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第3章 仲間ではいられない(3日目)

幕間2 使命(2026年 ムンバイ)

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 クリシュナン警部補は非番だった。
 遅く起き軽食の後は自室にこもって趣味のジグソーパズルに取り組んだ。今回は緑の山々の風景物だ。
 ピースの細かな違いを見つけようと睨み、既に組み上がった絵のどこに嵌るか目を凝らす。細部から全体の絵を推測する能力は職務で手がかりの断片から事件の真相を見抜く訓練にもならないだろうかーいや、ただの楽しみに期待し過ぎだ。
 妻が熱心だったジグソーパズルを当初馬鹿にしていたがやってみると面白い。楽しみを共有することで妻との距離がまた近くなったのが一番だ。とにまにま笑った時ノックがあり顔を見せたのは正にその妻だった。
「警察の方が来てるわ」
 それはいつもの職場への招集ではなかった。


『現在進行中の事件についてSir.のご意見をお伺いしたいそうです。返答があればいただいてくるようにとことづかっています!』

 元同僚の部下だという若者を居間に待たせ封筒を手に自室に戻る。
 彼は自分の電話番号もアカウントも知っている。家庭の事情でムンバイ警察を辞めラクナウ警察に入り直した男がはるばる人を遣すとはー
(朝一の便で来たそうだが)
 飛行機だけで二時間以上かかる。

 刻印の押された封蝋をペーパーナイフを使って外す。
 中に入った二枚のうち最初に目に入ったのは写真だった。おそらくパソコンからの印刷だ。
 クリシュナンは息を呑んだ。
 明け方、目覚める前の街の光景が頭に蘇る。
 静謐な空気とは裏腹に靴音も荒く走り回った。強い目で前を向く自分たち以上の貫禄を見せた女性ー後から虚勢だったと本人は述べたが演技でもたいしたものだ。

 写真には三人の少女が写っていた。
 全員が番号が記された首輪を嵌めている。数字の有無だけが違うがその首輪はクリシュナンの記憶にあるものとそっくり同じだった。
 元同僚は誘拐監禁から逃げて来たという彼らが持ち込んだ多量の武器の押収を担当し、自分は職務で顔見知りだった役人の本人確認に呼び出されその後別の人間の聴取を担当した。
 大事件になると思われたそれは上部が「問題なし」だと捜査を打ち切り、警察内のごく一部の人間以外には存在自体知られていない幻となった。
 絨毯屋、空軍基地、法律事務所、精神病院の白い壁と牢ー

ーーーーー

 ラクナウ警察某署。本部勤務の若い後輩に駐車場へ呼び出された。
 見せられた写真に目を剥く。
「復元したものです。三人とも首元の画像が不自然だったので調べたところ首輪を削除していました」
 警察官と言ってもITを専攻した技術職の後輩だった。

 彼が言うには、上司から首輪だけ消して戻したバージョンを作れと指示された。ただでさえ心配している親たちに首輪を着けられた娘の姿を見せるのは耐え難いとの理由だった。だが後から彼は、親たちだけでなく捜査員、警部以上の指揮官ですら首輪のある版を目にしていないと知った。
 伝えようとしてすぐ高校生誘拐事件の捜査本部から追い出された。
「おっしゃってましたよね。ムンバイで首輪をした若い人たちを保護したことがあるって」
 彼に話したのは、首輪に毒針が仕込んであって遠隔操作出来る時、技術的にどのような対抗策が取れるのか聞いてみたかったからだ。
「これもらってもいいのか」
「印刷した枚数は限られています。シュレッダーにかけたことになっていますので」
 ご注意を、と耳元でささやいて写真のプリントを渡してきた。

ーーーーーー

『言えるのは誘拐事件が起こっているということだけです。
助言がありましたらお願いします』
 手書きの小さいメモは確かに元同僚の字だった。
 電話もメールも使わなかったのは警察上部の監視を恐れたのだろう。


 短い返答を入れ自分もまた封蝋を使って茶色の封筒を閉じた。
 使いの警官は封筒を持って去り、クリシュナンは必要と思われる各所に連絡を入れ車を回してから自宅に戻る。
「出勤になったんじゃなかったの?」
「確認だけで済んだ」
 にっこりと喜ぶ妻に言い神棚へ向かう。
 さりげなく軽い調子で話せていただろうか。

(神様。今度こそわたしはこの事件を諦めません)
 現在進行中ならば今どこかに忌まわしい殺人ゲームに囚われた若者たちがいる。
  代々警察官、祖国とムンバイの秩序を守ってきた一族の人間として、
(これがわたしに課せられたカルマヨーガなのでしたら)
 いや、確信している。
 だからどうかわたしをあなたの楽器として使ってください。
 クリシュナ神の吹くフルートのように。
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