白と同じじゃね?」
とイジャイ。
「ラジュー。証拠になるものだと思ったら、今度から誰かを呼んで一緒に確認するようにしてくれないか」
これはルチアーノ。
「次があったらな。犯行の証拠を自分で抱え込んでいた。決まりだろ。今日の投票先はラジューだ」
ナラヤンが言うのに、
「違います!」
ラジューの声と、
「だからおかしいって!」
スレーシュの言葉が重なる。
「血が飛んでいるならカマリの時だろうけどその時ラジューは部屋の外に出ていないんだ。言っただろ?」
とスレーシュが左右を見渡す。
「ならば実際にカマリを手に掛けた人狼がラジューに預けたんだろ。ラジュー、誰から預かったんだ?」
「どうしてわたしが人狼だと決めつけるんですか!」
「ぼくが占った結果だ」
悲鳴に対し低く強く迫る。ふたりの視線は火花を飛ばしてぶつかった。
(こう粘るとは思わなかった)
ラジューは素直に自白しそこから真の意味で人狼役に身を投じた「主犯」たちがわかる、とアッバースは考えていた。
次に口を開いたのはアディティだった。これまでの話からは、
「カマリを殺したのは男子の人狼部屋の人間ってことになる。ナラヤンは占星術師でダウドは武士だから3号室は違う。5号室はスティーブンが村人だったからここも違う。なら、人狼部屋は4号室になるけど」
現在生存している男子は3・4・5号室の三室のみだ。
「違う! うちは人狼部屋じゃない。夜外に出ている人間はいない!」
アッバースが怒鳴り、ルチアーノら同室の人間と顔を見合わせる。
「だが、お前ら他の部屋の人間からは証拠がないってんだろ」
一転アッバースは背もたれにぐいと背を押し付ける。
「そうなる。そしてラジューの出した品物が本物と考えるなら、アッバースとルチアーノは除かれる」
アディティはさらりと言った。
アッバースは平均よりかなり大柄でルチアーノはクラス一の低身長、一部の女子よりも小柄だ。
淡々としたアディティの説明に4号室の残りふたり、平均の中では背は高め程度のイジャイと平均の中で小さめ程度、ラジューと同じくらいと思われるスディープが青くなる。
「っざけんなよ! だったらナラヤンとバーラムだって背格好変わらねえだろ!」
イジャイが投げつけ、
「おれが殺生に関わったというのか」
バーラムが低く太い声で唸った。
「生き物の命を奪うくらいなら自分の命が奪われることを選ぶ。おれたちは代々そうしてきた。どういうつもりだ」
ジャイナ教徒の誇りからの怒りをイジャイに叩きつける。
「例えだよ。お前じゃなくても他にも俺たちくらいの背格好の奴なんかいるだろって話だろ」
「おれを持ち出すな」
バーラムは押さえつけるように言い放つ。
「他の人狼については明日以降だ。そうやってしらを切り続けるなら今日の投票はラジュー以外選択肢はない。今日は同数投票は意味がない。いいだろ?」
「同数投票は、もう無理だ」
アッバースは目を伏せナラヤンに同意する。
「だがうちが人狼部屋でないことも証明したい。ナラヤン、今夜はうちの部屋の誰かを占ってくれ」
「そうだ! 俺を占ってくれよ」
「ぼくでもいいよ」
「俺も希望する」
イジャイ、スディープ、ルチアーノと口々に言われナラヤンは困惑顔で吐く。
「それは今夜考える」
「ねえ、本気でラジューに投票するって言ってるの? おかしいよ!」
マラヤラム語通訳に徹していたマリアが叫んだ。
「ナラヤンだってラジューは殺してないって思っているんでしょ? なのに、なのに処刑するっていうの?」
「夜は殺していないって話だ。ダウドの件は、ぼくはこいつの犯行だとみている」
「学生さんを殺したりはしていません!」
ラジューはヒンディー語で叫び、
「殺していないならわたしと同じ。投票先にするなんて違うでしょう!」
「マリア、落ち着いて。これは私たちの生き死にの話なの。論理的に考えて」
(12番か)
『論理的に考えて』
例のチュートリアルで12番の腕章を着けた女性が繰り返していたセリフだとアッバースは思い出す。アディティは早くからあの動画を見ていたからおそらく念頭にある。
(こんなところで冷静でなんかいられるか)
だが冷静さを失えば自分の死につながる。12番の教えは正しい。
「人狼じゃなきゃ誰に投票するの? ヴィノードは漂泊者だけど数え方、ゲームの勝ち負けでは私たち村人になる。今投票するのはまずい」
他に誰がいるのかとナイナが詰める。
「ならマリア、あなたに投票しようか」
「いいよ」
「!」
マリアの答えにナイナはぎょっと斜め向こう遠くの彼女を見る。
アッバースも思わずマリアを注視した。
マリアはいつもの穏やかな顔で微笑んでいた。
「だってラジューは人殺しなんかじゃない。私も人を殺したりしていない。同じだもの」
「マリア、頼むから冷静になれ。な? 占いでラジューは人狼だと出たんだ。そこは確定なんだよ」
ナラヤンは声を和らげ説得する。
「ラジューはケララから出てきて、色々お仕事を変えざるを得なくてそれでもずっと頑張ってきたの。わたし達と同い年なんだよ。たまたまわたしは村人、あの緑色に農家のおじさんの絵の役で、ラジューは人狼かもしれないけど」
「人狼ではないんです、マリアさん!」
「違うかもしれないけど、でも人を殺してないってー」
「そこは問題じゃ、」
言いかけたアッバースをさえぎり、
「マリアもう一度言って。その村人のアイコンのところから」
ナイナが言葉をはさむ。
「って? わたしは村人で、その緑色に昔のヨーロッパっぽい男の人が畑を耕している絵のアイコンでってー」
「マリア。私が毎夜パソコンで見ているのは緑地だけど灰色のロングスカートの女の人がくわみたいのを持った絵なんだけど」
ね、と振られた空席二つ挟んだニルマラは呆然としていた。
手で口元を抑え、
「マリア、あなたまさか……」
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黎一ら十七名の参加者は果たして、このデスゲームをクリアすることが出来るのか?
次第に明らかになっていく参加者達の秘密。この島で蠢く怪物は、決してゾンビだけではない。
特殊捜査官・天城宿禰の事件簿~乙女の告発
斑鳩陽菜
ミステリー
K県警捜査一課特殊捜査室――、そこにたった一人だけ特殊捜査官の肩書をもつ男、天城宿禰が在籍している。
遺留品や現場にある物が残留思念を読み取り、犯人を導くという。
そんな県警管轄内で、美術評論家が何者かに殺害された。
遺体の周りには、大量のガラス片が飛散。
臨場した天城は、さっそく残留思念を読み取るのだが――。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
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