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第3章 仲間ではいられない(3日目)
3ー17 晴れない夜
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ファッキン ザ ゲーム!
Yo、ファッキン ザ ゲーム!
英雄なんていないなんてそれはお前の目が節穴
見てみろ来てみろ我がクラスの太陽
ただちょっと今曇り空姿隠して月も見えない星も見えない
Open doors! Open windows!
ふざけた監獄ぶち壊し絶対見つけるOur HERO!
『品位のない言葉を使うのは自分の価値を下げるだけです』
ファッキン言葉を叫んだ生徒にルクミニー先生は言った。
だが今の状況を表すのにファッキン以外あるだろうか。
会議が終わった後有志で再度スティーブンを探した。
中央窓の外にも火葬室の中にも幸い彼はいなかった。
電気がついたままの部屋、ベッドから見上げるイジャイに天井の大きなモニターが目に入る。二十三時からのPCタイム終了後アッバースに声をかけられて四人で少し話した。
アッバースとルチアーノは我がクラスの太陽スティーブンのことで微妙なキリキリ具合でスディープは元々あまりしゃべらない。結果自分とアッバースばかりが話す時間となった。
全てのドアを蹴破り、外から塞がれた窓全部ぶち割ってスティーブンを探したい。その意味ではOpen windowsでいいのだが韻としてはOpen the windowの方がいい。
「Open windows? Open the window?」
「うるせえぞ」
アッバースの声だ。
考えているうちに声に出てしまっていた。
「ラップか」
「そう」
と内容を説明すると、
「Open the windowでいいんじゃねえか。あいつがいる正にその場所を見つけに行く! って意味で」
「そだね」
『St.R……学院の生徒?お坊っちゃまが何聞きに来てるんだよ』
『お前にプロテストしたいことなんてあるのか?』
いつも見にいくラップバトル会場のライブハウスで年上の連中からあざけられた。
たくさんある。
大卒の就職難は散々話題になっている。自分が卒業する頃にはもっとたくさんの若者が大学を卒業し、仕事場はそこまで拡大しないだろう。
『ブランド服なんて見せびらがしてるんじゃねえよ』
知らない。母が買ってくる服は耐え難くダサく、自分で選びたいと言ったらこの通販サイトならいいと言われそこからクールな服を選んでいるだけだ。
自分はラップをやったり聞いたりしてはいけない人間なのか。こんなに好きなのに。
『ガリーボーイ』の主人公はスラムの若者だが自分で稼いで大学に行っていたではないか。継ぐものもコネもなく学校へ行って頑張るだけなのは同じなのにー
(でもスラムじゃねえよな)
父親が購入した小ぶりな新築戸建てがイジャイが育った場所だ。
肩を落として帰る自分を年下の子が追いかけてきた。
『奴らに文句言っておいたから』
一週間働いて疲れたところでイジャイの曲を聞いて腕を振り上げてスカッとする。それを奪う権利はお前らにない! と。
汚れたまま気にかけてもいない黒ずんだシャツは明らかに自分とは階層の違う少年だ。
ただし着こなしはクールで問題ない。
『またあそこ来る?』
イジャイはバトルには出ていない。まだ早いと判断しているが仲間うちでの路上ライブには自分の曲を引っ提げて参加している。
『兄さんのリリックチョイスとフロウが好きなんだ。また出てくれるとうれしい』
『ああ』
初めての「ファン」に微笑む。
『ただこの後はちょっと出ない。あいつらに言われたからじゃなくて大きな試験があってね』
元々その予定だった。
『州の試験? 十二年生じゃないよね、じゃあ十年生? うちの兄さんと同じだ!』
長兄だけは成績がいいので高校に行っていると自慢げに胸を張った。
試験頑張ってと送り出してくれた少年の笑みを思い出す。何としてでもあの場所に戻らなくてはならない。
(父ちゃん大丈夫かな)
回りには公務員としか言っていないが実は警察官だ。代々ではなく苦労してやっとその地位を得た。だからイジャイにも警察に入らなくてもいい、自分の腕で勝負しろと言う。厳格な父が自分に自由を認めるのは進路くらいというのも世間とは違って皮肉だ。街でラップをやっているなどバレたらただでは済まないのに。
自分たちのことは事件になっているだろう。中にいて色々言われないだろうか。
それとも、
(警官の家族が被害者ならブーストかかるかも!)
ーーーーー
ナイナは怒り、泣いていた。
恋を知り、パートナーが出来ると気持ちがわかるものなのだろうか。
ニルマラには命を捨てるまでの気持ちはわからない。生きることが一番大事ではないか。
空白になった向かいのベッドの方を見る。
コマラの死のショックが胸を押しつぶすが、
(生きていなければ踊れないでしょう?)
