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第1章 リアル人狼ゲームへようこそ(1日目)

1ー15 脱出2

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 シュルティの尋常でない姿にサントーシュは先に行った連中を追うことにした。
 彼が見たのは、塀に開いたドアの横茫然とたたずむラームと、箱を囲み跪いて泣く女子だった。

「つまり、ぼくたちが逃げ出して来たのは何の意味もなかったってこと?」
「そんな言い方はないでしょ!」
 タヒラがきっと首を見上げてなじる。長く後ろに垂らした三つ編みが蛇のようにざっと動いた。
「それは……」
「でもそういうことだ。このままじゃー」
 口ごもったサントーシュの後をラームが続ける。

 ラームはもう少しだけ庭に残って調べたいと主張した。
 建物を外から見る機会がこの後あるかわからない。他の脱出口や何かの手がかりがあったら持ち帰って皆に伝えられる、と。
 他の人間は戻らせるつもりだったらしいが女子三人も一緒に行動すると言った。誰もこの「切り札」行使を酷いことだけで終わらせたくなかったのだろう。サントーシュは自分の発言を恥じた。
 その行動に意味があるか、未来に続くかを決めるのは自分だ。彼も後に続いた。

 建物側に戻りまず下まで幕が張られたテントの中を覗く。
 シャッターが降りたここがおそらく中央窓の外だ。支柱四隅の電球も今は点いておらずリストウォッチで照らしても下に乾いた土が見えるだけだった。
 建物沿いに男子棟方面へ進む。伸びて枝が垂れ下がる木々は出来すぎたように不気味だ。ラームが先頭、女子三人が固まった後ろをサントーシュが守った。
 
「真ん中の棟にも二階があるんだな」
 ラームが仰いだ。暗い空のあちらこちらに小さな星が見える。
(母さんは今頃、同じように星を見ながら心配しているのかな)
 屋上で泣いているんじゃないかと思うとサントーシュも泣きたくなる。
 軒には監視カメラらしい黒い筒とそれより少し短い白い筒の灯りが定距離で並ぶ。だから手首の灯りを向けなくても建物の全容が見える。外壁の白い石は内装と同じように磨かれて豪華な装いを見せている。
 ベジタリアン食堂の前あたりから塀に向かい小道があった。先ほどと同じような鋼鈑製の扉があるがキープレートはなく、ドアノブをがたがた動かしてもびくりともしなかった。

「広間の途中からかな?」
 ラームが振り返って建物を臨む。
 二階はバルコニー状に引っ込みその向こうに白い壁が見える。小さい窓が横に並ぶがブラインドらしきものが降り中は窺えない。
「こっちの部屋は二階も使っているけど女子は一階だけって聞いた。階段のところはどうなってるんだ?」
 渡り廊下から進んだ奥突き当たりが階段だがとラームは尋ねる。
「木の板で塞がれている」
 サニタが答える。
「広間のどこかに階段あるのかな。奥の方か……明日見てみよう」
 サントーシュは腰をもじもじ動かして口を挟んだ。
「あのさ、そろそろいいんじゃない? 余裕を持って戻った方がいいと思うけど」
「ああ」
 ラームに目配せすれば呑み込んだ顔で頷く。男子棟との渡り廊下でサントーシュたちはひとり倒れていたのを発見している。十一時直前に戻れ! と怒号が飛んでいたが間に合わなかったのだろう。
「ごめん、ぼくお腹も痛くなっちゃって」
 結構切羽詰まっている、とこちら声を潜めたのは女子の前で気恥ずかしいからだ。
 ラームはぽんと手を払い先に戻れと示した。
 サンキュ! と返しすっ飛んで土の道を戻る。リストウォッチとイヤホンをケースに返し玄関扉の中に入ったところ、
「うわっ!」
「ひっ!」
 互いに声をあげた。
 すぐ中にシャンティが立っていた。痩せ気味の彼女がぬぼっと薄闇の中に立っているとこれまた誤解しかねない恐さがある。
 腹の痛みは強くなってきた。緊張からだとは思うが早くトイレに飛び込みたい。
「もしかして切り札? だったら駄目だよ」
「何で?」
「人殺さなきゃ出られないし殺したらルール違反だって殺されるよ」
 非難の問いに我ながら不親切な説明だと思いつつ早口で返し中へ向かった。
「何なの? 意味わかんない!」
「外にラームたちがいる。出て右の方にいるから聞いてみな! ぼくトイレだから失礼!」
 そろそろ体裁も繕えない。渡り廊下を走り倒れたままのラーフルにごめんと心の中でわびつつ男子棟のトイレに駆け込む。

 やっと便器に着きふうううううっと長いため息を吐く。
「先生……」

 女子の間から首を突っ込んで木箱の中を確認した。
 ルクミニー先生は開いた目を上に、首をのけぞらせて絶命していた。
 胸には長い刀が刺さり血があふれているのはリストウォッチの明かりですらよくわかった。何より血の匂いが箱から流れ出てきて耐えられず顔を引いて背けた。

 校外学習にちょっと値の張るデジカメを持っていってもいいか先生に確認した。
 責任を持って管理すること、見せびらがさないこと。バスの乗り降りなど移動時には特に注意を払い絶対に目を離すなとかなり厳しい口調で伝えた後、
「撮れたのはサイトに載せてね。私も見たいから」
 学内サイトのクラスページのギャラリーにアップを、ということだ。
「サントーシュ君の写真は全然違う。誰かに習っているの?」
「いえ、独学っていうか、ただ好きで凝っているだけで……」
 構図に光の位置・ピント、どれもかなり計算しつつ撮っている。いつ何を撮りたくなってもいいように自作の反射板もどきを持ち歩くほどだ。去年やっとコンテストの佳作に入選した。
 学校でそれを言ったことはない。写真を撮るのが好きな何人かの中のひとり扱いで、ここまで踏み込んで来る人間はいなかった。
「それならカメラも大切にしているだろうから大丈夫でしょう」
 ルクミニー先生は目を細めて笑顔を見せた。

 今朝、
(だよね多分)
 バスに乗り込んだ時挨拶した自分に先生は、
「楽しみね!」
 とにっこり笑ってくれた。その目は首から下げたカメラにも行っていたような気がする。
「先生……」
 バスで迎えてくれた時の笑顔と、暗い箱の中の血の飛んだ顔が交互に脳裏を行き交う。
「ルクミニー先生っ……」
 便器の上で尻を丸出しにして泣いているのが我ながら馬鹿みたいだと思った。
 そして「Out of rules」になったら自分も殺される。切り札の「特権」が終わるのは間もなくだ。気づいたサントーシュは慌てて服をずり上げトイレを飛び出しすぐそこの1号室に戻った。
 壁掛け時計は二十三時五十六分を指していた。ラームはまだ戻っていない。
 胸に不安が湧き起こる。ベッドの上合掌してマントラを繰り返し唱えサントーシュは彼の帰還を待った。
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