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第1章 リアル人狼ゲームへようこそ(1日目)

幕間1 弟(2024年 ロサンゼルス)

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 コーヒーショップの窓辺から明る過ぎる日が降り注ぐ。
 約束の時間からは十分過ぎた。連絡を取っていたアプリで尋ねてみたが返事もない。国境を越えてロサンゼルスに来たのに無駄足か。眩しさに目をしばたかせつつ、
(僕はカナダ人だからhotなのは苦手なんだ!)
 苛立ちと落胆に愚痴る。

 どれくらい待てばいいか思案していた時、斜め前にがたいの大きい男が立った。外国、まして治安の悪いアメリカだ。反射的に警戒する。
「すみません。時間を教えてもらえますか」
 綺麗なプレーンイングリッシュに対し、
「ジャイ・シュリ・ラーム」
「ロハンです。初めまして」
 短く刈った髪の精悍な男がぺこりと幼い挨拶をしてきた。
 そういえば古武術教師だったなとナンダは思い出した。

 彼の希望で公園に移動する間も終始回りに目を配り、見通しのいい芝生上のベンチに腰掛ける際も黒い機器をあたりにかざし、
「盗聴器発見機です」
 と説明する。まともかどうか疑った。
 連絡を取るのもメールからすぐ秘匿性が高いことで有名なSNSアプリを使うよう要求された。待ち合わせにはテーブル上に本を置くとの合図、馬鹿げた合言葉。
「まるでスパイ映画ですね」
 正直に吐いた。
「あんたがそう思ってるんなら、今日お会いして正解でした」
 真顔で返してきた。

 ロハンは待ち合わせ時間前に着きナンダの姿を確認していたという。
「アビマニュと似ていないから罠かと思って逃げようかと思っていたんですが、よくよく見たら目元に面影があったので、」
 声をかけたと平然と言う。
「弟は母に似て、わたしは父親似だ」
 憮然とする。
「誰があなたに罠をかけると言うんです」

 義父の協力でこの青年の身元は調べてある。
 父親は某州州知事の片腕で代々彼らに仕える名門の家柄だ。身内の関連会社のアメリカ支社長であり、経営学を学ぶ留学生で古武術教師だ。
 ビジネスの実務には携わっていないようだが、ここというところでは出てくるので完全なお飾りではない。古武術は請われて教室にしたようで小規模だが評判はいい。
 学生としての顔が一番問題なようだ。誰もが知る一流校をドロップアウトし少し前にレベルが下がるカレッジへ移籍している。

 気軽に嘘を吐くような人間だとは思えないが、彼はインド人だ。
 それに、学業への熱意のなさと会社でのポジションからは彼を海外に追いやった気配も感じられる。実家に置いておきたくないほどの問題児の可能性に警戒を新たにする。
「あんた、やっぱり警戒心なさ過ぎ」
 子どもじみた不満顔で言う。
「あんたの弟を殺した『奴ら』ですよ」
「!」
 

「最初に言った通り、お話し出来ることは何もありませんよ」
 隣に座った彼は大きく足を投げ出した。
「弟に会ったことはあるんですね」
 去年の四月、大学のレポートを書くためにムンバイ滞在中に行方がしれなくなった弟の顔を頭の中で思い描いた。
 隣で話す男の声は確かに電話と同じだった。


 店長として働くインド食材・雑貨の店に匿名の電話が入った。
 ーチラシを見たがこの青年はもう死んでいる。

『姉さん、早く縁付かせてやりなよ。人生棒にふっちまうぜ』
 
 途中から気を利かせた店員が録音していてくれたのをナンダも聞いた。
 弟のチラシについて情報提供は山とあったがどれも手がかりにはならなかった。いたずらのような口調のこの電話が気になったのは姉の年齢について言及していたことだ。
 チラシを入れる時に従業員が姉について話したことはあるとのことだが、実家の姉の年齢をナンダは職場で口にしていない。従業員も知らないだろう。

