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第3章 仲間ではいられない(3日目)
3ー11 捜索
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「焼き方教えてくれる?」
アディティがこそりと言ってきた。
「チャパティ、上手くなりたい」
ルチアーノははっとした。
チャパティ作りが苦手そうな女子は他にもいるが焼きが一番下手なのは正直彼女だ。他の人には出せないと女子用にキープする「失敗作」も多かった。
「勉強ばかりして料理しないんだろうって他の子には言われる。そんなことないんだよ。家族の一員だもの。でも、試験が近いときは勉強頑張ってって……だから最近台所から遠ざかっているのは本当だけど」
唇にひっそりと笑みが浮かぶ。
彼女は正規の奨学生で成績が落ちれば資格がなくなる。それよりは勉強をと家族が応援してくれるのだろう。
ここで苦手なチャパティを焼いている時の彼女はきっと聖歌隊の練習をしている自分と同じだ。
(俺はアディティも傷付けた……)
「……俺の作ったタネ自体が出来が良くないってこともあるから、練習も兼ねるなら他の人のでやった方がいいよ。ただそこの布の下のは取っておいてって。カマリが作ったのだから」
明るく声を作る。
「失敗されたくないって?」
アディティはより声を落とす。
「違う」
ゆっくり低く返す。
「最後かもしれないから自分で焼きたいって」
「……」
今夜ひとり部屋で武士の守りが得られないカマリはこの世を惜しむような行動を繰り返していた。
様子を伺ったが少しの間アディティは何も言わなかった。
眠たそうと言われる目はいつもあまり様子が変わらない。今も少し目を伏せると、
「わかった。誰のを使えばいい?」
「まず火力を見て」
この台所での焼き具合はここだけで通用するものだから、とレンジを確認させ、自分がやって見せてからアディティに交代する。他の女子はカレーやサブジを皿に盛り食堂へ運んでいく。こちらは自分とアディティに任せたらしい。
食堂に出て皆と顔を合わせるのも決まりが悪いから丁度いい。
スティーブンはもう来ているのか、声は聞こえない。
思って少しした時、
「ルチアーノ。スティーブンを見てないか」
食材庫から覗いたアッバースの厳しい顔にひるんだ。
スティーブンの姿が見えない。
部屋に食事を持って行ったラジューが戻って来た。アッバースは男子棟、広間と考えられる場所を回ったがどこにもいない。
最後に確認出来たのは五時過ぎ、洗濯機の近くでラジューにシャワーの点検を頼んだ時だという。ノンベジの食材庫でナムキーンを漁っていたマリアも彼らの姿を目撃している。
始めはノンベジの男子が、続いて食事を終えた人間が次々と捜索に加わった。
九時を過ぎれば台所の後片付け要員以外総出でスティーブンを探して回る。
「スティーブン! どこにいるの?」
「スティーブンっ!」
「スティーブン! もし声を出せないなら何か叩け!」
ルチアーノはアッバースに連れられて捜索に加わった。ナラヤンは顔をしかめたが、
『俺が見張ってる方がいい』
アッバースが押し切った。
何かがおかしい。ここは自分たちを監禁する館で使える場所も限られている。
見逃しがあるかもと人を変え同じ所を何度も探す。
「もういい。ルチ! お前も声を出せ」
ナラヤンから声を出すなと言われていたルチアーノにアッバースは指示する。
「お前のこと気にしているはずだから、案外出てくるかも」
我ながら情けない声でそれでもスティーブンの名を呼んだ。
「ねえ、このままだとスティーブン……」
「ンなはずねえだろ!」
焦りの色は濃くなっていく。
目を変える意味で男子棟を女子、女子棟を男子と入れ替えて探すことになったのは九時半前。
「十五分前には必ず戻れ!」
アッバースとナラヤンが檄を飛ばした。
スティーブンと同室のスレーシュ、ヴィノード、ラジューは部屋の中をベッドの下からクローゼットの中と隅々まで、広間探索に残ったナラヤン、アッバースとルチアーノは使用人用バスルームに受け渡しロッカーの小部屋、棚の中に洗濯機の中まであらゆる所を覗いて回る。
「いない!」
『会議開始の十五分前になりました。ただ今より会議室を開場します。プレイヤーは席に着いてください。繰り返しますー』
「戻れ!」
男子棟・女子棟にアッバースたちが怒鳴る。
「見つかったの?」
マリアが顔を輝かせるが、
「いや。時間だ」
より厳しくなった顔でアッバースが答える。
「お前ももう席に着け」
皆が会議室に入っていくのを確認後、アッバースとナラヤンは再度中央棟を回ると言う。
「五分前までには俺たちも戻る」
会議室の雰囲気は最悪だった。
「ルチアーノ。あなた何かしてないでしょうね」
とのナイナに、普段ならふざけるなそんな訳ないと怒鳴り返すところだが今はぎろりと睨み、首を横に振るくらいしか出来ない。
視線が自分に刺さる。
(俺のせいなのか)
だがどこへ身を隠したと言うのか。
「スティーブン、どこか出られる所を見つけたのかも」
「だったら一人で出ていく?」
「助けを求めに行ってくれたのかも」
「だったら何でその助けがこないのよ」
悪いことばかりがささやかれる。
他の人間ならともかくスティーブンなら落ち着いて皆の利益になる行動をするーその信頼が、続いている異常な状況が、酷い不安をかき立てる。
(スティーブン、無事でいてくれ!)