『タイガーのパートナーで踊りたい? シュラッダーなみの美人だと思っているのか』
親戚に馬鹿にされた。思っていない。でもダンスが好きなんだ。
『韓国の芸能界では整形させられるって話だぞ。どうするんだ』
兄は厳しく尋ねた。
大丈夫、韓国の芸能人が直すのはたいてい鼻だ。ニルマラの鼻は韓国の平均からはかなり高い。窪み過ぎだと言われる目も向こうではインド的だとしか思われないだろう。
ああでも、険があると言われる目元は事務所から直せと言われたりするのだろうか。小鼻の膨らみを狭めろと言われるだろうか。
『整形は恐い』
答えたニルマラにだよなと兄は頷いた。
モデルには成れそうもないこの顔は自分が持って生まれたカルマだ。
整形でいじったら宝石処方と同じようになるのではないか。
家に来るインド占星術の先生は宝石処方を勧めない。対症療法で一時的に悪いことが起こるのを防げてもカルマはそのままで後日もっと酷い形で出かねない。マントラを唱えお寺参りをしてプージャーをし、貧しい人や動物たちのために寄付をし徳を積むのが望ましい、と。
眠気が目から降りてくる。
起きていなくては。十二時を過ぎたら警戒しなくてはならないのに。
そうだ、生き延びてオーディションに行ったら、
「私はイカゲームの勝利者です!」
とアピールしよう。きっと審査員の印象に残る。
(イカゲームよりは生き残り確率高いし!)
夢うつつ、ナワーズッディーンがイカゲームの服でにやにや笑っていた。
〈注〉
・ガリーボーイ Gully Boy 2019年のヒンディー語映画。インドで著名なラッパーDIVINEとNaezyをモデルにしている
・シュラッダー シュラッダー・カプール ボリウッドの人気女優。日本公開作は「サーホー」現在上映中の「ストリートダンサー」など。
(※前作ではシュラーダーとしましたが、「ストリートダンサー」公式のシュラッダー表記に合わせ訂正しました)
・宝石処方 インド占星術の占い結果から惑星の弱い部分を補うため身につける宝石を指示すること
・ナワーズッディーン ナワーズッディーン・シッディーキー 性格俳優的な演技派からスターとなったボリウッド俳優。日本公開作は「巡り合わせのお弁当」「バジュランギおじさんと、小さな迷子」など。
Netflix Indiaにて作中扮装でイカゲームを宣伝した
Yo、ファッキン ザ ゲーム!
英雄なんていないなんてそれはお前の目が節穴
見てみろ来てみろ我がクラスの太陽
ただちょっと今曇り空姿隠して月も見えない星も見えない
Open doors! Open windows!
ふざけた監獄ぶち壊し絶対見つけるOur HERO!
『品位のない言葉を使うのは自分の価値を下げるだけです』
ファッキン言葉を叫んだ生徒にルクミニー先生は言った。
だが今の状況を表すのにファッキン以外あるだろうか。
会議が終わった後有志で再度スティーブンを探した。
中央窓の外にも火葬室の中にも幸い彼はいなかった。
電気がついたままの部屋、ベッドから見上げるイジャイに天井の大きなモニターが目に入る。二十三時からのPCタイム終了後アッバースに声をかけられて四人で少し話した。
アッバースとルチアーノは我がクラスの太陽スティーブンのことで微妙なキリキリ具合でスディープは元々あまりしゃべらない。結果自分とアッバースばかりが話す時間となった。
全てのドアを蹴破り、外から塞がれた窓全部ぶち割ってスティーブンを探したい。その意味ではOpen windowsでいいのだが韻としてはOpen the windowの方がいい。
「Open windows? Open the window?」
「うるせえぞ」
アッバースの声だ。
考えているうちに声に出てしまっていた。
「ラップか」
「そう」
と内容を説明すると、
「Open the windowでいいんじゃねえか。あいつがいる正にその場所を見つけに行く! って意味で」
「そだね」
『St.R……学院の生徒?お坊っちゃまが何聞きに来てるんだよ』
『お前にプロテストしたいことなんてあるのか?』
いつも見にいくラップバトル会場のライブハウスで年上の連中からあざけられた。
たくさんある。
大卒の就職難は散々話題になっている。自分が卒業する頃にはもっとたくさんの若者が大学を卒業し、仕事場はそこまで拡大しないだろう。
『ブランド服なんて見せびらがしてるんじゃねえよ』
知らない。母が買ってくる服は耐え難くダサく、自分で選びたいと言ったらこの通販サイトならいいと言われそこからクールな服を選んでいるだけだ。
自分はラップをやったり聞いたりしてはいけない人間なのか。こんなに好きなのに。