 アビマニュはもう死んでいるー
 その手の「密告」もよくあって、近頃ではあまり気にならなくなっていた。
 だが姉の年齢の点で引っ掛かり、ナンダは仕事場でミスを繰り返した。
 最終的に従業員の発注ミスをチェックで見逃し、桁の違う注文を出し社長である義父に厳しい叱責を受けた。上に立つ者の義務を果たせなかったのだ、当然だろう。
 義父は一度仕事を休んでアビマニュを探すことに専念したらどうかと勧めた。
 弟が行方不明になって以降で仕事を休んだのは、インドに行く父に同行した一週間ほど。
『それでは納得できないだろう』
『君が何も言わないのに甘えてしまった』
『君は後継ぎのままだ。アビマニュ君をそれほど思う君だからこそ、娘も孫たちも大切にしてくれるのだとわかっている」

 姉妹しかいない妻の元へ後継者、婿として入った。
 地位には執着しないが妻や子どもと別れさせられることだけが怖かった。見越した義父は心配ないと諭した上で、新たな情報を教えた。
 店の公式アドレスに入ったメールは、米国在住の会社員だと身元を明かし、自分の古武術教師がチラシについて言っていたことをまとめていた。

・先生は嘘を吐くような方ではありません
・一度誘拐されたことがあるとおっしゃっていました。
 チラシのアビマニュさんと同じくらいの時期です

 彼を通してロハンに連絡を取ってもらい、電話で話そうとしたが断られた。来てくれれば一回だけ応じると言われて自分は今ここにいる。

「弟は死んだとおっしゃっていましたね」
「ええ」
「確かですか。あの子の息が止まったのをあなたは確認したんですか?」
 ロハンは鷹揚によく晴れた空を仰いだ。
「確認はしてません」
(だったら)
「人体ってのをちょっとでも知っていればわかる。首を吊って動かなくなったらお終いだ」
「……自殺だというのですか」
「違う」
 強い否定だった。
「あいつは強いられた。殺されたんだ」
「誰に」
 憎悪が胸に立ち上る。
「犯人だよ。俺たちを誘拐した犯人。あのな、正体は俺もいまだにわかってないんだよ!」
 怒りを隠そうともせずロハンは足元を蹴った。
「……」

 あんたも飲みなよとジュースを手にロハンは勧めた。渋々冷めたコーヒーを口にする。
「やっぱ兄弟だな。落ち着き方もアビマニュに似ている」
 いかつい男だが和らげた表情は優しい。
 見せる親しみが彼が弟を知っていたことを確信させ、信じたくない死が胸元に突き付けられる。
「あいつは紳士だった。あんたと同じように落ち着いていて、皆をまとめて、女には親切で。典型的なインド紳士って奴だ」
(インド紳士って何だ?)
 その概念は知らない。それに自分たちは「カナダ人」だ。
 説教も受けたし正直いらついたこともあったとこぼしてからロハンは続けた。

「そんな善人だったからあいつは死んだ。でも、あいつがそう成らなかったなら俺たちが助からなかったかもしれない」
 弟は他の人を助けるために犠牲になったのか。
 俺たち、というなら何人もが誘拐され彼以外にも助かった人間はいるというのか。
(しゃべらないと言ったわりには結構話すな)
「他にも助かった方がいらっしゃるんですね。紹介していただくことは出来ませんか。わたしの連絡先を伝えてー」
「駄目だね」
 手の中でくしゃりと潰れた飲み終わりの紙コップが力の強さを伝える。
「今回、俺があんたに会う気になったのは警告のためだよ。その、助かった仲間の一人って言うのかな、彼女がこの間首になったんだ。誘拐犯の正体に迫ろうとしたらな」
(女性なのか)
 弟のような普通の男子学生にこのいかつい男、そして女性を一緒に誘拐するとはどういうことだろう?
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