心の中で十字を切って祈る。あちらこちらでマントラを唱える声も聞こえだす。
五分前を過ぎて部屋に戻って来たふたりの顔は憔悴し切っていた。アッバースは息を切らせ、ナラヤンは泣き出しそうに唇を噛む。
「見張っててもらえるか。あいつが来たら腕でも掴んで引っ張りこめ!」
ドアに一番近い角の席のカマリにアッバースが頼む。
開けたままの扉の横に立った彼女は一心に外を見る。
ルチアーノも、アッバースもナラヤンも皆ドアの向こうを注視する。スティーブンが姿を見せるようにと。
期待を裏切るように、
『Warning! Warning! Out of rules!』
不吉なアナウンスが流れ前方モニターで黄色地に黒い文字が点滅する。
『会議1分前を過ぎました。まだ外にいるプレイヤーは至急会議室に入り自分の席に着いてください。繰り返します。まだ外にいるプレイヤーはー』
「スティーブン、どこにいるの?!」
叫んだのはシュルティだった。
「どうしてだ」
ナラヤンが呟き、部屋は女子の悲鳴に覆われる。
このアナウンスならどこか建物の外に脱出したのではない。あれだけ探しても見つからなかったのだからどこか知らない場所を探し出し出られなくなったのか。いやそれとも、脱出に成功したが助けを求める前に妨害が入ったのか。
鼓動は早くなる。頭が熱い。女子の叫びは一部泣き声に変わる。
ああどうか。
〈注〉
・ナムキーン スパイスの効いたスナック類
アディティがこそりと言ってきた。
「チャパティ、上手くなりたい」
ルチアーノははっとした。
チャパティ作りが苦手そうな女子は他にもいるが焼きが一番下手なのは正直彼女だ。他の人には出せないと女子用にキープする「失敗作」も多かった。
「勉強ばかりして料理しないんだろうって他の子には言われる。そんなことないんだよ。家族の一員だもの。でも、試験が近いときは勉強頑張ってって……だから最近台所から遠ざかっているのは本当だけど」
唇にひっそりと笑みが浮かぶ。
彼女は正規の奨学生で成績が落ちれば資格がなくなる。それよりは勉強をと家族が応援してくれるのだろう。
ここで苦手なチャパティを焼いている時の彼女はきっと聖歌隊の練習をしている自分と同じだ。
(俺はアディティも傷付けた……)
「……俺の作ったタネ自体が出来が良くないってこともあるから、練習も兼ねるなら他の人のでやった方がいいよ。ただそこの布の下のは取っておいてって。カマリが作ったのだから」
明るく声を作る。
「失敗されたくないって?」
アディティはより声を落とす。
「違う」
ゆっくり低く返す。
「最後かもしれないから自分で焼きたいって」
「……」
今夜ひとり部屋で武士の守りが得られないカマリはこの世を惜しむような行動を繰り返していた。
様子を伺ったが少しの間アディティは何も言わなかった。
眠たそうと言われる目はいつもあまり様子が変わらない。今も少し目を伏せると、
「わかった。誰のを使えばいい?」
「まず火力を見て」
この台所での焼き具合はここだけで通用するものだから、とレンジを確認させ、自分がやって見せてからアディティに交代する。他の女子はカレーやサブジを皿に盛り食堂へ運んでいく。こちらは自分とアディティに任せたらしい。
食堂に出て皆と顔を合わせるのも決まりが悪いから丁度いい。
スティーブンはもう来ているのか、声は聞こえない。
思って少しした時、
「ルチアーノ。スティーブンを見てないか」
食材庫から覗いたアッバースの厳しい顔にひるんだ。
スティーブンの姿が見えない。
部屋に食事を持って行ったラジューが戻って来た。アッバースは男子棟、広間と考えられる場所を回ったがどこにもいない。
最後に確認出来たのは五時過ぎ、洗濯機の近くでラジューにシャワーの点検を頼んだ時だという。ノンベジの食材庫でナムキーンを漁っていたマリアも彼らの姿を目撃している。
始めはノンベジの男子が、続いて食事を終えた人間が次々と捜索に加わった。
九時を過ぎれば台所の後片付け要員以外総出でスティーブンを探して回る。