『ガリーボーイ』の主人公はスラムの若者だが自分で稼いで大学に行っていたではないか。継ぐものもコネもなく学校へ行って頑張るだけなのは同じなのにー
(でもスラムじゃねえよな)
父親が購入した小ぶりな新築戸建てがイジャイが育った場所だ。
肩を落として帰る自分を年下の子が追いかけてきた。
『奴らに文句言っておいたから』
一週間働いて疲れたところでイジャイの曲を聞いて腕を振り上げてスカッとする。それを奪う権利はお前らにない! と。
汚れたまま気にかけてもいない黒ずんだシャツは明らかに自分とは階層の違う少年だ。
ただし着こなしはクールで問題ない。
『またあそこ来る?』
イジャイはバトルには出ていない。まだ早いと判断しているが仲間うちでの路上ライブには自分の曲を引っ提げて参加している。
『兄さんのリリックチョイスとフロウが好きなんだ。また出てくれるとうれしい』
『ああ』
初めての「ファン」に微笑む。
『ただこの後はちょっと出ない。あいつらに言われたからじゃなくて大きな試験があってね』
元々その予定だった。
『州の試験? 十二年生じゃないよね、じゃあ十年生? うちの兄さんと同じだ!』
長兄だけは成績がいいので高校に行っていると自慢げに胸を張った。
試験頑張ってと送り出してくれた少年の笑みを思い出す。何としてでもあの場所に戻らなくてはならない。
(父ちゃん大丈夫かな)
回りには公務員としか言っていないが実は警察官だ。代々ではなく苦労してやっとその地位を得た。だからイジャイにも警察に入らなくてもいい、自分の腕で勝負しろと言う。厳格な父が自分に自由を認めるのは進路くらいというのも世間とは違って皮肉だ。街でラップをやっているなどバレたらただでは済まないのに。
自分たちのことは事件になっているだろう。中にいて色々言われないだろうか。
それとも、
(警官の家族が被害者ならブーストかかるかも!)
ーーーーー
ナイナは怒り、泣いていた。
恋を知り、パートナーが出来ると気持ちがわかるものなのだろうか。
ニルマラには命を捨てるまでの気持ちはわからない。生きることが一番大事ではないか。
空白になった向かいのベッドの方を見る。
コマラの死のショックが胸を押しつぶすが、
(生きていなければ踊れないでしょう?)
『タイガーのパートナーで踊りたい? シュラッダーなみの美人だと思っているのか』
親戚に馬鹿にされた。思っていない。でもダンスが好きなんだ。
『韓国の芸能界では整形させられるって話だぞ。どうするんだ』
兄は厳しく尋ねた。
大丈夫、韓国の芸能人が直すのはたいてい鼻だ。ニルマラの鼻は韓国の平均からはかなり高い。窪み過ぎだと言われる目も向こうではインド的だとしか思われないだろう。
ああでも、険があると言われる目元は事務所から直せと言われたりするのだろうか。小鼻の膨らみを狭めろと言われるだろうか。
『整形は恐い』
答えたニルマラにだよなと兄は頷いた。
モデルには成れそうもないこの顔は自分が持って生まれたカルマだ。
整形でいじったら宝石処方と同じようになるのではないか。
家に来るインド占星術の先生は宝石処方を勧めない。対症療法で一時的に悪いことが起こるのを防げてもカルマはそのままで後日もっと酷い形で出かねない。マントラを唱えお寺参りをしてプージャーをし、貧しい人や動物たちのために寄付をし徳を積むのが望ましい、と。
眠気が目から降りてくる。
起きていなくては。十二時を過ぎたら警戒しなくてはならないのに。
そうだ、生き延びてオーディションに行ったら、
「私はイカゲームの勝利者です!」
とアピールしよう。きっと審査員の印象に残る。
(イカゲームよりは生き残り確率高いし!)
夢うつつ、ナワーズッディーンがイカゲームの服でにやにや笑っていた。
〈注〉
・ガリーボーイ Gully Boy 2019年のヒンディー語映画。インドで著名なラッパーDIVINEとNaezyをモデルにしている
・シュラッダー シュラッダー・カプール ボリウッドの人気女優。日本公開作は「サーホー」現在上映中の「ストリートダンサー」など。
(※前作ではシュラーダーとしましたが、「ストリートダンサー」公式のシュラッダー表記に合わせ訂正しました)
・宝石処方 インド占星術の占い結果から惑星の弱い部分を補うため身につける宝石を指示すること
・ナワーズッディーン ナワーズッディーン・シッディーキー 性格俳優的な演技派からスターとなったボリウッド俳優。日本公開作は「巡り合わせのお弁当」「バジュランギおじさんと、小さな迷子」など。
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