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第2章 これは生き残りのゲーム(2日目)

幕間2 旅程(2024年 インド某州)

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 長い長い道のりだった。
 その間に彼は父親になり、会社でも新人だったのが一人前として担当を任されるようになった。
 公私共に多忙だったので少しずつ分けて探っていった。

 空調の効いた部屋で椅子に座って高い給金がもらえる。
 学もなければたくさん荷物を運べる力持ちでもない村の少女には奇跡のような仕事だった。
 だが彼女は物言わぬ骸になって村に戻った。

 村の近辺では情報が回ってしまうので同じ街道沿いの離れた村から尋ね歩く。
 あれだけばら撒いた求人チラシはどこにもない。そういえば応募時に持ってくるようにと言っていた。
 ある村では説明会会場として小学校の校舎を使った借用書が残っていた。自分のスマホに撮っておく。
 別の村では合格したものの実際の仕事に就くまでに脱落した少女と話すことが出来た。州都アーメダバードらしき所で一日中モニター見て赤が出たら緑のボタン、黄が出たら青のボタンとの類の訓練を重ねたという。
『ミスが多すぎるって1週間で首になったの』
 実際にやってみてももらったが彼女は目と手の協働に少々問題があるようで判断・手先とも確かに誤りが多かった。


 たどった道の長さを思えばこの待合所で何時間待とうと苦にはならない。
 正装にとクルタをまとい顔を引き締めて彼は州知事閣下を待っていた。
 私邸のピロティに数十人が座れる椅子が並べてある。木は飴色にくすんでいるが背もたれには刺繍入りの布があしらわれ座り心地は悪くない。
 各所に扇風機が置かれ日陰に風も流れるが暑いものは暑い。
 同じ乾いた大地でも故郷のグジャラートとは光景が違うのも興味深い。

 談笑する州知事側の人間はともかく待っている男たちは無言だ。
 ここにいるのはアポイントがない、正確にいえば予約にすら行きつかない者たちだ。役人風のスーツの男がいれば村の職人の中でも貧しい人々とよく似た風情の年寄りも、人生にのしかかる問題の解決を求めて閣下との接見という幸運を待つ。
 引き抜かれて呼ばれ早足で去っていく者、脇に移動させられより長く待つ男。彼は後者だった。朝から座って三時間を過ぎ前の男が呼ばれた時点で横の木製簡易椅子の列に動かされた。
 それからまた水のボトルを三本飲んだ。

 少女は知らず殺人リアリティーショーの監視員となった。仕事は海外絡みだったらしい。ならばと海外へ映像を販売している会社を今度はネットの海の中から丹念に検索した。
 中に地味で上質なドキュメンタリーの制作会社があった。
 ナガランド、それも州都コヒマから遠く離れた地域の農民の暮らしを描いたそのサンプルを彼は興味深く見た。学生時代の友人がこの近くの出身だったからだ。
 クレジットの謝辞にどこかで聞いた名前を見た。
 はっと気付く。奴らが校舎を借りた時の借用書に担当者として残る名前だった。
 人材を募集した会社自体は解散していた。
 手紙の宛先は秘書代行会社だった。
 何もなかったところから彼はやっと見つけた。


 彼は姿勢を正して州知事を待ち続けた。
 村の誰にも、父にも兄にも話していないがこれは彼が村のためになすべき仕事だ。誇りを支えに、時折白いハンカチで汗を拭い、三時に配られたチャイで喉を潤し彼は待った。
(Y・K・ミッタル)
 会社サイトでCEOとして悠然とした笑顔を見せる彼。
 『大使館で勤務している時に人々がいかに我らが祖国の広大な現実が知られていないか、そして求められているかを知りました。ならばー』

 この会社が制作している映像はインド国内では視聴出来なかった。
 海外で勤務している友人たちに声をかければアフリカの某国に赴任している男が手をあげる。それなりにかかる代金は自分が負担した。
 二ヶ月後彼はインドに逃げ帰ってきて忠告した。
『あの会社はヤバい。お前関わるな!』