「スティーブン! どこにいるの?」
「スティーブンっ!」
「スティーブン! もし声を出せないなら何か叩け!」
ルチアーノはアッバースに連れられて捜索に加わった。ナラヤンは顔をしかめたが、
『俺が見張ってる方がいい』
アッバースが押し切った。
何かがおかしい。ここは自分たちを監禁する館で使える場所も限られている。
見逃しがあるかもと人を変え同じ所を何度も探す。
「もういい。ルチ! お前も声を出せ」
ナラヤンから声を出すなと言われていたルチアーノにアッバースは指示する。
「お前のこと気にしているはずだから、案外出てくるかも」
我ながら情けない声でそれでもスティーブンの名を呼んだ。
「ねえ、このままだとスティーブン……」
「ンなはずねえだろ!」
焦りの色は濃くなっていく。
目を変える意味で男子棟を女子、女子棟を男子と入れ替えて探すことになったのは九時半前。
「十五分前には必ず戻れ!」
アッバースとナラヤンが檄を飛ばした。
スティーブンと同室のスレーシュ、ヴィノード、ラジューは部屋の中をベッドの下からクローゼットの中と隅々まで、広間探索に残ったナラヤン、アッバースとルチアーノは使用人用バスルームに受け渡しロッカーの小部屋、棚の中に洗濯機の中まであらゆる所を覗いて回る。
「いない!」
『会議開始の十五分前になりました。ただ今より会議室を開場します。プレイヤーは席に着いてください。繰り返しますー』
「戻れ!」
男子棟・女子棟にアッバースたちが怒鳴る。
「見つかったの?」
マリアが顔を輝かせるが、
「いや。時間だ」
より厳しくなった顔でアッバースが答える。
「お前ももう席に着け」
皆が会議室に入っていくのを確認後、アッバースとナラヤンは再度中央棟を回ると言う。
「五分前までには俺たちも戻る」
会議室の雰囲気は最悪だった。
「ルチアーノ。あなた何かしてないでしょうね」
とのナイナに、普段ならふざけるなそんな訳ないと怒鳴り返すところだが今はぎろりと睨み、首を横に振るくらいしか出来ない。
視線が自分に刺さる。
(俺のせいなのか)
だがどこへ身を隠したと言うのか。
「スティーブン、どこか出られる所を見つけたのかも」
「だったら一人で出ていく?」
「助けを求めに行ってくれたのかも」
「だったら何でその助けがこないのよ」
悪いことばかりがささやかれる。
他の人間ならともかくスティーブンなら落ち着いて皆の利益になる行動をするーその信頼が、続いている異常な状況が、酷い不安をかき立てる。
(スティーブン、無事でいてくれ!)
心の中で十字を切って祈る。あちらこちらでマントラを唱える声も聞こえだす。
五分前を過ぎて部屋に戻って来たふたりの顔は憔悴し切っていた。アッバースは息を切らせ、ナラヤンは泣き出しそうに唇を噛む。
「見張っててもらえるか。あいつが来たら腕でも掴んで引っ張りこめ!」
ドアに一番近い角の席のカマリにアッバースが頼む。
開けたままの扉の横に立った彼女は一心に外を見る。
ルチアーノも、アッバースもナラヤンも皆ドアの向こうを注視する。スティーブンが姿を見せるようにと。
期待を裏切るように、
『Warning! Warning! Out of rules!』
不吉なアナウンスが流れ前方モニターで黄色地に黒い文字が点滅する。
『会議1分前を過ぎました。まだ外にいるプレイヤーは至急会議室に入り自分の席に着いてください。繰り返します。まだ外にいるプレイヤーはー』
「スティーブン、どこにいるの?!」
叫んだのはシュルティだった。
「どうしてだ」
ナラヤンが呟き、部屋は女子の悲鳴に覆われる。
このアナウンスならどこか建物の外に脱出したのではない。あれだけ探しても見つからなかったのだからどこか知らない場所を探し出し出られなくなったのか。いやそれとも、脱出に成功したが助けを求める前に妨害が入ったのか。
鼓動は早くなる。頭が熱い。女子の叫びは一部泣き声に変わる。
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