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第2章 これは生き残りのゲーム(2日目)

2ー15 夜へ向かう

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 白い壁、塞がれた窓が気持ちを冷たく追い詰める。
 スティーブンはイジャイ、ヴィノードと連れ立って渡り廊下を男子棟に歩いた。誰も喋ろうとはしなかった。

 まず、直前のバドリの死に打ちのめされた。
 悪い予想の通り「処刑」とは文字通りの殺害だった。
 スティーブンはたまたまバドリには投票しなかったが、それは6号室のどちらかが人狼かもしれないと考えたが今日は番号が先のヤトヴィックに、明日はバドリと変えればいいと考えたからに過ぎない。
 昨夜5分間のPC義務タイムが過ぎた後、チュートリアルの動画ファイルを倍速で見た。彼らが説明の時に使った抽出版のオリジナルらしい。
 15分長さの動画ファイルはそれでも最後までは見られなかったが、スティーブンはここから連中が想定する「リアル人狼ゲーム」の「プレイ」方法を学んだ。
 疑わしき候補者は片端から潰すのは村人の戦い方のひとつらしい。だがそれが意味することは、投票者もまた殺人者になるということだ。

 ハルジートを殺したのがこの館に潜む誰かか、彼らかそれとも同じクラスの人狼か。それに関わらず自分たちは殺し合いを強制されているー崩れ落ちるバドリの姿に事実が胸に突き刺さった。
 この首輪からの一差しでいとも簡単に命を奪い「彼ら」が自分たちを弄び面白がっている、その確信。怒りと不安。
 間もなくの就寝時刻、

1  今夜殺されるかもしれないこと
2  この後の5分間でPCモニターから人狼に変わった・友達を殺せと命じられるかもしれないこと
3  大事な友人が殺されるかもしれないこと

 が混じり複雑な恐怖がまた口を重くする。
(自分の死というのはよくは想像出来ない。むしろ一番大きいのは最後かな)
 昨日まで笑い合い普通に机を並べていた友人たちの死を見せられたショックが自分には一番のリアルだった。
 クラスの誰も死んでほしくない。だがもしアッバースが、ナラヤンが動かぬ骸になったら。
 女子なら今気丈に動いてくれているアディティがいなくなったら。自分だけでは彼女らの気力を支えるのは困難かもしれないー


 男子棟に入ると、
「Good night!」
 バスタオルを抱えたアッバースが手を振る。スディープと一緒にバスルーム側から出てきてロビーを通過し右の4号室の方へ去った。
 ロビーのソファーにはサントーシュが所在なく座っていた。
 ヴィノードはささっと階段へ向かう。スティーブンが彼の前に進むとサントーシュはエヘヘと照れ笑いをした。
「ひとりで部屋にいるの恐いんだ」
 後ろでイジャイが身を固める。何故ならサントーシュはー
「大丈夫だって! 時間にはきちんと部屋に入ってパソコンの前に座るから。ただ、出来るだけ皆の顔を見ておきたいんだ」
 1人部屋の彼かシュルティのどちらかには武士の守りが付かない。
 一瞬言葉に迷ったが、
「もう広間に残っている男子はルチアーノだけだ。それにラジュー。彼らが通ったら部屋に入ってくれ。君の無事を祈っている。Good night!」
 軽くハグをしイジャイもそれにならった。

 アッバースと同室のイジャイを見送りスティーブンは階段を昇る。
 恐い。
 三つの不安が自分を絡め取る。母さん、父さん。どのような時でも僕は前を向いて進みたい、でも難しい時には?
 ふたりが教えてくれることはわかっている。
『神様に頼りなさい』

ーーーーー
 スディープは自分のパソコンの前に座り、黒い幕に頭を入れた。
 部屋に戻る時にちらりとスティーブンを見かけた。
(あいつなら)
 自分に投票しようとは思わないだろうか。

 「スティーブン」と「スディープ」は名前の響きが少し似ている。
 いや自分の願望からかもしれないー女子も含めクラスのあちこちから名前を呼ばれることが。初めは自分が呼ばれたのかと一瞬動きを止めたが今はそういうこともない。

『あの、ラシュミカさんですよね。ご挨拶遅れてすみません』
 一学年上の十一年生は廊下を移動中、クラスメートから呼ばれていた名前は間違いない。階段へ向かう彼女をスディープは慌てて追いかける。
 不審気な顔はスディープがフルネームを名乗った瞬間凍った。
『スディープ……です。姉さんに一度きちんとご挨拶をとー』
『知らない。あんた誰』
 その瞬間、突き刺さった憎悪の視線にスディープが動けなくなった。
 これほど憎しみのこもった目は見たことがない。
 しかも身内からー
『わたしには弟はいない』
 きっぱり放つ。
『何を狙っているのか知らないけれど、お父様に取り入ってわたしの学費の支払い止めさせても無駄だからね。うちはお母様の方でも学費は払えるから』
『いえ……ぼくは、ただ……』
 同じ境遇だから「姉さん」にだけはわかってもらえると信じていた。
『二度と近づかないで』

『下級生のくせに女の子に絡むなんてサイテー!』
 連れ立って階段に去る前に友人たちのひとりが軽蔑の視線を流した。
『好きであの家に生まれたんじゃない!』
 呟きのつもりが出た声は思いの外大きく、いたたまれずスディープは逃げ出した。
 学院にも好きで入った訳じゃない。母は、あちらのお嬢さんが入っているからお前もと血相を変えて尻を叩いた。
 父はお前も入ったのか、いい学校だぞと満足そうなだけでのん気なものだ。

 「姉」は一学年上だが生まれ月では一年も離れていない。第一夫人と第二夫人とに間も明けず子どもを産ませた父親のことは理解出来ない。
 向こうの奥様のご兄弟と一緒に父は今の会社を興した。一族とは一心同体で離婚はあり得ない。
 その会社の中、母はやり手で目立って父に見そめられたという。
 主婦となった母にその面影は見えない。父の仕事を理解出来ることで余計いらだつ様子なのが伝わるだけだ。

 好きでこんな家に生まれた訳じゃない。
 いつだって叫びたい。だが答えは知っている。
 自分のカルマだ。
 前世までの行いが今回の生を決めた。これは自己責任、カルマを省みて徳を積むことだけが救いだ。
 けれども「姉さん」とならこの辛さを分かち合えると思い込んでいた。酷い妄想だ。

 年の離れた弟は去年小学校に入った。
 一年生で勉強が出来るも何もない。以前のスディープなら思っただろう。
 だが際立って才能がある人間はこの年から全く違う。
 今や母は弟を溺愛している。家を継ぐのは冴えない自分より弟にしたいだろう。
(ぼくがいなくなったらー)
 母さんはほっとする。可愛い弟の邪魔者はいなくなる。
 そして「姉さん」を喜ばせてあげられる。

 誰が人狼か、そもそも人狼が殺したのかもわからない。
 殺せと首を差し出せるのは自分だけだった。
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