 アーンドラ・プラデーシュの港の歴史ドキュメンタリーを購入し、契約上現地の取引先を集めた上映会を開きまあまあ好評だった。
 後日その会社から電話がかかってきた。
 いかがわしい映像があるとの誘いを友人はアメリカンなものが好みだからと断った。
『インド製なんて面白い訳ないだろう』
 すると今度は白人女性の映像サンプルを送信してきた。
『迷惑だから言ってやったんだよ。オレはWow! Wow! ヤンキードゥードゥル~みたいな陽気なのが好みなんだって!』
 お気に入りのコレクションは十分持っている、と。
 間もなく違法ポルノ所持の疑いで現地警察の捜索を受けた。上司に相談したところおそらく罠で、賄賂を取るか協力者に仕立てあげるつもりだろうと急きょ出国となった。
 ちなみにコレクションはインドの自宅のPC内だそうだ。友人は海外で法を破る怖さを十分に理解していた。

 その手の一本釣りで非合法な映像を売るつてを広げ、中に村の少女が監視した殺し合いのリアリティーショーも入っていたのだろう。


「閣下!」
 ピロティー向こうの廊下を歩く紳士は間違いなく州知事だった。座っていた男たちが我先になだれるのに彼も入り込んだ。
「閣下! 以前もお話しした側近ご子息の、」
 いきなり頭に衝撃が走った。
 若い男に襟首を掴まれ壁に頭を打ち付けられていた。遠のいた意識が戻ってきた耳に、
「てめえ嫌がらせか。二度と来るな! 出て行けっっ!」
 怒号が響き警護の男たちが寄ってくる。ショックでまともに声が出ない。と、
「止めなさい。ここで暴力は許さない」
 州知事本人が男の手を抑えていた。
 呼んだ名前は確か三男のはずだ。
「少しだけ予定が空いた。三分なら話が出来る」
 キャンセルしたという名前が大物財界人で彼はぎょっとした。


 広々とした執務室で知事と二人きりで向き合う。
「君のことは知っている。私に出来ることは何もないぞ」
 穏やかだが相手にしないとの意思を込めた低い声。
「新しい情報がまとまりましたのでお耳に入れたく存じました」
 ブリーフケースから見開き一枚にまとめた調査報告を見せる。手渡しはしない。
 新聞形式の見出しと図を多用し、多忙な知事が三分どころか二分あれば把握出来るよう作ったプレゼン資料だ。
「君は何を目的とする」
「謝罪したく存じます。私の村の女が知事閣下に近い方にそれはもう大変な被害を与えてしまいました」
 誘拐され殺人を強要されただろう側近息子の生死は知らない。
「本人には全く悪意はなく既に報いは受けておりますが、それでも許されることではありません」
 目に動きが見えた知事を見据え直す。
「私は、代々村の統括を補佐する役目をしてきた家の者としてお詫びしたく伺わせていただきました。うちの者が何をしでかしてしまったのか理解しなくては誠実な謝罪は出来ませんが、これが私の精一杯です。お近くの方に重大な損害を与え、今お時間を割いていただいていることも含めて閣下にご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申し上げます」
 ラグを外れて座り頭を擦り付けた木の床は空調でよく冷え石の床を思わせた。
 髪を通して額に触れる冷たさは村外れで地に落ちて死んでいる鳥の遺骸のようだと何故か思った。

「直りたまえ。土下座を要求する人間だと言われたくはない」
 衣服の乱れを整えるうちに知事は席を立ちドアの外へ声をかけた。入ってきた中年男に声をかける。
「ロハンに彼の連絡先を教えてやってくれ」

 出ていく前に州知事は言った。
「アメリカから連絡があるかもしれないし、ないかもしれない」


<注>
・クルタ インドの民族衣装
・アーメダバード インド西方・グジャラート州の州都
・ナガランド 北東部の州で州都がコヒマ
・アーンドラ・プラデーシュ 南部の州
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